第8話 無知

 時間でさえ、邪神を阻む壁とはなりえなかった。

 そう、それは、十五分前。


「一号は、砂場を侵略に行くのです」


「お姉ちゃん、待ってたよ~、今日もお城作ろ~」


「おっきい城を作るのです」


 邪神は、既に洗脳された人間どもを使い、侵略の魔の手を着実に伸ばしつつあった。

 しかし、人間は何と愚かしいのか!

 無知という大罪を理解せぬまま、耐え難い恐怖の中に、大きく開かれた咢に自らの頭を差し入れるのだ。

 愚かしい第一歩を踏み出したその人間は、邪神の恐ろしさを知らず。

 公園で野球をやってはいけない事も知らぬ、小学生であった!


「ちびども、野球やるから向こう行ってろー」


「野球はやってはダメなのです。危ないのです~」


「どうしよう、お姉ちゃん」


「もっと、丈夫な城を作って、身を守るのです」


 クトゥルーは、さらに頑強な城を作り始めた。

 分厚い城壁に、天を突く尖塔、あまりにも壮大な姿にそれを見た者は畏怖の念を抱かずにはいられない。

 最早、人類に成す術は無いのか!

 だが、それは、偶然か? 必然か?

 栄華を極めた都市に天の裁きが下るように。

 遥か宇宙から降り注ぐ小惑星のように。

 それが、クトゥルーの城めがけて落ちて来る!


「おーい、フライが行ったぞー」


「危ないのです! みんな城に避難するのです!」


 だが!

 小学生の打ったゴムボールは、正確にクトゥルーに直撃する!

 触手が緑色の液体を撒き散らし、頭だけでなくその上半身を吹き飛ばした!


「まっまさか……、たかが、ゴムボールで……」


「おれ知らねーぞ! 逃げろ!」


 そう、人類は自らの無知を知った時、自らの愚かさを知った時、ただ、逃げ出すだけである。

 邪神という恐怖を知ってしまえば、逃げるしか出来ないのだ。

 例え逃げきれなくとも……。


「わーん、お姉ちゃんが死んじゃったー」


「どうしよう、ぼく、他のお姉ちゃん呼んで来るよ!」


 少年は、泣き叫ぶ少女を置いて走り出した。

 まさか、この少年は、邪神の棲み処へと向かおうというのか?

 時間と空間に阻まれ、神々の見る夢の向こう側にあるという邪神の棲み処に。

 ……まさか、な……。

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