忘れ形見(その2)

初日のバイトで初めて来たお客は老人だった。

初めて来たのか店内を見渡してカウンターに座り飲み物を飲んでいる。

何か悩んでいるのか、少しその顔は暗かった。私はそんな老人が心配で、悩みや不安、抱えてるモノがあるなら少しでも老人の心を軽く出来たらと考えていた。


この喫茶店【True Heart】は玄関の看板と配っているチラシに『あなたの心を軽くします』と書かれていて、初めて来た時、私も悩みというか不安があり、マスターに話を聞いてもらった。話すと心から何か出ていくようで、少しは軽くなったと思う。だから、老人にも同じように少しでも悩みがあるなら話してみて心を軽くしてほしいと思いマスターにアイコンタクトを送った。マスターは理解したのかコクりと頷いた。


「何か抱えていらっしゃるのですか?」

 

マスターは目の前の老人に聞いてみた。

老人は目をパチクリさせ、驚いた顔をしたが、すぐに戻り持っていたコップを置いた。


「やっぱり、顔に出てますか」

「はい。何かあったんですか?」

「そんな、大層なことじゃありませんよ。身内の問題です」


老人は誰かを思い浮かべているのか悩んだような顔をしている。

そんな老人を見てマスターはカウンターから出てきて、奥の扉を開いた。


「何かあるなら話してください。『あなたの心を軽くします』」

 マスターは笑顔で老人に言った。

 

老人は呆けた顔をしてマスターを見ていたが我に返ると椅子から立ち上がり扉に近づいた。


「そうだな、聞いてもらおうかね。老いぼれの話でも」


そう言うと老人とマスターは扉の奥へ入ってしまった。


「ここは…ワシの部屋じゃないか…」

 老人は奥に入り、部屋を見渡すとそう言った。

「はい。そっくりでしょ」

 マスターは笑顔で答えると縁側に行き何かを焚き始めた。


老人も縁側に行き座った。いつも座っている縁側と同じ感じがして少し不思議な気分になっていた。


「何を焚いているのですか?」

 老人は気になりマスターに聞いてみる。

「企業秘密です」

 マスターは口に手を当てて言った。


はぁ、と言って老人は前を向き縁側から見える空を眺めた。


「すいませんが、バイトの子も呼んでも大丈夫でしょうか?」

「高校生が聞いても眠くなるだけですよ」

 弱腰で聞くマスターに老人は笑って返した。

「いえ、多分あの子も聞きたいと思っていますよ」

「そうですか?ワシは構いませんよ」


老人の許可を貰いマスターは扉を開け、喫茶店に戻っていった。


私は入って良いのか分からず、その場で立っていた。

二人きりの方がいいのかな、大事な話なら私抜きの方が良いんじゃないのか、と考えるが老人の話が気になる気持ちもある。どうしたらいいのか分からず、少し悩んでいるとまた扉が開いた。

中からはマスターが出てきた。


「朱音ちゃんもおいで、ここでバイトするならこれからもこういうことあるからね」

 マスターは扉の前で手招きしている。


私は「はい!」っと言って扉に入っていった。

中は前とは違うかった。前は私の教室だったが今は誰かの部屋だ。なんで?と不思議に思ったが今はそれどころではないと考えて進んだ。

畳が敷いてあり、扉は障子に変わっている。前の方では老人とマスターが縁側に座っていて、どこか遠くを眺めている。

私は「おじゃまします」と言ってマスターの横に座った。


老人は遠くの空を眺めながら一言呟いた。


「ワシが今から言うことは身内話で、あんた方二人はまったく関係無い話だけれど聞いてくれるかい…そして、出来れば意見もお聞かせ願いたい」

 こんな、老いぼれの楽しくも無い話、ワシの悩みを聞いてください。


そう言った老人にマスターと私は二つ返事をした。

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