第9話 素晴らしい宴会

 着いた所は豪華な料亭だった。

 目の前に並んだ料理も美味しそうだが高そうだ。

 冷たいビールで乾杯した後川内大尉が開口一番私に言った。

「しかしお前も大変だなぁ」

 肩を組んできた。

 香水の良い香りが私の鼻に届く。

「よりによって由梨那ちゃんが指導官とはなあ」

 夏目中尉が同情した様な声を出す。

「衛兵学生の退学最短記録は、まだ由梨那ちゃんだしな」

 早くも酔った様な声で高雄中尉が言う。

「そんなに大変なのですか?」

 私は思わず聞いてしまった。

 今の所その様には見えない。

 むしろ結構気を使ってくれている様に思う。

 それにかなり外見は可愛らしい。

 しかし川内大尉が、

「平気で殺すしなぁ。短気だし、上官の言う事は聞かないし、それに」

 一呼吸置いてとんでもない事を言い出した。

「『物』を食べる趣味があるしなぁ」

 お酒を飲んでいる事に感謝した。

 とてもシラフでは考えられない事だった。

「お前もきつかったら早めに言えよ。前に由梨那ちゃんが担当になった奴は一ヵ月もたないで辞めちまったからなぁ」

「さすがに責任感じたのか、そいつの編入先は由梨那ちゃんが見つけてきたんだよな。なんと上田少将殿に直訴して。あの人上官でも平気で自分の意見言うしな。そういえば楽しみ組の時もすぐ帰ってきたな」

「あー、あったな、そんな事。渡辺書記長の楽しみ組に編入されても一日で帰ってきちゃうし、それでも衛兵隊クビにならないし。怖いよな」

 日本共和国絶対権力者である渡辺書記長の楽しみ組は、書記長を癒す為にある美人集団で主にダンサーや女優から選抜されるのだが、要は書記長が気に入れば日本共和国の誰でもお声がかかる。

 それを拒否する事も出来るのだが、国政を動かす渡辺書記長のお誘いを断れば国政の妨害行為となり、国政を妨害すれば国家反逆罪なので国家貢献指導になる。

 一日で帰って来たとなれば拒否したのだろうが国家貢献指導になる事も無く、衛兵隊将校であり続ける。

 そんな恐ろしい人なのか。

 そんな指導官を私に付けてどの様な衛兵隊将校を作ろうというのか。

 少し考えたが答えは割と簡単に出た。

 傍から見れば同類に見えたのだろう、と。

「さて、いい日本酒が来ましたよ。山本っち飲みな」

 美しいガラスのお猪口に、川内大尉が透明な日本酒をなみなみと注いでくれた。

 それを一気に飲み干す。

 おお、と驚いた様な大尉達の声を聞きながら、私の意識は心地良く次第に薄れていった。



「おい、山本っち起きろ」

 目を開けると大尉が私の体を揺らしていた。

 時計を見るともう八時を過ぎている。

 いつの間にか寝てしまった様だ。

 高雄中尉も夏目中尉も眠そうに体だけ起こしている。

「朝飯はどうする?」

 あくびをしながら大尉が私達に話しかける。

 夜勤でもない限り出勤は九時からのはずなのだが随分と余裕だ。

「あの、山本は帰した方がいいんじゃないっすかね? 指導官由梨那ちゃんですし」

 夏目中尉が言う。

 しまった、という顔の川内大尉。

「やべー、そうだったわ。おい、山本、帰るぞ」

 俺も一緒に行くわ、と焦った様子の大尉の車に私も乗せてもらい料亭を後にした。


 広島県国家貢献センターに着いた頃には九時半を余裕で回っていた。

 上月中尉が受け持つ労働センターの小隊長室を川内大尉と二人で覗く。

 上月中尉は一人机に向かって書類を作っていた。

「上月中尉」

 ノックを3回した後大尉が意を決した様に入室し呼びかけると、上月中尉は立ち上がり笑顔で敬礼を返す。

「山本学生は昨日あの後、中隊公務により我々と行動を共にしていた。任務終了に伴い貴官にお返しする」

 少し緊張しながら言っているのが解る。

 上月中尉は笑顔のまま、

「お疲れ様でした」

 とだけ返した。

「では私は朝飯……じゃ無かった、中隊本部に戻る。山本衛兵学生、後は指導官の指示に従う様に」

 ごめん、という風に私に手を合わせながら大尉は帰って行った。

 上月中尉の方を見ると、特に怒っている様子も無く、

「山本君、昨日は大変でしたか?」

 穏やかな口調で聞いてくる。

 どう答えたら良いか迷っていると、

「朝までお酒……公務だったのでしょうから宿舎でシャワーを浴びて一眠りされてはどうですか? 今日は実習を免除します」

 クスクスと笑いながらそう言うと、また書類の作成を始めた。

「いえ、大丈夫です」

 そう言った後、頭痛がして蹲ってしまった。これが二日酔いか。

「ほらほら、あの方々と飲みに行ったとなるとたくさん飲まされたのでしょう。今日はゆっくり休んで下さい」

 呆れ顔で笑っている。

 正直仕事にならないと思った。

「すいません」

 頭を押さえながら去ろうとする私に中尉は、

「お大事に」

 笑いながら小さく手を振っていた。

 今の所、この人のどこがそんなに怖いのか一つもわからなかった。



 目が覚め、起きたら六時だった。よく寝たものだ。体調はすっかり良くなっていた。

 外を見ると朝日が昇り、隊旗がはためいていた。


 

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