第8話 素晴らしいハント

 季節は春になった。

 新学期を迎える。

 他の衛兵隊学生はまだ学校で学ぶのだが私はおそらく学ばなくてもよい、という事になったのだろう。

 早めの出荷となってしまった。

 衛兵隊の黒塗り高級車から降りる。

「じゃあ頑張って」

 車の窓を開けた宮坂教官が私にそう言うと、車は走り出した。

 私の目の前には高く白い壁。

 外見は何か大きな工場の外壁にも見えるし、競技場の様にも見える。

 しかし入口の所の歩哨と《広島県国家貢献センター》の看板を見ると、明らかに違う所だと感じ取れる。

 センター本部ビルにいるセンター長の上田少将に挨拶をしたその時、副官から任命書を手渡された。

《任 広島県国家貢献センター 第二大隊 第一中隊 第三小隊長 上月由梨那中尉付》

 よりにもよってあの時、何の躊躇いもなく首を切り落としていた上月由梨那中尉の所で九か月も過ごす事になってしまった。

 狂った者同士なら大丈夫とでも思ったのだろうか。

 もうどうとでもなれ、と思った。

 センター本部ビルの中の中隊長室で中隊長の川内大尉以下、中隊将校が待っているというので急いで向かう事にする。

 中隊本部室前で一呼吸した後ノックをする。

「失礼します」

 緊張の面持ちで扉を開けると中にいた将校四人がこちらを向く。

「よお、優秀生徒。この間の彼だよな」

 一人の将校が明るくそう言うと握手を求めてきた。

「俺が川内。えっと左から高雄、夏目、上月、これから宜しく」

 手を握られる。

 とても冷たい。

 茶色に染めた髪。

 着崩した衛兵将校の制服からはほのかに香水の香りがする。

 いかにも遊び人という風体。

 しかし、

「よし、じゃあ一仕事したら歓迎会だ。行こうぜ」

 どうやら気さくな人そうだ。

 身構えすぎていたか?

 長い髪を揺らしながら人が近づく気配がして、そちらに視線を送る。

「よろしく山本君。えっと何かわからない事とかあったら遠慮無く聞いて下さい」

 上月由梨那中尉だ。

 共和国で一番国家貢献指導の人数が多く、新聞にも載り、女性衛兵募集のポスターになった事もある有名人。

 しかしあまりにも指導以外に殺す数が多いみたいで、さすがに最近はメディアの露出が無くなった程の狂人、快楽殺人者が私に何か申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。

「あまり指導とか上手くないけど私が君の指導官だから」

 近くで見てもかなり可愛らしい。

「いえ、宜しくお願い致します」

 緊張と、少し照れみたいなものが入り混じった気持ちで挙手の礼をする。

「おーい、早く行くぞー」

 大尉が楽しそうに私達に声をかける。

 その呼びかけに答える様に、川内大尉の後を追う。


 外に出るとトラックが一台停まっていた。

「助けてくれー、出してくれー」

 中から声がする。

「よし、じゃあ今からハントに行くぞ」

 意気揚々とそう言って、大尉は少し離れた所に停まっている黒塗りの高級車に乗り込む。

 春の風が頬を撫でて抜けていった。

 私もハントをやるのか。軽く震えている私に、

「行きましょう」

 上月中尉が優しい声で言った。

 促されて大尉の車の後ろに停まっている真っ白な高級車に乗り込む。

 人間って何だ、『物』って何だ、まともに頭の中で考えられない。


 車のハンドルを握る上月中尉が、優しく私に話しかける。

「これからしばらくの間、驚く事、慣れない事がたくさんあると思いますが、辛かったらすぐに言って下さいね」

 助手席に座る私は返事をするのがやっとで、言葉が頭の中に入ってこなかった。

 交差点の赤信号で車の停車中ふと横を見ると、困った様な顔でこちらを見ている 上月中尉が少しだけ微笑んだ。

 私は和んだと共に照れもあって顔を正面に戻す。

 それを見て中尉は少しだけ笑うと、

「大丈夫ですから、そんなに緊張しないで下さい」

 何に対して言っているのかわからない事を言った。

 標識が見える。

 車は兵庫県に入った様だ。

 高級車のとても良い乗り心地、単調な景色、時々語りかけてくる中尉の優しい声に私の意識は遠くに誘われていった。


「着きましたよ、山本君」

 上月中尉におこされ目が覚める。寝ていた様だ。

 すいません、と謝りながら車外に出る。

 そこは以前の国境警備実習時に見た道沿いの大きな広場だった。

 特に金網等で仕切られてはいないものの、衛兵隊管轄地の看板が立ててある。

 広場の奥は森林となっており、そこに張られている電流フェンスを越えると国境である非武装地帯になる。

 トラックの横には『物』が五人並べられていた。

 その背中には衛兵が四人、小銃を向けて見張っていた。

「よし、じゃあとっとと終わらせちゃおうか」

 川内大尉が何でもない様に言うが、

「じゃあまず俺からいこうか」

 今からやる事は人の命を奪う事だった。

 一人の『物』の髪の毛を掴み、

「おら、森に向かって走れ」

 スタートと書かれた立て看板の所まで引きずり、蹴飛ばす。

「十秒したら撃つからな。一、二、三……」

 大きな声で数える川内大尉。

 その声を聞いて弾かれた様に『物』が走り出す。


 バーン バーン


 拳銃だからそうそう当たるはずがない。


 バーン バーン


 そう考えていた。


 バーン


 森まで半分位の所で『物』はうつ伏せになって動かなくなった。

「五発か、少し多かったな」

 呟く川内大尉。

 ここは衛兵隊だった事を私は改めて思い知った。

 次の夏目中尉は四発で仕留め、高雄中尉は二発目で『物』の頭を砕いた。

 上月中尉も三発で仕留めた。みんな何の躊躇いも無く。

「優勝は高雄っちだな。はい、じゃあみんな払ってー」

 川内大尉が高雄中尉に五万人民円を手渡す。他の中尉達もそれに倣う。

 賭けてやがった。

 あまりの事に呆けている私を見て、

「山本君にもやらせてあげるから、ちょっと待っていてね」

 暇そうにでも見えたのか、上月中尉が話しかけてくる。

 違う、そうじゃない、心の中でだけ叫ぶ。

「山本っちの『物』は由梨那ちゃんが選んできたやつだからな。いい上司を持ったよ君は」

 楽しそうにそう言う大尉。

 私はハントなどやりたくありません、等と言ったら反逆行為になってしまうだろうか。

 そんな大胆な事を考えていると、お金の清算が終わったのか、

「じゃあ次は山本っち。賭けている訳でもないし、気楽にやりな」

 川内大尉が笑顔で私に話しかける。

 人を殺すのに気楽も何もないでしょう。

 この位の感覚でないと衛兵隊など務まらないのか?

 最後に残った『物』を見ると女の子だった。

「山本君ハントは初めてでしょ。この子なら簡単だと思うし、大丈夫だと思う」

 大丈夫ってそういう事だったのか。この悪魔ども。

 心の中で悪態をつく。

 もうどうでもよくなった。

 女の子を引きずってスタートのラインに移動する。

「おっ、さすが優秀生徒。やる気満々ですな」

 うるさい、狂人大尉。心の中で怒鳴った後、

「いいか、助けてやる」

 女の子にそっと耳打ちした。

 女の子の驚きに満ち溢れた両目が私の両目を捉える。

「俺は撃つけど全弾外すからな。森に向かって全力で走れ。国境のフェンスには触れるなよ。電流フェンスになっているからな。たまに破れている所があるからそこから東日本に行け。あと私服でうろついている奴がたまにいるが、そいつらは東のスパイだからな。そいつらも助けてくれるぞ」

 女の子を突き飛ばし、

「一、二、……」

 大尉達に倣って、でもゆっくりとカウント始める。

「物覚えがいいね。山本っち」

 少し離れた所から声がする。

 悪魔達が見守っていた。

 うるさい、お前らの思い通りにはならないぞ。

 しかし女の子は蹲ったまま、少しも動かなかった。

 おい、なにやっているんだよ。心の中で絶叫する。

 その絶叫が聞こえたのか、女の子は顔を上げこちらを見て、声が出ていない返事を返す。

 こ・ろ・し・て

 口がその様に動いた。

「何だ、走り出さないな」

 川内大尉が笑いながら言う。

「だいぶ痛めつけられていましたから」

 上月中尉がそう言って川内大尉を見る。

「走らないようですし、もう合格で宜しいのでは?」

「そうだねぇ。物覚えも良いし、積極的だし、問題無いか」

 何やら言っているが私はそれどころじゃなかった。

 おい、何で走らないんだよ。

 心で絶叫し続けていたが、女の子の足を見て気付いた。

 アキレス腱が両足共切断されていた。

 破れた衣服の隙間から見える無数の暴行の痕跡、火傷の痕、そして再び、

 こ・ろ・し・て

 開いた口の中には舌が無かった。

「取調官がだいぶアレな人だったみたいで。色々人体改造していたみたいですよ。オークションでも格安でした」

「そうなの? 治安課も大分おかしくなってきたねぇ」

 最悪の会話が耳に嫌でも届く。

「じゃあさっさと終わらせましょうか」

 上月中尉が抜刀してこちらに近づく。

 まだ何かこの子に危害を加えようとしているのだろう。

 お前らの思い通りにしてたまるか。

 女の子の頭を優しく包み、彼女にしか聞こえない声で囁く。

「ごめん」

 バン、バン、バン、バン、バン、バン

 一発発射するごとに飛び散る脳髄、脳漿の臭いを感じながら拳銃を全弾発射した。

 おおー、と上がる歓声。動きを止めた上月中尉。

 どうだ、彼女は自分の意志で最期を決めたぞ。

 誇らしく思う。

 自然と笑みがこぼれた。

「すごいな、山本っち。それに『物』をこれだけ派手に壊して笑っているなんて余裕だね」

 川内大尉が私を褒める。

 違う、楽しくて笑っている訳では無い。

 でも声が出ない。

「試験は合格。はい、勤務中はこれしてね」

 何か試されていた様だ。腕章を手渡される。

 衛兵隊学生と書かれていた。

「さあ、これから山本っちの歓迎会だよ。由梨那ちゃんもたまには来なよ」

「ごめんなさい、ちょっと用があるので。山本君楽しんできて下さい」

 上月中尉はそう言うと自分の車の方へ去って行った。

「相変わらず付き合い悪いなぁ。よし、行こうぜ」

 川内大尉に肩を抱かれ、そのまま車に乗り込む。

 上月中尉の白い高級車がクラクションを鳴らしながら去っていくのを見送りながら、悪魔達の車列は歓迎会の会場へ向かって出発した。


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