第27話 後日談

 師匠の誕生日会を開く事になった。発案はコロである。俺は生まれてこの方その手のものには縁がなかったので、このクソ暑いのに正直面倒くせえとも思ったのだが、洋鵡やカラスコンビに話すとノリノリで賛成されたもので、いまさら反対もできず、仕方なく当日に四人で誕生日プレゼントを買いに行くことになった。校門の前で待ち合わせ、商店街へ向かう。


「誕生日プレゼントくらいデパートで買えばいいのにね」

「そうだよ、お世話になってるのにね」


 最初に話した時からカラスコンビはデパート派だった。


「馬鹿かおまえらは。俺らの小遣いで買うんだぞ。そんな金どこにあんだよ。そもそもデパートで何買うんだよ。師匠に買う物あるのか」

「あるよ、洋服とか」


「師匠のサイズとかわかんねえだろ。てか金がねえって」

「じゃ、ハムの詰め合わせとか」


「お中元じゃねえか」


 洋鵡が吹き出した。こいつは最近ホント良く笑うようになった。


「笑ってねえでよ、お前も何か意見だせよ」

「誕生日プレゼントなんだから、花束でいいんじゃないの」


「何でだよ。何で師匠に花束なんだよ。それならハムの詰め合わせの方がよっぽどマトモだろ」

「そうかなあ、花束は定番だし、それらしくて良いと思うけどなあ」


 それに同意したのかしないのか、カラスコンビは俺にたずねた。


「コロちゃんは何か言ってないの?」

「プレゼントにリクエストとかなかったの?」


「ああ、そういやコロからメモを預かってる」


 昨日師匠の家に寄った時、「明日開けて」と、封筒に入れたメモを預かったのだ。


「見せてー、コロちゃんのメモ」

「見たい見たい」


「そう慌てんなって、開けるぞ、三、二、一、ジャーン」


 開いたメモには、『一・花束 二・酒』と書いてあった。 


「ほら、花束いいじゃないか」


 喜ぶ洋鵡に俺は首を振る。


「わかってねえなー、花束なんかもらって、あの師匠が喜ぶわけねーじゃんか。そんな少女趣味、あの人に理解できねえから。やっぱ師匠には二番目だよ二番目、酒だよ酒」


 そんなこんなで、師匠への誕生日プレゼントは、酒と決まった。




 酒屋に入るのはちょっと緊張する。普段は足を踏み入れる機会がほとんどないからだ。いままで酒屋に入ったのは、醤油を一度買いに来た事があったくらいか。とは言え、中に入ってみれば普通の小売店とシステムは同じなのでビビるこたあない。まずは何を買うか決めなければ。いや、その前に予算だな。俺たちは自分に出せる範囲の金を出し、合計してみた。その金額で棚に並ぶ酒の値札を順に見て行く。


 洋酒(あの麦とかトウモロコシとかブドウとかで作ってる酒だ)はまず無理だ。全く考慮に値しない。手も足も出ない。もう降参である。では次に清酒(米から作ってる酒だ)。これも少々キツイ。あともう少し金額を足せば、というところもあるのだが、純米酒とか吟醸酒とかそういう名前が付いてしまうともう届かなくなる。全体的に少し高めだ。そこで残るのが、ビールか合成清酒か焼酎か、となる。


 さてどうしたものか。予算的にはこのどれかにせざるを得ない。中でも合成清酒は値段も安くてバラエティも豊かだ。一方焼酎は麦か芋かになるのだが、どっちの味がどうなのか、誰も知らないので決めようがない。ビールは師匠んの冷蔵庫にいつでもある。いまさら贈るのもどうだろう。


 ならばもう、仕方がない。せっかくのプレゼントだ、というわけで合成清酒の中から、いかにも師匠、という物を選ぶことになった。四人で考慮を重ねた結果、師匠にぴったりの酒を選ぶことができた。と思う。まあ、おもに俺が決めたのだが、もうこれでいいだろう。後は支払いだ。


 酒の紙パックを店の台車でレジに持って行くと、店のオヤジが思いっきり不審な目で俺達を見ている。そして「二十歳未満は飲んじゃいけない事、知ってるかな」などど当たり前のことをわざわざ言って来るので、俺のコメカミもビクビクッと切れかけたのだけれど、洋鵡が落ち着いて話をしてくれたので、最悪の結末は避けられた。


「学校の先生の快気祝いに持って行きたいんですけど、熨斗のし紙とか書いていただけるものなんですか」


 あちらでは何やら熨斗紙を貼り付けることが決まったらしい。でもどうすんだ、誕生日プレゼントだぞ。


「本当は快気祝いなんだけど、ジョークで、『お誕生日祝い』って書いてくれるってさ」  


 洋鵡の交渉力に、俺たちは何やら末恐ろしさを感じた。でもまあ何とか取りあえず、誕生日プレゼントは手に入れた。後は師匠の家に行くだけだ。俺達は意気揚々とハチクマ家に向かったのである。




「お誕生日、おめでとうございます」

「いやあ、済まんね」


 師匠は照れながら熨斗紙の付いた紙パックを受け取ると、ラベルに目をやった。


「鬼ごろし」

「師匠にピッタリだと思いまして」


 師匠のコメカミが一瞬ピクッと動いたように見えたが、気のせいだったろうか。


「いやあ、こういう酒もたまにはいいね、ありがとう」


 師匠は笑顔で礼を言った。洋鵡とカラスコンビに。何故か俺とは目を合わさない。


「はーい、ケーキ用意できました」


 コロが台所からケーキを持ってきた。ロウソクに火を灯し、ハッピバースデートゥユーを歌う。師匠が火を吹き消し、カラスコンビがクラッカーを鳴らした。そしてコロがケーキを『四等分』し、師匠と、俺と、カラスコンビの前に置いた。洋鵡とコロの前には山盛りの枝豆が置かれている。他の誰も訊こうとしないので、俺が代表でコロにたずねた。


「これ、何のケーキかな」

「ハチノコのケーキだよ」


 コロは枝豆を食べながら笑顔で答えた。なるほど、断面からはプリプリ丸々としたハチノコが顔を出している。これはハチ食いの師匠と、俺ら雑食三人組は食べなきゃいけないんだろうなあ。


 そのとき。ガラリ、突然玄関の戸が開けられた。


「あら、賑やかだこと」


 薔薇の花束を抱えた鷹子さんが立っていた。


「おう鷹子、来てくれたのか」

「お父さんが寂しがってるんじゃないかと思って来てあげたんだけど、そうでもないみたいね」


「紹介するよ、娘の鷹子だ」


 師匠が皆に紹介した。洋鵡もカラスコンビも慌てて挨拶したが、みんなぽーっとなっている。そりゃあそうだろう、鷹子さんの前に出ると、大抵の男はそうなる。鷹子さんの美しさに打ちのめされてしまうのだ。鷹子さんほど美しいタカは、いや美しい人は、そう滅多に居るものでは無い。雑誌やテレビの中にだって居ないのだ。


「はい、お父さん、プレゼント」


 鷹子さんは薔薇の花束を渡した。何と薔薇が絵になる人だろうか(師匠ではなく)。


「時間がなくてお花にしちゃったけど、男の人に花なんて、やっぱりおかしいかな」


 と、鷹子さんは俺にたずねた。


「い、いえ、とんでもない、誕生日プレゼントに花は定番ですから、誰だって嬉しいと思いますっ」

「そう、よかった」


 鷹子さんは微笑んだ。俺も微笑んだ。洋鵡とカラスがあんぐり口を開けていたが意味がわからないので無視した。


「お邪魔しちゃ悪いんで私帰るね、コロちゃん、圭一郎君、こんな父だけどよろしくね、皆さんもごゆっくり。それじゃ」


 鷹子さんは帰って行った。俺も帰りたくなった。


「お前は本当にわかりやすいな」


 師匠が何か言ってる。




 とっぷりと日の暮れた帰り道、俺たちは余韻を惜しむように、分かれ道の街灯の下で立ち話をしていた。


「今日は楽しかったねー」

「そうだねー」


 無邪気なカラスコンビに対して俺は、何故か心がしんみりしていた。


「でも有意義な一日だったよ。長年の疑問が解けた」


 洋鵡がまた笑った。


「疑問? 何の疑問?」

「どんな疑問?」


「なんでウコッケイが猛禽に憧れてるのか、っていうさ」


「あー」

「なるほど」


「な、なんだよ、あの人は関係ねえぞ」


 俺の言葉に、カラスコンビが食いついた。


「あの人って誰ー?」

「むーちゃんまだ何も言ってないよー?」


「うるせえっ!」


 鳥和五十九年二月。まもなく真夏がやって来る、そんな夜のことだった。

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もーきん ずばばばばーん! 柚緒駆 @yuzuo

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