機装唱女ルリイェフォーネ

朝宮ひとみ

第1話 私、人間やめました。

 私、天城(あまぎ)アオイ。アオイは植物の葵じゃなくて蒼い衣と書く。お父さんとお母さんは大きな会社で海洋研究を行うため、いっつも家を空けている。だから私はおばあちゃん家と施設のほうが自分の家だと思っている。


 それ以外は、ごくごく普通のつまんない女の子だと思ってる。成績は中の下だし、特別可愛いわけでもないし、運動は苦手じゃないけど得意な人のように目立てない。

 家族だって、研究者になるまえの両親は同じ会社の会社員てだけだし、おばあちゃんも特に目立ったすごい特技とか、テレビに出たとか、ないし。クラスには片親の子とかいるから特別可哀想とか悲惨でもないし、恵まれてるわけでも、ない。


 特徴のない家族と、特徴のない私。


 だったんだけど。


 私は、普通じゃなくなっちゃった。

 人間じゃ、なくなった。




 その日は、ちょうどクリスマスイブだった。私の家がある光が丘市には、最近できたテーマパークや、大きな道の駅など、観光地や見栄えがよさそうなスポットがいろいろある。あちこちに町の外の人があふれていた。私はおばあちゃんとその息子であるおじさん(お母さんの兄弟)と一緒に、予約したお店でご飯を食べたのを覚えている。両親は海外にいて、電話をくれたらいいほうだった。


 夕方、高速道路の脇道を走っていたおじさんの車が突然ぐるぐる、ごろごろ、転がった。後ろの座席のものを取ろうとしてシートベルトを外していたという運悪い状態の私は外に放り出された。


 道路上に転がっている私に見えていたのは、横倒しになった、大きな黒い車。トラックの後ろに箱が付いたような奴、あれが倒れて、箱がひしゃげて、穴が開いていた。積み荷が撒かれたのか、ガラスみたいな欠片が散らばってそこだけ道路が光っていた。私が手を少し動かすと、ねちゃりとした感じがした。きっと死ぬんだなっていう量の血が出てるんだろうな、と思った。ごほっと一度せき込むと、べしゃっと口から血を吐いた。


 石か何かが胸のあたりに当たっていて、痛い。しかも、必死に寝返った私が見たのは、ナイフのように胸に刺さる、石器みたいな鋭い部分がある何かの宝石の欠片だった。


 ほんとはいけないらしいけど、私はぱにくって、ひゃあひゃあ叫びながらその石を引き抜こうとしていたらしい。

 らしい、というのは、私は抜いてるところを憶えてないからだ。あとで、話を聞いた。話をしてくれたのは、事故当時運転していたという研究員の若いおにーさんだ。


 おにーさん曰く、私がその宝石を引き抜こうとしていたのに、逆に突き刺したように見えたそうだ。石が、私の身体にどんどん吸い込まれていくように見えた、と私の前でも証言した。



 私が目を覚ましたのは、事故から三日後の一二月二十八日。怪我は見た目がひどいだけで、だいぶ軽かった。そこで、私は宣告された。


「ようこそ、人間やめた世界へ。あなたは、人間ではなくなりました。一度死に、石の力と科学技術によって生かされし、悲しき人工生命なのです。」



 私はよく覚えてる。聞いた直後にばったんとベッドが壊れる勢いで倒れたことを。

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