第13話 余談と後日談

 九月の第三日曜日の朝。


 この日、愛花はご機嫌だった。


「ふんふーん♪」


 鼻歌交りで、日曜の日課である事務所の掃除をこなしていく。


「おはようございます」


「おはようございます!」


「愛花さん、手紙がきてましたよ」


 直人が差し出す、白いシンプルな封筒。


「お手紙?」


「松原さんからですよ」


「松原さんって…遺戒島でお世話になった、松原日向さんですか?」


「はい」


「何でしょう…?」


 封筒を開け、手紙を取り出す。


「…これ、何て言うんでしたっけ…?」


封蝋ふうろうですよ」


 封蝋。


 別名、シーリングワックス。


 ヨーロッパで、手紙の封印や瓶を密封する為に使われる蝋。


 蝋の上からシーリングスタンプと呼ばれる個人や会社のシンボルが掘られた判で刻印し、それが差出人の証明と、まだ未開封である証拠になる。


「僕、初めて見ました…」


「そうですか?私はおばあちゃんが使っているのを見た事がありますよ」


「八重さん、そういった古風な物好きでしたね…」


「えっと…」


『前略。


 まだまだ暑さが残る日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?


 先日、専門の方達に例の洞窟の調査をしていただきましたので、報告をさせていただきます』


(あ、終わったんだ…)


『結果を申し上げますと、洞窟の奥、お宝があった場所は崩れておらず、崩れていたのは道中だけでした』


「お宝は無事だったんですねぇ」


『気になるお宝ですが、あったのは水晶玉でした。


 専門家の話によると、島で祭事の際に使われていた神具ではないかとの事です』


「伊藤さんの言う通りだったんだ…」


「本当に『玉の和歌』だったんですね」


「確かに…」


 ダイレクト過ぎる。


『そして、英里さんですが』


「!」


 その名前が出た途端、直人の顔が強張る。


『その後もお変り無く、前向きに罪を償っているとの事です』


「良かった…大丈夫みたいですね」


「はい…」


 愛花の言葉が響いたのだろうか。


『これからだんだんと寒くなってくるでしょう。


 お身体を壊さぬ様、お気をつけて日々をお過ごしください。


 松原日向』


「ふぅ…」


 一通り目を通した後、事務所の扉が開く。


「おーっす」


「おはようございます、浅葱ちゃん」


「おはようございます」


「何だ、それ?」


「遺戒島でお世話になった、松原さんからのお手紙です」


「ふーん」


 興味無さそうにそう言い、ソファーに座る。


「しっかし…今日も平和だなぁ…」


「いい事じゃないですか」


「商売あがったりだろ」


「あはは…あ」


 所長の机に置いていたスマホが鳴る。


「…あちゃー…事件発生です」


「何かあったんですか?」


「タイ兄ちゃんからLINEが来まして…内容は『希美ちゃんのショコラを食っちまった!助けてくれ!』だそうです」


「あの人は…」


「『買い直して、謝れ。そして懲りろ』って送っときゃいいんじゃねぇの」


「タイ兄ちゃんったら…」


「あ、それで思い出した」


「ん?」


「冷蔵庫の豆大福、誰か食べました?」


「いや?」


「…」


 返事をした浅葱に対し、愛花は沈黙。


「…愛花さん?」


「あ…あの…」


「食べちゃったんですね?豆大福」


「…はい…」


 短く、小さく答えた。


「浅葱さん、今日は青椒肉絲チンジャオロースでいいですか?ピーマン多めの」


「おぅ」


「ごめんなさい!」


「はぁ…まぁ、アパートに予備がありますから今回はいいですが…愛花さんも懲りてください」


「はいぃ…」

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