ゲートオープン

ヴォパパパアーーン、パパパヴォパパパパララパーーーーン


―さあ高らかにファンファーレが王立アルバトゥルス・スタジアムに鳴り響きました。各騎一斉にスタートです。好スタートを切ったのはハナコアドマイヤーにアイズオブユミル、続いてシャイニーサジタリオ。その後は団子になって続きます。おっとハナコアドマイヤー速い、速い、圧倒的に速い!二馬身、三馬身と見る見るうちに差をつけていきます!逃げ切りにしてもこれは少々気が逸りすぎのように思えますが。


「ハナコアドマイヤーは騎手も馬もコースを走る事自体が初めてです。3500mという距離を全力で走った経験も恐らく無いでしょう。この経験不足はやはり大きいかも知れませんね」


―更に加速して距離を開けるハナコアドマイヤーに対して2番手のアイズオブユミルは落ち着いてペースを保ちます。その少し後ろにシャイニーサジタリオ、更に後ろにキャッサバ三世が凄まじい地響きを立てながら追いかける。そしてエンディウミオン、オルガアントリオン、アルターダゴンが後続グループで固まっている。おや、田崎源次郎、田崎源次郎どうした?田崎源次郎遅い!これは遅い!30m地点で既に息が上がっています。


「これならその辺の子供の駆け比べの方がまだ速いですね。レースが得意ということでしたが何かの手違いでしょうか。フォームを見ても到底速く走るのに向いている生物には思えませんね」


―さて既に泣きが入っているようにも見える田崎源次郎を尻目に、先頭グループは最初の直線の終端部にある第一障害に差し掛かろうとしています。本日の第一障害は『断崖絶壁』になっております。


「えっ障害?これ障害レースだったんですか?それも断崖絶壁とは」


―そう言えば教授はC・Sの観戦は今日が初めてということでしたね。C・Sにおいては個性的な幻獣達のポテンシャルを最大限発揮させるため、コース上に障害を幾つか用意することになっています。その個数にも内容にも徹底した守秘義務が敷かれており、参加者が事前にその内容を知ることは出来ません。このサプライズとアドリブ性がC・Sの醍醐味であるとも言えるでしょう。


「なるほど、しかしこれ万が一落ちるようなことがあれば大変なのでは」


―今回の断崖絶壁は幻術と空間歪曲を併用して作成されたもので、落ちてもワープゲートに放り込まれるだけで命に別状はありません。しかし当然ながらその時点で失格になります。さあまずは先頭のハナコアドマイヤー、全く臆することなく進んでいく、そして、飛んだ―!あまりにも華麗なクリア!全く無理を感じさせない見事なジャンプ、と言うか今の


「はい、飛んだというより地上を走る勢いそのままに空中を滑ったように見えましたね。これ、実は浮いてるんじゃないですか?」


―なんと、それならこのハイペースも納得です。蹄が地面を蹴っているかいないかでは疲労度に雲泥の差が出るのはあまりにも明白。これはとんでもない幻獣が現れたか?しかし我らが英雄、アイズオブユミルも負けてはいない!こちらはあくまでもスタンダード、高らかに蹄を鳴り響かせ見事に跳躍!こちらもあっさりと崖を飛び越えました!


「流石ですね、幅20m位あるように見えるんですが。しかし後続はどうでしょうか?」


―続けてシャイニーサジタリオも断崖を飛ぶ、おっとこれは、危ないか?いや届いた!後ろ足が一瞬落ちましたがしっかり前足で駆け上がりました!そして次はキャッサバ三世、おっとこれは届かない!飛距離が足りずそのまま断崖に激突、いや違う!壁面に蹄を食い込ませながら垂直に駆け上がります!何というパワーだ!これが一国と愛する妻を同時に背負う漢の底力か!そしてその後にエンディウミオンが続くが、あっとこれは。


「普通に飛び越えましたね」


―まあスタートからずっと空飛んでますからね。幻獣レースではコースを外れない限りにおいて、一定高度までの飛翔が認められています。


「空を飛ぶって普通に走るより大変ですからね、コースに縛られ風にも乗れないなら空を飛べることは大したアドバンテージにならないでしょう」


―なるほど。さて次に断崖に挑むのはオルガアントリオン、あまり速度が乗っていないが大丈夫か。おっとやはり駄目だった、壁面に頭から激突!これは駄目か、そのまま奈落の底へと落ち……ません。これは、崖に引っかかっている?


「いや、口吻で絶壁に穴を開けてそのまま地中に潜り込んでますね。アースワームならではの突破方法と言えるでしょう。あれ、しかしこれだと」


―どうされましたか?


「いや、まあ多分大丈夫でしょう。さて残るはアルターダゴンと田崎源次郎ですが……」


―断崖絶壁を前に途方に暮れていますね。無理もありません。この距離を飛び越えるには両騎とも加速が足りませんでした。残念ながらここでリタイアか。あっ、いや飛んだ!?アルターダゴン、脚をバネのようにして強烈なジャンプ!見事崖を飛び越えました!そして着地と同時に再び跳躍、どうやらこの方が速いという事に気付いたようです!アルターダゴン、ここに来て新たな走法を編み出した!速い!先行グループに追いつかんばかりの勢いです!


「タコってあんなふうに飛ぶんですね。しかし騎手はこの猛烈な上下運動についていけるのか。あと田崎源次郎が巻き込まれてますね」


―えっ。あっ本当です、田崎源次郎、アルターダゴンの脚にしがみついて、いや巻き付かれているのか?ここからでは判別がつきません。壮絶な顔色をしていることだけは分かりますが。さて先頭は以前としてハナコアドマイヤー、勢いが未だ衰えません。既に第一カーブを周り始めている。しかし二番手のアイズオブユミル、少しずつ間合いを詰めている。滑走走法の弱点はここにあったか、旋回能力ではユミルが勝るようです。更に後ろはおっとここでエンディウミオンがきた、その後ろにシャイニーサジタリオとキャッサバ三世、アルターダゴンも伸びてきている。各騎猛烈な勢いでカーブを曲がり終え第二障害へ突入していきます!さて第二障害はキャバクラです。


「は?」


―キャバクラです。御覧下さい、カーブのアウト側に特設キャバクラが設置されています。光り輝くミラーボール、奈落まで沈むこむような高級ソファ、皿に盛られた色とりどりの季節のフルーツ、今回のために特別に集められた特上の美酒に最上級の淫魔サキュバス妖精ニンフがお出迎え。その横にはホストクラブも併設されているという隙を生じぬ二段構えとなっております。勿論呼び込みに負けてソファに座った時点で失格です。


「誰が引っかかるんですかこんなもんに」


―いやそれが結構成功率高いんですよこの障害、失格になる代わりに一晩ここで飲み放題ですので。しかしハナコアドマイヤーは華麗にスルー、アイズオブユミルも全く眼中に入れません。エンディウミオンも同じく。恋人を背に乗せたシャイニーサジタリオと愛妻家で知られるキャッサバ三世も勿論これには引っかから、あっいや今ちょっと見ましたね。


「割とガン見でしたね」


―両騎、一瞬よれそうになったが騎手に凄まじい勢いで手綱を引かれコースに戻ります。ちょっと今ので遅れましたね。


「これは後が怖そうです」


―このチャンスを逃すまいとアルターダゴンが更に加速、当然これには引っかからない。流石に無脊椎動物の性的嗜好まではカバーできていなかった。おっとここで田崎源次郎が振り落とされた。ボロボロになって立ち上がった田崎源次郎、完全にキャバクラに釘付けです。少しずつ、両手を前に出しヨロヨロとキャバクラに歩み寄っていく。田崎源次郎ここまでか、田崎源次郎の冒険はここで終わってしまうのか!?


「まるでトランペットのショーウィンドウに張り付く子供のようですね」


―あと少し、あと数歩で田崎源次郎が堕ちる、栄光と引き換えに得る禁断の快楽園エデンまであと三歩です。いやここで田崎源次郎止まった!何かを思い出したようにかぶりを振り、何かを恐れるように後ずさっています!


「何かキャバクラに嫌な思い出でもあるのかも知れませんね」


―そして諦めたようにキャバクラに背を向け、ゆっくりとコースに戻っていく!田崎源次郎は終わっていない!全身タコに引きずられてボロボロになりながらもその闘志は消えていなかっ、いや再び振り返る!肩越しにキャバクラをじっと見ている!未練がましい!未練がましいぞ田崎源次郎!動けない、田崎源次郎完全に動きを止めました!


「葛藤ですね。目の前の分かりやすい欲望と、心の奥の捨て切れない何かの狭間で揺れ動いているのでしょう」


―さあ田崎源次郎どうする!天使と悪魔の天秤はどちらに傾く!?おっとここでオルガアントリオンが来た!オルガアントリオンが地中から飛び出してきた!直撃!田崎源次郎直撃です!まるでボールのように吹っ飛んでいく!


「あそこで立ち止まっていなければこの直撃は有り得ませんでした。選べないというのは時として何よりも重い罪となります」


―そんなことは露知らず、地上に戻ってきたオルガアントリオン爆走!ついに本気になったか、凄まじいスピードです!一瞬にしてアルターダゴンと並び、シャイニーサジタリオを捉えようとしている!シャイニーサジタリオ、背後に迫るタコとミミズから逃げるように速度を上げる!後続は一気に混戦模様となってきた!先頭は未だにハナコアドマイヤー、まさかこのペースをここまで保つとは驚異的です!ユニコーンにはスタミナという概念が無いのか!?しかし我らが王者アイズオブユミルも負けてはいない!決して離れることなく射程距離に捉え続けている、確実に仕留める必殺のタイミングを待ち続けている!後ろからエンディウミオン!エンディウミオンがアイズオブユミルに並んだ!

第二ストレートも終わりに近づき残すはカーブとゴール前の直線のみ!全く展開が読めなくなってきた!

ハナコアドマイヤー、先頭のままカーブに差し掛かる!ここでアイズオブユミル!アイズオブユミルがついに来た!数多のライバルを抜き去り葬ってきた必殺の差し脚がついに炸裂!いつまでもルーキーに前を走られてたまるかと言わんばかりに追い詰める!しかし最終カーブを終えて先頭は未だにハナコアドマイヤー!信じられません、ユミルが差しきれない幻獣が存在したのか!観客席から絶望の悲鳴がこだまする!エンディウミオンも不気味に背後に迫っている!残るはゴール前の直線のみ!逃げ切れるかハナコアドマイヤー!差せるかアイズオブユミル!残り500m!ハナコアドマイヤー、ここで伸びが止まった!アイズオブユミルが並ぶ!ハナコアドマイヤー、外側によれていきます!ハナコアドマイヤーついに一杯か!いや、ハナコアドマイヤーの様子がおかしい、減速しながらコースの外側に寄っていく、あ、座った!ハナコアドマイヤー、ターフに座り込みました!ハナコアドマイヤー、トラブルか!そのままアイズオブユミルが抜き去っていく!これは決まったか!


「騎手のユリスさんもあぶみを外し、ハナコアドマイヤーの背を心配そうに撫で擦っています」


―そうですね、あと一歩の所でしたがハナコアドマイヤー、無念です。独走態勢に入ったアイズオブユミルそのままゴールへと、あ、いや、これはまさか


「……ユミルも止まりましたね」


―なんということでしょう、アイズオブユミル、残り100mという所で停止!ハナコアドマイヤーの方をじっと見つめています!鞍上のクラウス、手綱を懸命に引きますが微動だにしません!まさかこんなことが!人馬一体の代名詞とまで言われたユミルとクラウスが!クラウス、手綱を引くのを止め、ユミルの首を擦りながら顔を覗き込んでいます。ユミルもクラウスの瞳をじっと見つめ返します。これは、意思疎通をしているのでしょうか?


「パドックでも申し上げましたが、霊格の高い幻獣は言語を介さないだけで我々より遥かに高い知性を持っています。故に、我々の側が歩み寄ればそう難しいことではないでしょう」


―あーっ、クラウス諦めたように首を横に振った!アイズオブユミル、ゆっくりとハナコアドマイヤーの方に近づいていきます!いつの間にか後続のエンディウミオンもハナコアドマイヤーの側に寄り添っている!今、アイズオブユミルがハナコアドマイヤーの元へと着きました!クラウス、今鐙を外し……降りました!アイズオブユミル落馬!アイズオブユミル落馬です!エンディウミオン騎手の司祭も同様です!まさかこんな結末になろうとは!再び管内に悲鳴がこだまする!おっとここでようやくシャイニーサジタリオとキャッサバ三世が追いついてきた……が、両騎共に既にゴールを目指しておりません!猛然とハナコアドマイヤーの方へ駆け寄っていく!両騎手、最早止まる時間も惜しいとばかりに馬上から飛び降り前回り受け身で着地!シャイニーサジタリオとキャッサバ三世に何か指示を出しながらハナコアドマイヤーのもとへ駆けつけます!この瞬間シャイニーサジタリオとキャッサバ三世の落馬が確定いたしました!シャイニーサジタリオとキャッサバ三世、コース外へと走り出し、何かスタッフの方に叫んでいます。これは……ええ、はい、分かりました。どうも医療スタッフの招集、あと大量のお湯を要求しているとのこと。これは……教授?


「まさか……そうなのか?私のあの仮説が、正しかったというのか?本当に、そんなことが……」


―教授?


「……パドックでも解説致しましたが、ユニコーンはその目撃情報の少なさから、殆どの生態が謎に包まれている正に幻獣です。その中でも最大の謎とされてきたのがユニコーンの生殖方法です」


―生殖、ですか?そりゃあオスとメスで


「ユニコーンの伝説を思い出して下さい。『ユニコーンは心清らかな乙女のみにその背を許す』。この事から、ユニコーンは長らくオスしかいない、単性生物だとされてきました。しかしこの点に関して議論は尽きず、『乙女にしか心を開かないからと言ってオスと断定するのは早計ではないか、百合の可能性はまだ残されている。それを言うならまだ見つかってないだけで薔薇の可能性もあるだろう、いや童貞を好むメスのユニコーンが居たっていいのではないか、獣姦おねショタとは業が深いにも程が有るぞ貴様何をバカな私はただ純粋に学術的好奇心に基いて』等と、王立幻獣アカデミーでは日々激論が交わされているのです」


―国の金でそんなことを。


「連日の徹夜による疲労の中、突如脳がクリアになった私はある閃きに取り憑かれました。『ユニコーンに性別は無いのではないか』と。私のこの発言は一笑に付されました。しかし、私は奇妙なまでに強い確信を抱きました。ユニコーンは如何にしてその命を繋いでいるのか、その方法を。そしてその確信そのままの光景が今私の前にある」


―あの、教授?あー、えーおっとレースの方はまだ続いています!凄まじい勢いでアルターダゴンを抜き去ったオルガアントリオン、ゴールへ向かって爆走する!ハナコアドマイヤーの一群には目もくれない!脊椎動物の情緒など俺には関係ないとばかりに突き進む!止まらない、オルガアントリオンは止まらない!アルターダゴンも負けじとより強く飛び跳ねる!しかし、ダメだ一歩及ばない!オルガアントリオン今ゴール!続いてアルターダゴン!1着オルガアントリオン、2着アルターダゴンです!


「ユニコーンは心清らかな乙女のみにその背を許す。何故その伝承だけが残されているのか。私はそこに鍵があると考えた。それがきっと真実なのだと。。純粋な精神のみの結合、心からの無償の信頼関係がユニコーンと人との間に結ばれた時、ユニコーンは次代の命を生むことが出来るのだと!それは即ち『心から信頼できる者を背に乗せ、全力で大地を駆けた時』!それが今日、ここでなされたのです!ご覧なさい!」


―あっ、本当です!ハナコアドマイヤーの下腹部、性器も何もないツルリとしたお腹からまるで透けるように小さな脚が飛び出している!出産!ハナコアドマイヤー出産です!しかし様子がおかしい、ハナコアドマイヤーの周囲、皆一様に顔を青くしていますが、教授


「まずい、アレは後ろ足だ!逆子です!」


―はい、こちらにも現場の状況が今伝わってきました!ハナコアドマイヤー、出産に入りましたが逆子です!医療スタッフがなんとか引っ張り出そうとしていますが、状況はあまり良くない模様、騎手のユリスさんを始め周囲も手を貸していますが苦戦している!おっとその横を今、田崎源次郎が走り抜けようとしている!田崎源次郎まだ走っていた!タコに引きずられミミズに突き飛ばされ文字通り満身創痍ながらもまだ走っていた!田崎源次郎、ハナコアドマイヤーの方を見ながらも何かを振り切るように通り過ぎようとしている、いや止まった!田崎源次郎、三度みたび止まりました!震えている、田崎源次郎肩を震わせながら何かをこらえるようにじっと耐えている!





ああああああああああああああ!もおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

なんでや!なんでこうなるんや!





―田崎源次郎吠えた!全てを振り捨て、我武者羅にハナコアドマイヤーの方に走っていく!




なんやそのへっぴり腰は!お前らそれでも大の男かい!嬢ちゃんも牧場の娘なんや

ろ、ビビっとらんでしっかり腰入れんかい!そんなんでこっこが取り出せるか!

見ろ、こうやるんや!!




―田崎源次郎、堂に入ったフォームで飛び出た脚を掴みます!猛然と引く!顔を歪ませ汗を迸らせ、恥も外聞もない必死の形相で懸命に引きます!周囲もそれに習って腰を入れて引っ張る!




ちくしょう、ちくしょう!なんでや!なんでなんや!朝から晩まで毎日毎日クソ 

まみれの家業が嫌やった!ワイの人生はクソまみれになるためにあるんとちゃう!!だから、だから全部捨てて飛び出したんや!けど飛び出した先でもどうにもならんで、それで流れ流され結局これか!ワイの人生はどこまで行ってもクソまみれなんか!これがワイの天命やっちゅうんか!恨みます、恨みますで神さん、ワイの人生にクソしか置かなんだアンタのことを恨みます!クソックソッ、クソが!なんで、なんでや!なんでワイはこの手を止められへんのや……!!





―田崎源次郎泣いている!ありとあらゆる体液を顔中の全ての穴から垂れ流している!しかしその姿は美しい!騎手のユリスさん、クラウス、シャイニーサジタリオもキャッサバ三世もエスメラルダ王妃も皆必死の形相で泣いている!いや会場のすべてが今涙を流しながら声援を送ります!頑張れハナコアドマイヤー!頑張れ田崎源次郎!あっ出た!出ました!今赤ちゃんの全身が出ました!出産!ハナコアドマイヤー出産です!今、新たなユニコーンがここ王立アルバトゥルス・スタジアムに産まれ落ちました!拍手!会場中から万雷の拍手と歓声が送られます!


「いえ、まだ終わってはいません。最も重要な『継承』がこれから行われます。赤子の頭をご覧ください」


―おや?そういえば赤ちゃんの頭にユニコーンの角がありません!これは一体どうしたことだ?


「ユニコーンの角はその聖性の象徴。故に一つの時代に一本のみが受け継がれるのです。今、その譲渡が行われます」


―ハナコアドマイヤー、未だ息を荒くしながら赤ちゃんの方に頭を寄せていきます。そして、鼻面同士をすり寄せ始めました。あっ!?ハナコアドマイヤーの角が消えていく!まるで幻のように消えていきます!そして赤ちゃんの頭にうっすらと短い角が現れ始めている!ああっ、ハナコアドマイヤーの眼が!角の消滅に合わせてハナコアドマイヤーの瞳が閉じられていきます!


「ユニコーンは一つの時代に一体のみ。おそらく不死鳥フェニックスに近い生態を持つのでしょう。こうしてユニコーンは新生を繰り返してきたのです」


―ユリスさんが、震える手を伸ばしてゆっくりとハナコアドマイヤーのたてがみを撫ぜます……取り乱さず、まるで聖母のような笑顔で涙を静かに流しながらハナコアドマイヤーの背を撫でています……今、ハナコアドマイヤーの瞳が完全に閉じられました。最後に一筋の涙を流し、ハナコアドマイヤー、今その役目を終えました……おや、聖王竜エンディウミオンが、その翼を広げました。そして飛んだ!エンディウミオン、その体を光り輝かせながら天に舞い上がっていきます。上空でエンディミオン更に強く光り輝き始めた、まるで太陽のようです!そして、飛び散った!無数の光の粒子になってエンディウミオンが今この場を去りました!管内に光の粒が降り注ぎます、まるで雪のようです!


「おそらくエンディウミオンは今日のことを予知したのでしょう。そして全てを見届け、祝福するために降臨したのです」


―なんと神聖な光景でしょう、私もはや言葉もありません……あっ、立った、立ちました!生まれたばかりの小さな小さなユニコーンがその足でしっかりと立ちました!そして歩いてゆく!光の雪の中をただ一頭、ゴールへと向けて歩み始めました!こんなことが、こんなことがあるのでしょうか!?そして田崎源次郎、アイズオブユミル、シャイニーサジタリオ、キャッサバ三世がそれぞれの騎手を再び背に乗せ、ゆっくりとその後ろを見守るようについて行く!ハナコアドマイヤーの騎手ユリスさんのみが、その膝にハナコアドマイヤーの頭を載せたまま、ただ、ただ慈しみの眼差しでその後姿を見送っている!あと50m、あと10m,そして今!



 クォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


―嘶いた!ゴールラインを越えた瞬間、新たなユニコーンが天に向かって嘶きました!そして他の選手も今ゴールラインを越えた!大歓声、天を割くかのような大歓声です!こんな瞬間に立ち会えるとは、この仕事をやっていて本当に良かった!そして、おや、今掲示板に『3着・田崎源次郎』の文字が表示されました……?


「そういえば田崎源次郎だけは失格になってなかったんですね。無騎乗なので」


―そういえばそうでしたね。それではレースの方は一着オルガアントリオン、二着アルターダゴン、三着田崎源次郎となりました。誰がこんな結果を予想し得たでしょうか。これだからC・Sはやめられない!


「あの、でも審議ってランプが付いてますが」


―おや?本当ですね。今ジャッジ団が審議に入りました、はい、写真判定を行うとのことです。しかし、写真判定が必要なシーンってありましたっけ?


「あ、まさか。やっぱ駄目だったのかなアレ」


―教授、何か心当たりが?


「あーいや、勘違いだといいんですが、とにかく写真を見てみましょう」


―そうですね、今ターフビジョンに問題の写真が表示されます。オルガアントリオンのゴールの瞬間、そこから二馬身離れてアルターダゴンですね。特に問題はないように見えますが……


「あーやっぱり……あの、オルガアントリオンの口吻の部分を見て下さい」


―はい?あっ、騎手の姿がない!そこに首だけ出ていたはずの騎手の姿がありません!何処かで落馬していたのでしょうか!?


「多分断崖に激突したときですね。あの時騎手は首だけ出していたので、あのままだと頭から突っ込むことになったはずなんですよ。だから、反射的にのでしょう。そして御存知の通り、ミミズというのは土をその口吻で捕食しながら掘り、それを消化して排出しながら進むものなので……」


―あっ。


「まあ本望なんじゃないですかね。趣味って言ってましたし」


―えっ、あっ、あーはい今判定が出ました!オルガアントリオン、落馬という判定!オルガアントリオン失格です!いやー残念でしたね、落馬じゃしょうがないですね!だとすると一着は繰り上がってアルターダゴンか?


「いやそっちの方もよく見て下さい。画像の端っこのちょっと見切れてるとこ」


―あっ、これは人影か?はい、今確認されました、あれはアルターダゴンの騎手です!全身吐瀉物まみれになりながら落下しています!既に医療室へ運ばれ看護を受けているので命に別状はないということですが、アルターダゴンも落馬、失格です!


「気力だけであそこまで保たせたんでしょうが、ゴールラインを超える瞬間に気が抜けちゃったんですね。しかし、あそこまで保ったことをむしろ褒めるべきでしょう」


―そうですね、となると、これは……


「はい、約一騎を除いて全て失格ということですね。つまり」


―はい、今掲示板に結果が表示されました!第100回アルバトゥルス王国杯、優勝は田崎源次郎!田崎源次郎がこのG1を獲りました!田崎源次郎、何が起きたのか分かってない様子でキョトンとしている!一方管内はどよめいています。無理もありません!なんとそのオッズは12600倍!これは記録的です!


「やあ、凄いことになりましたね。まさか当たるとは」


―あっ、まさか教授買ってたんですか!?


「なんかよく分かんなかったので一番凄そうなのを買っといたんですよね。いや良い土産ができました」


―教授、この後飲みに行きませんか。勿論おごりで。


「申し訳ございませんが妻との先約がございますので」


―チッ!えーそれでは、第100回アルバトゥルス王国杯、これにて終了です!実況は私ハロルド・マッケロイ、解説は希少幻獣専門家のケモノス・イシュカーン教授でした。それではアルバトゥルス・スタジアムからさようなら、またの機会にお会いいたしましょう。


「本日はありがとうございました、さようなら」



  終

――――――

制作・著作 AHA








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幻獣レース クリプテッド・スタリオン 第100回アルバトゥルス王国杯 不死身バンシィ @f-tantei

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