第22話 拷問に使える小説であっても(『ミシシッピ・シークレット』)

 昨年、とある情報番組を見て猛烈に憧れた一場面があった。


 アラスカを走る鉄道の小さな駅のキオスクのようなスタンドで、自作の本を売ってる中年女性にインタビューをしたものだった。なんでも、その土地の開拓者の子孫であるその女性が、祖父母だったか曾祖父母の時代の暮らしぶりをまとめた本であるという。その駅に降りるお客さんが時々買っていくとのこと。アラスカ版の『大きな森の小さな家』のようなものだろうか? 読みたい、読んでみたい……! と本そのものにも惹かれたのだが、それよりも「駅のスタンドで自作の(おそらくインディーズの)本を売る」という生き方に猛烈に憧れたのだった。

 

 自然豊かな駅のスタンドで自分の作った本を自分で売る! それを暮らしの足しにする! 


 金銭的な贅沢はむりだろうが(確かあの女性も何かしら本業を持っていらっしゃった筈)、精神的には満たされていそうなその生活。なにそれ、うらやましい……。人生が何パターンも体験できたら、ぜひとも一度はそういう生活してみたい……。

 日々の生活に疲れていたこともあって、無責任にそのような夢をみたのだった。まあ、よく聞く出奔や蒸発への夢に通じるものだろう。


 ところで、アメリカの出版事情には通じてないので詳しくはしらないが、翻訳小説などの訳者解説を通じて「リトルプレスから自分の小説を売る」という出版形態があることを知り十数年。リトルプレス、ということばは日本でもたまに耳にするようになったが、同人誌のサークルが法人化したようなものだろうかと非常に雑な解釈をしている(本来正確な意味を調べたりしなきゃならないのだが、うろ覚えで物事を語るというこのエッセイの趣旨にそってそのようなことはしない。気になった方は各自おしらべください)。まあなんにせよ、そういう形態にも憧れるのだ。採算はとれなさそうだがやりがいはあるだろうなぁ……リトルプレス。



 そんなことを考えていると、ある小説のことを思い出す。


 その作品のヒロインは、物語のラストで自分が書き溜めていたロマンス小説を本にして恋人と一緒に車に乗って全米をセールスして回るのだ。う~ん、やっぱり小説ならではな夢のような話。生活のことを度外視したそういう人生を送ってみたいという気持ちが高まってしまうので、日々の暮らしがいやになって逃げだしたくなった時などはつい目を瞑ってその小説のことを思い出すのだった。

 自分が魂かけて書いた物語を本にして、旅をしながらそれを売る。いいなぁ……。 

 

 たとえその小説が作者の知らない所で、「血も涙もないベテランスパイを縛り付けたうえで朗読して聞かせる」という拷問に使用されていたとしても。

 そしてどんな苛烈な拷問にも耐え抜いてきたベテランスパイが、その小説を聴くだけで「知ってる情報はなんでも話すから頼むからやめてくれ」と懇願するような出来であったとしても――。


 

 というわけで、今回とりあげたい小説はリジー・ハート、『ミシシッピ・シークレット』についてである。


 どういった小説なのか簡単に説明すると、アメリカ南部の田舎町で暮らすロマンス小説を書くのが生きがいのアラサー女性が、自分の知らないうちにある宇宙人やナチの残党もかかわるとある陰謀に巻き込まれて命を狙われたりするもののなんだかんだで恋人ができたりしてハッピーエンドで終わる、そんなコメディタッチのアクション小説だ。創元推理文庫の一冊で、確か2000年前後に本屋で見かけて購入した記憶がある。

 話題になっていた様子もなく、絶版品切れ状態になって久しい。

 宇宙人とナチの残党と、ロマンス小説ばっかり書いているアラサー女性という組み合わせから、なんとなく「肩ひじ張って読む類の小説じゃないな」と察していただけるかもしれないが、その通りである。肩ひじはって読んでいたら「ふざけんな」と怒り出したくなるようなことばかり平気でおきる小説だ。ついでに言うと、訳文があまりよくないのかちょっと読みにくかった……。


 そんな小説だが、私のツボにはまってしまい、ふとしたおりに思い出す一冊となってしまっている。


 まず、主人公のアラサー女性・ローズがいい。


 小説を書いている時だけ私は自分の人生を生きているのだと信じ、自活するために昼間いやいや働いている銀行の窓口業務では失敗してばかり(それでも全然悪びれない)。頭の中は常に自分が書いているロマンス小説のヒーローであるカウボーイ詩人のことでいっぱいで、現実に起きる出来事は即座に自分の物語世界に取り込み反映させてしまう。

 それくらい精魂こめて取り組んでいる小説なのだからさぞかし立派な小説なのだろうと思いきや、大傑作だと信じているのは本人だけ。生活能力のないローズの面倒をほぼ見ている実の兄やその妻、作中で出てくるアマチュア作家仲間からの評価は散々という代物(「あのカウボーイ、東西南北を一周して出発点に戻っちゃったわよ」みたいなツッコミがおかしかった)。


 年を重ねても大人になりきれず、客観的にみればゴミみたいな小説なのに、それを書く自分こそが本当の私であり「いいかげんまともな生活を送れ」と説教する身内に対して心の中で悪態を吐き続けるというヒロイン……。お前は俺か! という感想しかない。

 初読の時は大概若かったので、「こんなイタい人間になってしまったら終わりだ」と怯えまくっていたけれど、去年あたりふと再読してローズの生きざまには心打たれた。身内にいたらハタ迷惑な人間には違いないが、それでも己の核をそこなうことなく、自分一人だけは自分の書く作品は傑作だと信じ続けるローズ。これこそ作家の鑑ではないかという気がする。と同時に、小説投稿サイトの隆盛で可視化されたアマチュア小説の書き手の姿とローズが重なって見えてしまう。

 自分もこうして拙いなりに小説を書いてみる身になると、ローズには有る種の共感と言うか戦友意識のようなものが芽生えるのだった。



 が、やっぱり実人生でそばに居られると困る人間ではあるので、ローズにはちょいちょいツッコミが入れられる。その筆頭格が町で電機店を営む兄とその妻で、小説に夢中なあまり奇行が目立つローズには手を焼いている真っ当な市民感覚をもつ常識人というあたりがバランスがとれていて好ましいが、この夫婦も古いテレビドラマのマニアでコスプレをして行為に及ぶことがあったりするちょっと変なところがあるのがおかしい。


 そしてローズが後々関わり合いを持つことになる、女性のアマチュア作家集団たちも個性的で皆いい感じだ。書きたい本も、好みのファッションも性格もバラバラな女性たちが「自分の本を出版したい」という夢のためにチームを組んで悪と立ち向かうことになる様子はセーラームーンかプリキュアかという趣で非常によろしい。



 ものを書く女、鋭いツッコミ、華やかな女性チーム、脱力するようなアクションコメディー、しかし書かれてる内容は自分の夢に立ちはだかる奴は全力で蹴散らすという熱くてい一本筋の通った内容――と、私にとっては好きになる要素ばかりでできた小説なのでとにかく愛おしい一冊なのである。

 ローズが本当に「これぞ小説を書く女!」というリアリティに満ち溢れているので、できれば復刊してほしいものだ。採算はとれなさそうだけど。



 さて、先にローズが恋人と全米を旅しながら各地で自作を販売するようになるというラストをばらしてしまったけれど、身内や作家仲間からの評価は散々だったロマンス小説は売れたのかどうなのか。それは読んでのお楽しみ、ということで。

 

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