エピローグ

 午後4時30分、ランカー王決定戦は閉会式を終えていた。

解散した訳ではないのだが観客の一部はアンテナショップで他のレースを観戦していたりする。

それ以外には、レースの結果をつぶやきサイトで議論しているようなタイムラインも散見された。

それだけ、今回のレースには得る者があったという証拠かもしれない。

「まさかの展開だったな」

「順当と言う言葉で片付けられるような事はないだろう」

「結局、妨害しようとしていた連中は何者だったのか?」

「脅迫状が出ていたり、ネット上でそうした発言が拡散されていた訳ではない――結局、謎だったと」

「それこそご都合主義と言うやつじゃないのか?」

「ネット炎上等は、何の変哲もないような物でも炎上する可能性がある――ネット炎上のメカニズムが判明した今日でも、知らない所で炎上が発生する」

 ギャラリーからは色々な声が聞かれていた。しかし、それらの発言が原因でネットが炎上する可能性もあるとは――誰も気づかない。

数日後には、草加市が様々な観点からゴシップ系週刊誌の販売制限、超有名アイドルの宣伝活動制限などを含めた条例をまとめ上げ、ネット炎上に関しても規制を目途に動くと報告された。

そうした条例が出来るきっかけになったのは、言うまでもなくARガジェットを悪用した犯罪が増えた事に関しての対策なのは――ネット上でも分かっているのだが。

しかし、今回のネット炎上に関しては突発的な物とは限らないと言う説も浮上しており、謎が多いかもしれない。



 少し時間を巻き戻して――午後4時10分、既に4人のプレイヤーは完走を果たしている。

後はスコアの発表を待つのみなのだが――周囲が慌ただしい所を見ると、集計で手間取っている可能性も高い。

『現在、スコアの集計中です。結果発表まで、今しばらくお待ちください』

 アナウンスによると、既にスコア集計作業に移っているようだ。判定に関しては終わったという事なのか?

しかし、今回のプレイにチートが使われて、レースその物がしらけてしまう様な事はないようである。

高性能な不正ガジェットが使われていたとしたら、ここまでの接戦にはならないはずだろう。

仮に八百長の様な物が仕組まれていたとした場合――アナウンスが別物になるのは間違いない。

「一体、何が起きているのか――」

 リベッチオはARアーマーを解除し、インナースーツ姿でベンチに座っている。

結果の方は逆転優勝の可能性がない訳ではないが、自分でもミスの箇所を認めている為――逆転は厳しい。

不正やチートで相手が失格になれば――という考えは浮かばない。そんな事を望んだとしても、ネットが炎上するだけだ。

それこそメシウマとか――悪しきレッテルを貼られかねないのは目に見えている。

「この流れでは、勝つのはアイオワかビスマルクか――」

 別のエリアでは、ARアーマーのメンテを申請していたヴェールヌイの姿があった。

ただし、インナースーツにARメットと言う姿の為に正体は分からないという――相変わらずの仕様だが。



 谷塚駅付近のアンテナショップで観戦していた比叡(ひえい)アスカは、今回の結果だけでは今までを含めたすべてを変える事が出来ないと考えていた。

「ビスマルクかアイオワ、どちらが勝ったとしても――流れが変わるとも思えない」

 彼女はコーラのペットボトルを片手に、自分が落ちてからのレースも観戦している。

さすがにハンバーガーはテーブルに置かれていないが――食べ終わった後と言う訳でもないらしい。

ギャラリーの数は、ピーク時には30人ほどいたのだが、今は比叡を含めて10人程と少ないようだ。

そして、自分が参加していなくても今回のレースは――これからの動向を含めて目撃する必要性があった事もある。

「しかし、自分が意図しない内にやってしまった過ちを繰り返さない事は――出来るのかもしれない」

 自分が行ってしまったネット炎上、それを取り消す事は不可能である事も分かっている。

これからは同じ失敗を行わないようにすればいい。そして、それを原因にして大規模なテロが起きると言う事も考えられる。

「これからすべき事――か」

 コーラのペットボトルは既に空っぽだが、それを捨てる事無く、右手に持ったままでセンターモニター近くを離れる。

すると、丁度のタイミングでランカー王を得た人物の名前が発表されたのだ。



 遂に、その瞬間を迎える事になった。周囲には緊張感にも似たような空気が漂っているようである。

『発表します。第1回リズムゲームプラスパルクール、ランカー王決定戦の優勝者――』

 読み上げている人物は、大和朱音(やまと・あかね)である。彼女の手には、既に優勝者の名前が自身のタブレット端末を通じて送信されていた。

『ランカー王の称号は――ビスマルク――』

 大和が読み上げたと同時の大歓声で、一時的だが大和の声が聞こえなくなるというトラブルが起こる。

それ程の衝撃であるというのは、会場にいる人物であれば当然と言うべきか。

『驚くのも無理はないと思いますが、優勝したプレイヤーに聞こえない可能性もあるので、少し静かにしてもらいたいと思います』

 あまりの反響に大和の方も困惑しており、歓声を上げていた観客に対して静かにするように注意をする。

大和としても、ここまで反響があるとは思っていなかった。それ程の人物がランカー王の称号を得たのか――と。

『ランカー王の称号は、ビスマルクの手に!』

 最初の発表では歓声で聞こえなかったのだが、次の静まり返った後の発表ははっきり聞こえた。

それを聞いたビスマルクは言葉が出なかったのである。

周囲の声も聞こえなくなるような程に緊張していたという訳ではないのだが――。

彼女の手は震えている、目には涙――と言う様なテンプレの様子ではない。



 それから5分後、ビスマルクは大和の目の前に現れた。彼女からランカー王の称号を受け取る為である。

「おめでとうと言うべきか判断に迷うが、見事な活躍だったと思う――」

 大和は言葉を選びつつも、ビスマルクにランカー王の称号を渡す。

実際に渡す――と言ってもビスマルクのARガジェットにデータを送信するだけなのだが。

「データにウイルスは入っていない事を確認しているが――」

 大和はビスマルクの方を見るのだが――大和がビスマルクの前で手を振っても反応がない。

ARバイザーのメットをしたままなので、表情を確認出来ない――それが仇となった瞬間だろうか?

しかし、大和が心配していた次の瞬間には、ARバイザーを開き、ビスマルクが素顔を見せる。

「ちょっと、気持ちの整理が付いていなかったので――」

 ビスマルクの顔面を見ると、汗まみれ――と言うべきだろうか。汗に交じって涙も流れているような――そんなイメージさえも持たせるような表情だった。

息を切らしていると言うよりは、優勝が決まった事に関して緊張していたのかもしれない。

「無理は禁物だ。救急車を手配する事も――」

「そこまでは心配ないです。ARアーマーには、未知の機能もあるのでしょう」

 大和が救急車を呼ぼうとした際には、ビスマルクが断りを入れる。

それを踏まえれば、特に問題はないようだ。若干ふらついているような気配もするので、大和の方は本気で心配しているが。

ARガジェットには、運営にも未解明のブラックボックスがあるのはネット上でも議論されていたのだが――未だに全貌は明らかになっていない。

『私はランカー王の称号を得ましたが――次も取れるとは限りません』

 ビスマルクの発言を聞き、周囲がざわつき始める。まさかの連覇宣言ではなく――。

普通のプレイヤーであれば連覇宣言や連勝宣言は当たり前のようにアピールが行われているのを――周囲にいる観客は知っていた。

だからこそ、ビスマルクの発言を驚いていたのである。控え目に言っているわけでなく、表情からは本気にも聞こえるだろう。

『ランカー王の称号、それは特定の人間しか獲得できないような物ではありません。超有名アイドルの様な買収等の裏工作で獲得した物ではない――』

 この発言を聞き、一部の人間がネットを炎上させようとスマホの操作をするのだが――電波が県外の為に送信が出来ないでいた。

おそらくは草加市では一般的なスマホを使用不能にしている可能性がある。

ARゲーム専用のガジェットであれば通信可能と言う可能性も――否定できない状況だった。

『ARゲームにおけるチートは、ある意味でも犯罪行為と同義であるのを認識してください。チートを使用した事で環境が変化し、本来のプレイヤーが離れ――ゲームが終了するのも目に見えています』

 ビスマルクは過去の動画でも言及したチートの危険性を改めて訴えた。

ARゲームに限らなくても、さまざまなゲームやそれ以外のジャンルでもチートに類する違法行為は存在する。

1回のチート行為が自分自身の運命を歪めてしまい、その隙を超有名アイドルファンや炎上メディアに悪用される事が高い――そうとも言及した。

『理想のゲームバランス、それは人それぞれに感じる物であり、運営がコントロールする物ではないと思います。ですが――それをチートを使って崩すのは違うでしょう』

『これからのARゲームは賞金制大会やイースポーツ化、更には日本を離れた海外へ進出する事も視野に入っています』

『だからこそ、これからもARゲームを好きでいて欲しいのです! 正常なコンテンツ流通が行える環境であれば――ARゲームを続ける事は可能なのですから!』

 ビスマルクのコメントには、かなりの割合で印象深い物があった。ARゲームもひとつのコンテンツにすぎないのだ。

ARゲームだけが特別じゃない。それは超有名アイドル勢力等にも言えるのだろう。唯一無二のコンテンツはあるのだろうが――それを政治家が勝手に決めつけるような事は、あってはならないのだ。

それこそが――今回の超有名アイドル商法を巡るネット炎上を起こした原因なのだから。



 こうして、一連のリズムゲームプラスパルクールを巡る事件は、一応の決着を迎えた。

ガーディアンや他の勢力による事件の真相の調査は続くし、ARゲームも終了する訳ではない。まだ、ゲームは続くのである。

今回のARゲームを巡る事件は、様々な部分で課題を残す結果となり、今後のコンテンツ展開等にも生かされるだろう。

そうでなければ――彼らが動いていた意味がない。それぞれ個人で答えを見つけるべき部分もあるし、みんなで見つけていくべき問題もあるだろう。

【2020年のコンテンツイベントはどうなるのだろうか?】

【そこまでに対策を考え、再び炎上事件が起きないようにするのが――これからの課題だろう】

【結局、ネット炎上はメカニズムも一部解明したはずなのに、炎上は起こってしまう】

【歴史は繰り返される】

【真実は語られずにもみ消される可能性もあるが、それはどうなる?】

【芸能事務所や政治家が都合の悪い事案を――】

 ネット上では相変わらずのテンプレとも言えるやりとりが繰り返される。

何度目撃したのだろうか――と自問自答しそうなほどに。

「規制法案は保留したが、悲劇が繰り返されるのを阻止する為にも個人のモラル等が重要になるだろうな」

 コンビニでテンプレのタイムラインを見ていたのは、アイオワである。

結局、アガートラームが修理されて戻ってきたのだが――その機能が作動する事はなかった。

「アガートラームが起動しないという事は、チート勢力は壊滅したという――」

 アイオワがふとつぶやいた矢先、アガートラームの電源が入ったのである。

どうやら、電源スイッチを自分で押してしまったらしい。

「マップにチートプレイヤーの表示がされている。まさか――?」

 表示されたマップには、チートプレイヤーのいるであろう地点にマーカーが表示されていた。

しかも、その場所は草加駅近くだったのである。

「やはり、光がある所に闇があるように――純粋にゲームを楽しむ人間に対し、不正プレイを行う人間がいると言う事か」

 そして、アイオワはマーカーの表示されているエリアへと向かう。

不正プレイや違法コンテンツを排除していく運動は、これからも続くだろうか。

それは上からの圧力や権力を振りかざして行うべきではないし、法律等で保護主義的に走るものでもない。

この問題は、それぞれが考えなくてはいけない問題なのだ。



 それから数日後、ネット神と言われたヴィザールは今までのネット炎上で自分の名前を騙った事例に関するレポートを公開した。

【違法手段によるコンテンツ流通は、マフィアの収入源にされてしまう危険性を持っている。だからこそ著作権保護は重要である】

【だからと言って、超有名アイドルの様な特定勢力が特許を独占、特定テレビ局が過剰な著作権保護を宣言するのもおかしな話だ】

【テレビ番組の違法アップロードは違法であり、行った人物を年齢関係なく実名報道する――そうした噂がネット上で拡散し、炎上した事もあった】

【コンテンツは一次創作のみが存在してもよいという原理は――】

【ガイドライン違反は論外だが、一次創作の風評被害になると言う理由で二次創作を弾圧するのは間違いである】

 その他にも記述はあったが――彼の言う事が正しいかどうかは、今すぐ決めるような事ではないだろう。

コンテンツ流通、それは正しい方向で進めなくてはいけないのだから。

 


 7月10日、ランカー王の動画が100万再生を超えた事がネット上で話題となっていた。

【割と順当な100万再生だな】

【急速に上昇した訳ではない。不正手段で再生数を稼いだわけではないようだが――】

【ランカー王が決定したと言うのに、予想以上に100万再生の時期が遅いように見える】

【遅いというよりは、動画のアップされた時期が時期だった。それを踏まえても、まだ早い方と思うが】

【動画がアップされたのは6月23日だったか】

【開催から早い段階で投稿されていたのも――】

 動画を視聴しての感想としては、当たり障りのない物が多かった。

それは実際のARゲームを未プレイである人物が視聴した物であり、プレイした人間とは反応が異なる。

【やはり、あの時の試合は僅差のスコアだったのか】

【アイオワが勝っていたと思ったら、そう言う事だったのか――動画を見て改めて分かった】

【ビスマルクがコースアウトをして原点でもされたのかと思ったが――】

 ランカー王の動画に関して、ビスマルク自身も視聴済みである。

それとは気づかない視聴者は、若干的外れなコメントを残す事もあるだろう。

「やはり、あの時の僅差は――」

 彼女は動画を見て、僅差で勝利したあの時を再び思い出していた。

「偶然にしては出来過ぎているのかもしれないが――」

 ゴールした際、最終的にほぼ同着だったのは覚えている。

しかし、スコアに関しては確認していなかった事もあって――レース当時は分からずじまいだった。

実際にコースアウトに近いような近道をした際にスコア集計が表示されなかったりしたトラブルもあり、そこから回復していないとゴール時には思いこんでいたのである。

最終的にはゴール直前でスコア表示が回復し、分かる人物にはビスマルクの勝利は分かっていたのだ。



 ここで、レース当日まで時間を巻き戻す。

ゴール直前の10メートル弱、そこで僅差とも言えるような展開が起きていた。

「ARゲームの未来を守る為の――」

 アイオワが叫ぶのだが、直前で白いオブジェクトが出現――それをタッチしたタイミングは微妙にずれていたのである。

これが判定としてはグッドと言う判定となり、パーフェクト時とはスコアが異なったのはこの為だろう。

最終的な結果としては、この判定が決定打となったのかもしれない。

「コンテンツ流通を変えるだけの可能性を――このランカー王の称号で!!」

 ビスマルクにはノートが見えていた。見えていたというよりは、タイミングを微妙にずらし――最後に出てくるであろうオブジェクトを見切っていたようでもある。

これは、複数のARゲームをプレイした結果として第6感が研ぎ澄まされていた等の可能性もあるが、ビスマルク自身も詳しくは分かっていない。

ある意味でも『奇跡』だったとレース後に語っていた。それを聞いているのは、大和朱音(やまと・あかね)だけだったのだが――。



 今回の動画だけでなく、魅力的な動画が多数アップされた事でARゲームも盛り上がって行った。

その中でもリズムゲームプラスパルクールは、ビスマルクだけでなく多数のランカー等の影響もあって、その人気は風評被害を受けて降下していたのが嘘の様な状態である。

それでも、人気1位と言う訳でなく――上位にはさまざまなARゲームが存在していた。

CDランキングでは超有名アイドル無双が続き、それがランキング至上主義を揺るがせる状態となったのは言うまでもない。

それに加えて、さまざまな勢力がランキング工作等を行う事で――ここから先は、容易に想像できるだろうが。

「ARゲームはまとめサイトや炎上サイト等の勢力に対抗する為の力は手に入れた。次は、どう出るか――」

 別のまとめサイトをタブレット端末で見ていたのは、天津風(あまつかぜ)いのりである。

サイトを見ていた場所と言うのは、草加市で行われているコスプレイベント会場の外――入口に近い場所と言うべきか。

何故、彼女がARゲームに関して――と言うのは誰も言及する気はない。これも相変わらずの光景である。

コスプレと言っても、ARアーマーを装備しているだけで注目されると言う状況なので――試合のときに使用したARアーマーを装備していた。

なお、会場内でもARゲームフィールドが展開されており、一部会場ではARゲームの体験プレイも可能という。

こうした交流イベントで、ARゲームの認識を広めようと言うのが運営の目的らしい。

「今は、この状況を楽しまないと」

 天津風は、小休止後にタブレット端末を省電力モードに変更し――別のエリアへと向かった。



 天津風を遠目から見ていたのは、覆面姿のヴィザールだった。

彼のレポートは後に超有名アイドルコンテンツの方向性を見直す流れを生み出し、それは草加市以外にも波及する事になる。

しかし、彼は超有名アイドルや特定芸能事務所を排除する事を目的としてレポートを発表した訳ではない。

このような流れになったのは、ヴィザールも少々残念に思っている。

しかし、そういう風に認識されるような空気を生み出した芸能事務所側にも責任問題がないという訳ではないだろう。

「芸能事務所側の改革は――これから先の課題になるか」

 次の瞬間、ヴィザールは覆面を脱いでいた。その正体は草加市内では見ないような顔である。

ただし女性ではなく、男性であり――若干のイケメンな気配もした。特撮作品の若手を思わせるだろうか?

「コンテンツ流通のこれから――ARゲームでも、それを仕事とする人物も現れるかもしれない」

 一息ついた後、彼は再び仮面を被った。そして――草加駅の方角へと姿を消す。

一体、彼は何を訴えようとしていたのか?

それは誰にも分からないが、一連のネット炎上は仕組まれていた可能性もあるとレポートにも報告がされていた。

しかし、ヴィザールは真犯人を探すよりもコンテンツ流通の正常化を行う方が最優先であるとレポートに記している。

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