新たなランカー

 4月10日午前11時37分、比叡(ひえい)アスカは別の部屋へ通された。

先ほどの男性スタッフではなく、今度は女性スタッフが同行している。

別の部屋は、何かの実験室的な光景だが――さすがに人体実験をする訳ではない。

周囲に置かれているコンテナを見る限り、ARゲームに関する部屋なのは間違いないが。

「ARガジェットだけではゲームは出来ません。特にアクション系はARアーマーが義務化されていますので――」

 他にも女性スタッフは色々と話していたが、専門用語に関しては分からない物が多いので比叡は聞き流していた。

しばらくして、個室の試着部屋に案内されたのだが――中に入るとお店にあるような試着室と変わりがない。

ここで何をするのかは分からないが、女性スタッフが案内している以上は試着関係と言うのは把握している。

「ここでは、こちらの動作テストをしていただく事になっていますが――」

 どうやら、試着ではないらしい。手渡されたガジェットを受け取り、画面に表示されたボタンを押すと自分の周囲が光に包まれた。

数秒後には黒いインナースーツ姿になっていたが、どんな構造なのかは比叡には分かっていない。

しかし、これに深いツッコミを入れるのも無粋な事なのだろう――と判断した。おそらく、それが正解なのだろう。

印象としてはSFアニメにあるような瞬間装着のイメージが近いだろうか?

「これがARスーツ――」

 実際はインナースーツだけでなく、アーマーも装着するのでスーツとは若干違うかもしれないが。

比叡は瞬時にスーツが装着されただけで驚いている一方で、これから起こる出来事について行けるのか――若干不安になっていた。



 午前11時50分、草加駅前には別のARゲームが展開されていた。ジャンル的にはダンスバトルと言うべきだろうか。

このARゲームは賞金制度は対象外だが、そこそこの人気があるようでギャラリーの方も50人~100人の範囲で集まっている。

身長170センチ位、メイド服に黒髪ツインテールと言う外見に注目を浴びそうな気配もするが――彼女は体格がぽっちゃりと言う事もあり、あえてスルーという可能性もある。

しかし、周囲からぽっちゃりだと言う事でスルーされたとしても――それを気にして激怒するような表情は見せなかった。性格がマイペースだからだろうか?

メイド服と言う割には動きが凄かったというのもあり、ギャラリーの注目を浴びた可能性は高い。

「ARゲームのイースポーツ化は加速していくか――」

 彼女の名はローマ。しかし、それが本名でないのは有名な話でもある。

カタカナで有名過ぎるネームはネーム被りも多く、ARゲームでも例外ではなかった。

そうした事情で、誰もローマと言う名前には突っ込まないのかもしれないが。

【賞金制度の影響でチートや不正が減る事を祈りたい】

【あからさまに不正をしようと言うプレイヤーは出るのか?】

【ARゲーム自体が18歳以上でないとプレイ出来ないような環境に近い。そこまで警戒する必要はないと思うが】

【賞金と言っても、税金で持って行かれるのだろう?】

【ガイドラインを見ていたら、予想外の記述があったぞ】

【簡単に説明するならば、賞金額が低い代わりに税金が免除されるとの事だ】

 ローマはARガジェットではなく、手持ちのスマートフォンでつぶやきサイトのタイムラインを見ていた。

イースポーツとは色々な意味で差別化を図ろうとしているのか、あるいはARゲーム独自の賞金制度を作ろうと言う努力があるのか――その詳細は分からない。

「どちらにしても、ARゲームを取り巻く環境は変わっていく。それは、もう過去の形へ戻らないという意思表示なのか」

 ローマは遠目で見ていたARゲームの結果も気になるが、それよりもお昼を食べようとお店を徒歩で探し始めている。

リズムゲームの方のスコアは、そこそこと言える物だが――ランカーには程遠く、スコアで注目を浴びる事はなかった。

しかし、ローマはヲタクゲーマーやプロゲーマーの様なカテゴリーの人物ではなく、このスコアでもさほど驚かれないのは別の理由がある可能性も高い。



 午前12時、お昼のニュースではトップニュースに国際スポーツ競技大会の件を取り上げると思われたが――。

『ニュースの時間です。本日、超有名アイドルグループに所属する新人グループのCDが初日でファイブミリオンを――』

 男性のニュースキャスターが伝えたニュースは、ネット上でも予想外とするような話題である。

アイドルの新曲がシングル売り上げ初日500万枚突破と言う物だが――どう考えても国営のニュースでやるような物ではない。

この手のニュースはバラエティー化したワイドショー、アイドルファンを呼び込む為の視聴率稼ぎに利用するテレビ局のやるようなことだ。

一体、何が起きていると言うのか? それを知る事が出来る手段は存在しない。

おそらくは過去にあったような超有名アイドルの行う事に疑問を抱いてはいけない――あるいは超有名アイドルの言う事は絶対とするディストピア――そうした可能性もあった。

しかし、アカシックレコードでも過去に事例があったとはしても、今回の様な明らかに不信感をあおるようなニュースを大きく取り上げる事はないだろう。

つまり――スポーツ競技大会の中止に関して、超有名アイドル絡みという取り上げ方をしないようにと言う指示があった結果、ニュースその物をなかった事にしているのかもしれない。

事実は変わらないというのに、マスコミは何をしているのか?

「結局、国際スポーツ競技大会のスポンサーに超有名アイドルが絡んでいたのは間違いないのか――」

 ファストフード店のテーブル、そこにはトレーにやきそばパンとベーコンピザトースト、ホットコーヒーが乗っている。

1人用の席に座ってスマートフォンのワンセグを視聴していたのは、身長187センチ、黒髪のセミロングに黒眼の女性だった。

しかし、彼女の服のセンスは皆無と言ってもよく、ミニスカートに胸の谷間も隠すようなワイシャツを上着として身に付けている。

貧乳なので、胸の谷間を強調出来る訳ではないのだが――彼女は巨尻であった。バランスが悪い訳ではないので、3サイズは普通だとしても――。

なお、服に関しては別のファストファッション店で購入し、それに着替えているのだが――センスが良くなったとは言えないのは、宿命なのかもしれない。

「ARゲームの存在を抹消しようという存在が、意図的にニュースを差し替えているのか」

 長門(ながと)クリスは、報道されているニュースに関してアフィリエイト系まとめサイト等が差し替えている可能性を示唆する。

しかし、国営のテレビ局がネットイナゴやフーリガン、アイドル投資家等を利用してコンテンツ炎上を行う勢力――アフィリエイト系まとめサイトに力を貸すのだろうか?

あるいは報道バラエティー系で超有名アイドルの特集ばかりを組むのは、特定グループのステマなのでは――。

色々と探す事はあったのだが、今は食事の方が先だろう。

「深く考えても、エンドレスになるだけか」

 今は昼時である。せっかくの食事も冷めてしまう可能性もあり、食事に集中する事にした。



 4月10日午後1時、アンテナショップ近くのコンビニで昼食を済ませた比叡(ひえい)アスカは、早速ARガジェットを試そうと周辺を見回す。

しかし、何処も満員状態でパワードミュージックをプレイ出来そうにない。まるで、夏と冬に行われる同人誌のイベントの様でもあった。

割り込みに関しては電子整理券を発行するシステムを採用しており、割り込みが出来ない仕様なのだが1時間待ちはザラである。

「本当に、登録者的な意味でも大盛況なのか?」

 比叡は若干の疑問を行列から感じ取るのだが、それでも空予約と言う事で大量のキャンセルが発生する訳でもない。

今回は仕方がないので、ガジェットを入手出来た事だけでも収穫があったという事で家へ帰る事にした。

「ARゲームはジャンルによって、その人気にばらつきが出ると言う。それに――」

 白い提督服を着ていたガーディアンは、ARゲームのモニターを見ながら何かの違和感を感じていた。

ARバイザーに表示されたのはチートプレイヤーの反応を示すメッセージであり――。

【草加市○○エリアでチートプレイヤーを発見しました。現地へ向かえるガーディアンは――】

 このメッセージが意味するのは、近くにチートプレイヤーが現れた事。

それに加えて、あの勢力が姿を見せたという事でもある。



 その比叡を発見したのは、別の超有名アイドルファンと思われる男性だった。

購入した物がパワードミュージックと言う事で、ピンポイント襲撃を考えているのだろうか?

しかし、そのアイドルファンは別の人物によって目を付けられていた。その人物とは――。

「貴様は――!?」

 男性は背後から姿を見せた訳ではなく、正面から唐突に姿を見せた人物に対し、何も抵抗が出来ないままに気絶する。

何をされたのか――彼も気づかない内の気絶だった為、比叡の方も驚くしかない。

実際に気絶させた人物が使った技術、それは光学迷彩と言っても差し支えのないような――非常に精度の高いステルス技術だった。

しかし、それで欺けるのはARバイザーと言うARゲーム専用のモニターシステムを着用している人物のみで――周囲の一般人からは姿が丸見えだったのである。

一般人が姿を見る事が出来ると言っても、周囲の人物が超有名アイドルファンに教えるはずがない。

それだけ超有名アイドルと言う単語に対し、一般市民は恐怖を抱いている可能性も高いのだが――それが真実かどうかは定かではなかった。

「ARゲームにエントリーもしていないプレイヤーを襲い、ガジェットをオークションサイトで転売、その資金で超有名アイドルのCDやグッズを購入し、アイドル投資を――」

 残念ながら、彼女の言う事は男性には聞こえていないだろう。手加減の必要があったとはいえ、軽いパンチ一発で即気絶である。

パンチの速度は比叡にも見える程のスローなもので、プロの格闘家であればガードも容易だろう。

しかし、そのパンチでさえも超有名アイドルファンには見えていなかった。まるで、少年漫画にあるような超高速のパンチとでも思ったのだろうか?

それが意味しているのは、彼が使用していたARガジェットが不正ガジェット――チートだった事になる。

ARゲームでは不正チートに関しては厳しく取り締まっており、使用が発覚するとライセンスはく奪などの処分を受けるのだが、それでもチートを使ってひと儲けをしようと言う人物は後を絶たない。

「お前達の様なネットイナゴは――ARゲームに不要な存在とも言える」

 彼女は通常であればARガジェット及びアーマーを装備しているのだが、今はメイド服姿であり、素顔もARバイザーで隠されていて判別は出来ない。

そして、この人物が天津風(あまつかぜ)いのりだと気付いたのは――今回の一件を見ていたギャラリーも気づいていなかった。

実際の話――彼女のもう一つの姿でもあるリズムゲームヒロイン・アマツでならばかろうじて話題になりつつあるので、知っている人物もいるのかもしれないが。

「結局、リアルでもARゲームでもアイドルを取り巻く環境は同じと言う事か――」

 天津風は複雑な表情で、今回の事件を起こした犯人を駆けつけたガーディアンへと突き出した。

ガーディアンの方も天津風に対して身分証明を求めたのだが、彼女は身分証明を出す事を拒否する。

これが警察相手であれば、公務執行妨害だろうが――ガーディアンの場合は話が別。チートプレイヤーに対しては賞金がかけられているケースもあり、それを狩るハンターも実在していた。

「ARガジェットの認証を確認した。こちらを身分証明の代わりとして――」

 ガーディアンの男性はARアーマーを装着しているのだが、これもARバイザー経由でしか確認できない。

インナースーツ姿に関しては市民も確認出来るが――この辺りがARゲームの最大の特徴と言えるのかもしれないだろう。

彼が確認したのは天津風のARガジェット。所有しているナックル型のガジェットの認証コードを確認し、そこから天津風の名前を割り出したのだ。

それを確認すると、ガーディアンの表情も複雑だった。ガーディアンにとって、天津風は同業者ではないのだが、やっている事は似ている。

もしかすると、ガーディアンは天津風に対して同族嫌悪を抱いたのかもしれない。



 午後3時、比叡は別のゲーセンに姿を見せる。一度は帰宅したのだが、それはARガジェットを置いてきたのみであり、別の用事を思い出したとも言えるかもしれない。

「本当に――あれがリズムゲームなのか」

 比叡はゲーセンに置かれている様々なリズムゲームを確認しながら、ある事について考えていた。

それは、パワードミュージックである。過去にはARゲームと言う概念が一般化する前、様々な表現方法として色々な異次元の楽器が存在していた。

そうした楽器の亜種として、ARゲームのリズムゲームがあり、パワードミュージックがあるとすれば――それからヒントを得た可能性も高い。

「リズムゲームの概念が崩れ――いや、既に1メーカーが独占するようなシステムではなくなっている証拠か」

 過去にリズムゲームでは特許問題が存在していた。格闘ゲームでは紆余曲折の末、問題が長期化する事は回避され、格闘ゲームブームが生まれた。

その格闘ゲームも、システムやキャラ設定等を工夫する事で様々なゲームが誕生したが、ここ最近はマンネリ気味になりつつある。

しかし、イースポーツ化等の流れが格闘ゲームに新たな可能性を生み出したのは間違いない。

 その一方でリズムゲームはどうだろう。ノーツが上から降ってくるタイプの物はあるメーカーが特許を取得し、それから長い間は1メーカーの独断場とも言える状態が続いていた。

格闘ゲームの勢いが減った辺りでリズムゲームが注目されたが、特許問題が足かせになる。

しかし、特許に影響しない範囲でシステムを再構築した結果、様々なメーカーがリズムゲームをリリース出来るようになった。

「システムがマンネリ化しているのは、格闘ゲームではなく――」

 リズムゲームの方がマンネリをしているのではないか、と考えた比叡は特にゲームをプレイする事無くゲーセンを後にする。

全くプレイしないのもアレだったのか、近場にあったコースを走るような感覚のリズムゲームをプレイしようと思った。

「このシステムは――」

 2つのボタン型の特殊なレバー、縦型画面の筺体――この機種自体は最近リリースされた作品ではない。

しかし、比叡はこのゲームに何かを重ねていたのである。気が付くと、比叡はコイン投入口に100円玉を入れていた。



 午後3時5分、チュートリアルをプレイしていた比叡は感じていた何かが――似ていると思い始めている。

何に似ているかと言うと、パワードミュージックである。コース上に現れるターゲットをリズムに合わせてボタンを叩く――システムとしては似ているだろう。

ARガジェットでも、やる事は同じだ。別所で見た動画では、手持ちのARガジェットで出現したターゲットを斬り落としていた。

動画のプレイヤーは刀型のARガジェットを使用していたのも理由の一つだが――どうやってリズムを合わせるのだろうか?

「このボタンを、こう叩くのか――」

 画面を見ながらプレイしていく比叡の姿、それは自分が数年前にリズムゲームに出会った時の頃――それと重なっていた。

既に何作もプレイしていた関係で、大体のシステムはチュートリアルを一度見ればある程度の応用は出来てしまう。

格闘ゲームでも一部のコマンドが共通している事もあり、自分が使いこなせそうなコマンドをメインとしたキャラを使う事が多いのと同じ原理だろうか。

投げ技タイプ、対空タイプ、バランスタイプ――格闘ゲームでは、そう言ったタイプ分けも可能である。

しかし、リズムゲームではそう言うタイプでは分けられない。それは筺体が原因と言っても過言ではないだろう。

「リズムの合わせ方さえ分かれば――」

 チュートリアルが終了し、比叡が選択した楽曲はカラオケなどで有名なJ-POP、話題のアニソン、ネット上で10万再生以上を超えるようなソーシャルミュージック――そうしたカテゴリーではなかった。

彼女が選択したのは、難易度が5と中間に位置しているようなオリジナル楽曲だった。

オリジナル楽曲はメーカー独自色も出ている事もあり、この手のリズムゲームでは多くプレイされている。

それらの楽曲が滅多に他社メーカーのリズムゲームに収録されていないのも、その理由の一つだろう。



 4月10日午後3時30分、ゲームセンターでリズムゲームをプレイしていた比叡(ひえい)アスカ、気が付くと2クレジットはプレイしていただろうか?

比叡の両手も汗でぬれていた。リズムゲームで汗をかくと言うのはおかしいと思われがちだが――機種によっては、体力を使う場合もあるので、油断はできない。

近くにおしぼりが置いてある訳でもないので、手持ちのバッグからタオルを取り出し、それで手の汗を拭きとる。

「やはり、あの感覚は――」

 あの動画で感じた物、それが先ほどのリズムゲームでも確認できた。

つまり、パワードミュージックはこのゲームをベースにしている可能性が高い――と比叡は確信する。

その後も比叡は様々なリズムゲームを様子見するが、資金的な部分もあってプレイはしなかった。

その状況を遠目で見ていたのはビスマルクだった。別のゲーセンでARゲームをプレイ後の為、白ベースのインナースーツを着ている。

「彼女は確か――あの時の」

 ビスマルクはゲーセンに入り、ARゲームをプレイ後に比叡の姿を見て、そこから様子を見ていた。

白のインナースーツだとぽっちゃりの体格が目立つのだが、それに関して指摘をするような客はいない。

下手にARゲーマーに因縁を付けてトラブルになるのを懸念している可能性が高いのだが、それよりも客が懸念しているのは別の理由だ。

「やはり、ここでもARゲーマーは異常に警戒がされているのか」

 ARゲーマーと関われば、ネット上で晒されると言うのは超有名アイドル商法が無双していた時代から言われている。

実際、ARゲーマーと一般人によるトラブルも報告されていたが、これらのトラブルは不正ガジェット等を使用したプレイヤーによる物が多く、逆に不正行為が晒されると言う逆効果を生んだ。

芸能事務所としては上位プレイヤーのスキャンダル等でコンテンツ流通を止めようとしていたのだが、こうした考えを持った芸能事務所は過去に何度か検挙されている。

マスコミを利用してステルスマーケティングや炎上マーケティングを芸能事務所側が展開しようとして――最終的に自滅したという話もネット上では聞かれていた。

古代ARゲームに関する記述も、芸能事務所側の陰謀説が大きく――埼玉県内では大手芸能事務所が町おこしを潰そうとしているという話もある程。

そうした様々な事件がガーディアン結成のきっかけとなり、今では大きく週刊誌で取り上げられるような事件は起きていないと言う。

それは埼玉県内だけであり、それ以外のエリアでは芸能事務所の話題が週刊誌でも取り上げられている。その辺りを取り上げれば、売り上げが伸びると考えているパターンだろうか。



 午後4時、つぶやきサイトで目撃されたあるつぶやき――それが、一連の事件の火種とも言えるような物に見えたと言う。

【あのARゲームはロケテスト中の作品なのか?】

【あれは欠陥品だ。下手をすれば、デスゲームを助長する】

【それよりも、超有名アイドルのタイアップ機種を作った方が儲かる】

 様々な書き込みが炎上を煽るような物ばかりだったが――それらの書き込みは瞬時にして削除され、アカウントも凍結された。

それもそのはず、この書き込みをしたのはアイドル投資家であり、いわゆるネットイナゴを呼び寄せようとしたサクラである。

一種のステマと言えるのかもしれないが、この投資家が単独で行った物か、芸能事務所と組んだ物かはこれから調査を行う事になるだろう。

「このやり方は過去にARゲームが炎上したやり口と同じ――結局、パワードミュージックもアカシックレコードと同じ筋書きをたどるのか――」

 コンビニ前で一連の書き込みを見て懸念を抱いていたのは、天津風(あまつかぜ)いのりである。

書き込みを見ていた手段は、ARメットに搭載された標準インターネットブラウザだ。このブラウザを使えば、メットを被っていてもネットを閲覧できる。

それに加えて、ARメットには交通事故防止のシステムがある為、歩きスマホの様な危険行為でネットが炎上する心配もないだろう。

さすがにARゲームを見てマスコミがねつ造記事でも書こうと言う物であれば、芸能事務所に買収されたと反超有名アイドル勢力等に叩かれるのが目に見えているのかもしれない。

そういうレッテルが貼られている可能性が高かった――と言うよりか、超有名アイドルに対する風当たりが埼玉県では悪い理由が、それである。自業自得と言える可能性は高いのだが。

 メイド服姿でARメットで顔を隠している彼女を見て、指を差すような市民はいない。

子供でも下手にARゲーマーに対して小馬鹿にでもしようと言う物であれば――と言う可能性もあるのだが、そうしたガイドラインがあると言うのは聞いた事がない。

ARゲームを町おこしにしようという草加市の意向を組みとって――と言えるかどうかは、ネット上でも賛否両論である。

その人物がARメットで確認していたのは、一連のつぶやきをまとめたと思われる一種のまとめサイトだった。

「このアカウントも現在は凍結されている以上――」

 次の瞬間、天津風はARメットを脱ぐ。その素顔は黒髪のロングヘアーにメカクレ――という属性を持っていた。

片目だけ視力が悪いという訳ではなく、単純にメカクレはその方が自分にとっても都合がよいと事だろうか。

しかし、空気を少し吸った所でメットを再び被った為、その正体がつぶやきサイト等で拡散する事はなかった――らしい。

「どの世界でも、炎上マーケティングは行われ、それを行えば他社を出し抜けると本気で思っている上層部がいる――哀しい話だ」

 しんみりしているような表情も魅せる事無く、天津風は炎上マーケティングを行う芸能事務所を切り捨てる。

マスコミのやり方も賛否両論だが、天津風が許せないのはせっかくの技術を間違った使い方で広め、誤認識の末に風評被害を植えつけることだ。

特定のまとめサイト、アイドル投資家、超有名アイドル商法――コンテンツ流通を何とかしようとしても、こうした勢力を一掃しないといけない所まで追い詰められている。

「我々が行うのは核戦争の様な物ではない――コンテンツ業界を正常化する為の行動を起こす」

 天津風の活動も、実は超有名アイドルと言うリアルチートを対処しようと言う物なのである。

しかし、こうした動きを芸能事務所側は炎上マーケティングとまとめサイトを利用して拡散し、一種のガーディアン勢力が超有名アイドルの活動を邪魔している――と間違った認識を植えつけているのだ。

その結果として、超有名アイドルが炎上マーケティングとステマを組み合わせたチートとも言えるようなビジネスモデルを確立し、コンテンツ業界を混乱させている。

これが――アカシックレコードでも語られている超有名アイドル勢のチートビジネスなのだ。



 4月11日午前10時、ゲームセンターが開店する頃、ARゲームの方もメンテナンスを終えてアンテナショップがオープンし、ARゲームもプレイ可能となる。

基本的に商店街や道路等を使用するARゲームでは、周辺住民に迷惑にならないように午後8時以降のプレイは不可だ。

中には深夜時間帯でもARガジェット及びアーマーが展開可能な場所もあるが、それは非合法の賭けバトルの類ではなく、深夜でもプレイが認められている特別エリアと言ってもいい。

ARサバゲー等の深夜フィールドを売りとしているジャンルでは成人限定ではあるのだが――深夜0時以降のフィールド出入りも認められているようだ。

閉鎖している間は道路の舗装やARゲームで使用するレンタルガジェットのメンテナンス等を行う。こうした万全の準備があってこその、ARゲームの運営が神運営と言われている理由の一つかもしれない。

ただし、こうした事例はごく一部しか報道されていないので、縁の下の力持ちと言えるアンテナショップや運営の活動は知られていないのが現状だ。

知られていないからこそ、こうした活動を正しい認識で広めようと言う人物もいる。そうでもしないと、芸能事務所側がネット炎上させようとするのは――。

「特に大きな事件は報道されていないか」

 アンテナショップでマップの更新を行っていたのはビスマルクである。

彼女は別のARゲームをプレイする為にもマップを更新していた。

ARゲームにおけるマップはゲーム中に使用する物だけでなく、ARゲームの設置場所、ジャンル検索等にも利用できる。

そして、彼女が探そうとしていたのはパワードミュージックの設置場所だった。

しかし、マップを更新しても表示されている場所は3か所しかない。

「谷塚、草加、松原団地の駅周辺だけ――なのか?」

 10日にエントリー受付が始まったばかりなので、対応場所が少ないのも仕方がないのだが――これではリズムゲームの先行稼働にも似たような状態である。

結局、ビスマルクが最初にする事はパワードミュージックの専用ガジェットを取り扱っているショップ探しだったと言う。

日付的なラグで設置個所は他にもあるかもしれないが、公式サイトの更新を待つしか場所を発見する方法はないだろうか。

自分の足で探すという手段もあるが、ARゲームでは無数のジャンルがある関係で非常に難しい。

パワードミュージックの様な新規作品であれば、尚更だろう。



 午前10時10分、谷塚駅付近のARゲーム専用サテライト筺体を眺めているのは、私服センスが皆無な長門(ながと)クリスだった。

彼女はARリズムゲームをプレイする訳ではないが、サテライト筺体でプレイ動画を鑑賞している。

サテライト筺体はモニターとARゲームのカード発行及び再発行、プレイクレジットの支払い等の役割を持つ。

「成程――これがパワードミュージックか」

 長門が見ていたのはチュートリアル動画ではなく、ロケテストが行われていた時のプレイ動画である。

ロケテスト当時の物は、ほとんどが削除されているとばかり思われていたのだが、稼働当日の10日なって発掘されたらしい。

それを有志のプレイヤーがアップし、再生回数はうなぎ登りで上昇している。

「しかし、見た目は少年漫画のバトル物にも見えるが――フィールドが狭いのも原因か」

 長門の初見印象、それは一部のプレイヤーが思っていた事と同じだった。

やはり、その光景は少年漫画のバトル物に見えるらしい――比叡(ひえい)アスカと同じ事を思っていたのである。

「フィールドが狭いのは、プレイヤーが任意指定しているだけと言う話。ロケテスト当時は広いフィールドがレンタルできなかったという話らしい」

 長門の隣に姿を見せた女性、身長170センチの長身だが、長門と違う特徴もあった。

それは、彼女が提督服と呼ばれる某有名ゲームに出てきそうな服を着ていたからだ。

更には左目に黒色の眼帯、黒マントも装備と怪しい外見なのだが――これらも草加市内ではコスプレとして処理され、逮捕される要因にはならない。

「貴様――何者だ?」

 長門が怪しむのも当然であり、逆に怪しまない方がおかしいだろう。ただし、何かのコスプレと勘違いするようなギャラリーは除外する。

それは、彼女が提督服にアレルギーを持っている訳ではなく、違うARゲームジャンル出身と感じ取ったからだった。

実際、彼女の提督服の下には黒のインナースーツ、それに左腕には特殊なクリスタルの装飾が特徴のARアーマーが見えた。

眼帯の段階で、何処かの有名戦国武将を連想するだろうが――そう言った甲冑とは違う様な装備なので、長門が警戒するのも無理はない。

「こっちはお前を即座に斬ったりするようなことはしない。それに、このガジェットは――」

 彼女が左手に持っていた物、それはリズムゲームのコントローラを思わせるようなガジェットだったのである。

リズムゲームと言っても、太鼓ゲームの様な和風チックな物でもなければ、アンテナショップで見るような汎用タイプでもない。

それを見た長門は、即座にパワードミュージックのプレイヤーだと確信した。

先ほど、彼女が出ていた動画を見ていたので当然と言えば当然の反応だが――。それがなくても、一部のプレイヤーが反応していたので、それを見れば何となく気づくだろうか。

「私の名は、木曾アスナ――パワードミュージックの上位ランカーだ」

 木曾(きそ)アスナ、彼女はそう名乗った。

長門が見ていた動画――そのプレイヤーネームも、偶然の一致かもしれないが、1プレイヤーが木曾だった。

「木曾――だと?」

 長門は改めてモニターを直視すると、画面に映っている人物と目の前の人物はアーマーの違いがあるのだが、同一人物と言う程に一致している。



 4月11日午前10時20分、この日も晴天であり――ARゲームをプレイする為に草加市へ訪れる観光客等が多くあふれている。

草加市に関しては平日でも祝祭日でも似たような状況となっており、それだけARゲームの注目度の高さもうかがえるだろう。

 コンビニ前のARゲーム専用サテライト筺体、谷塚駅や周囲のコンビニ等に置かれているのと同型であり一種のゲームエントリー受付とも言える。

サテライト筺体の前でARゲームのエントリーを行っていたのは、長門(ながと)クリスと木曾(きそ)アスナだった。

彼女たちの装備は、既にプレイする為の用意を済ませているようだが――。

「このサテライトではパワードミュージックはプレイ不可――そちらの望むARゲームで受けて立つよ」

「では、ガジェットのチェックを――?」

「成程。このエリアで選択できるARゲームは満席が多いのか」

「満席の中には30分待ちもある。さほど混雑しない機種で良いか?」

 木曾がパワードミュージック以外で挑戦を受けると言ったが、長門のガジェットチェックで木曾の使用しているガジェットに適合するジャンルが少ない。

対人戦の場合、お互いに同じゲームのデータがある事が大前提となる。片方が所持していなくても、新規エントリーすれば問題はないのだが。

それに加えて両者がシステムデータを持っているゲームで共通している作品が少ないのもネックだったようだ。

そういった事情も踏まえ、混雑しない機種を選ぶというやりとりもあったのである。この状態になる前には、一つのやり取りがあった。



 あの時、長門の隣に姿を見せた女性、左目に黒色の眼帯、黒マントも装備と怪しい外見――それが木曾だったのである。

「私の名は、木曾アスナ――パワードミュージックの上位ランカーだ」

「上位ランカーと言ったか?」

 長門は木曾の言った『上位ランカー』と言う単語に過剰反応した。

それこそが木曾の思うつぼと言う訳ではないのだが、狙いの一つにも見える。

「ああ、確かに上位ランカーと言った。それも、パワードミュージックの」

 木曾が何もないような所から出現させたのは、形状が若干特殊なARバイザーである。

その形状はツインアイが特徴の物であり、その姿は異質と言っても過言ではないだろうか。

「ARゲームはデスゲームの類ではない。それを踏まえた上で、勝負をして欲しいと言ったら、どうする?」

 長門は、木曾の提案を飲む事にした。提案の裏に何かがあるのは分かり切っており、明らかな罠とも取れる。

しかし、木曾の表情を見る限りでは意図は何かあったとしても罠を仕掛けているような気配は見受けられない。



 午前10時25分、あれから時間が経過しているのだがサテライト筺体の受付を行ったのに、なかなか順番が回ってこない。

「ARゲームは新作が稼働開始した際に一番混雑するのは、ネット上でも言われている常識だ。それを知らなかった訳ではないだろう」

 長門の一言を聞き、木曾の方も若干思い出したかのように相槌を打つ。

「それでも、パワードミュージックは稼働開始した初日こそ混雑したが――今は劇的に緩和されているはずだが」

 木曾の方も謎の混雑はパワードミュージックのせいではないと言うのだが、タブレット端末で待ち時間を確認した所――。

「一部エリアでトラブル?」

 これと同じニュースは長門も確認していたが、驚いたのは木曾の方である。

トラブルの種類は回線やシステム不具合ではなく、物理トラブルだ。誰かがサテライト筺体でもたたき壊したのだろうか?

コースの破壊でも物理トラブルと認識されるが、そこまでに発展するとケーブルテレビ局等が臨時ニュースとしてテロップを打つだろう。

「内容は調査中と出ているが」

 長門がニュースの詳細を確認しようとしたが、調査中と出ていて内容は不明扱いになっていた。

現場へ行く事も視野に入るような展開だが――2人は悩んでいる。



 同刻、トラブルの起きたエリアは谷塚駅から数百メートル先の広場とも言える場所だった。

広場と言うには、周囲には学校があったりするのだが――周辺住民からは許可を得て設置されている為、その部分の問題は解消されたとばかり思われていた――のだが、事件は起こったのである。

ギャラリーと言うか野次馬も若干数ではあるが集まり始め、その中にはネットを炎上させようと言う人間が混ざっている可能性もあった。

「筺体が破壊された訳ではないようです。この筺体を破壊できるとしたら、それこそ大砲を持って来いと言うレベルですので」

 調査を担当していた男性スタッフは、周囲の現状を見て驚き声をあげる。

サテライト筺体は破壊されておらず、エラーが出た原因は不明だ。

エラーの種類が物理トラブルである以上、何処かに破損の形跡が残っているはずだが――。

「とりあえず、応急処置を行って――?」

 スタッフが応急処置を行う為、サテライト筺体の近くに設置されている太陽光発電機を確認した所、その原因が判明した。

何と、太陽光パネルが一部で盗難されていたのである。どう考えても総重量100キロオーバーと言う物を、白昼堂々と盗んだ事には周囲も驚きを隠せない。

パネル自体は数十枚のパネルを1枚に組み立てるタイプであるが、1枚でも欠けると充電出来る電気量が代わってしまう為、強制停止してしまう。

このシステムが分からないで行われた犯行とは到底考えにくく、明らかにARゲームの妨害を考えた勢力の犯行だろう。

太陽光パネルを転売しようと考えるにしても、パネルがARゲーム専用の特注品なので家庭用には転用できない。

そうなると、考えられるのは一つしかないだろう。それが、ARゲームの運営妨害である。

「パネルの交換は?」

「先ほど手配をしましたので、10分位で応急処置は可能です」

「犯人の目星は?」

「それも監視カメラの情報待ちです。今は、どうする事も出来ないでしょう。それに、犯人が未成年だった場合――」

 男性スタッフ達にも動揺が感じ取れる状況だが、今は1秒でも早くARゲームを復旧する事が最優先である。

太陽光発電はARゲーム以外でも、非常用電源などで利用可能なシステムになっており――これが草加市の経済にも貢献していた。

この他にもさまざまな発電方法で電力を賄っているが、その中には火力と原子力はない。

「何故、草加市ではあれだけのARゲームを運営し、電力を無駄に消費していると言われないのか――」

 野次馬の中には、何処かの週刊誌記者と思われる男性も混ざっていた。

彼は草加市の電力消費量が東京23区の全てを足した数よりも多い可能性を考えているが、それを編集長に話したとしても信じてはもらえない。

むしろ、有名アイドルを解散に追い込めるスキャンダル記事を持って来いと言うのは確定している。

それほどに週刊誌では超有名アイドルを絶対的力を持ったコンテンツにしようという動きがあるのだが――ネット上では、それこそ過去の事例の繰り返しと言う事で冷めきっていた。

「地下に原子力発電所でもあるのか、それとも――」

 記者の方は、しばらく様子を見た後に足早に去っていく。

下手にとどまれば、ガーディアンに通報されてしまう可能性もあったからだ。

 その後、彼らの手際良さもあって15分程で応急処置が完了し、太陽光発電機も正常に稼働した。



 午前10時40分、木曾と長門は指定されたエリアまで移動ユニットで向かう。

移動ユニットはアンテナショップで貸し出しをしている物で、その形状は実体シールドにも似ていた。

確かにシールドと形状は似ているのだが、実際にはサーファーの様にボードを動かす形式だった。その昔、SF映画で見たような技術がARゲームで現実化したとも言える。

「他にもガジェットがあるが、免許等の手続きが不要なのは、これ位だ――仮に使えたとしても、レンタル料は半端ないが」

 木曾は若干慌てているような口調だが、顔は冷静である。

「ニュースでは太陽光パネルが盗まれたとか――」

「その通りだ。ARゲームは太陽光と特殊なエネルギーを交互に使用している」

「特殊エネルギー? まさか――」

「言っておくが、原子力技術は完全に失われている――それも30年以上前に」

「歴史の教科書にあったロシアの――」

「それよりも後に起こったとされる特殊エネルギー技術の革新――それが、原子力消滅と関係があるらしい」

「それと超有名アイドルに関係が?」

「エネルギー事業に芸能事務所が首を突っ込む訳はないだろう。だが、マスコミは特殊エネルギーの技術を魔法と言っているが――それこそ、コンテンツ炎上狙いの発言だ」

 話をしていく内にエネルギーに関係する話になった。しかし、木曾は特殊エネルギーが魔術や陰陽道等の応用技術とは考えていない。

仮に魔法的な技術だとしたら、それこそさまざまな会社等が独占しようと名乗りを上げるのは避けられないだろう。 

「では、特殊エネルギーとは――?」

 木曾が魔法とは違う物と言う以上、長門も若干の興味はあるのだが――。

「それこそ、アカシックレコードに書かれた特記事項――簡単に言えば企業秘密となる」

 木曾の一言は、あまりにもご都合主義的過ぎる物だった。しかし、長門も反論が出来る程に情報を知っている訳ではない。

今は指定エリアまで急ぐ方が先なので、木曾の話は後回しにする事にした。



 4月11日午前10時45分、ボードユニットで該当エリアへ向かっていた長門(ながと)クリスと木曾(きそ)アスナは、目の前の高家に驚きを隠せなかった。

「これは――どういう事だ?」

 長門が驚くのも無理はない。太陽光パネルに関しての修理の方は全て完了した後、パネルを盗んだ犯人もあっさり判明する。

犯人の逮捕は警察の方が情報を掴んだらしく、指定されたポイントに待ち伏せただけで姿を見せ、そのまま御用となった。

この一件があっさりと判明したのには、一つの理由があった。

アイドル投資家の勢力にはAと言う事務所とBと言う事務所に肩入れする投資家が存在するが、それとは別に他の事務所へ投資する人物もいる。

この犯人に関する情報を通報したのが、Aと言う事務所に投資しているアイドル投資家だったのだ。

あからさまな偽名であるディープスロートまで使って。

そこまでして通報するのには、ライバルを減らす等の理由がありそうだが――。

「犯人は既に逮捕されたみたいだ」

 木曾が該当するニュース記事が掲載されたタブレット端末を見せるのだが、そんな事をしなくても長門がARバイザーでニュース記事を見れば早いはず。

「ガーディアンがここまで早いとは――!?」

 長門は感心するのだが、逮捕したのはガーディアンではない。

ニュース記事をよく読むと捕まえたのは警察らしいのだ。警察の方が早かった理由は定かではなく、ネット上でも憶測情報ばかりが拡散している。

「器物破損、窃盗――どちらも警察案件であり、ガーディアンにとっては越権行為だったという見方も――既にまとめサイト等で書かれている」

「どう考えても早すぎるだろう。一体、何が起こっているのだ?」

 長門も警察が逮捕したにしては手回しが良すぎる事に疑問を抱く。

警察も110番を受けて出動した訳ではなく、ある情報を手に入れた事で動いたらしいという別のまとめサイトによる考察もあった。

「こうなってくると、連中の目的は単純にARゲームコンテンツに対するネット炎上――だけとは限らないか」

 木曾の方もため息をするほどに事件の手回しの速さに驚くしかない。しかし、木曾は肝心な事を忘れている。

「そう言えば、ここに呼ばれた理由は事件の事ではないはずだが――」

「そうだった。ARゲームの順番――」

 長門のツッコミで木曾が我にかえり、ARガジェットを確認する。すると、事件関係で捜査等で遅れると言うお知らせが公式サイトに載っている。

「5分か10分は遅れる覚悟をした方がいいか」

 木曾がARメットを脱ぎ、ひとまず深呼吸をする。

その頃には野次馬が集まっている、ARゲームどころではなくなっていた。

しかし、マスコミや報道機関、テレビ局が来なかったのは不幸中の幸いかもしれない。



 その情報が送られて来たのは午前10時30分、事件が確認されてから5分と言う早いタイミングだった。

それも関係して、いたずら通報と言う可能性を捨てきれなかったのが、ARゲーム運営本部だったのである。

それ以外にも、通報自体を誤報と切り捨てた勢力もいる為、この情報を信じて受け取ったのは金になると思った勢力、有名になろうとした悪目立ちつぶやきユーザー等と言うのも――彼にとっては皮肉な話だろうか?

【私の名はディープスロート――ARゲームの妨害活動を行った一連の事件に関する犯人の情報を知っている】

【今回の事件の犯人、それは2016年年末に解散した超有名アイドルグループ――その解散をなかった事にしようとしている暴走したファンによる凶行に間違いない】

【彼らの行っている事は、我々にとっても風評被害でしかなく――何としても排除する必要性がある】

【しかし、我々が行えば――それこそコンテンツ流通に大損害を生み出し、それこそバブル崩壊に匹敵する冬の時代が来る】

【あの勢力は、言うなれば大量破壊兵器と同然――ネット炎上やコンテンツ流通障害だけでなく、特定の超有名アイドルのみしか認められない暗黒時代――】

【超有名アイドル1グループのみが頂点に立つような時代は、2000年代に終わりを告げているのだ!】

【それさえも信じない――時代に取り残された勢力には分からせないといけない】

【彼らにアイドルグループは解散したという事実だけを分からせればいいのだ】

【虚構と現実を理解出来ない時代に取り残された人種――それを完全駆逐する為に】

 当然のことだが、運営側はディープスロートというあからさまに罠と言えるような偽名に対し――疑問を持っていた。

しかし、送られて来た太陽光パネルを外していた人物の写真、報道機関に送られ高い文章の原版、犯人が所属しているグループの情報――運営側が把握していない情報ばかりである。

だが、この音声メッセージはノイズが多いだけでなく、意図的な工作を行った形跡も確認できた。

だからこそ、彼ら運営は慎重になっていたのである。これが仮に偽情報であり、まとめサイト等のネタにするという目的だとしたら――。

 それでも、悪目立ちしようとした勢力やまとめサイト等が次々と記事を作り、アフィリエイト系まとめサイト等も巻き込んだ結果――大事件を引き起こすきっかけとなったのだ。

悲劇を繰り返す事は、コンテンツの価値を下げるだけでなく――海賊版等の流通を許す可能性でさえ存在している。

「ソースのない情報を信じるとは――何処まで見下げ果てた勢力もいるのか」

 素顔を周囲に見せる事無く、アンテナショップへ向かうメイド服姿の人物――天津風(あまつかぜ)いのりは、今回の件に関して動く必要性を感じなかった。

確かに自分にとって、超有名アイドルは許されない事件を引き起こした元凶であり、諸悪の根源とも言えるのだが――。

「しかし、この煽り方はアカシックレコードを悪用する勢力の可能性も否定できないか」

 天津風は更に別の勢力が関係している事で、動こうとも考えるのだが――やはり彼女は動けない。

自分がこの力を得た理由、それはARゲームのトラブルやネット炎上等を止める為の力を求めた為である。

しかし、今回はARゲームが関わっているとはいえ――その内容は窃盗事件であり、自分が出るのはお門違いと考えていた。



 ディープスロートと名乗った人物、彼はARゲームの運営だけでなく複数の勢力に声をかけていたのだ。

ガーディアン組織、反超有名アイドル勢力、マスコミやまとめサイトの管理人にまで。

その為、ソース探しを徹底した勢力、情報の真偽を後回しにして犯人を捕まえようとした勢力等で対応が二分した結果――。

「これが全ての序章――コンテンツ業界を揺るがせる事件の幕開けだと言うの?」

 ARゲームをプレイする前の為、メイド服姿だった飛龍丸(ひりゅうまる)。服のデザインは似ているのだが、天津風とはカラーリングが異なる。

どのように異なるのかは不明だが、天津風が飛龍丸のコスプレをしているような物と考えれば――と言う可能性もあるだろう。

「まさか、今からARゲームを始めようというタイミングで――」

 彼女はアンテナショップで別のARゲームをプレイする為、着替えに訪れたアンテナショップでディープスロートの動画の存在を知った。

その他の勢力がソース探しをしていたころなので、午前10時35分ごろか?

「この情報の広まっている大元を見つけないと――」

 仕方がないので、飛龍丸はカバンからARガジェットを取り出し、そこからネットに繋いで情報を調べ始める。

しかし、このタイミングでは既に遅かったのは飛龍丸は気づかなかった。



 午後1時、一連の太陽光パネル事件が報道されたのは埼玉県内のローカルニュースや関東地方の一部エリアのみにとどまった。

ARゲーム運営側が報道規制をした訳ではなく、犯人の正体的な部分もあったからである。

『逮捕されたのは、いずれも16歳の――』

 アナウンサーは未成年の少年少女のグループによる犯行だったと伝えていたのだ。

これから分かる事は、少年犯罪の助長を防ぐ建前が存在する一方で――。

「ARゲームの――それもインナースーツ使用型は18歳からでないと使用できないはず」

「それに、高校生以下ではスーツに耐えられないという実験結果も報告されていた中で――このような事件が起こるとは」

「彼らの目的はARゲームの年齢制限の緩和だ。一部ジャンルでは年齢制限はないに等しいが――」

「我々としては、無闇にネット炎上を煽るようなコンテンツを生み出す気はないと――他のコンテンツを扱う企業に分かって欲しいと言うのに」

「ARインナースーツ及びARウェポンが及ぼす危険性と少年犯罪を結び付けようと言うマスコミ――どう考えても、超有名アイドルの芸能事務所に依存したコンテンツを生み出した結果だろう」

「結局、彼らは政府とも手を組んで超有名アイドルコンテンツで世界征服をしようとでも企んでいるのだろう?」

「世界征服は関係ないだろう! そうしたいい加減な体勢が一連の事件を繰り返させるのが分からないのか?」

 草加駅近くにある某ビル――そこではARゲームに関係する様々な報告を聞いていたのだが、一連の太陽光パネル事件は幹部にも伝わっていた。

その為、彼らは改めて今回のARゲームを立案した関係者に対し、クレーム処理を依頼していたのだが――。

「こちらとしても、事件は全て把握しています。しかし、優先的に行わなければいけない作業がある中で、芸能事務所の一件に集中するのは自滅行為でしょう」

 会議室の幹部に対し、唯一強気だったのはパワードミュージックの企画原案を担当した、身長159センチの巨乳女性である。

それ以外にも黒髪のツインテール、メガネ、ARゲーム用のインナースーツを隠す為の上着を着用していた。

「パワードミュージック、確かにチートや不正対策に関しては他のARゲームよりも一歩リードしているのは認めよう。しかし、フジョシや一部勢力を締め出すような姿勢が認められるとは――」

 幹部側もパワードミュージックに一定の評価はしている。

しかし、それでも他のARゲーム以上にガイドラインが厳しい事には、自分達の利益的な事を踏まえても肝心出来る事ではない――と釘をさす。

他の幹部も別勢力をゴリ押しや強引な手段で排除する事に関しては賛成できない。それは周囲の空気を見れば分かる事だ。

彼らは、マスコミなどに叩かれないような方法で、一部コンテンツ事業者等の暴走を止めたいのである。

それが都合のよすぎることと言うのは知っているが――。

「確かにどの勢力でも争いをする事なくプレイ出来る環境――それが重要なのは分かっています」

 メガネの彼女は幹部からの視線を逸らす事無く、怯む事無く立っている。

他の開発者はパイプ椅子に座っている人物もいると言うのに。

「それが分かっていて、何故プレイヤー制限をかける?」

 ある幹部の質問に対し、彼女はこう答えた。

「まとめサイトにARゲームのありもしない事を書かれ、ネット炎上した件は消える事のない傷になっています。だからこそ、傷を加える元凶になった勢力には責任を取ってもらう――そう言う事です」

 その後、幹部達は質問をする事も出来ず、黙り込むしかできなかった。

一部の人間は挙手をして意見を出すのだが、彼女に対する質問が出る事はなかったのである。

「これ以上、有意義となるような意見が出ないのであれば――」

 10分後には、彼女も別の用事がある為に会議室を退室――ビルを後にしたのである。

彼女の方は勝手に退室したわけではなく、ちゃんと会議室の出入り口にいた受付の人物に許可を取っていた。

「ARゲームを守る為にも――不可侵領域が存在する事を証明しなくてはいけない。その舞台が、パワードミュージックなのよ」

 彼女の名は大和朱音(やまと・あかね)、これでも20歳と言うARゲームに関係するスタッフの中では一番若い人物でもあった。

彼女の技術力などをもってしても、ネットが100%炎上しないようにする事は不可能に近い。

それこそ、魔法の世界――あるいはご都合主義の世界とも言えるだろう。

だからこそ、限りなく炎上件数0へ近づける為の準備を行う必要性があった。

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