エピソード1『比叡、エントリー』

彼女の名は比叡

 4月10日午前10時、草加駅ではなく谷塚駅の近辺寄りの若干離れたアミューズメント施設――そこはカラオケなども扱っている複合アミューズメント店でもある。

そこに姿を見せたのは190センチという長身のプレイヤーだった。

体格的には明らかに女性なのだが、高い身長が女性とは思わせないという雰囲気なのかもしれない。

高い身長の女性と言えば、バレーボールなどに代表されるスポーツのアスリートと言う事もあり――とにかく、滅多に見かけるような部類の人間ではないのは事実か。

そう言った状況もある為なのか、周囲の視線も彼女の方に向いているような気配がしていた。

「ここでもARゲームが――」

 彼女の名は比叡(ひえい)アスカ、これでもリズムゲームのジャンルでは上位ランカーとも言われていた有名プレイヤーである。

比叡以外にも上位ランカーは存在するが、主なフィールドは都心だったりする為、ここまで足を運ぶプレイヤーは少ない。

一部のゲームでは全国各地の筺体でプレイすると称号がもらえる事もあり、そう言った称号を得る為に遠征するプレイヤーもいるが――そうしたプレイヤーは少数だろう。



 彼女はエレベーターを発見するも、満員だったので後ろを振り向いた先にあったエスカレーターを利用し、2階にまでやってきた。

ゲーセン内ではARゲームと言っても、広いフィールドを使う様な物はなく、CGフィギュアバトルやガンシューティングの様な物が多い印象である。

この辺りの機種はARゲームではなくVRゲームとも呼ばれるかもしれないが、その境界線は曖昧な物になっているのかもしれない。

ネット上ではアプリゲームがアイテム課金形式ばかりが出回ったことで、アイテム課金型以外の作品もあるのにアイテム課金と決めつけるような思い違いも多いのが現状だ。

その為、ある事件をきっかけにしてARゲームに対する風当たりは良い物ではなかったという。

 比叡の目に入ったクレーンゲームはARゲームではないのだが、一定の客層を得ている印象である。

しかし、こちらは家族連れの姿が多く、一部のプライズ狙いでプレイするような人物でない限りは――何度もプレイする機種ではない。

本来の意味でのゲームは誰もが楽しくプレイ出来るような物が――と比叡は考えていたが、そうした意見はネットでは少数派になっているのも、事件が起きた原因だった。

「目的の機種は撤去されていないようだし――?」

 発見した筺体は混雑している様子もない。2台設置されているのもあって、左側はプレイ中だが右側が空いているという状況だ。

特にリズムゲームの方でゲーム内イベントが行われている訳ではないので、待ちがあったとしても1人程度である。

他にもパネルタッチ型、ピアノを思わせる筺体、ギター及びドラムセットを思わせる物――様々な大型筺体が置かれていた。

格闘ゲームやシューティング等は一部の筺体で共通の物が使われているが、リズムゲームでは単独筺体と言う物が多い。

これには使用するコントローラの違いと言うのもあるからだが、それ以上に大人の事情も絡んでいるようだ。

「ターンテーブルの方は――問題ない様ね」

 DJのターンテーブルや機材等を思わせるような筺体、ターンテーブルの方も途中で回らなくなるような不具合はない。

スピーカーは筺体内に組み込まれていたり、モニターはLEDを使用しており、時代の移り変わりを感じさせるが――まだまだ現役だった。

 この作品はリズムゲームの中では有名であり、ゲームセンターに設置された機種では元祖と言える。

筺体のメンテの方は行き届いているようであり、鍵盤を少し触った感じでは誤爆するような状態ではなく、問題はないと感じた。

「この作品も、長く続いているようだけど――」

 最初、比叡はプレイする予定が全くなかった。この機種で使用するカードは持参しているが、これが目的の機種ではないからだ。

周囲を見回すと、他にも複数のリズムゲームが稼働しており、中には爆音設定の機種も存在する。

別の機種の爆音がこちらのプレイに影響を与える可能性もあり、それを踏まえて少し様子を見た。

「ARゲームの方は、空席になるにしても時間がかかりそうね」

 少し周囲を見回すと、1機種だけだがARゲームを発見した。他の機種は、置いてあったとしても1階だろうか?

発見したARゲームはロボットバトル系であるのだが、こちらは既に数人の待機しているプレイヤーの姿がある。

交代制にはなっているようだが、この調子だと5分位で待機列が減るとは考えにくい。筺体は6台あったのだが――。 

「ARゲームばかりが置かれていても――」

 ARゲームが草加市でメジャーになったとはいえど、全てのゲーセンからARゲーム以外の機種が消えたわけではないと言う証拠なのだろうか?

さすがに地方遠征などのプレイヤーや観光客需要もある為、他ジャンルも残されている可能性は高いが、ネット上で言及されたコメントは見当たらない。



 5分位が経過した辺りで比叡は右側の筺体でプレイする準備を始める。

100円玉を用意し、それをコイン投入口に入れると――特有の効果音がスピーカーから鳴り響いた。

「さて、始めるとしますか」

 両手に手袋はしておらず、指に指輪などをしている訳ではない。リズムゲームでは指輪が邪魔と言う訳ではないのだが、プレイするのに影響はあるのだろう。

指輪をなくすほどの動きが激しいプレイを必要とされるわけでなく、筺体に傷を付けない為と言うのが有力か。

機種の中には指輪を外してプレイするようにとプレイ前の警告画面が出てくる作品もある。

《空へ、羽ばたいて》

彼女の選曲した楽曲は、決して有名な曲と言う訳ではなく、タイトルを見てもどんな曲か分かる人間がいるとは思えない。

仮に似たようなJ-POPの楽曲があったとしても、曲名が同じだけでその曲が収録されている訳ではないのだ。

この機種は基本的にオリジナル楽曲のみを扱ったリズムゲームであり、いわゆるJ-POPやアニソンに代表される曲は収録されていない。

そう言った関係上で分かる人間がいるとは――と言う事なのだ。

それに加えて、譜面の難易度は1であり、一番簡単なレベルと言うのを意味している。何故、このレベルを選択したのかは不明だが。



 10分位たったあたりで比叡のプレイを見学するギャラリーが出始めた。丁度、2曲目の選曲をしている辺りのタイミングである。

彼女のプレイに興味があった訳でなく、珍しい女性プレイヤーと言うのもあるのだろう。

リズムゲームと言うジャンル自体、機種によっては女性プレイヤーも多いが、そんなにメジャーと言う訳ではない。

女性の格ゲープレイヤーがいるのはネットでも有名だが、リズムゲームでは大会で目立ったという情報がないのも理由の可能性も――。

彼女のプレイに注目しているというよりは、珍しいプレイヤーがいるという認識でギャラリーが出来ているような気配もする。

「ギャラリーをいちいち気にしていても、集中力を切らすだけか」

 プレイ中に比叡が背後を振り向くような事はしない。そこまで目立ちたがりというアピールをしても、ネットで炎上するだけなのは分かる。

そう言った煽りアピールはARゲームでは禁止されてはいないのだが、悪質な場合は警告を受ける事もあると言う。

ネット上にはARゲームのガイドラインが断片的に拡散している傾向が見られるのだが、何故に断片的なのかは分からない。

単純に炎上しそうな案件を切り取り、アフィサイトで記事にするというやり方なのか――。



 午前10時30分、比叡のプレイを見たユーザーは驚きを隠せずにいた。

彼女のプレイは別の意味で神プレイに近い物だったからである。

プレイした楽曲の難易度は高い物ではなかったのだが、彼女の手さばきは明らかにランカーのそれと同等――それ以上と言う声もあった。

まるで、その様子は本物のピアノを演奏しているような雰囲気だったと言う。コントローラに鍵盤があるとはいえ、ピアノとは形状はまるで違う物だ。

それに対して、ピアノを演奏しているような――と言う例えもおかしな話かもしれない。

「あれだけのプレイヤーが存在するなんて」

「プレイしていたのは低難易度の物ばかりだが――」

「高難易度譜面で、あのプレイが出来ればトータルバランスは崩れるだろうな」

 比叡が周囲の声を気にする事はなかったが、聞こえてはいたのかもしれない。

彼女の表情はプレイしていた時と変化するようなことはなく、筺体を後にしていく。



 午前10時40分、ある動画サイトにて別プレイヤーがプレイした動画がアップされていた。

そこに書き込まれたコメントには、想定外とも言えるコメントが存在していたのである。

【お前では、あのプレイヤーには及ばない】

 この書き込みがされたのは、比叡のプレイよりも若干後。

動画がアップされたのが35分、コメントは38分――3分の間隔が存在している。

そして、書き込みを巡ってネットが炎上し始めていたのが40分――どう考えても仕組まれていた気配もするのだが、詳細は分からずじまいだ。

「明らかに誘導されているのか――超有名アイドル無双の時代に」

 この書き込みを見て、苛立ちを覚えている人物が外に併設されたベンチに座っている。

彼女は谷塚駅近くのコンビニ外で動画を見ていたのだが、気になる書き込みを見てサイト側に通報した直後で、この有様だった。

身長170センチ程、私服のセンスも周囲の一般市民より上、グリーンの髪色にセミロング、Cカップと言う事で周囲が注目するように思えるのだが――。

彼女の体格、それは少し言葉が悪い表現を使うとすればぽっちゃりと言うべきか。

スリムすぎる体格よりはマシと言うべきか――どちらにしても、彼女の機嫌を損ねる可能性は否定できない。

「過去の出来事を繰り返す――それで莫大な利益が得られると分かっているから」

 彼女の機嫌を損ねていた物、それはネット炎上だった。

過去に超有名アイドル商法を巡る様々な事件を目撃していた事もあり、我慢の限界と言うのもあるだろうが――。

ネット炎上であるコンテンツの評判を落とし、そのファンを一挙に超有名アイドル側が奪っていくという――そんなやり方がまかり通っていた過去も存在する。

「あの時代は超有名アイドルと言うだけでタイアップが増えていき――それこそマインドコントロール等を連想させる。その考えは非常に危険な物」

 彼女の名はビスマルク、過去にARパルクールのランカーと呼ばれる人間なのだが、それを自慢するようなことはしない。

そのビスマルクの目の前を自転車に乗った私服姿の比叡が通過していった。

比叡もビスマルクの事は知らないという訳ではないが――自転車を運転している都合上、彼女の方を振り向く事はなかった。

一方でビスマルクは比叡の通り過ぎた方角を振り向く事はしない。ビスマルクの方は比叡の事を知らないからだ。

しかし、あるネット上の書き込みを見て、彼女は後悔する事になったのである。

【突如として現れたプレイヤー、比叡と言うらしいな】

 この書き込み主は煽りタイプではないようだが、何かの狙いがあっての発言なのは間違いなかった。

「あの人物が――まさか、ね」

 ビスマルクは比叡が通り過ぎた辺りで自転車の通り過ぎる方を振り向くが、時すでに遅しである。

それからしばらくして、2人が遭遇する機会があるのだが――それは、また別の話。


 比叡(ひえい)アスカが出現した事、それはリズムゲームにおけるトータルバランスが崩れる気配を見せていた。

1人の強豪プレイヤーの出現でバランスが崩れると言うのは、格闘ゲーム等の対人戦要素の高い作品であれば分かるかもしれない。

しかし、対人戦要素の少ないリズムゲームでバランスが崩れる事があるのだろうか?

これらの発言がネット上の炎上狙いやアフィリエイト系まとめサイトへの誘導がメインかもしれないが――。

【リズムゲームで1人の強豪が出現しただけでバランスが崩れるのか?】

【マッチングで対戦した際、勝ち目がないと――違うのか?】

【マッチングは対戦格闘みたいに勝敗はあるかもしれないが、負けたからと言ってゲームが即終了する要素はない】

【ハイスコア的な部分で苦戦をする事は理解できるが――理論値の数とか】

【それが不正やチートプレイを加速させているのか?】

【そこまでは分からない。あくまで憶測にすぎないから】

 ネット上では、バランスブレイカーが1人現れたとしてもリズムゲームでは限定的という意見が多い。

格闘ゲームやFPS等では大会荒らしなどに発展しそうな案件だが、リズムゲームでは――。

【リズムゲームの場合は理論値と言うゴールが存在する。しかし、スコアだけを極めた所で本当に楽しいかどうかは――】

【プレイスタイルは人それぞれと言える。それを押し付けるのはお勧めできないな】

【他のジャンルであれば攻略本片手にプレイするのも一つの手だが――リズムゲームは、それだけで極めたと言えない】

 さまざまな意見が存在するのもリズムゲームである。

このゲームには終着点があるのか――と疑問に思うプレイヤーもいるかもしれないが、リズムゲームはある意味でも楽しみ方は無限大なのだ。

理論値は、あくまでもゲーム側で設定された目的にすぎない。自分の好きな曲だけプレイする、魅せプレイを極める、マッチングなどで盛り上がる、ライバルとスコアを競い合う――。

これらは一例でしかないのだが、リズムゲームには特に決められたゴールは存在しないのだ。

それこそ、議論が加熱する程の――こうした話題に触れないプレイヤーもいるほどである。

「自分の保身や人気取りの為に吠えたい人物には――そのまま吠えさせればいい。こちらが、いちいち突っ込んでいる暇もないだろうから」

 比叡自身は、こうしたネット上の動きに関して疎い訳ではないのだが、スルースキルで流している。

自分が何処のゲーセンをメインにしようとも、そのリズムゲームをメインにプレイしていても――それを他人に否定される筋合いはない。

未プレイの人物やエアプレイ勢が言及するのは――論外とも言えるだろうか。



その一方で比叡の出現がリズムゲームのトータルバランスを崩すと言う部分に異論を唱える人物もいた。

「格闘ゲームやFPSゲーム等の対人要素が絡むジャンルでは、1人の強豪がバランスを揺るがす可能性は高いだろう――」

 彼女は草加駅と谷塚駅の中間にあるアンテナショップでコーヒーを購入し、ネットスペースで一休みをしている。

食べ物の持ち込みは基本的にNGなアンテナショップだが、イートインスペースなどでは許可されているようだ。

コーヒーと言ってもコップタイプの容器ではなく、タンブラーの様な蓋の付いたタイプの容器が使われている。

「しかし、音楽ゲームの場合では物の数ではない。10人や100人規模で勢力拡大をしているのであれば、話は別だが」

 身長187センチと言う高身長に黒髪のセミロング、体格は貧乳の巨尻と言う割にはバランスは悪くない。

服装のセンスは皆無と言って等しく、ミニスカートをはいていても巨尻の関係もあってか――色々と凄い事になっている。

周囲の視線は彼女の尻に向いているのだが――そんな事をすれば警察のお世話になるのは目に見ているかもしれない。

草加市にはARゲームを町おこしにした段階から、露出度の高いコスプレイヤーや裏モデルの業界から声がかかりそうな女性も姿を見せている。

アイドルの芸能事務所が草加市に姿を見せないのは、単純に超有名アイドルの芸能事務所を締め出しているのも理由だが、その詳細を草加市は言及していない。

ネット上では超有名アイドルが複数のネット炎上に関与しているとも言われているが――。

「それ以上に気になるのは――こちらの方か」

 彼女は比叡の記事をスルーし、タブレット端末をスライドさせて別記事を表示する。

複数の記事を発見する中で、彼女が目にした記事の見出しはARゲームに関する物だった。

【ARゲーム、一部ジャンルでイースポーツ化。既に対応も始まる】

 見出しを見て、彼女はため息を漏らす。この手の記事は目撃する割合が増えているのだが――例によってまとめサイト乃記事である。

その中身は見なくても大体分かるので、彼女は画面をスライドして別の記事を探し始めた。

彼女はイースポーツ化その物に反対意見を出している訳ではなく、それも時代の流れであれば受け入れる方向でいるつもりだ。

しかし、ARゲームが抱える事情に対応できるのか――という不安がある。

ネット炎上問題もそうだが、ビジネスモデルとして特許を独占しようと言う権利屋や不正ガジェットを販売する転売屋も――問題として浮上する話題だ。

「果たして、ARゲームの運営はどのような流れを生み出すのか」

 長門(ながと)クリス、それが本名なのかは分からないが、ARゲームに対しては人一倍考えているようではあった。

彼女もARゲームのプレイヤーであるのは間違いない。それは彼女が持っているカードのデータからも分かる事ではあるが――。



 午前11時、比叡は草加駅の方へと向かっていた。

自転車でゲーセンへ向かおうと進んでいる所で、ある光景を目にする。

「格闘ゲームにしては――?」

 目の前で起こっている光景、それは忍者のように建物と建物を飛び越えたり、道なき道を突き進むような光景である。

更に言えば、魔法少女を思わせる外見の女性とダークヒーローを思わせる人物が対戦をしているようにも――。

『こちらとしては――下手に妨害されるのはルールにも反する!』

 ARメットで顔を隠しているような外見の魔法少女は、ダークヒーローの人物が行っている事に対して異論を唱える。

魔法少女と言うよりは――メイド服にARアーマーを装備しているだけの様な気配もするが、ツッコミは厳禁なのだろう。

「パワードミュージックでは、意図的な妨害でなければ反則とはならない――そのはずだよな!」

 ダークヒーローを思わせる人物、こちらもARメットで顔を隠している。素顔を見せないのがルールなのだろうか?

『確かにそのとおりよ。しかし、妨害以前にガイドライン違反は見過ごせない!』

 魔法少女の方は、妙な形状の拳銃をダークヒーローに向けて構える。

持ち方としては――どう考えても警察や警備員、ガードマンの様な持ち方ではない。明らかに――。

「ガイドライン? ガジェットチェックを言っているのなら、この場に立っている段階で分かるだろう?」

 ダークヒーローの方はあくまでもしらを切りとおす気らしい。観客の方もガジェットチェックと言われて、納得する人物もいる為――そう言う事のようだ。

『ガジェットチェック――そう言う事ね』

 魔法少女の方は、何か思い当たる節があるようだが――それを口に出す事無く、彼女はゲームの乱入申請を行い、それが受理される。

《バトルモード》

 ダークヒーローの方はバイザーに表示されたバトルモードを見て、舌打ちをする。魔法少女の方には、舌打ちした声は聞こえていないようだが。



 実際はダークヒーローが行っている行為の方がルールに反していたのは――このプレイを見終わって、後から調べて分かった事。

この段階でもバトルフィールドにいる以上は失格の対象になっていない――と言うのはネット上でも言われているARゲームの基本ルールである。

魔法少女の方が言うガイドライン違反には、引っ掛かる部分もあった。おそらく、彼女はチートの事を言っている可能性があったからだ。

リズムゲームでチートと言っても――あまり印象がない。ARゲームだとチートが横行しているのだろうか?

従来のリズムゲームだと和尚プレイと言う本来は1人プレイ必須の譜面を複数人でプレイする行為、プレイヤーAのカードでプレイヤーBがプレイするような身代わり位しか浮かばなかった。



 2人がバトルをしていると思っていた物――それは自分が考えていた物とは違っていた。

お互いに二丁拳銃、大型の槍という武器で戦っているように見えた為、あの時は武器格闘と認識していたのだが――実際は全く違うジャンル。

このジャンルが何なのか気づくのには、少し時間がかかった。それもそのはず、これが後の――。

『貴様は、何かを間違えている――こちらが指摘したのは、妨害ではない』

 この言葉を聞いたダークヒーローは若干震えだしていた。一体、何を指摘されたのか?

先ほど、彼はガジェットチェックと言う単語に言及したのである。おそらく――それが自らの首を絞める結果になったに違いない。

『こちらが指摘しているのは、お前が持っているARガジェットだ! そのガジェットはチートガジェット――ARゲームのルール以前に、お前は超有名アイドル商法を肯定している』

 その一言を聞いた途端、ダークヒーローの方は分かりやすいように周囲の壁らしきものを次々と撃破していく。

ただし、彼が撃破している壁はCG映像の物であり、実際の壁ではない。

実際の建造物を破壊したら、逮捕されても無理はない以上に――このご時世だとテロリストとも疑われる。

その辺りは周囲のギャラリーも分かった上で観戦をしているようだ。壁は破壊されたと同時に消滅し、破片が観客の方へとび散る事はない。

下手に騒ぎを起こそうと考えれば、それこそ出入り禁止になるのも明らかだろう。

『言っても分からないのであれば――!』

 魔法少女の方は、二丁拳銃を構えたと思ったら、拳銃にあった光るボタンを押したのである。そして――あの形状に比叡は若干のデジャブを感じていた。

このボタンは、リズムゲームで言う所の鍵盤に当たる物らしい。

つまり、この2人がプレイしていたのはリズムゲームと言う事になる。

どう考えてもリズムゲームには思えない光景だが、それは比叡に聞こえていたのが2人のやり取りと通行人やギャラリーの声だけだったという事も考えられる。

つまり、比叡にはリズムゲームにおける音楽の部分は全くと言ってもいいほど聞こえていなかった。誤認識の原因は、それだろう。

「あれって――!?」

 自分は言葉にならないような驚き――魔法少女の動きに思考が追いついていなかった。

普通に引き金を引いて撃つのではなく、彼女は何かのタイミングに合わせて光るボタンを押していき――次々と出現する壁を破壊していたのである。

そのテクニックは、FPS等で見かけるような動きも取り入れられているようにも見える。

つまり、ARゲームとはゲームジャンルAとBと組み合わせた複合型ゲームである――と比叡は感じていた。



 5分後、衝撃の光景は周囲の観客の声さえも奪う様な圧倒劇だった。ダブルスコアと言うレベルも超えていたのは間違いない。

「馬鹿な――無効スコアだと!?」

 ダークヒーローの方はスコアが無効扱いとなっていた。チートガジェットという判定を受けてのペナルティを取られた結果である。

プレイ前には判定で問題なかったはずなのに、プレイ中にペナルティを取られたのだろうか?

『リズムゲームにチートを求めるのが、そもそもの間違い――正攻法を極めなければ、勝ち目なんてないのは当然のこと』

 彼女のスコアはパーフェクトに近い物があったのだが、達成率は98%である。

つまり、2%の部分でミスがあったという事を意味していた。あれだけの技術力でも、100%は不可能なのか?

 その後、魔法少女の方は姿を消し、違法ガジェットを使用した罪でダークヒーローの方はアカウント凍結とガジェットの没収という処分を受ける。

違法ガジェットに手を染めた理由は『ハイスコアを出して、周囲の友人に自慢したかった』という単純な理由だったらしい。

格闘ゲーム等でも不正行為で失格になると言う事例がある以上、どのジャンルでも違法ガジェットやツールの類を使えば、どうなるのかは想像が出来るはずだ。

ARゲーム全体でイースポーツ化や賞金制度が導入されると言う事が、違法ツールの締め出し等に貢献しているというのは皮肉と言うべきか。

『攻略本やウィキの丸暗記で打開策を出せるのであれば――パワードミュージックは、ここまでの影響力を持っていない。数カ月後にはサービスが終了しているわ』

 彼女は何を言いたかったのか――謎が謎を呼ぶという状況なのは間違いないだろうか。

しかし、彼女の言葉に重みがあったのは間違いない。

リズムゲームにチートや不正と言う物を持ち込もうと言う事自体――間違った認識だからだ。



 4月10日午前11時10分、比叡(ひえい)アスカが目撃したARゲーム、自分としては対戦格闘ゲーム――それも少年漫画のノリに近い物と考えていた。

しかし、勝利したと思われる魔法少女の一言は格闘ゲームではないと否定するような発言だった。

『リズムゲームにチートを求めるのが、そもそもの間違い――正攻法を極めなければ、勝ち目なんてないのは当然のこと』

 彼女はこのゲームのジャンルをリズムゲームと言ったのである。

比叡は先ほどまで自分がプレイしてきたのがリズムゲームなのであり、これは別の何かである――と考えていた。

『ARゲームの違法チートは――トータルバランスを歪める物。銃がないようなファンタジー世界で戦車や戦闘機を持ってくるようなレベル――それが、ARゲームにおけるチートの定義よ』

 格闘ゲームでチート及びドーピングが反則だと言うのは知っていたが、リズムゲームにもチートと言う概念があると言わんばかりの彼女の発言――それは比叡にとっても衝撃的な物だった。

それ程にARゲームでは、正々堂々と戦う事が求められるのだろうか?

実際には、イースポーツ化や大会における賞金制導入と言った部分がチートの一掃に貢献しているという説があった。

チートを利用して賞金を荒稼ぎし、超有名アイドルのCDを大量購入し、CDランキングを不正操作している――と言う事例があったという。

これに関しては芸能事務所側は否定しているが――過去の事例を踏まえると、事務所が否定するのは一種のテンプレ芸と考えていたのである。

「それでは、まるで――」

『それ以上を詮索すれば、別の勢力に消されるかもしれないわ。物理的な意味で』

 比叡は何かを言おうとしたのだが、魔法少女は彼女の言おうとしていた事は言葉にしない方がいい、と警告をする。

何故、ここで警告をしたのかは何となくだが比叡にも理解出来た。周囲のギャラリーに無用な恐怖を与えかねない――と言う事らしい。

『どうしても、この世界に行くのであれば――アンテナショップへ行くといいわ』

 彼女は、比叡の目つきを見て――何かを感じ、おせっかいだがアンテナショップへ行くように、とヒントを与えた。

その先に関しては彼女の判断次第という事で、そのまま姿を消してしまった。厳密には別の目的地へ向かう様な気配だったが。



 午前11時15分、近くにアンテナショップがあるらしいという情報を得たので、そこで今のARゲームについて調べる事にした。

名称はパワードミュージックと言う事、リズムゲームとARパルクールを足したような物である事は聴けたのだが――詳細は不明のままである。

【パワードミュージックとは――】

 受付窓口にあるタブレット端末を手に取り、そこで比叡は手探りでパワードミュージックを検索し始める。

ネットのまとめサイトは芸能事務所所属のアイドルの宣伝に利用されている為か、当てにはならない。

「色々と楽しめそうな場所もあって、飽きなさそうな店内だけど」

 周囲には様々なARゲームのスペース、一部ジャンルでは試しプレイ専用スペースも用意されている。

その他には銀行のATMは置いていないが、電子マネー発行機、両替機、ジュースの自動販売機も見かけるのだが――これらが置かれている事に驚きを隠せない。

場所によってはカジュアルショップや100円ショップ、コンビニ、レストラン、家電量販店も併設されているという話もあるが、それこそ信じがたい話だ。

「これかな――と」

 比叡は検索結果の1ページ目にある一番上――公式サイトへとアクセスしようとしたが、ふと思う部分もあって1ページ目の下の方にあったレビューサイトへ寄り道する。

【これを音楽ゲームと言うには、付け焼刃とか後付けになりそう】

【コース上にノーツがあって、それをリズムに合わせるタイプのリズムゲームは稼働していたはず。それをARパルクールのシステムで再現しようとしたのが、これだろうか】

【それでも、振付に合わせて踊るタイプのリズムゲームもあった以上、身体を使う系統に対しては違和感を持たないが、これは――】

【ARパルクールと言うにも、リズムゲームと言うにも中途半端に見える】

【他のARリズムゲームの方が敷居的な意味でもプレイしやすいのかもしれない】

 やっぱりと言う反応だった。比叡のように格ゲーと勘違いした事例はなかったが、ARパルクール乃システムに似ているという意見は多かった。

ARパルクールは、基本的に一般道や路地などと言った道をコースとして使うのだが、中にはビル街なども使用されている。

ビルとビルの間を飛び越えるような行為、それはパルクールとは言わずにアクロバットと言う扱いであり、フリーランニングと過度に区別化されている話もあった。

それに、ARパルクールにはパルクールのグループや団体は非関与――と言うネットの情報もある。真相は不明であり、コンテンツ炎上目的の虚構記事である可能性もあるが。

「あのバトルになった理由は何だったのか――」

 比叡は公式サイトの説明などもチェックした上で、何かの違和感を感じていた。

コースが設定されているのであれば、あのように同じ場所にいつづけてスコア稼ぎをするような行動に意味があるのか、と。

RPG等で経験値を稼ぐ為に同じ場所を回り続けると言うのは、RPGあるあるに当てはまるだろう。

しかし、それがARゲームでも通用するかどうかは分からない。

自分もARゲームは指折り数える程度しか知らないので、迂闊な行動は下手するとアカウント凍結につながる可能性も否定できない。



 ARパルクールのシステムは、基本的に市街地を舞台にスタートラインからゴールへ辿り着く事が目標の一つ。

コースに関しては大まかな物しか存在せず、中には駅の構内や商店街、ショッピングモールの中、許可さえ取れれば高速道路も可能――。

もう一つのルールは所定のチェックポイントを通過、全てのポイントに到達してからゴールを目指す物もある。

ただし、チェックポイントを使用する方は、基本的にARパルクールでもオプションルールという解釈が多い。

 そして、ARゲームにはARアーマーと言う特殊素材を使用し、拡張現実技術を最大限に利用したアーマーを使用する事がルールとして定められている。

専用のインナースーツを装着、メインアーマーのデータを読み込ませる事で特撮ヒーローや魔法少女、西洋の騎士等に変身する事が可能。

この装備は自動車のエアバッグ等を含めた安全装置に類するシステムであり、これを採用した事である程度の高難易度コースを実現する事が出来たと言ってもいい。

それに加えて、ARウェポンは拡張現実技術を利用した『質量のある』ゲーム専用の武器である。

それと同様にバックパック等のオプションも、それを助ける装備であるとも書かれていた。

ARウェポンに殺傷力を持たせる事は禁止されているが、それがどのような理由で禁止されているのかは諸説あり過ぎて特定出来ていない。

諸説の一部には軍事兵器転用という物騒な一文もあった――それを真実と判断して鵜呑みにするかは、個人にゆだねられるのだが。

「本当に安全なのだろうか――」

 比叡は各種情報をタブレット端末で調べつつ、様々な部分に疑問を持っていた。

ネットの情報を鵜呑みにすれば、足元さえも見えなくなってしまうだろう――そう比叡は感じている。

「それに――このインナースーツは、必須とも書かれている」

 比叡が別の端末で確認していたのは、ARゲームで使用するインナースーツだった。

戦隊ヒーローやSFのノーマルスーツをイメージさせるスーツは、ある意味でも必須と言う事が描かれている。

どうやら、ARアーマーやバックパックを接続する為のスーツであり、用途としては宇宙服と言う例えが的確なのかもしれない――と思った。

「デザインにも色々とあるようだが――」

 カラーバリエーションはある程度の融通がきく一方で、肌色スーツの様な物はゲームによってはNGとなっている事も追記されている。

VRゲームでもジャンルによってはアダルトジャンルはあるのだが、草加市では認めていない――という記述になっていた。

若干曖昧な書き方の為、比叡は戸惑うのだが――ここは草加市であって、他のエリアではない。

特に現状で考える必要性はないだろう、と言う事で今は考えない事にした。



 4月10日午前11時20分、アンテナショップで情報を調べていたのは比叡(ひえい)アスカである。

「さまざまなARゲームが――?」

 タブレット端末でデータを検索していく内に、様々な情報に触れることとなった。

超有名アイドルの芸能事務所が意図的にご都合主義を起こし、視聴率を独占しようとした事は未だに大きく取り上げられている。

「世界的なスポーツ大会でリオではメダルを取れずに惨敗――日本開催も中止?」

 比叡は信じられないような記事を目撃した。それは今日の日付があったスポーツ紙のスキャン映像だった。

記事を読んでいくと、東京で開催予定だったスポーツ大会が正式に辞退すると言う事らしい。

「しかし、日付がおかしい事に加えて――ネット上では見かけないようなワードが多すぎる。フィクションが含まれているのか」

 これ自体がねつ造記事と言う可能性が高いので、油断はできない――と比叡は考えていた。

フィクションとノンフィクションの区別がつかずに暴走した結果、一部コンテンツが黒歴史化したという事例も存在するからである。

一部の人間の暴走、ソースを確かめずに偽情報を拡散すれば――それこそ一部の勢力が喜ぶだけ。

それこそ――形を変えた戦争とも揶揄されているのが、この時代におけるネット炎上だ。

「それに、一部のステマ行為が芸能事務所主導で行われていた事実も――」

 アカシックレコード等では記事の信ぴょう映画問われており、この手のコラ画像は多く出回っている。

その為――まとめサイトに掲載されたニュースに関しては、自分でソースの信ぴょう性を探る必要性も出ていたのだ。

「しかし、ネット上で大騒ぎしているような事がない以上、ソース不明の話と判断するべきか」

 比叡は一部の記事に関して、判断を保留する事にした。

今は重要な部分を決めなくてはいけないからである。手に取っているARガジェットが、本当に良い物かどうか――。



 午前11時30分、比叡がアンテナショップでガジェットの選定に苦労している頃、身長170センチ位のメイド服を着た女性が姿を見せた。

顔の方はARバイザーを装着している関係で確認は出来ないが、他のアーマー類は装着していない。体格的には若干の貧乳である。

周囲のギャラリーは彼女に注目すると思われたが、あまり興味はない様でもあった。それ以外にも――理由はあるかもしれないが、比叡は空気を読んで詳細を察しない事にした。

「このガジェットの修理をして欲しい」

 彼女がガジェット受付のスペースに置いたのは、腕に装着するタイプのARガジェットである。

こちらもタブレット端末のようにタッチパネルを採用しており、更には画面が割れにくい特徴もあった。

しかし、彼女のガジェットは周囲のカバーに亀裂が入っているようにも見える。亀裂と言っても保護フィルムが貼ってある関係で、大きくなっていないようだが。

普通、ARガジェットはかなりの衝撃に耐えられるはずなのだが――男性スタッフが、亀裂の入った液晶部分をお宝の鑑定をするかのように調べ始める。

「ゲーム中に損傷した物かどうかを調べますので、少々お待ちください」

 最終的に彼女の対応をしていた男性スタッフは、亀裂の入っているガジェットを別のケースに入れ、それを奥の方にある箱の中へと入れた。

どうやら、あの箱に関しては状態をスキャンできるような機械らしい。

あの箱に入れた理由は、目視では傷の詳細を確認する事が出来なかったから――と言う可能性もあるだろう。

「あのガジェットで亀裂が入るなんて――」

 スキャン中の待ち時間で、彼女は近くに置かれていたセンターモニターの映像を見ていた。

映像ではARパルクールの中継が放送されているようでもあった。

「あれ位のアクロバットもしていないのに――どういう事なのかな」

 中継のプレイヤーの動き、それはパルクールと言うよりはアクロバットも織り交ぜているのでフリーランニングに近いだろうか。

ARガジェットやARアーマーを使用しているからこそ、スーパープレイの類がやりやすくなっていると言う。

それでも動画を見ただけで即座に出来るようであれば――ネット上でもランカーが貴重なプレイヤーとは考えないだろう。

道具を揃えただけでアクロバットやスーパープレイが出来ないのは、どのゲームでも一緒と言えるのかもしれない。



 午前11時35分、比叡のガジェット選定は決まった。最終的には男性スタッフの助言等もあって、初心者向けのガジェットを選ぶ。

初心者向けと言っても、比叡が選んだのはパワードミュージック用の物である。

スタッフも、専用のガジェットが2種類しかない事は説明したが――。

「パワードミュージックは、まだ始まったばかりのARゲームですので――ガジェットの種類は限られています。それでもプレイするのであれば、こちらは止めませんが」

 明らかに『今は』プレイしない方がいいと言わんばかりの表情をしている。

ガジェットの不具合報告が出ている訳ではないのだが、さまざまな報告はあちこちで出ていた。それを踏まえても、様子を見るべきだとスタッフは考えているらしい。

「ただいま在庫の問い合わせを行いますので、その場でお待ちいただけますか?」

 そう言い残し、男性スタッフは奥の方へと行ってしまう。

パワードミュージックに限って言えば、既にこのアンテナショップだけでも30人の新規プレイヤーがエントリーしている。

比叡も目的は同じだが、今までとは全く違う様なリズムゲーム――そこに魅力を感じたのかもしれない。

他のプレイヤーも同じ理由なのかは不明だが、全員が全く違う理由でエントリーしたとは考えにくいだろう。

「人気取りや流行ジャンルに便乗するだけ勢力に――ARゲームが上手く扱えるとは考えにくいか」

 比叡は単純な目立ちたいだけ、悪目立ちするような勢力ではARゲームは宝の持ち腐れとも考えている。

だからこそ、ここ最近のARゲームを巡るネット上の噂には懐疑的になっていたのだ。チート関連を除いては。



 しばらくして、男性スタッフが姿を見せるのだが、持ってきたガジェットは希望していた物とは違う様なデザインの箱に入っていた。

箱と言ってもジュラルミンケース位の大きさやノートパソコンの入ったダンボール程ではない。

「初心者向けのガジェットは在庫を切らしているようで、入荷が一週間待ちとなるようです。今すぐプレイしたいと言う事であれば、こちらのガジェットもありますが?」

 高いガジェットを薦められているのではないか――と比叡は思うのだが、値段に関してはそれほど高額と言う訳ではない。

値札は付いていないが、バーコード部分を機械で読み取ると、レジに表示された値段は――。

「こちらのガジェットでしたら、3000円になりますが?」

 初心者向けよりも2000円はお買い得だ。上級者向けは、初心者向けでセットにしている装備が一部省略されている代わりに値段が抑えられている。

それでも安全装置各種は省略されておらず、これでもお買い得と言えるだろう。ARゲームのジャンルによっては10000円単位も存在するが――それはパワードスーツクラスの大型系列に限られていた。

比叡の財布の中身は決して少ない訳ではないが、最低限の必要経費は削るべきではないと考える。

「本来であれば、もう少し高い物ですが――状況が状況ですので、一種の在庫処分と言うか――」

 男性スタッフの方は、あれこれと言葉を並べるのだが――比叡の決心は揺るがない。

別のARゲームの方が棄権性も少ないだろう、と言う事を言いたいのかもしれないが、ネット炎上を誘発するような説明や態度で対応すれば――自分がクビになると考えていた。

ARゲームのアンテナショップでバイトをするというのは、そう言う事らしい。ネット上では時給2000円という一見すると一番もうかりそうなバイトにも見えるのだが――。


 4月10日午前11時35分、比叡(ひえい)アスカが在庫に残っていたガジェットを買うべきか考えている頃、もう一方の修理を注文していた人物の方は――。

「このケースですと、修理にも少し時間がかかりますね」

「どのくらいですか?」

「1時間もあれば――新品に入れ変えると言うのも、現状の品切れ状況では難しいので」

「それまでは代用品を使う事は?」

「エントリー開始したばかりのゲームなので、代用品の手配も――」

 修理に関しては1時間ほどで出来るようだが、新品への入れ替えは不可との事らしい。

しかし、代用品に関して聞かれると、何か裏の方で動きがあったという事でスタッフが抜けてしまった。

おそらくは在庫確認という可能性もあるが、周囲の混雑具合を考えると別のプレイヤーの応対へ回されている可能性も否定できない。

「仮に手配できなくても、始まったばかりの作品である以上は――データの不具合なども考慮して、プレイ中断を覚悟するべきか」

 彼女の方は代用品が手に出来なかった場合のプランも既に考えているようで、ガジェットの修理中は様子を見る事も覚悟している。

実際、その考えはあっさりと崩壊するような返答が――。

「代用品に関してですが、新品ではなく美品と言う事であれば――こちらがあります」

 スタッフが持ってきた物、それはお試しプレイで合わないと判断したプレイヤーが返却したレンタルガジェットだったのである。

形状は破損した物と一緒、カラーリングが白ではなくブルーと言う事を差し引いたとしても、その状態は未使用にも近い。

最終的に、彼女は代用品を手にしてアンテナショップを後にした。一体、彼女が何を手にしたのか、比叡は気にもしなかったのだが。



 午前11時37分、別の客が数人ほど姿を見せた。

いかにもアイドル投資家というオーラを出しているような背広の人物だったが――。

「ARゲームのアンテナショップは、アイドル投資家の入店はお断り――」

 身長169位の黒いショートヘアの女性が投資家の人物に声をかけるが、彼らは帰ろうとはしない。

その目的は別の物だったが、ここは目の前の人物を何とかしないと不味いと判断し、投資家の一人はハンドガン型のARガジェットを女性に向けた。

「こちらとしては穏便に事を運びたい。あくまでも客の一人に対し、営業妨害でもしようと言うのか?」

 確かに男性の言う事は正しい。彼らが超有名アイドルの投資家だという証拠は存在しないし、彼女の間違いなのかもしれない。

しかし、彼女が譲歩するような気配は見せない。逆にハンドガン型のARガジェットを見た事で何かを感じ取っていた。

「そのガジェット――もしかして、あの時に妨害した――」

 彼女は男性が持っているARガジェットを見て、何かを思い出していた。どうやら、見覚えがあるガジェットだったらしい。

次の瞬間、彼女は手持ちバッグからウィッグを取り出す。しかも、その色を見た投資家の一人は――。

「貴様は――アイオワか!」

 その女性の正体、それは金髪ロングヘアーのウィッグを付けた段階で把握されていた。

彼女の持つコードネームは――アイオワだったのである。

「アンテナショップにおけるARデュエル等は不可――それでも相手になると言うのであれば、外で受けるけど」

 アイオワは他にも何か言いたそうだったが、それを抑えて言葉を選んだ。下手に騒動を起こせば、出入り禁止もあり得たからである。

出入り禁止もあるが、ライセンス凍結などの処分になれば長期離脱は避けられない。

アンテナショップの1箇所で出入り禁止位ならば、別の店舗を利用すればいいだけの話――凍結の場合は、そういう訳にもいかないのだ。

基本的にARゲームのサブアカウントを持つ事は出来ない。1人1アカウントまでに決められていた。

アカウントを解除後の再契約であれば可能かもしれないが、手続きが若干面倒である。

「こちらとしても、お前と事を構えるつもりはない――」

 アイドル投資家は、アイオワの話を受け入れたのかは不明だが引き上げていく。

ここで騒動を起こせば、逆にネット上が炎上して自分達の応援するアイドルに風評被害が出る事を恐れたのかもしれない。

お互いにネット炎上を恐れて慎重な行動を取った結果、大きな騒動になる事は避けられた。

「アガートラームは、あまり頻繁に使う様な物ではない――と言う話だけど」

 アイオワは手持ちバッグに入れていたARガジェット、アガートラームを取り出す。

本来であれば銀色の腕を思わせるデザインなのだが、ARゲームで使用していないときは腕に取り付けるタイプの端末として収納されている。

厳密にはARゲームで使用するガジェットやARアーマー等はCGで表示されている状態の為、収納と言うよりは省エネではなく、省魔力モードと言うべきだろうか?



 午前11時45分、アンテナショップの待合室に置かれた液晶テレビ、テレビで流れているニュースではスポーツ競技大会の辞退を発表するニュースが報道されていた。

『速報です。2020年に東京で開催予定だった国際スポーツ競技大会は辞退と言う事に――』

 このニュースを見て衝撃を受ける住民は多いのだが、それよりも中止の可能性自体はネット上でも言及されていた。

ニュースに関してはネット上に偽物の新聞コピーが出回る等の情報戦が展開されていたのだが、ここまでのかく乱が必要なのか?

【やはり、辞退の正式発表があったか】

【施設自体は遅れていないが、問題はその建設に関わる費用だな】

【やはり、芸能事務所が絡んでいたのか?】

【わずか1万人にも満たないようなファンしかいない超有名アイドル――まさか?】

【そのまさかだ。アイドル投資家の存在を甘く見ていた結果が、これらしい】

【下手をすれば公認スポンサーよりも悪目立ちし、日本の超有名アイドルを売り込む為にスポーツ競技大会を利用する――Web小説でもよくあるようなパターンじゃないか】

【もしかして、芸能事務所のステマか?】

【それだったら、もっと大騒ぎしていてもおかしくはない。超有名アイドルの芸能事務所が、国際的なスポーツ大会を中止に追い込んだという事で】

 ネット上でも十人十色と言えるような意見が存在するが、大会の中止その物を残念に思う意見は少数派だった。

その理由として、東京に決定してからも超有名アイドル絡みで様々な事件が起こり、更には建設工事の決定権等も全て超有名アイドルの芸能事務所が――と言う噂もあった。

しかも、超有名アイドルファンやアイドル投資家が働いている会社等をピンポイントで選ぶというやり方に対し、競技大会の委員会側も疑惑を持ち始めていたのである。

その詳細は週刊誌や報道バラエティー番組と言った勢力にも悟られずに調べたという情報もあるが、そのソースはネットまとめサイトだった為、尚更マスコミからは叩かされる結果に。

「真相は不明のまま――何とも不自然な中止ね」

 身長170位、デカリボンの金髪セミショートと言う周囲から見ても目立ちそうな髪型――体格は地味過ぎて、あまり印象に入らない。

巨乳ではなく、だからと言って貧乳でもない。中途半端と言うべきか。

目の色は金色なのだが、これは別のARリズムゲームで使用しているカスタマイズに依存している。その為、実際は黒であるが――。

「とにかく、今はARゲームのイースポーツ化がどのような物なのか――」

 しかし、しばらくたっても目当てのニュースは流れない為、テレビから離れてタブレット端末の貸出コーナーへと移動し始めていた。

彼女の名前は島風(しまかぜ)と言う。ネット上ではコスプレイヤーとしても有名である。

「あれはコスプレイヤーの島風じゃないのか?」

「本当だ。何故、コスプレイヤーがARゲームに?」

 コスプレイヤーがテレビ以外で目撃するとすれば、有名な同人イベントだろう。ARゲームの行われているエリアでは目撃率は多めだが。

それ以外でもお察しください――と言わんばかりの場所でも目撃する可能性は高い為か、ARゲームのプレイヤーからは歓迎されていない傾向もある。

ただし、超有名アイドルや歌い手等と比べると――あまり批判的な意見は出ていない。

単純にコスプレイヤーの知名度やネット上での噂等で選別されている可能性もあるのだが、その辺りの真相は不明である。


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