第13話 数ヶ月後の現在(いま)

 母親の――あら~もう布団がふっ飛ぶ季節になったのね~。

 そんな寂し気な声を背に受けて早数ヶ月。

 この町にもこの寮にも慣れた。

 そして、いま、どうなっているかというと……。


 ちゃんなかが斜めドラム式洗濯機のふたを開けてなかをのぞいている。 

 部屋の壁を破ってでてきたのはつい数時間前の話だ。

 やつはいまだにアクティブに動き回っている。

 いまはちょうど「すすぎ」の最中のようだ。

 

 洗濯機でなにを洗ってるのか? 俺にはわからないがあの顔つきは絶対にふつうではない。

 ちゃんなかは、洗濯槽から大きめのココナッツを半分にしたような物体をすくい上げ、その場で二、三度水をきった。


 「か~!! さすがは日本製落としてくるねぇ~」


 なんだあれ? ちゃんなかは半分ココナッツを天井に向けかざして裏表をながめている。

 やつがあんなに懇切丁寧に扱ってる時点でタダ物じゃないとわかる。

 それほどの一品だ。


 「いや~さすがだわ~。メイドインジャパン、スゲー!! もう白なんて通り越したねこれは!!」


 いったあとに伝説の剣を抜いた勇者のように天井に向けてそれをかかげた。


 「もはや無地むじ!!」


 ちゃんなかが関心しながらながめているのはやはり半分ココナッツだ。

 俺の後方からドタドタという足音が迫ってくるとともに怒号もした。


 「おい。てめーぇぇぇ!! なんてことしてくれたんだぁぁぁ!! 確定を申告でもされてーのか? それとも書類を送検でもされてーのかぁぁ!!」

 

 なぜだかグリムがブチ切れしている。

 靴下を掃除機で吸い込んだみたいに――フガッグゴゴ、ブヒョン。みたいな音をもらして廊下を駆けてきた。

 なにごとだ? って疑問もこの寮ではもはや無意味だ。

 ここではなにがあっても不思議じゃない、それはこの町含めてそうだ。


 「2WAYツーウェイのお面がバニラ味じゃん?ってくらいに真っ白じゃねーかよ? こんなに白かったら”魔除け”にも”呪い”にも使えねー!!」


 「バカか。寮の洗濯機で色を落とされるくらい弱弱よわよわお面に”魔除け”も”呪い”も務まるかっつーの!?」


 「あのな。それは由緒正しき南アフリカのどっかのお面なんだぞ」


 どっかのお面って由緒ねーじゃん!?

 そっかあの半分ココナッツの正体はグリムのお面だったのか。


 「刀流は体に負担がかかりすぎるから呪うか守るかどっちかに絞れよ? 二右打ち左打ちどっちもOKよ、なんて選手はそうそう現れねーからな!! ついでに投手もやれてさらには足までついてるなんてそれはすでに殿堂入りだ。いや殿堂を自由に出入りできるフリーエージェントだ」


 悔しいがちゃんなかのいうことは正論だ。

 ただ殿堂入り選手がフリーエージェントってメビウスの輪みたいにこんがらがってるけどな。

 グリムはちゃんなかからお面を奪いとると久しぶりの我が子を抱きしめるよう頬ずりした。


 「おお愛しき我がマスク」


 「このお面はそんなヤワなめんじゃねー!! あっ、ぬああぁぁ!! 目も鼻も口もキレイさっぱり落とされてるぅ!?」


 そこはプリントじゃなく彫っておけよ? グリムは慌てて洗濯槽をのぞいたあと、洗濯機の真横にある共同スチールの棚の洗剤に手を伸ばした。

 棚には俺たちがそれぞれに使用してる洗剤や柔軟剤、酢などが置いてある。

 グリムがいま手にとったのは日本でいちばん売れている洗剤だ。


 「さすがは日本の洗剤だよな~っていってる場合じゃねー!! けど驚くね、ここまで白くなるとは。あの魔除けと呪いの黒さは映・画次郎えいがじろう監督の画次郎ブラックまたは”画次郎の黒”に近かったのにこんなに白くなるとは逆に天晴あっぱれだ」


 画次郎ブラックまたは画次郎の黒とは映・画次郎えいがじろう監督が編集のさいに好んで使うというドスドスの黒らしい。

 この画次郎ブラックに憧れる若手映画監督が世界にたくさんいて画次郎チルドレンたちは映・画次郎えいがじろうとの握手券を大量に集めているという話だ。

 だから映・画次郎えいがじろう監督なんて知らねーっつーの!?

 そしてグリムは降参のポーズで両手を上げた。


 「負けを認めたくなるわ。そこの酢を二、三滴隠し味にしてんじゃねーか?って疑いたくなるわ、あっ、あれっ!?」


 グリムは怒ってんだか褒めてんだかしながら廊下をグルっと見回し、急激に態勢を変えて洗濯機本体の下をのぞき込んだ。

 這いつくばるようにケツを揺らして床に頬っぺたをつける。

 てかグラサンとれよ? ボンボンが邪魔でなにも見えてねーだろ?


 「な、ない。どこだ」

 

 見えてんのかーーーい!?

 ボンボンの繋目とずれたグラサンの隙間からのぞいたのか。

 おまえは新手の盗撮魔か? 近代盗撮魔の父になる気か? それとも近代盗撮術の開祖になる気か? グリムはおもむろに頭を上げてちゃんなかに訊ねる。


 「ああ、そこ」


 ちゃんなかがアゴでいった。


 「な、なんて猟奇的な。赤いベロが洗濯槽でいまだに回転してんじゃねーかよ? スゲーウォータースライダー!! 内角低めの殺人スライダー!! これもやはり日本の洗濯の技術……あっ!? そうか? そういうことか日本の洗剤と洗濯機が合わさるとこれだけどてらい洗浄力になるんだな。これはお父さんがDIYでロケット飛ばす日も近いな。負けたぜメイドインジャパン!!」


 コインランドリーを潰したグリムが洗濯で泣かされるなんて因果応報よのぅ。

 まさに蟻とキリギリス、ウサギと亀、読んだことないけど罪と罰、ダブルソーダの右と左。

 たぶんお父さんのDIYだけじゃロケットは飛ばないぜ、お母さんの優しさがないとな。

 優しさは積んでも重くならないから設計になんら支障はない、ふははは。

 母の優しを思い知れ!!

 俺もそんなふうにこの町に送りだされたのさ。

 

 「ああ、ベロはこれから使うから」


 ちゃんなかが悪だくみしている。


 「な、なんに使うんだ?」


 「しゃもじ代わりで”しゃもる”」


 ちゃんなかがそう反論したときだった。


 「お兄さん~一回お願いします」


 花咲子がちゃんなかに300円を渡すとその引き換えで金魚すくいのポイを受けとった。


 「お姉ちゃんかわいいから、もう一枚サービスしちゃう」


 「やった~!! 咲子嬉しい」


 花咲子はさらにもう一枚ポイを受けとった。

 この寮にはときどき出店がでるからべつにこんなことはどうでもいい。

 そんな騒ぎをききつけた髑髏山も部屋から顔をのぞかせた。

 5号室、じっさいは6号室と連なっているけど、佐藤の部屋を開けるわけにもいかずに律儀に5号室の扉を半開きにしている。

 それに気づいたのは特殊任務中の俺だけだ。

 きっと髑髏山は秘密捜査の最中だろう。

 さすがはプロ、いったいこの中の誰を見張ってるのかわからないけど。


 俺はというと寮にきた日にKFC、ンタッキーライドキンにスカウトされるかもしれないといわれたが、惜しくもドラフトにかからずKFCとペンタゴンのダブルネームの下部組織ケンタゴンのスカウトを受け見事に合格した。

 

 その証拠にケンタゴンバッジをもらった。

 俺はいつもそれを服の中に忍ばせて生活をしている。

 いつかどこか上位組織からのスカウトがくるかもしれないからな。


 下手したらMI6からNSA移籍なんていうプレミアリーグからMLBメジャーリーグへへの禁断の移籍もあるかもしれない。

 これはほぼマンUからヤンキース、ヤンキースからマンUにいくのと同じだ。

 野球とサッカーくらいジャンルっても俺は適応できるはず。


 俺は髑髏山とアイコンタクトをとる、もう阿吽の呼吸でわかる。

 見張ってろってことだな? 髑髏山は素早く扉を閉めた。

 くそっ、俺はやっぱりまだ二部だ。

 誰に的を絞ればいいのかわからない、ここはとりえあず花咲子をマークしよう。

 女スパイの可能性もある、こいつがドリル姉ちゃんを操ってるかもしれない。


 「よしやるぞ~」


 花咲子は男受けするような声をだして、洗濯機で仮面のベロ掬いをはじめた。

 グリムは微動だにできずに固まっている。

 なにを隠そうグリムは花咲子に気がある。

 だが、グリムは自分かっこいいフィルターをかけているために良い男感をだして花咲子に近づけずにいた。

 一方、花咲子からみたグリムはただの寮生であり、ちゃんなか、つまり彼氏の友達でしかないのがこの世界の怖さだ。


 もうグリムは使い物にならない。

 あっ、これが女スパイのやり口かもしれない。

 あとで髑髏山に報告だ。

 また5号室の扉がすこし開いた、髑髏山はベーコンレタスバーガーを食っていた。

 あっ、レタス落ちた。

 あるあるあれたまに偏りすぎじゃね?ってときあるわ~。

 それにポテトのLとコーラのSか……ん? そのサイズ比だとポテトで口がパサパサになって飲み物が、すっっっく・・・な?ってなるんじゃ。


 あっ!? 

 俺はバカだ、髑髏山はエージェントだった。

 いくつも修羅場を潜り抜けるうちにつねに修行する習慣を身につけたのか? 俺も真似しようカステラ1カートンにつき、ヤクルト1本、これはスゲー修行になるに違いない。


 ――ぶはっ!! ごほっ。


 髑髏山は喉を詰まらせたように咳き込んだ、が俺はそれを完全になかったことにする。

 これもエージェントの記憶操作術だ。


 「ああ、破れちゃった~店主さんほんとにみんなこのベロ掬って帰るんですか~?」


 「そうだよ。お姉ちゃん。きみはまだまだ初心者だからね。なかには一回で三十ベロ掬ってくお客さもいるよ~」


 「ほんとに店長・・さん?」

 

 花咲子、店主を店長と呼ぶとはなかなか粋な女スパイだ。

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