第11話 4号室の住人――死神と呼ばれる男――

 ハカセは――師匠。と呟くと自分が載っている『メンズサイエンス』、いや、ここはもう『メンサイ』と略していいだろう、を見つめた。

 なんだ師匠は星になったのか?

 

 「師匠のために」


 ハカセはまるで最終レース(?)にでもいくように『メンサイ』を競馬新聞巻きにして握りしめ、手のひらで一発叩いて――パチン。と良い音を響かせた。

 ちなみに競馬新聞巻とはコロネふうの先端が鋭く尖った巻きかただ。

 なんの決意か知らんけどものすごい決意をしている……そして市営住宅に戻っていった。

 その背中は地球に激突する隕石を破壊するためにロケットに乗ったやつの従兄弟いとこみたいだった。

 さすがに主人公は無理だよ……ハカセ。

 許してくれハカセ、俺のキャスティング力不足だ。


 ――師匠、目指しますバッドォ!!


 おお、やる気だな、うすい壁からハカセの声がきこえてきた。

 その声はポケットティッシュをうっかり洗濯したときのような声だった。

 しかも「お任せボタン」押したけど脱水中って洗濯機ってどうなってるんだろ?ってのぞいてみて、おっふっ!? 洗濯機カスだらけじゃねーかのニュアンスだ。

 そんな俺らの目の前に激しい自転車のブレーキ音が響いた。

 さらに焦げ臭いニオイもする。


 な、なんだ? タイヤが完全に路面を噛んでる。

 そこには魔改造を施した自転車に乗ったひとりのブッサイクな男がいた。

 あの総長たちといい、この町のやつはチャリをなんやかんやしないと気が済まないのか? それとも独自のチャリ階級【チャリラルキー】でもあんか? 案の定車体をクリスマスかってくらいイルミネートさせてるし。


 ただ、乗ってやつも乗ってるやつでスゲーけど。

 髪型がアシンメトリーなそいつは右側を緑に染め左側を黄色に染めていた。

 右側の髪の長さと左側の髪の長さの差がありすぎ。

 素肌にスーツを着て、僧侶の中でもまあまあな高僧がするようなボンボンをネックレス的に使用している。


 右手首には花柄の可愛いシュシュを巻いてるし。

 なにより目を引くのはレンズでかすぎな44よんじゅうよん口径の44フォーティーフォーマグナグラサン。

 どこをどう見てもフォーマルな装いだ。

 チャリの前カゴがベッコリとヘコんでいてカゴの中にはパプアニューギニアで売ってそうなベロの出たお面が積まれていた。


 「おっ!? 帰る途中かな?」


 寮長はその男と顔見知りのようだった。


 「帰る途中? どこにですか? てか知り合いですか?」


 「もちろん寮だよ。彼は4号室の住人。通称グリムリーパー。みんなグリムって呼んでる。ちなみにグリムリーパーは死神って意味ね」


 りょ、寮生だと? しかもなんだそのバトル漫画な通称は。

 そもそも部屋番に4はないだろ、あっ、いや、この町ならなんでもありか? 寮の4号室に住んでいて、かつあだ名が死神の意味を持つグリム。

 首からかけてる高僧ボンボンと釣り合ってねーな!!

 

 「や、やつは寮生なんですか?」


 「そうだよ~」


 寮長その返事はのんびりすぎるよ。


 「彼のいくとこいくと店が潰れるからそう呼ばれてるんだよ。最近だと伊藤クリーニング店が潰れたんだったかな~」


 なにしたんだよ?というよりグリムみたいなのが店にいたら客が寄り付かないってだけの理由な気がする。


 「あの寮長? クリーニング店が潰れる前そこのクリーニング店が運営してるコインランドリーが潰れませんでしたか?」


 「えっ、えっと、あっ、そうそうコインランドリー『驚きの白さ』が操業停止してから本店が潰れたよ。朝比奈くんどうしてわかったの?」


 「そこは僕のちょっとした推理ですね、ふふ」


 グリムがコインランドリーにいて誰も入れないから潰れたんだよ!!

 1号室が「寮長」、2号室が「ちゃんなか」、3号室が「俺」で、4号室が「グリム」か。

 ということはこんなに濃い寮生があとふたり、5号室と6号室にいるのか?

 

 「すごい推理力だね」


 寮長は、ちょっと考えればわかることなのに褒めてくれた、ラッキー。


 「いえいえ。そうでもありませんよ。親戚のお兄ちゃんで金田一の七巻と十二巻を持ってる人がいたんです」


 「へー知り合いにそんな人がいたらそれは推理力が高まるね?」


 「ですね」


 「そんなクリーニング店を葬った彼の本名は村雨聖夜むらさめせいや。村は山村とかの村に空から降る雨、それに聖なる夜、で聖夜」


 む、村雨、な、なんだ、そのホストな本名は。

 名前と外見とが勢いで買った福袋なみの詐欺じゃねーか!!

 いや、俺はさ、絶対売れない服をぶちこんだことを怒ってるんじゃないんだよ。

 なぜそのデザインの服を仕入れたのか?ってことに怒りを覚えるんだよ。

 これは店そのものへの怒りだ。

 んで、売れ残って結局福袋行きじゃん。

 そんでもって福袋でもハズれじゃん!!

 ただ管理人の妹みてーなやつが買ったりするから世の中わかんねーんだよな?


 「でも寮長。やつはすんげーブスだよ? 村雨聖夜むらさめせいや成分ないけど」


 「しっ!! それをいっちゃダメ。本人はイケメンだと思ってるんだから」


 「そ、そうなんですか?」


 「よう寮長」


 グリムは渋めの声で上から目線だった。

 なるほど――俺ってかっこいいだろ。フィルターを自分にかけてるのか。

 このただならぬ雰囲気はブラインドのあいだから駐車場をながめる内閣の偉い感じの人だ。


 「グリムくん、寮に帰るところ?」


 「ああ」


 グリムがそう答えたときだった――みんな離れろ!?と叫んだかと思うとサドルから飛びおりてチャリの前カゴに手をかざした。


 「キェェェェ!!」


 奇声を上げたかと思うと両手でお面を押さえている。

 なにかを制御してる感満載だ。


 「早く逃げろおまえら!! ここは俺が食い止める」


 なんなんだよいったい? なにを止めるんだよ? 道の真ん中は通行人の邪魔になるからまずはチャリを道の端に止めろよ。

 

 「バ、バカ、早く逃げろ。じゃないと俺の力がもう持たないぞ」


 なにが持たないんだよ? とりあえず上から抑え込んで風じゃなくてお面を持てよ。

 

 「あの~そのお面がなにか?」


 演技はいってるところ悪いが訊いてみた。


 「このお面は”呪い”としても”魔除け”としても使える2WAYツーウェイお面だ。ときと場合でどっちの用途で使うかを選べる」


 ああ、たしかにあるよな――それどっちに有効きくのよ?って感じの海外のお面。


 「それで?」


 「呪いのほうの力が開放されはじめた」


 だったらそんな物をコンビニ袋のようにチャリのカゴに置くなよ。

 せめて、せめて布一枚はかぶせろ。


 「それを止めないとどうなんの?」


 「呪いの力が開放されつづける」


 「ほっといたら?」


 「開放されたままだ」


 「それでいんじゃネ?」


 「なにいってんだおまえは」


 「だって、さっきまでふつうにそのお面乗せたまま走ってたんでしょ?」


 「ああ。そうだ」


 「だったらいんじゃネ?」


 「バカごたごたいってねーでクソっ!? 素人にはこの状況がわかってねーようだな。それもしょうがねーか相手は素人さん・・・・だ。俺が第2形態になるしかねーようだな」


 軽く下に見られた気がした、けど、まあヤバそうだから深入りするのやめとこ。


 「下がってろおまえ。いま俺が村雨聖夜むらさめせいやの進化体、町晴邪朝まちはれじゃちょうになるから」


 「なら早く頼むよ。この時代に遅いのは流行らねーからさ」


 グリムが村雨聖夜むらさめせいやから町晴邪朝まちはれじゃちょうに進化するらしいから、そのあいだ寮長にいろいろ訊きたいことを訊く。

 追伸、寮長いわく「村」と「町」、「雨」と「晴」、「聖」と「邪」、「夜」と「朝」ぜんぶ反対の意味だそうだ。


 「寮長あとふたりの寮生ってどんな人ですか?」


 「ひとりはオカルト大好き人間で。もうひとりは誰も見たことないんだよね~」


 「オカルト大好きってグリムもそんな感じですよね?」


 「まあグリムくんはその影響を受けたって感じかな」


 「あと誰も見たことないって本当に住んでるんですか?」


 「たぶん」


 「6号室。幻の住人のことか?」


 グリムは進化の途中なのにそう訊いてきた。

 完全体になってから俺らの話に入ってこいよ。

 見かけにはなんの変化もないけど、いま第二形態のどのくらいまで進んでんだ? 進捗状況しんちょくじょうきょうのメーターだしておけ!!


 「6号室の未確認なのが佐藤くんで。オカルト好きなのは5号室の髑髏山どくろやまくん。佐藤はまあ一般的な佐藤ね。髑髏山は、難しい漢字の髑髏にふつうの山」


 名字の落差が激しいんだよ最近の仮想通貨か!?


 「髑髏山が佐藤の出現を毎日張ってるけど、髑髏山でさえ佐藤の不鮮明な静止画しか押さえれてねーぞ。その画像が佐藤なのかどうかも疑問が残るけどな」


 なんにも変わらないグリムがそういった、ついでにお面もなんも変わらずベロだけでてる。


 「どうやって暮らしてんだよ?」


 グリムはカゴのお面に手を当てて呪い封印してる感をだしつづけてるけど、いっこうに封印される気配もないし、こいつが第二形態になる様子もない。

 てかこの状況が変わることはないだろう。

 若干チャリに飾られている電飾のキラキラが空の色に馴染んできたくらいだ。

 

 「それはいまだ髑髏山が生態調査してる途中だ」


 まだまだ寮もこの町も謎だらけだな……。

 てかグリム引き際わからなくったパターンっぽいな。

 44フォーティーフォーマグナグラサンをデコにかけてちょっと半笑いで

こっちを見てるし。

 意外とかわいい目だ。

 その目はもう止めてくれよと訴えてるようだった。

 ポジショニング間違えたキーパーかよ!?

 ヤバっ、その角度のループはゴール入っちゃう的な。


 グリムはぜんぜん変化なしのまますこし照れはじめている。 

 見切り発車したのはいいが終着駅は見つからずってことね。

 放置プレイでいこう。

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