第18話 HTB防衛少女

「貴方のマスターの思考回路も理解しがたいですね」

「あはははー、よく言われます。良く言えば余裕がある、悪く言えば傲慢とかですねー」

「さて、このような時でなければゆっくりと話をするのも吝かではないですが、少々立て込んでおりますので、押し通させて頂きます」

「多少思考回路が常人のものと異なっていても、マスターはマスター。その方から『最強であることを証明せよ』と言われているので、私も全力で行かせていただきます」


 タワーシティ中庭にある大型ホール、レーザー攻撃により半ば誘導されるようにこの場所に至った弁慶は、そこで待ち構えていた巴と相対していた。

 余興じみた戦いを押し付けられ、多少辟易するが、折角のチャンスはありがたく頂戴しようと弁慶は思考を切り替える。

 このホールを抜ければ塔の下部にたどり着ける、そしたらありったけの火力をそこにぶち込めばよい。80m上の展望室まで上るより、80m下の地面まで叩き落とした方が楽で安全だ。


 相対するは、巴。彼女は自分よりも戦闘に特化した機体だ。特にその装甲と剛力が十全に発揮される接近戦では明らかに相手に利がある。自分の長所を生かすとすれば――


「多種多様の兵装で削り倒します」


 ジャコンと弁慶の周囲に機関銃、レーザー銃、火炎放射器、大型火砲、電撃投射器、レールガン、ミサイル等、十を超える兵装が展開され、間髪入れずに一斉射撃が行われる。

 莫大な破壊の嵐が巻き起こり、光と音と灼熱の洪水がホールを埋め尽くし――


「あぁああああッ!!」


 それらを真っ向から突き破り、炎の中から巴が突撃し拳を振り上げ――

 床から立ち上る噴火により天井を突き抜けた。





「くっ、地雷が……」


 爆炎を目くらましに、床に設置されていた対戦車地雷に引っかかった。障壁に守られた前面と異なり、素の防御力のみで食らってしまった今の一撃は結構痛い。けど――


「まだまだです!」


 背部ブースターを吹かし、急降下。まだ鏑矢を合わせたばかりだ!

天井を突き破り弁慶さんが待ち構える場所へ――居ない!?

 ドガンと強烈な打撃が後頭部に叩き込まれ、その余波で床が爆散する。今のは効いた、さっきのより遥かに効いた。レーダーで捕えていると思ったが、位置をずらして天井に張り付いていたのだ。

地面にはまり込んだ私に、弁慶さんは容赦なく射撃を続けてくる。


「まだまだです!」


 弾丸の雨を障壁の傘で受け止めつつ、地中から飛び出す――

 ズコンとお腹に鋭い打撃が叩き込まれ、入り口まで吹き飛ぶ。またやられた、地面に何か設置されていたようだ。瓦礫のクッションから抜け出しブースターを掻ける。


「まだまだです!」





 強い、私の持っているデータより遥かに頑強になっている。必殺の一撃を何度叩き込んでも平気な顔で突撃してくる。

 一撃の隙間に射撃も行っているので、砲身や残弾に不安が出て来たほどだ。しかしこちらの全力射撃ですら目つぶし程度にしかなっていない。全く面倒くさい人である。


 幾度目かの突撃、その度に罠に掛かっていると言うのに。全く懲りずに全力で飛び込んでくる、おそらくは主の影響。私の主、牛若様は武芸百般の天才である故に、特異な武器や戦術と言うものを持たず、事前に100の戦術を考え、101の戦術を実行するタイプだ。

 それに対して彼女の主である義仲殿は1つの戦術のみで押し通すタイプ。支援するために柔軟な戦いをすればいいのに、彼女ときたら思考回路も体の強度もカチカチだ。


 防御の薄い正面以外からの有効打を積み重ねるしかないが、このままでは罠も射撃も品切れになってしまう。ここは勝負に出る時と言う事でしょう。




 

 左腕を盾とし、右手を引き絞り吶喊する。器用な弁慶さんと違って私に出来ることは、前に進み殴るだけだ。

 弾幕が止んだ!?

 弾切れか、罠か、そんな事はどうでもいい、私の最強はこの拳にある!

 ブーストを加速し、距離を詰める。

 眼前に射撃兵装を収納している弁慶さんの姿が見える。


「行けぇぇえええええ!」


 引き絞った拳を突き放つ。

 パンと言う甲高い音、異様な感覚、軽い

 右脇に衝撃が走る、切られた?拳を潜られた!?

 打ち抜いたのは装甲だけ!?

 右拳を戻しつつ、後方に肘打ちを繰り出す


「つッ!」


 だが当りはしない、それどころか刃の冷たさが腰を撫でる様にぐるりと半周する。


「はッ!」


 背後に張り付いた彼女を引き離すために前転して逃げ――

 パンパンパンと顔面に衝撃、軽い衝撃だ、拳銃か?

 だがバランスを崩すには十二分な衝撃、そのまま顔面から着地する。

 スパンと首に打撃、メキリと頸椎が悲鳴を上げる、闇雲に振るった拳は勿論空を切る。

 ヘッドスピン、足を振り回し立ち上がる、ちらりちらりと彼女の影が視界の端を横切る。

 前に跳び、横に跳び、後ろに跳ぶ。だが擦り傷が増えるばかりで、彼女の姿をまともにとらえる事さえできない。彼女は私より長身な筈だが、まるで小柄な牛若様と相対している気分にさえなってくる。

 固定砲台から高速接近戦闘までこなせるなんて卑怯すぎるだろうと言いたくなってくる。





 まったく、卑怯すぎるでしょう。大雑把な攻撃に効果が認められなかったので、装甲を限界まで外し、装備は短刀と拳銃のみで捨て身の接近戦に投じてみたものの、こちらの効果もいま一つ。

 コツコツとダメージを重ねているものの、彼方の攻撃が私に当れば一撃でひっくり返されてしまう、それどころか一撃で行動不能に陥ってしまうかもしれない。

 だが行ける、こちらの方が幾分か手ごたえを感じる、薄氷の勝機だが相手は巴だ、これ以上を望むのは贅沢でしょう。





「まだまだぁぁああああああ!」


 暴れる、手負いの獣のように、惨めに、無様に、出鱈目に、義仲様の様に生き足掻く、あの方の元に勝利を届ける。

 表面装甲はズタズタで、内部フレームもあちこち歪んで、気を抜くとバラバラになりそうだ。


「ふっ」


 冷静に、平静に、私は牛若様の道具だ、最強と言う単語に興味はないが、あのお方にとっての最良の道具でありたいと言う程度の願いはある。

 無理な高速戦闘のおかげで、排熱が追い付かず、フレームは軋み、間接は燃えるようだ。


「「だが、負けられない」」





「くっ!」


 瓦礫に足を取られたのか、無理な機動のおかげで関節がいかれたのか、わずかに体勢が狂い、動きが遅れる。

 計算よりもわずかに遅れた左腕に、彼女の拳が当たる。

 バチンと、衝撃が本体に伝わる前に左腕を切り離した。





「ふむ」


 疑問。微かな疑問が義仲の脳裏をよぎった。確かに自分は手を抜いている、地面を這いずる牛若に振るっているレーザーは牽制程度のものだ。巴が弁慶を打ち倒すまでの、時間稼ぎを兼ねた余興であると言ってもいい。最高の主の元には最強の従者が従う事を証明するまたとない機会なのだ。


 余興は余興。だが、レーザーの精度はともかく威力に手は抜いていない。だと言うのに小娘はかすり傷一つ負うことなく、何時までもくるくると舞踊っている。

 狙撃しているのは、私だけではない、包囲しているレプリカ達も狙撃を行っているのだ、それなのに、一発の被弾も無く、かわし続けている。


 ぞわりと、背筋を冷たいものが這い上がった。

 遊びは終わりだ、巴の報告はこの小娘を仕留めた後で聞こう。それよりも今すぐにこの小娘……否、この物の怪を打ち滅ぼさねばならない。

 そう、決心した正にその時、件の物の怪は此方に顔を向け、ニヤリと笑った。


「貴様!何を――」





 当たった!長かった、戦い始めて漸くの当りだ!拳の先端が弁慶さんの左腕を霞めて、彼女の腕を吹き飛ばした。

 私もフレームと外装はボロボロだが、これで天秤は傾いた。私は姿勢を立て直す。彼女も跳び退って立て直す。おそらくは最後の仕切り直し、最終局面だ!


 吹き飛んだ左腕を拾い上げる。咄嗟に切り離したとはいえ、関節部分はねじ曲がっている。肩甲骨、鎖骨、いや胸部フレーム全体のメンテナンスを行わなければ、予備の左腕との再接続は敵わないだろう。

 まぁ、そのあたりは屋島に任せればいいだろう。そう思いながら邪魔にならないよう背後に投げ捨てる。


「さて。お互い、主人を待たせるのは限界でしょう。このあたりで決着をつけたいのでございますが」

「望むところです!」


 右前に構え、腰を少し落とす。重心は中心に置き、間接に余裕を持たす。


 左前に構え、腰を大きく落とす。重心は左足に置き、左手を盾に、右手を引き絞る。


 右手で、手招きする。


 更に、腰を落とす。


「来なさい」「いきます」





 彼女は砲弾の様に真っ直ぐに飛び込んでくる。私の胴体に匹敵する巨大な拳が迫り来る。この短時間の間に幾度となく見た光景だ。当たれば必殺、全てを穿つ。全力で飛び込んで、全力で殴る。実に単純かつ強力な、技とも言えない必殺技。


 彼女はその場で動かない。剛よく柔を絶つことも、柔よく剛を制すことも、遠距離近距離全てに対応できる、変幻自在な戦法をとる彼女の動きは読めない。だけど、私は変わらない。誰が前に立ちふさがろうとも出来ることはただ一つ、ただ進み、ただ殴るだけだ。


 巴は引き絞った拳を解き放つ、最速で、最短に、一直線に。狙いは体の中心。多少の回避なら合わせられる。そして多少の当りでも行動不能にできる。さらに片腕を失った弁慶では、先ほどまでの様な柔軟かつ高速の回避は困難。


 迫り来る鉄塊に弁慶さんはその場から動かない。行ったのは掌を返すことだけ、まるで私の一撃を片手で止めて見せると宣言している様に見えた。

 そして、彼女の肩からカチリと言う金属音が鳴り、右腕が私の顔面に向けて射出された。

 だが意に介さない、その程度の攻撃では瞬きすらする必要が無い。射出された右腕は風圧ではじけ飛び、体表にすら触れる事無く流れていく。


 あと少し、あと少しで皆中すると言った時に彼女が背後に倒れこむ。だが想定内。今まで散々かわされ続けて来た。隻腕の彼女なら左右に避けるのでなく、上下に避けるのは予測済み。肩を落とし、床を嘗めるような軌道に修正する。


 彼女が倒れる、例え床に這いつくばろうと、かわせない。

 彼女が……って!?

 彼女が床に吸い込まれるように消えていく!

 床に穴を掘った様子はなかった!そんな時間も、動作も見逃すはずはない!彼女から目を離してなんかいない!


 床にノイズが走る、大穴が現れる、穴、何か、見覚えがある、そう、これは私が空けた孔だ!何時からだ!何時から彼女の障壁で隠されていた!

 彼女の上を通過する、風圧で彼女の髪が舞い踊る、いつも通りの無表情だが、彼女の体はボロボロだ。

 反転、反転する。最後の力を振り絞っての突撃だったので、体中が悲鳴を上げているがあと少しなんだ!


 着地――


 ズルリと足元が滑る、何かを踏んだ、体勢が崩れる、フレームが、関節が軋みを上げ姿勢の制御が追い付かない

 何か、何……か。

 視界の端に弁慶さんの左腕が映る。

 それはくしゃくしゃになりつつもしっかりと対戦車地雷を握りしめていた。



 ズンと爆発が上がる。少し遅れて衝撃音が1回、2回。満身創痍の状態にありながら全力で突撃していた彼女は、突撃の勢いを殺せぬまま、地雷の爆発で加速され壁面を突き抜けていった。

 そして――


「これが私の奥の手です」


 姿勢制御に失敗し、吹き飛ばされた。だが、まだまだだ、まだまだ私の手足は動く、瓦礫の山から抜け出し……っと、引っかかりがある、何かが後ろ髪に纏わりついている。手を回しそれを引きちぎる。

 それは……手?弁慶さんの右手?あの時の手が引っかかっていたのか?

 そして、その手が光り輝く――





「貴様!何を――」


 義仲がそのセリフを言い切る前に塔の下部で爆発が起こる。それは柱一本、壁一枚と言うレベルでない下部の1~2階が丸ごと吹き飛ぶような巨大な爆発だった。

 そして旭を抱いた塔は崩壊した。





「そうか、勝ったのか弁慶」


 妙に気力に漲ることもあり、ついつい提灯アンコウの遊びに付き合っているうちに、弁慶が巴を制したらしい。総合力では弁慶がやや上回るものの、巴は一点突破の剛力使い。無論弁慶の事は信頼しているが、負ける可能性は十分あった戦いだった。あの爆発を見るに奥の手を使うまで追い込まれたようだが。


「帰ったら誉めてやらねばな」


 そう言い残し、牛若の姿が掻き消えた。そして次の瞬間には、レーザー射撃に巻き込まれないように、遠巻きに牛若を包囲して射撃を行っていたレプリカ達の首が飛んだ。


「ああ、やはり調子が良いな。体が軽く、隅々まで力が漲っている」


 そう言い、牛若は納刀する。そして鞘を持った左腕に嵌っている腕輪に静かに微笑む。

 冷たい温もりが、柔らかく点滅する腕輪から伝わってくる。かつてないほどに絶好調なのは、この奥にいる主殿の力だろうと、理屈抜きで理解した。



「お待たせいたしましたでございます」

「うむ、勝ったか、偉いぞ弁慶」


 崩壊の音が静まった頃、弁慶が牛若の元に駆けつける。左腕は無く、髪は乱れ、至る所傷だらけで、動きもぎこちないが、しっかりと自分の足で歩いて来た。


「随分と苦戦したようだが、まぁ無事で何よりだ。実力は拮抗していたからな、正直な所勝敗は五分五分とみていたぞ」

「同意でございます。今回は何とか勝ちを拾えましたが、次回あるとしたらどう転ぶか不明でございます」


 私はそう言い、塔だった場所を振り返る。満身創痍の状態で、あの爆発をまともに食らい、止めにあれだけの瓦礫の下敷きとなったのだ、その次回が訪れる事は無いだろう。





「……おのれ」


 瓦礫の山の頂より光が洩れ、一人の男が立ち上がった。


「なんだ、産廃。貴様まだ生きていたのか」


 牛若は、弁慶を下がらせながらそう言い捨てる。もっとも、この空間が解除されない事から、義仲が生きていることは承知の上だったが。


「おのれ、おのれ、おのれ、おのれッッ!」


 怒りが、憎しみが、慟哭となり漏れ出る。溢れる感情を薪に義仲から発せされる光と熱はみるみる増していく。

 その光、その熱は正しく旭の如き威容であった。


「殺すッ!」


 光と熱の塊となった義仲は踏み込んだ瓦礫を融解させながら一直線に突撃してくる。あまりの光熱にセンサーの幾つかは使用不能になる程だった。


「牛若様」

「良い弁慶、貴様は下がっておれ」


 牛若は、中破状態の弁慶を控えさせる。遥かなる高みにあった義仲を大地へと叩き落としたことで十二分に仕事は果たしている。ここからは自分の仕事だと彼女は太刀を抜いた。

 目は用をなさないが、全く問題は無い。耳はあるし、肌も冴えわたる。いや、普段使っている五感云々の話ではない。第六感、いやそれ以上の何かに研ぎ澄まされて、否、包み込まれている。

 例えるなら、世界と一体となったような感じだった。


 光と熱の化生となった義仲が迫り来る。彼は最早、太刀を振るう必要も、蹴りを放つ必要もない。彼自身が攻撃兵器だ、彼に近づくのは太陽に近づくことと同意。例え戦車であろうと戦闘機であろうと、飛んで火にいる夏の虫となり燃え尽きる。

 だが、牛若は全く意に返さない。バイザー下の目を閉じたまま軽やかに光球へと飛び込んでいった。





 牛若様と、義仲様が激突した、半数以上が用をなさなくなった私のモニターでも、そのことは確認できた。理論上では牛若様の必負は揺るがない。赤糸威の耐熱性では彼に一太刀入れる前に牛若様が燃え尽きることは必至だった。

 勝負しようと言うならば、彼の鎧がどれだけ持つか分からないが、燃え尽きるまで時間稼ぎをするのが最良だった。

 ですが――。


 光と熱の世界、牛若の太刀は真っ直ぐにその核を切り裂いた。


「――――ッ!」


 牛若の太刀が、義仲の鎧を袈裟懸けに切り裂く。その直後、光と熱が義仲の肉体を蹂躙し、彼の肉体は骨も残さず蒸散した。


「ふん、屍も残さずに天に召すか。散り際だけは見事だったぞ義仲」


 静寂を取り戻した世界に、太刀を納める音が静かに響いた。


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