第17話 最終決戦

 まず、のこのこ前線まで出て来た馬鹿の首を取る。

 だが、牛若の放った一閃は義仲の両隣に控えていたレプリカ達の障壁によりさえぎられ、その隙に義仲と巴はレプリカの障壁をカタパルト代わりに奥へと飛び去った。


「くははははは、私と戦いたければ、そ奴らを突破してくるのだな」


 と、言う笑い声を響かせながら。





 居並ぶレプリカ達が張り巡らせた障壁が幾重にも重なり、牛若達の進攻を阻む。いや、それは最早全方向より彼女たちを圧殺する、脱出不能のプレス機の様を呈していた。

 巴型の最大の長所である剛力、それを最大限に生かすのは、勿論単純明快な力押しである。輸送船の突撃をも、真正面から受け止められる強度を誇る障壁が彼女たちの命をすり潰さんと迫り来るが。当の牛若は、目の前に迫る死を他所に、仕留めそこなった太刀をぶら下げ義仲の飛び去った方向を藪睨みしているだけであった。


 ゴガンと鈍い音が響き、障壁が閉じる……。ことは無かった、弁慶が取り出した無数の刺股がつっかえ棒となり、辛うじて圧殺を免れる。だが、それも時間の問題。刺股で作られた檻は迫り来る圧力の前にギシギシと悲鳴を上げ崩壊を待つばかりだ。


「義盛、手筈は」

「整いました」

「よし、やれ」


 牛若の指示が姿を消した伊勢に飛ぶ。

 直後、四方を囲む障壁が一斉に白く凍り――砕ける。

 そして間髪入れずにそれまで障壁を支えていた刺股が、お返しとばかりに四方にはじけ飛んだ。





 死屍累々。アドベンチャーパーク外れの森の中にポカンとあいた爆心地には牛若達だけが立っていた。彼女たちを取り囲んでいたレプリカ達の大半は刺股の砲弾によって、残骸と言ってよい姿になっており。運よくそれを免れた者たちは体制を立て直すために逃走していた。


「そう言えば、真一様はどうなさいましたでございますか?」

「うむ、以前の折のようにこちらにいらっしゃる」


 牛若はそう言い、腕輪を掲げる。牛若の左手首に宿るソレは、パーツの隙間から淡い碧光を放っている。その光は穏やかに、そして一定のリズムで点滅しており、牛若にはそれが真一の心拍の様に感じられ心地よく安らぎを覚えるものだった。


「こちらの呼びかけに答えては頂けぬが、まぁいつもの様に気絶でもしておられるのだろう」

「その状態となった真一様と直接会話できるのは牛若様だけですので、私には判断不能ですが、牛若様がそうおっしゃるのでしたらそうなのでございましょう」


 牛若のその言葉に対し、弁慶も『何時ものとこだ』とさらりと流す。


「そう言うものなんですかねぇ、話には聞いていましたが不思議な事で。本国の与一君に見せたら真一さんは暫くは検査漬けの日々でしょうね」


 音も無く現れた黒い影が、会話に参加する。斥候として走っていた伊勢が戻ったのだ。


「与一か、八正設計者であるあ奴にしてみれば、主殿の存在は値千金の研究材料になるだろうな。

 まぁ、そんな些事今はどうでもよい。義盛、敵の様子はどうだ」

「はっ。敵はここより川一つ挟んだ小島にある塔の前で陣取っております」





 浮遊感に似たものを感じる。はるか高みから世界を見下ろしている様な、はたまた、大地と一体化し、自分の体の上で動く生き物たちを感じ取る様な感覚。


 何時もの感覚だ、今まで2回しか味わったことのない感覚だが、その強烈な全能感とも呼べる感覚は1回でも味わえば強烈に魂に刻まれる。


 だがしかし、3回目となる今回は少し違う。異物感、あるいは疎外感。自分が認識できる範囲はごくわずかで、その他の大部分は分厚いモヤに囲まれて知覚が届かず、息苦しさも感じる。


 霧の中を見通す為、視線を強める。モヤを払うため手を伸ばす、それでも埒が明かなければ足を進める。まぁ今の自分には手足どころか目すらないので、あくまでイメージでしかないのだが、それでももがいているうちに段々とモヤが晴れていった。





「やられてしまったレプリカさん達は28人です」

「そうか、やはりこやつ等レベルではあいつらの相手は難しいか」


 義仲たちはHTBのシンボルタワーに展望室にいた。105mの全高を誇るこのシンボルタワーからは園内全てが見渡せ、勿論牛若達の監視も行われている。


「報告を解析いたしますと、展開した障壁へのハッキングが行われた模様です。強度設定を弄られて高強度、低弾性になった瞬間にバリーンと割られちゃったようで」

「やったのはあの透破か?」

「不明ですが、おそらくは」

「ふむ、いかに頭の鈍いレプリカ達が相手でも、戦闘中にそれほどの事が出来るのは、やはりあの透破は死神に相違ないな」

「私もそう思います。と言うかあんな芸当が出来る人が、うじゃうじゃいたらたまったものじゃないです」

「対策は?」

「暗号そのものを組み直すのは時間が足りませんので、一人一人の暗号パターンをランダムにずらしていけば一斉にハッキングされる恐れは低下すると思います」

「それと、障壁を展開するときは最低でも2枚重ねでの使用だな。その上で戦術を変更する、高所はこちらが抑えている、障壁はあくまで防衛線とし、四方からの射撃でもって奴らを攻める、狸狩りだ!」

「了解です!」



「学習するはお互い様と言った所か」

「そうでございますね」


 先の2戦で木偶たちの癖は掴んだが、彼方も此方のやり方を学んだらしい。木偶たちは思考の柔軟性と瞬発力は低いが、言われたことを言われた通りにするのはお手の物だ。


 要所要所に配置された障壁隊が行く手を阻み、高所よりの射撃が的確に此方の出方を削っていく。

 突撃、撤退を繰り返し、陣に揺さぶりをかけようとするも。決められた仕事以外は断固として働かないとばかりに。全く引っかかって来ない。木偶ならではの融通の利かなさを逆手に取った布陣と言える。心理戦を利用した搦め手が効きにくい面倒な相手だ。


 さらに厄介なのは、それを粉砕する力押しすら通じにくい。なにしろ相手は弁慶以上の剛力だ、試しにそこらにあった木製の櫓のようなものの柱を、波状槌代わりに投擲させてみたが、四方から障壁が飛んできてあっさりと受け止められてしまった。


 義盛による障壁への干渉も対策がなされていて、有効打は狙えない。まぁあれは、油断した相手に使える一発ネタだったから是非もないし、十分な数は削れたので良しとしとこう。


「牛若様、支度が整いました」

「ご苦労。まったく、今回は義盛様々だな、貴様が来てくれて助かったぞ」

「過分のお言葉痛み入ります。しかし私の芸は、初見の方のみ通じる手品のようなもの、種が割れてはどうしようもございませんので」

「ははっ。その芸を百も二百も持っている奴が何を言う。だか、ここで勝負を決めると言うのは同感だ」


 行くぞと言う牛若の掛け声の後に、彼女たちは物陰より飛び出し全速力で走り出す。

 弁慶は、その装甲と突破力に任せて、暴走する装甲車の様に障害物をなぎ倒しながら。牛若は燕の様にひらひらと壁や屋根も地面代わりに。義盛は、陽炎の様な黒い影をふわりふわりと残し、まるで瞬間移動しているように。それぞれ別方向に走り抜けた。

 その後、アドベンチャーパーク全体が白い煙に包まれる。





「煙幕か!落ち着け、持ち場を離れるなと伝えよ!」

「了解です!」


 運河を一つ挟んだアドベンチャーパーク全体が、真っ白に塗りつぶされたのを見て、義仲はそう指示を出したが――


 ドンドンと爆発音が立て続けに鳴り渡る。紅蓮の炎が舞い上がるのは、中央塔を備える小島とアドベンチャーパークを結ぶ2本の橋。


「なに!?橋を落とした!?」


 運河の幅は約30m、策を講じれば飛んで超えられない距離ではないが。こちらが高台を抑えている状況で無防備となる大跳躍を行うのは下策も下策、鴨撃ちでしかない。

 爆破に目を引きつけている間に3連風車のある小島から迂回してくる腹積もりかも知れんが其方にも兵は回している。





「開始でございます」


 アンドロイドの目を誤魔化す、チャフ入りの煙幕の中を突き進んでいた弁慶は、そう独り言ちる。

 行先は、始めに轢き壊した、木製アスレチック施設天空の城。最大出力では巴型に劣るが、同時制御数と精密さでは己の方が上回ると言う自負を込め、その地面に散乱した多数の柱を重力制御で運河に向け一斉射出する。

 柱たちが水柱を上げるのが早いか、そこに向けて飛び込む一羽の燕がいた。

 だが、中央島運河岸に配備されていたレプリカ達も唯の案山子ではない。立て続けに生じた想定外の展開に多少時間を取られたものの、牛若の行く手を遮らんと障壁を展開し集合する。


「おい、木偶共、後ろががら空きだぞ?」


 牛若の呟きに、レプリカ達の足が止まった瞬間に、彼女たちの足元。運河の護岸から黒い影が立ち上った。

 そして紫電が彼女たちを襲う。


「邪魔だ」


 牛若は、義盛の策により一時的に麻痺したレプリカ達の足元を一閃し、そのまま地面に吸い付くような姿勢で走り抜ける。

 間をおかずに弁慶の追撃。投擲された多数の刺股が彼女たちを貫き、持ち上げ、その身をもって牛若達の盾とする。

 レプリカ達の敵味方識別はかなりの高精度だと言うことは、今までの戦いで把握している。脱力した相手の関節部に打撃を叩きこんで生殺しにしているので、これで暫くは時間が稼げるだろう。





 モヤは晴れていく。

 ゲームのオートマッピングの様な感じだ、自分が通った後の空間は澄んだ世界になっていく。


 目の前のモヤに覆われた世界、その奥に強い光がある。蒼く輝くその光は神秘的であり、触れることはおろか、目にすることさえ不敬である様な感覚すら抱いてしまう。己の矮小さや、醜さ、不浄さなど、生きていくうえで溜まった醜さが、その光で炙り出されてしまうようだ。


 だが、モヤはその光からあふれ出ている。

 清浄なモヤに包まれた世界と、澄み渡った命の苦しみに溢れた世界とは嫌な対比だが、俺の中の何かが、あの光を求めている。アレに手を伸ばす資格が、この俺にあるのかどうかなんて関係が無い。

 まだ遠い、まだ高い、まるで蜘蛛の糸に手を伸ばす亡者の様だった。





 塔のある小島は大分が芝生で覆われた平地だ。観覧車や塔と言った高所から雨の様に射撃が降り注ぐが、雨の様程度では燕の羽を濡らすことは出来ない。弁慶の援護射撃と伊勢の妨害工作も駆使して、牛若は碧く輝く平地を突き進む。

 そして眼前の円形広場でレプリカ達のファランクスに相対した。


「馬鹿の一つ覚えか」


 巴型の多重障壁ならば艦砲射撃すら容易に防ぐであろう。

 だが――


「弁慶!抉れ!」

「了解でございます」


 牛若の言葉を受け、彼女の後方支援をしていた弁慶が前面へ突入する。弾幕が貼られるが、捕縛したレプリカと、障壁を展開してそれに耐える。敵味方識別はもう切られているが単純な物理防壁としては十分に有効だ。ほんの数刻、数歩の距離を稼げれば問題ない。


「いきますでございます」


 チャージを完了した大槌が、少し浅い袈裟懸けに障壁手前の地面に振るわれる。ブーストを利用した一撃が大地を抉る、着弾の瞬間に手首を返しブーストの連続使用。

 地面を抉る一撃が、島を振るわせる。弁慶が振るった大槌の一撃は、塔手前にある円形の広場の地面を掬い、そこで待ち構えていたレプリカ達の陣形を大いに崩した。

 そして、間髪入れず、その隙間に牛若が滑り込む。抜け駆けに周囲3体の首を落とす、グズグズの瓦礫の谷となった広場を右へ左へ、ピンボールの様に跳ねまわり、その度にレプリカ達の首が飛んでいく。

 そして、牛若がかき乱し柔らかくなった陣形を、弁慶が粉砕する。


「クソ虫は上――弁慶!避けろッ!」


 上方、塔展望室の窓が輝く。天より降り注ぐ光の柱がひび割れた広場を照らし、そこにある一切を焼き尽くした。





「ふん、まったく奴らは所詮劣化品か、単純作業には向いているが油虫の如き小娘相手では荷が重かったな」


 そもそも、あのレプリカ達は依頼主から押し付けられた試供品に過ぎない。例え奴らが全滅したとしても、こちらの懐は全く痛まないので、どうでもよい。

 奴らの長所を生かすなら目まぐるしく動く戦場よりも、単純な土木作業の方がよほど向いているだろう。荒れ果てた祖国より、瑞々しいこの土地にわたし好みの城を築くのに活用する方が、よほど奴らの為だろう。


 義仲は、そう独り言ちながら眼下で逃げ惑う牛若に狙撃を続ける。

 義仲の纏う大鎧『旭光』、黄金色をしたその大鎧は光を司る。義仲はその能力を光学兵器として使用し、正面から堂々と敵を打ち倒すことを好んでいた。


「しかし、八正とやらと我が鎧との相性はすこぶる良いな。連射速度も威力も以前とは段違いだ!」


 上機嫌でレーザーを打ち続ける義仲。牛若の周囲の地面はレーザーで熱せられ赤熱化している。

牛若の後方からのレプリカ達は義仲が足止めを行っているものの、側方より駆けつけた増援により幾度目かの包囲網もしかれ始めていた。

 数多のレプリカ達をバックダンサーに、牛若は独り灼熱地獄のステージで踊り続けていた。


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