29話 八日目: 脱ぎ癖と脱がし癖
爽やかな風。
朝の沢近くの風は涼しく、気持ちが良い。
水場の拠点では焚き火の音も消え、皆静かに寝静まっていた。
その中を一人の女性が足早に移動する。
「昨日は英斗君だいぶ落ち込んでたから、慰めてあげなきゃ!」
意気揚々と動き出した女性。
イケメンの寝床に着き、どんな爽やかな寝顔をしているのか楽しみなようだ。
そして飛び込んできた光景に目を見開く。
「え、ええ?」
その女性の瞳に映りこんだのは天使の寝顔。
それと無精ひげのおっさんの寝顔だった。
「イヤアアアアアアアアアアア!!!!」
裸のおっさんの腕枕で眠る裸のイケメン。
女性の口は徐々に開き頬は引きつり髪は逆立つ。
視線が下半身にまで向かえば、元気に天を衝くおっさんの息子がお出迎えする。
早朝の水場の拠点に、大絶叫が響いた。
◇◆◇
昨日は少し飲み過ぎた。
悲鳴を聞きつけた者たちに囲まれる俺とイケメン君。
昨日のことはあまりよく覚えていない。 酒には強い方だが久しぶりだったからかな。
「なんで裸だったのよ!?」
そういえば、酔いすぎると裸になってるな、いつも。
「なんで英斗君も裸なの!?」
「わ、わかりません……」
そういえば、酔いすぎると脱がしちゃうんだよな、いつも。
「暑かったんじゃないか?」
今はちょっと肌寒いが、そろそろ服を着てもいいだろうか?
「……じゃあ、なんで同じベットで抱き合ってたのよ……?」
「さぁ?」
「わ、わかりません!」
イケメンの抱きつき癖だが、それをバラしたらこいつら飲ませまくりそうだからな、やめておこう。
「大丈夫、英斗君……? その、お尻とか、……痛くない??」
「だ、大丈夫です。 不思議と虫にも食われませんでした」
裸で寝ていたので虫に食われなかったか心配してくれたと思っているのか?
やつらが心配しているのは、おっさんに喰われていないかだぞ。
「なんであんたは大きくしてるのよ……」
妙齢の女性にジト目で質問される。
股間に被せた服は大きく形を作っている。
駆け付けた者たちに見られて、おっさん恥ずかしい。
「朝勃ちだ」
夜間陰茎勃起現象。
朝ションするまで収まらない。
生理現象だからしょうがないよね?
「失礼するぞ」
「うわっ」
「きゃっ!!」
威風堂々。
おれはキュッと尻を絞め、さっさとこの場を離れる。
自分に落ち度がない場合は堂々としていれば良いのだ。
「おぉ、なんという天使の寝顔」
朝ションを済ませた俺は自分の寝床に戻る。
ギャルとお嬢様はまだ眠っていた。 起こさないように静かに寝顔を見る。
爽やかな朝食の香りで二人を目覚ませる、なんてどうだろうか?
映画とかで見てちょっと憧れるシチュエーション。
しかも二人だ。
「さっぱりしたレモングラスティーと、パンなんてないしなぁ……」
こんがり焼いたウインナーの代わりに、カエルの燻製じゃドン引きさせてしまう。
「ちょっと探してみるか」
昨日見つけた泉の辺りがよさそうだ。
エビとかいないかな。 網がないから罠を仕掛ける必要がある。
もしくは水に浸かっている草むらなりを引っ張り上げればいい。
小魚やえびが寝床として使っていれば、そのまま大量ゲットだ。
「そう都合よくはないか……」
残念ながら引っ張り上げられそうな物はなかった。
次来たときように葉付きの枝を束ねて沈めておこう。
泉にはカエルの他にも小さい魚や、エビのような生物も確認できる。
「まぁ今回は素手でいくか」
数匹捕まえるだけなら素手でも大丈夫。
狙い目は泉から沢へと向かう小川の入口、そこの石の隙間に隠れる生物だ。
もちろん沢でもいいのだが、狭い小川のほうが捕まえやすかったりする。
「うお! こいつ、生きがいいぞ!!」
ドッジボールほどの石をどければピョンピョンと二匹のエビは飛び跳ねる。
小川に逃がさないよう、陸側に追い詰める。 小石や草の上を跳ねるエビを捕えるのは簡単だ。
「テナガエビ?」
具体的な種類は分からないが、透明で青い筋の入った手の長いエビだった。
大きさもなかなかで十センチはあるだろう。 川エビとしてはナイスサイズだ。
「お! おつまみゲット」
捕獲した川エビは救命食糧の入っていた缶に入れて蓋をする。
さらに石をどかすと、小さな赤いカニがいた。 小さなハサミで威嚇する。
そのチャーミングなポーズを見ていると、唐揚げが食べたくなってくる。
「小麦粉がなぁ、……片栗粉でもつくるか?」
芋を見つければ割と簡単にできる。
もちろん質にこだわらなければだが。 まぁ見つけたらそのまま食べるだろうけど。
逃げずに威嚇するカニをヒョイと捕まえる。 小さなハサミでは挟まれても大して痛くない。 無理矢理引き離そうとすると蜥蜴の尻尾みたく切れちゃう、背の部分をコショコショして離してもらおう。
「む……」
埋まった岩の隙間。 大物のカニの気配。
体を少しだけだしこちらの様子を窺っているかのようだ。
「掘り起こすか……? いや、無粋か」
サイレントムーブ。
一瞬で掴み取る!
「……無理か」
カニの視界はどうなってるんだろう。
死角から忍び寄ったのに簡単に気付かれて巣穴に潜らてしまった。
俺の動いた振動でも、察知したのかな?
悔しい。
こうなったら意地でも捕まえる。
そのためには奴を巣穴から誘い出す。
「ミミズとあとは……」
柔らかそうな地面を木でほじくり、ミミズを探す。
後は釣り糸代わりになりそうな物、長めの雑草とかでもいいかなと辺りを見渡すと良い物を見つける。
「ガマ!」
カエルではなく、蒲である。 自分の背丈ほどの植物、不思議な形の穂をしており手触りもよい。 釣り糸に使えるどころか貴重な食料にもなるし、虫よけや傷薬にも。アボリジニご用達のサバイバルアイテムだ。
思わぬ収穫にほくそ笑みつつ、先ずはカニと決着をつける。
ミミズを括りつけた蒲の茎を操り、カニの巣穴の前で見釣り。
操る手とは逆の手は巣穴の前で待ち構える。
「ヒットぉお!!」
ひょこりと現れたカニ。 側面歩行で体を出してきた。
慌てず、ゆっくりとその大きなハサミにミミズを取られないように釣り出す。
十分に引きつけたところで、スッと掴む。
「ヒヒヒ、観念したまえ!」
カニとの引っ張り合い。
脚がとれないように先付近を掴む。
グイグイと引っ張っていく。
波打つ水面は煌めき砂は舞う。 徐々に甲羅も出てくる。
「おっしゃ!!」
甲羅を鷲掴み。
そうすれば大きなハサミも届かない。
引っ張り出したカニは脚も合わせれば二十センチオーバーの大物だ!
「ふぅ……!」
釣りにも負けない高揚感。
額に浮かぶ汗を拭い、次なる獲物を探す。
当初の目的を忘れ人数分確保し戻れば、美女二人はとっくに起きていた。
「おっさん……」
「……」
なぜか二人から変な視線が。 どうしたのだろうか?
「イケメン君を襲ったって、……本当なの?」
また変な噂が流れているのか。
「そんなわけないだろ? 少し飲んでただけだ」
「そ、そっか。 そんなわけないよねーー! も、もちろん信じてたよ?」
絶対、疑ってたよね?
逃げるように沢に水を汲みにいったギャルたちを見送り、俺は遅くなった朝食を作り始めた。
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