果てしない銀河 ~Happy Birthday アベフトシ~

青い向日葵

 時は12月の半ば頃、チバユウスケは、またあの白い糸電話を出してきて、銀河へ想いを飛ばすように、そっと片方を耳に当てた。

「もしもし」

 やがて、懐かしい声が聞こえた。

 優しい声。

 柔らかくて、少しばかりキーの高い静かな声が、見えなくても笑顔であることを伝える。

「アベくん、最近どう?」

 照れ隠しか、太い声になってしまう。

「なんだよ。それ、こっちの台詞だろ」

 アベフトシは、柔らかい声のまま笑っている。

「ああ、そうだね。長いツアーが終わったよ。まだやり足りないくらいだけど、よかったよ今回も」

 やっと普段通りの穏やかな話し方で、チバは素直な気持ちを口にした。

「うんうん。すごいよかったよね。俺さあ、いろんな会場に行って観てたんだよ。ひとつも同じアレンジがなかったし、皆すげえ上手くなってて笑っちゃうみたいなね」

 チバは、感じていた通りの感想を聞けて思わず微笑んだ。

「そうか。最高のメンバーだろ」

「良いバンドだよ」

「ありがとう」


 糸電話は、他の人には見えない。

 もし誰かが、こうして話しているチバを見かけたとしても、独り言に笑っている狂人にしか見えないだろう。愉快だ。


「あのさ、それはいいんだけど、あの選曲にはやられたよ。俺、もうこの世に居なくて、こんなに偲ばれてるのかって思ってさ、泣いたな」

 アベは、チバの書いた想いの溢れる歌詞に気づいて、そんな曲ばかりが演奏されたライヴで感じたことを伝えた。

「ごめんな。歌うしか出来ないんだよ。いろんな奴が深いことも聞いてくるけど、何を答えりゃいいんだって話。お前に会いたい奴なんて世界中に山ほどいるんだ。語る暇があったら音楽聴けよって」

 チバは、自作の懐かしい曲をたった一曲演奏するだけで騒然となる世の中にうんざりしていた。

 純粋って何?


「まあいいさ。でもな、そろそろ泣いてばかりの仔猫ちゃんたちを救ってやらないと、ロックンロールが続いていかないじゃんか」

「ははは。大きく出たな。根こそぎ抱きしめてやるって」

「誰もやる奴がいないんだから、俺が歌うしかないんだよ。この世は広くて、得体が知れないんだ」

「そうだよな」


「俺は、周りに恵まれたよ」

「うん」

「かっこいいだろ、俺のバンド」

「うん。最高だね。やっぱりギター見ちゃうけど、フジケンはすごいな。広島同盟のカッティングを意地でも使わないって、すげえロックだよね。めちゃくちゃ上手いし。お前が踊ってるの見ると安心するよ」

「やっと落ち着いて居られるっていうかね、イライラしない。楽しいんだ、ライヴが」

 チバは、爽やかな笑顔を見せた。

「そうか。よかったな。俺も見てて楽しいよ」

 アベのまるで母親のようなチバを見る眼差しは、昔から変わっていない。

「まあ、見ててくれよな。何年やっても、詰まらないものは絶対に見せないからな」

「知ってるよ」


「ところでさ」

 チバは、少し声色を変えて言った。

 少年のような、たどたどしい言い方だった。

「なに」

「誕生日おめでとう」

「ああ、ありがとう」

 アベは、口角を上げて笑った。

「51か」

「あんたはいつまでも見た目が若いからさ、調子狂うよね」

「でもさ、お前はステージに上がると10歳ぐらい若返って見えるよ」

「じゃあ、違和感ないか」

「ないね」

 ふと、糸電話が半分ほど消えかけているのが見えた。


「ああ、もう時間切れかな」

 チバは、時を止めたいと思いながらも、叶わない現実を受けとめることにも慣れていた。

「だね。楽しかったよ」

 アベは、終始穏やかな笑顔をたたえていた。

「また、遊びに来てよね」

「おう、いつも見てるから」

 手を挙げたアベの姿も、消えかけていた。

「じゃあね、バイバイ。また来年」

「ありがとう」


 はっきりと聞こえた後に、糸電話は白く光って完全に消えた。

 チバの空っぽの手のひらに、ほんのりと温かい何かが残っているような気がした。

「ありがとう」

 それはこっちの台詞だよ、と心の中で呟いて、チバは2本目のハイネケンを開けながら、夜空に向かって想いを馳せた。


 Happy Birthday アベフトシ。


 永遠のギターヒーロー。

 今夜も何処かで、誰かのゴキゲンな演奏を聴いてニコニコと笑っているのだろう。

 ここは天国ヘブン。寂しくはない。


 いつだって愛してるよ。

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