狼煙

 その日、朝靄が不気味に漂っていた朝、港区はいつもの日常を送っていた。死人のような顔をした労働者が工場へと向い、浮浪者たちが配給を求め彷徨く。闇に生きるイービルは少なく、一時の平和を市民は謳歌する。やがて日が昇ればいつもの喧騒が賑やかにやってくる。飲んだくれがホームレスに絡み踏みつける。男達が金を貸した、貸してないで殴り合い、それを娯楽さながらに見る人々。色のない街は赤く彩られ、太陽は陽気に日を落とす。

 そうして昼が過ぎ、街を巡回する警官たちが不良をたしなめている時、耳をつんざく爆音が轟いた。同時に足を取り、尻もちをつくものが出るほどの衝撃が奔る。皆が顔を見上げ、原因を探る。理由は、なにが起こったかは直ぐに分かった。工場が火を噴いたのだ。それも複数が同じ時をして、明らかに異常事態で呆気にとられた人々が立ち尽くす。軍のものや警官も一瞬呆けていたが我に返ると通信機を取り出し現状を確認する。

 辺りに緊張が張り詰め、慌ただしく人が行き交いだす。程なく軍人が大挙して駆けつけ、街の中心部、駅前の交差点に集結した。隊長のケニーが大声で号令を出す。


「イービルは街に混乱をもたらすべく、その焔を打ち上げた! これは我々、我が国、センチナル市への宣戦布告である! 戦争だ! 諸君、武器を取れ、市民を守れ、イービル共に、我々の力を見せつけてやろうではないか」


それに応える咆哮、次第に小隊ごとに別れ、キビキビと駆け出し事態の終息へ向けた動きが始まった。






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 フェアとは別の、それよりもやや過激な暴力集団『クラッシュ』の多くいる、アジトである工場もまた、火に包まれていた。男が声を張り上げ指示を出す。


「消化急げ! 軍が押し寄せる前に態勢を立て直すぞ」

「間に合わねえ、もうそこまで来ている! 警備に出てた奴らがすでに抗戦を始めてる」

「な……、早すぎる、まだ数十分も経っていないぞ」

「奴ら狙ってやがったんだ、これもあいつらの仕業だ!」


 喧々と、罵声が飛び交う。無軌道な輩が、この時ばかりは一致した行動を取るが、すぐに意見の衝突が起きる。


「一度逃げるべきだ!」

「戦争だ!」

「落ち着け、ばらばらでは思う壺だ!」


 外ではクラッシュの者と軍が衝突を始めていた。ヒーローが前衛を努め、間を縫って軍隊が重火器を放つ。さながら街は戦場に早変わりし、地面や建物に亀裂や銃痕が残る。イービルはヒーローに力で勝るが、数と支援に手こずり、焦燥が増え声を荒げた。


「クソが、俺達がなにをした!」

「イービルが、貴様らの存在が、人々の脅威なのだ!」

「くたばれイービル!」


 戦場にはイービル他、クラッシュには非能力者もおり、それは逃げ惑うばかりで役に立たない。喧嘩が得意であろうと、戦場に立ったことなどあるわけもない。だが殲滅部隊はお構いなしに攻撃を続ける。


「なにが、なにがヒーローだ! テメエらこそ、人間じゃねえ、化け物どもが!」

「――それは聞き捨てならないな」


 轟音響く戦場にあってやたらに通る声、比較的普通な、動きやすい服装のヒーローばかりにまじり一際目立つ青のヒーロースーツ。異名は『フィニッシャー』、最良のヒーロー、シュレイン・ウルフカーターもこの作戦に参加していた。


「どれだけ叫ぼうと、お前たちは平和を脅かす悪漢。我々は一切の慈悲も呉れてはやらぬ」

「変態野郎が、ふざけやがって!」


 怒り叫ぶイービルは飛びかかるが、空振り、次の瞬間には横に吹き飛び動かなくなる。


「――次は誰だ」


 個で彼に敵うイービルは少ない。クラッシュのイービル全てが息を呑んだ。




 少し離れて見守るクラッシュのリーダー、ルーグは怒りに震えていた。


「ふざけやがって、ぼけ糞、全部準備済み、予定通りってかよ。中心街の奴らと連絡が取れねえ」

「まじかよ、あいつら本気で俺たちを……、皆殺しにでもする気かよ!」

「少なくとも、逃がす気はさらさらねえってか。こんなんならコーダーの野郎と、あいつの話を聞いとくべきだったぜ」


 一週間前、ルーグはコーダーとの、共同戦線の申し出を断っていた。


「……仕方ねえ、おい! 人を出せ、フェアに伝えろ! 戦争だ、俺達の、イービルの世界を守るぞ!」


 イービルもただで殺されはしない、むしろこうなると彼らの根源的な凶暴性は研ぎ澄まされていく。戦争はまだ始まったばかりだ。

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