違和感

 深夜、三人は再び住宅街へと赴いていた。ここでの犯行が多いとは言え、当たりを付けられるほど規則性はない。そのため車に乗って、ポイントを変えながらの監視を行っている。


「しかし、この車はここに馴染む。お前の趣味も偶には役立つのだな」

「……褒め言葉には、受け取れないですなあ」


 車はデットの愛車で、彼の趣味が詰まっている。とうの昔に生産が終了している、グレーのセダンで、整備はデットが自分で行っている。だが内装を弄っているところは目撃されても、外装に関してはほとんど手付かずに見え、塗装のハゲや錆の具合で廃車にすら見える。


「廃品集めのなにが楽しいのだか」

「――隊長は古物趣味の人を敵に回しましたよ」

「まあまあ、その辺に、……犯人はどんな能力を持っているのでしょうね」


 クレインが強引に話を切り替える。


「まあ十中八九、精神系の能力でしょうな」


 デットは言い切る。


「戦闘の形跡もないと言いますからね」

「そういう輩は得てして、逃げるのも上手い。厄介な……」

「経験、ですか」


 クレインが口にすると、キッとオブレイナがクレインを睨みつけた。


「なんだ、人が経験豊富な、年季が入っているとでも? 殺すぞ」

「へ、いえ、そういう訳じゃ……」


 急に矛先が自分に向き、慌てて弁解するクレイン。オブレイナの年齢への反応は過剰とも言え、なにかトラウマでもあるのだろうか。


「どうにも退屈だ、少し歩くか」

「では行ってらっしゃい」

「え、デットさん、行かないんですか」

「来るに決まっている、なあ」

「……そう、なりますか」


 普段は飄々としているデットも、結局はオブレイナに頭が上がらないのだ。




 深夜ということもあり、人の気配は皆無だ。寂れた街が静まれば、妖魔でも現れそうなほど陰鬱な世界に変わる。アスファルトを踏む音が三つ、両足交互なので六つ響く。


「不気味ですね……」


 クレインが呟く。


「まあ、異常だな」

「イービルが居ついていて、この静けさ、禁令でも出ているんでしょうな」


 デットが言うが、言葉に自信がある辺り調べたのだろうか。


「統率が取れているということでしょうか」

「形はな」

「最終的には我欲が勝つでしょうがね」


 デットが言う意味つまりこの状況、静寂は“予兆”。怒りの蓄積。それぞれの陣営が、フラストレーションを溜め込んでいる。

 そしてふと、クレインが後ろを振り向いた。特に何かを感じたわけでもない、本当になんとなくである。そこに誰かがいた。小柄な、十代の中頃といった出で立ち、小柄だが体格から性別の判断は難しい。パーカーのフードを目深にかぶり顔は見えない、下はジーンズ。フードからは髪がはみ出ていて長髪だろうということはわかる。少年はパーカーのポケットに手を突っ込み、ボウと立ち尽くし三人に向いている。深夜ということもあり、子供が居ることに違和感を覚えつつもスタスタと近寄る。それはあまりにも無防備で、尚且つ“自然”な動きだった。

 それ自体が異常だと、オブレイナが気づくことが出来たのは彼女の経験の賜であり、一つの奇跡に他ならなかった。


「離れろ! クレイン」

「――え?」


 少年はポケットから手を出すと、その手に握っていた拳銃をクレインの心臓目掛け躊躇いなく発砲した。オブレイナの声で咄嗟に、クレインはそれを間一髪で避けたが、脇腹に軌跡が走り、血が吹き出た。


「ぐえっ」

「……ちぇ」


 小さく悪態をつく少年。クレインに駆け寄るオブレイナだが、彼女が抱く違和感は恐怖に変わり、デットに叫ぶ。身震いがするオブレイナ、見た目は幼いが中身はまるで違う、本能が大音量で警鐘を鳴らす。


「四番だ! そいつを連れてさっさと逃げろ」

「――まじですかいな!」


 それはオブレイナの“全力”の一つ前、五段階の四つめ。彼女の理性ははじけ飛ぶ。


「――るるるぁ、うがああ!」


 オブレイナの人間離れした絶叫が木霊し、少年に飛びかかっていった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「――どうしたデット、阿呆面下げて」

「元気で何よりです」


 アスファルトに横たわるオブレイナを、二人が見下ろしている。空は未だ暗闇であるが、時間の経過が分からぬオブレイナは尋ねた。デットが携帯で確認する。


「10分といったところですか」

「それでこの有様か、少し暴れすぎたな」


 暗闇に目を凝らせば、地面の至る所には凹みが出来ており、建物の外壁も広範囲に破壊の跡が見て取れる。経験上、オブレイナはこれが自分の仕業であると分かっている。


「それで、あの小僧は」

「逃げましたよ、結構あっさりと。ですので隊長の一人舞台ですよ、おめでとうございます」

「いつにも増して厭味ったらしいな、それ程だったか」

「四番なんて何回見たか、止めるなんて出来っこないですよ、ねえ」


 デットはクレインに振る。


「え、えーと……、はい……」

「おいおい、命の恩人だぞ、労らないか」

「そう言えば、随分と不用心でしたねえ」


 デットの言葉にクレインが小さくなった。


「うっ……」

「なぜあんなフラフラ近寄った」


 オブレイナの表情は非難よりも疑問の色が強い。


「どうしてでしょうか、敵意とか、違和感を、感じなかったというか……」

「そういう能力でしょうかね、私も変な感じでしたよ。あれじゃイービルよりも……」

「ああ、“ただの人間”だな」


 三人共が感じた違和感は能力者、特にヒーローに近い者ほど、イービル独特の気配に鋭くなるのだが。あの少年からはそういったものを感じ取れず、クレインは隙を晒すこととなった。


「直感だが、あれは能力なんかじゃない。“そういうもの”」

「トチ狂ったヒーロー、ですか、わけが分かりませんが」


 デットが呟くがオブレイナが首を振る。


「それとも違う、見たことがない、……気味が悪いな」

「イービルでもなく、ヒーローでもない……」


 クレインが漏らした言葉に誰も答えず、暗い空気が漂う。それはそうと、と前置きをしてデットが話し出す。


「けれども朗報です、奴さんの能力が見れましたよ」

「ほう」

「そもそも貴方の四番を、能力無しで避けられるわけ無いですからね」

「で、どういう」


 さあ、とジェスチャーをするデット。訝しむオブレイナにクレインが説明する。


「なにか、黒い靄みたいなものに包まれて、次の時には消えたんです。デットさんも見たことがないらしいので」

「黒い……、私も知らないな。霧をばら撒くやつなら知っているが、それで転移するのか、厄介な」


 それ以上の情報はなく、手がかりといえるほどでもない。むしろ転移が出来るのなら追跡の難度は上がる。


「ともあれ、逃した以上、次からは更に用心深くなるだろう」

「それで大人しくなるのならいいんですがね」


 デットが願望に似た思いを吐露するがそうはならない、オブレイナは断言し、それは暗雲が差す港区に更なる混沌を生み出す要因となることを意味する。

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