汚部屋

 ブンヤが案内したのは彼の家だったのだが、それはバラックの群れから更に離れた所にあり、他のものと比べても一際粗末な小屋で、一見してそれを住居と判断するのは困難なほどだ。木材とトタンを組み合わせた外壁は穴だらけで、家の周りにはゴミが散乱している。クレインは怪訝な顔をしているが、他は特に気にもせず中に入る。デットは抵抗感を見せていたが、それでも慣れた様子である。

 間取りは極小で、大の大人が四人いるには手狭という言葉では足りない。実際の空間の大きさよりも、そこかしこに転がる、ゴミにしか見えない物――鉄くずや布の切れ端、中身の分からぬ瓶など――が座る場所を奪う。


「ああ、適当に避けていいぞ、クレイン」

「え、いいんですか」

「いやいや、困りますよ」


 ブンヤが言う。


「けれどそうしないと座れないでしょう」


 デットが返すとブンヤの静止を無視し、オブレイナとデットは物をポイポイと投げて足場を作る。クレインも控えめではあるが脇に寄せて座る。ブンヤは肩を竦め、諦めた風。


「もう、いいですよ、さっさと本題に入りましょうや」

「じゃあ単刀直入に聞くが、今回のイービル殺し、何か情報はあるか」

「そりゃあもう、それが生きがいってなもんですから。まあその前に先ずは……」


 ブンヤが下卑た笑みを浮かべる。これはクレインにも意味が分かった。人を不愉快にさせる、独特の左側だけ釣り上がり歪んだ口角はブンヤの内面を表すようだが、これが彼のやり方である。対価を求めるブンヤにけれどもオブレイナは落ち着いた様子、むしろ強気の姿勢で言葉を返す。


「ふん、私がなにも知らないとでも」

「おや、何のこと――」

「この間の一件、ガキのイービルに情報を与えたのはお前だろう」

「あら、バレてたんで」


 けろっと自供するブンヤ。


「……簡単に認めましたねえ」

「デットの旦那が当たりをつけたんでしょ、なら言い訳も出来ねえや」

「子供のイービル……、それってまさか」


 先日あったクレインの初仕事、少年のイービルによる連続殺傷事件。犯人を待ち伏せしていた筈が挟撃に合った、どこから情報が漏れたのか不明であったのだが、二人は察していたようだ。


「他にもある余罪で、お前を牢にぶち込んでも良いんだぞ」

「ひええ、勘弁ですよ。飯はうめえかも知れないけども、退屈は御免だ。……いいですよ、今回はサービスしときます」


 諦めた様子で、やれやれと頬を掻くブンヤ。


「潔いほど、人として終わっていますねえ」

「褒め言葉として受け取りますよ」


 デットの皮肉にそう言いながら、ブンヤは後ろにあるポットからなにやら飲み物を用意したが、コップはそこらにある汚れたものに注いでいる。出されたものは黒ずんだ液体で、クレインはポーズだけ飲むふりをした。


「それで、クラッシュかそれともフェアだかの連中か」


 オブレイナが切り出す。


「どっちでもねえ、それは分かっているでしょう」

「まあ、そうでしょうね」


 デットが同意の声を上げる。


「けれどまあ、ただのイカレ野郎ってわけでも無さそうなんですよ、これが」

「と、言いますと」

「順番なんですよ、殺された奴らが、それぞれの勢力からね」


 イービルの所属までは知らないクレイン達だが、彼らをして伝手がないことまで知っているブンヤの手腕は驚くべきものである。そしてその口ぶりから察するに、犯人の目的は二つの勢力の仲違いであろうか。


「ヒーローが一人殺られているだろう」

「これは推測なんですがね、ありゃあ“事故”だ、狙ってのもんじゃねえ」

「なら他は狙いがあるとでも」


 オブレイナが聞くけれども、ブンヤは言葉を濁す。


「当然そうなるんですが、やり方があまりに下手だと思いませんかね」

「そうですねえ」


 デットも同意見らしい。


「それ自体が狙いだと?」


 オブレイナの言葉に腕を組んで考え込むブンヤ、やがて絞り出した答えは単純だった。


「そうじゃねえ、ただ間抜けなんだと、ひょっとしたらガキなのかも知れない」

「……またですか」

「世の中どうなってるんだ」


 オブレイナとデットはため息をつく。


「しかしそいつは運が良い、あんたらにとっては違うでしょうがね」


 皮肉るような顔で三人を見るブンヤ。


「どこもピリピリしてるんでね、中には結構ストレス溜め込んでる輩もいるんです」


 今港区は、イービルが大勢居着くこの地には血なまぐさい思いが漂いだしており、軍が大規模な鎮圧を行うとの噂が流れているのだ。それを証明するようにイービルも組織ごとに連携を強めているなか、こうした事件はそれにひびを入れかねない。


「……」

「ってなると“乗り気”な方もいらっしゃるようで」

「喧嘩っ早いのは良くないですねえ」


 ふうとデットが声を出す。


「しかも奴さん、かなり“使う”みたいで」

「やはりそうか」


 オブレイナの言う通り、それはクレインらも知るところで、殺されたイービルの中には高額の懸賞が掛けられた、要危険人物も含まれていた。


「更にここだけの話、実は『鮮血』でおなじみのレイザーが一昨日殺られまして」

「な……!」

「……クラッシュの幹部ですか、いやはや」


 クレインは知らぬ名だが、デットの言葉で深刻さが分かる。組織の幹部クラスが殺されたとなると、話の大きさが変わってくる。


「随分とまあ……、手口は銃殺と聞いているが」

「それは間違いねえですし、それはお宅らのほうが詳しいでしょ」

「その筈なのですがね……」


 言いよどむデット。イービルが殺されたのだから、能力者であるのは間違いがないが、現在警察での検分では手口が明らかになっていない。


「これはこっちも調査中でね、けど異常なのは間違いねえ、なんせどうみても“ただの銃殺”なんだから」

「なんだ、役に立たん」

「……まあ、一刻を争う感じになってきてるんですわ。そちらさんも、追っかけるならそれなりの覚悟が要るでしょうね」

「お前に言われるまでもない、それが私達の役目だからな」






 ブンヤの小屋を出て、歩きながら三人が会話をする。


「いやあ、話が大きくなってきましたねえ」

「どうなるんでしょうか」

「出来るだけ、小さくまとめたいですね」


 デットとクレインが話す中で、オブレイナが黙り込んでいがおもむろにクレインに話しかけた。


「どうしました、隊長」

「お前は今回の犯人、イービルの仕業だと思うか、それともヒーロー?」

「……え、普通に考えたらイービルなのでは」

「だろうな、しかし……」


 何かが違う、そうオブレイナは言った。

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