生と死

戦乱前夜 レナード編

夢幻

 レナードは廃墟にいた。ビル群は全てが爆撃でも受けたかのように、崩れ落ちているか今にも倒壊してしまいそうだ。人の影は一つもなく、街全体が死んでしまったようである。レナードはそれを只々無感情に眺めているだけ。彼にはそれ以外出来ない。


「またこの夢か……」


そう、夢。何度となく見てきた、彼の心象風景、やがて行き着く場所。

ふと目を下ろせばいつの間にか腕に鉄輪が付いており、そこから鎖が垂れ下がって重りを引きずっている。歩くたびに重みは増していき、前に碌に進めなくなる。さらに歩けば胴に、首に鎖が巻かれ遂には身動きが取れなくなる。あまりの重量で倒れ込むと、目の前に足が見えた。顔を上げれば真っ黒な顔、顔、顔。一面を覆い尽くす人の群れはその全てがレナードを見ていて、表情が見えないというのに非難の念を感じる。さらにレナードは磔にされており、人々から罵声を浴びる。


「お前のせいだ」「お前が全部悪い」「全部全部駄目にした」


 見知った顔、倒したイービル、倒したヒーロー。黒い顔が鮮明に、顕になった。レナードが倒してきた者達の総数は、本人も数えるのが馬鹿らしくなるほどである。今彼の回りにいるのはそれのごく一部ではあるが、それでも一面を覆うほどである。彼への糾弾は終わりを見せず、尚且つエスカレートしていく。常人ならば蹲り、耳を塞いでしまうような悪夢の中、レナードは高らかに笑う。


「くだらない、本当にくだらない」

「死ね! 死ね!」「消えろ、消えろ」「イービルの中のイービル」


 シュプレヒコールの熱は最大に高まり、最早絶叫と化している。それらの声は、言葉は一つになる。


「「真のイービルよ!」」

「黙れ――」


 瞬間、世界が真っ白に、それはあたかも、世界の終わりのような――。






 覚醒したレナード、幾度も見た夢であろうと背筋を走る冷たいものは変わらない。外を見れば僅かに空が白んでいる。割れた窓からは身を凍えさせる冷気が襲うが、レナードにはもう慣れたことだ。今彼が眠っていた場所、窓を割ったのはレナード自身であり、ここは彼の家ではない。横には倒れた人、先程までイービル“だった”者。元々空き家に勝手に住み着いていたイービルであったが、そこをレナードが襲撃し、倒した後に仮眠を取っていたのだ。レナードに家というものはない、身も蓋もない言い方をすれば浮浪者だ。多くの能力者を圧倒する実力を備えながら、その生き方は小動物のように用心深く、殆ど人との繋がりを持たない。数少ない知人と呼べるものは武器を扱う闇商人や、モグリの医者など真っ当ではない者ばかり。固まった体をほぐしながら立ち上がり、再び窓から出ていく。冷たいアスファルトに降りると、細い道路に出た。西区から繋がる、港区都の境にある下層民が暮らすアパートの一部屋に今までいたのだが、隣り合った建物の間にいる。この付近には工場などが並んでおり、明け方となれば人通りなど皆無と言っていい。そうであるにも関わらず、レナードは動かないで一方向を見つめていた。表通りに出る側の先を見る視線は鋭く、首を回してコリをほぐす。


「うざってえな、早く出てこいよ」


 呼びかければ、角から三人現れた。顔には皆、面をしており年も性別も分からない。声も変えているようで、機械を通したくぐもった声で話す。


「流石と言っておくべきか、断罪人」

「用件は手短に済ませろ、それと……」


 レナードは後方にいきなりリボルバーで発砲した。暗闇の中からはうめき声があがり、倒れる音がした。すると更に二人、片方はレナードによって腕を撃たれ、もう一人に支えられている。


「礼儀を弁えねえ輩とは会話したくねえな」

「……これは失礼をした」


 言葉とは裏腹に、気持ちの篭っていない抑揚のない声。意図の分からぬ集団を前に、レナードは舌打ちした。


「殺るならさっさとこい、五秒で伸してやる」

「――場合によってはそういうこともあるが、今は違う」

「ならなんだ」

「これは警告だ、ここは我々の領地。勝手な真似はしないでもらおう」

「知った事か」


 斬って捨てたレナードを前に、剣呑な空気が漂う。だが囲んでいた者たちはぞろぞろと引き上げていく。レナードと話していた者が、最後に振り返って一言残した。


「『ダスト』この名に気をつけるがいい」

「覚えていたらな」


 レナードの言葉を聞くと、それらは音も立てずに再び暗がりに消えていき、代わりのように朝日が顔を覗かせて来た。目を細めてそれを見ると、レナードが呟いた。


「……どいつもこいつも、本当にくだらない」


 レナードもまた、影のように街へと消えていく。

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