第14話 過去の真実よりも今を

 今から約10年前の秋。

 コンチェルト山脈で化学者を中心としたクーデターが起こった。発起人はリダ・コネリー。アリシャの祖母にあたる人物だ。

 彼女は長年、音魅道具製作に関わり、音魅に尽くしてきた。一般の音魅に隠され、様々な形状の音を燃料エネルギーとして動く機械を作り続ける日々を送っていた彼女は、突如反旗を翻した訳ではない。音魅総司令官、シドへの度重なる抗議は聞き入れられず、化学者廃絶の運動も衰えることはなかった。化学者に頼っておきながら、化学者を廃絶しようとする音魅らに愛想が尽きたのは最早必然だったと言えよう。

 リダは拠点を故郷であるコンフィティ近くの山中に構えた。そして決戦の日、音魅道具に似た機械の武器を携え出撃した化学者らは、コンチェルト山脈を抜けてすぐのアントラクト山脈の中腹で、雪崩に巻き込まれ全員が帰らぬ人となった。

 その中には、リダを襲撃すべく待ち構えていた音魅も含まれており、音魅側から発表された「事故」の知らせを皆、悲しみの中受け入れざる得なかった。この事故の犠牲者には、アリシャの両親であるマイク・コネリー、サマンサ・コネリー。そして、ジルの父親であるサード・オルウィンも名を連ねた。

 事故現場は凄惨を極め、雪が完全に溶けきる春先まで犠牲者の家族ですら立ち入りを禁じられた。遺体の回収から埋葬まで全て国の管轄で、死に顔も見られなかった人がほとんど。遺品が手元に返ってきた例も僅かだったにも関わらず、音魅の定めた法律により、クーデター発起人であるリダ・コネリーの遺体は首都リムズハートで晒された。


「知っているとも。サードとは、機械構造とそのエネルギー源について熱く語った仲だ」

 極めて明るい声色だったが、零れた宝石にジルは目を伏せる。

 そこに転がっていたのは、深い悲しみを秘めた琥珀。声色からジルには隠したいがあること、前々からどこか引っかかっていたロークの一言がリンクする。ルツォーネ宅で零れた音。


「クーデターを起こした者は、良くて投獄……。お前はその力で父親を殺したとでも言うのか?」


 ロークはきっと無意識だっただろう。だが、その事実を知っているからこそ「殺す」ではなく「殺した」と言ったに違いない。

 そうだ……あの時から、なんとなくわかっていた。

 ジルは、ポツリと言葉を零した。

「父は……死んだんですね」

 明るい話題を振ろうと笑顔で武装していたアリシャの顔が曇る。音宝石を見るまでもない。その悲壮な表情が、残酷な事実を物語っていた。

「……君には、隠せないみたいだね。参ったな」

 アリシャは、困ったように笑った。そして観念したかのように口を開く。

「うん、そうだよ。サードは死んだ。私の両親、祖母と一緒に……音魅政権に対抗するクーデターに参加し、雪崩という名の偽装工作に巻き込まれてね」

「偽装工作、ですか?」

「少なくとも私とロークはそう思っている。音魅も多く巻き込まれたにしろ、そんな偶然が偶然起こる可能性など……」

 唇を噛みしめるアリシャから、ジルはぱっと視線を反らした。

 頭がついていかなかった。

 売られたことで、長年家族のことを考えることなんてなかった。それなのに、ルツォーネさんの一言で父を思い出し、母の病気を音で治療し……さらには父が死んでいて、偽装工作に巻き込まれていたなど。

 盛りだくさんにも程がある。

「……わかんないです」

 その場にしゃがみ込み、絞り出した言葉にアリシャが息をつく。視線の先には、小麦の粒くらいのローク。いつになったら帰ってくる気なのか。

 彼が自分に求めていることは、きっとだろう……。

 アリシャはジルの隣にしゃがみ込み、そっとうなだれる頭を撫でた。

 これだけは彼に話さなくては──。

 そんな強い意志は言葉となり、音の宝石となる。

「君に知って欲しいのは、過去のことではないんだ。音魅道具の可能性について……。ロークと私がずっと考えてきたことだ」

 転がった宝石に目を留めたジルはゆっくりと顔を上げ、アリシャの瞳を見つめる。そこに宿った光は、今までの思い出話をしている彼女のものとは違う、希望の光。

「話を聞いてくれるかな?」

 ジルはしっかりと頷いた。


「化学者とは音以外の動力を探し、音魅以外でも音魅道具のような便利な道具を使うことができる世界を目指す者のこと──と説明したよね? 太陽信仰に化学擁護者が多いのは、化学者が太陽の光・熱エネルギーを音魅が使役する音エネルギーの代わりに使い、特殊な能力を持たずとも便利な道具を使うことができるを目指していることに起因している」

「つまり……太陽のエネルギーで音魅道具を動かせるってことですか?」

「正確には、音魅道具ではなく別の機械だけどね。まあ、概ねそう理解しておいて貰って支障は無い。私たちは多くの人々の生活を、機械を使って少しでも楽にしたいと考えている。例えば、音動二輪車バイク。これが光で動く二輪車になれば、エネルギー供給がある晴れた日中であれば走行可能だし、エネルギーを蓄えることができれば夜や曇った日でも走行できるようになるだろう」

「……それは、移動が格段に便利になりますね。ロークさんは嫌いますが、荷車を引けば多くの荷物や人を運ぶこともできるし、馬車よりも余程スピードがでます」

 ジルの言葉にアリシャが力強く頷く。

「音魅道具で便利な道具はたくさんあるだろう? 食事を簡単に作ることができるオーブンや炊飯器、音魅が整備している水道もその一つだ」

「それが全部化学の力だけでできるようになるんですか?」

 全身の毛が逆立つような、激しい感情がジルを襲う。

「エネルギー源さえ確保できればの話だが、可能だ。音魅である君たちには脅威かも知れないが……」

 言い切るよりも先に、ジルが叫ぶように言った。

「すごいじゃないですか!」 

 堰を切ったかのように、言葉が流れ出る。

「誰もが音魅道具を使える世界なんて、すごいことだと思います! 音魅と化学の両立ができれば、この世界はもっと便利で素敵になりますよ!」

 アリシャは目を見開いた。

 何を言っているんだ、この少年は。音魅にとっては破滅の道、それすらわかっていないのか? それとも──アリシャは笑った。

「音魅と化学の両立ね」

 零れた宝石はルビー。わくわくとトキメキの象徴。

「そうなれば、良いと私も想うよ」

「はい!」

 その言葉の奥底に含まれていた意味など、ジルには知る由もない。隠された音はルビーに付随する黒曜石となり零れたが、その宝石いしに込められた想いにジルは気付けなかった。家族を殺された恨みを理解できなくなるほど、家族との縁が希薄になっていたからだろう。売られたということは、そういうことだ。

 遠く離れた丘の上、真っ白の煙に混じり、一筋の黒煙が上がった。

「そろそろか」

 ロークは再び音動二輪車に煙を込め、右手を手前に倒した。


「ようやく帰ったのか」

 不機嫌そうな声色だが、音宝石は正直だ。晴れやかな澄んだ色のエメラルド。アリシャの人柄をよく映した色だとジルは想う。

「音動二輪車の具合は良さそうだな?」

「ああ、問題ない」

 ロークが跨がったままの音動二輪車をさっと点検しながら、アリシャはロークを見上げる。

「よくも面倒くさいものも押しつけてくれたな?」

「手が掛かるヤツほど可愛いだろ?」

 ニヤっと笑うロークに、アリシャは破顔した。

「全くだ」

「ジル、乗れ。修理と掃除は終わりだ。日が暮れないうちにとっとと帰るぞ」

 既に日は西に傾いている。

 二人は音動二輪車に跨がり、環境保護区を颯爽と後にした。

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音に魅せられた世界 さかもとゆかり @yukari_rp

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