第五話:『時計台の秒針』

「やぁ女神、今日も綺麗だよ」

『そのキザな態度が不快なので貴方の周りの重力を十倍にしましょう、這い蹲られると下心が見えるでしょうから正座で』

「これが愛の重みですか」

『めげない貴方にご褒美として金塊を与えましょう、膝の上に一つずつ際限なく乗せてあげます』

「出来れば重力を増やして構わないから貴方個人に乗って欲しい」

『重いと思われるのが嫌なので却下』

「残念……あ、そろそろ転生の時間でしょうかね目安箱目安箱」

『重力十倍で平然と動きますか』

「伊達に土に転生していませんからね」

『伊達でしかないですね』

「意識は移動できましたけど出来れば今度は活発に動けるような転生先が良いと思ってしまうのは俺だけでしょうか」

『土になれば誰でもそう思うと思いますよ』

「そうだなぁ、のっぺらとした大地ですし今度はスラっとした高身長な感じがいいけど望み薄いかなぁ」

『土から比べれば大抵は望みがありますよ』

「じゃん、ペンネーム狼牙 クロツチさんより『時計台の秒針』」

『活発に動くしスラっと高身長ですね、おめでとうございます』

「いやぁ、ありがとうございます」

『やはり皮肉は通じませんか、しかしまた移動が出来ない転生先ですね』

「腕時計とか目覚まし時計なら旅も出来たんでしょうけどね」

『時計縛りにする必要はありませんよ、どうせやるのでしょうからオプションを決めていきましょうか』

「辺境のダンジョン手前の土は暇が天敵でしたからね、今回は勇者や魔王とかが活躍する舞台の時計台が良いですね」

『暇や退屈が天敵となるあたり人間を止めつつありますね』

「人間でない時間の方が長いですからね」

『それでも人格が変わらないのは驚嘆に値します』

「人間時代の知人から初心を忘れるなって教わっていますからね」

『良い言葉ですが成長はしましょうね』

「歌は上手になりましたよ」

『土の時に散々練習しましたからね、オプションは設定終りましたか』

「はい、大丈夫ですよ」

『――たまには確認した方が良いかもしれませんね、チートレベルのオプションは何がありますかね』

「『十二の時を指す時ラグナレクが起きる』を設定してますが」

『外します』

「そんな」

『毎分ラグナレク起こす気ですか、他にはありますか』

「『時を止める』が残っていますね」

『その中で貴方だけが動けると』

「はい、時計らしいですし強そうでしょう」

『外します』

「そんな」

『時計の時間が狂うだけじゃないですか、迷惑なだけですよ』

「時計台の秒針如きでチートスキルなしで生き残れと言うんですか」

『むしろ先の二つの機能がある時計なんて排除対象です、特に後者はただの不良品です』

「後はしょっぱいオプションばかりなのに」

『上手く頑張ってください、頑張れるかは分かりませんけど』



『む、もうこんな時間ですか。……時計を見ていると彼を思い出しますね、随分と時間が過ぎた気がしますが元気にやっているのでしょうか』

「ただいま戻りました」

『私の哀愁を返してください』

「寂しがってくれたんですか、光栄です」

『折角時計を経験したのですから今から貴方を日時計として砂漠に設置するとしましょう』

「人間の体で時計として生きるのはちょっと辛いです」

『ちょっとで済ませないでください、とりあえず報告を聞きましょうか』

「勇者の拠点の王国にある最も大きな時計台の秒針になりましたね、いやあ人が沢山いましたよ」

『辺境の最奥のダンジョンと比べれば多いでしょうね』

「ただ人の足元で待ち合わせをしているカップルが多いのが不満でしたね」

『最も大きな時計台ですからね、待ち合わせには最適でしょう』

「ですから同じ転生者の時針兄貴と分針兄貴と協力し時間をずらして待ち合わせの時間を混乱させてやりましたよ」

『おっとロクでもない異世界転生者が二人もいましたか』

「そりゃあ時計台の秒針なんて意見が来る時代ですよ、他の人なら分針や時針になろうと考えていても不思議じゃありませんよ」

『魔王城の扉(左)もいましたからね』

「今回の時針兄貴と分針兄貴は共に良い針でしたよ」

『針に良いも悪いもないでしょうに』

「時針兄貴は一日に数度起動するからくりを操る精霊達に人気でいつも彼等の働きを労っていまして」

『良い針ですね、光景を思い浮かべると少し和みます』

「分針兄貴は少し捻くれていて常に舌打ちをしていました」

『悪い針ですね、でもそれただの針の動く音では』

「ただ全身宝石で出来ていていつも輝いていました」

『良い針ですね、兄弟で材質が違ったんですか』

「分針兄貴が宝石、時針兄貴が世界樹ですね」

『性格に合わせてよいチョイスですね、揃えた方が良かったでしょうけど』

「そして秒針の俺がダークマターです」

『細かいオプションの確認を怠ったツケが』

「キャラ作り大変でしたよ」

『右手が疼く系ですか』

「魔王系秒針って奴ですね」

『よもやその世界の魔王になっていませんよね』

「それは大丈夫です、きちんと人間が人生に絶望した果てに魔王になっていましたよ」

『そうですかそれは良かった、良かったというべきでしょうか』

「先ずはどういった日々を過ごしたかと言う話ですがこれは基本似たり寄ったりですね」

『毎日寸分違わず同じだと思いますけどね』

「いえ、そこは抜かりなく日々の刺激になるようなイベントが針達によって用意されていたのです」

『嫌な予感がしますが聞きましょう』

「先ず時針兄貴、からくりに乗り移る精霊達を訓練させからくり演劇に様々なレパートリーを取り入れていました」

『それは素敵ですね、大人気間違いなしでしょう』

「次に分針兄貴、毎回別の人間にいちゃもんをつけていました」

『ろくな針じゃありませんね』

「しかし分針兄貴の説教を受けた人間の多くが歴史に残る人物として大成しています」

『少し悩みますが良しとしておきましょう』

「そして最後に俺がオプションの『十二の時を指す時ランダムで魔法が発動する』で日々国民に刺激を与えていました」

『やらかしやがりましたね、一日1440回も魔法をバラ巻いたんですか』

「基本ヒール系の魔法で近場の人の傷や疲労を治療していましたね」

『良い針と言いたい所ですが基本と言う言葉を聞き逃しませんでしたよ』

「時折攻撃魔法が降り注ぎましたね」

『そらロクでもない』

「攻撃魔法はカップルに命中していきます」

『ランダムの癖に狙いは正確ですね』

「慣れてくると『あ、次攻撃魔法くるな』って直感で分かるんですよ」

『一日1440回も使っていれば分かっても不思議じゃないですね』

「恐らく世界で最も魔法熟練度が高かったと思います」

『毎秒魔法を撃っていなくて良かったですよ』

「流石に毎秒魔法名を叫ぶのは疲れますからね」

『一分おきに叫んでいたんですか』

「攻撃魔法限定ですけどね、一時間間隔くらいですよ」

『一時間置きに攻撃魔法を叫んでくる時計台に良く待ち合わせしようと思いましたね』

「スリルがあると人気でしたよ」

『逞しい国民ですね』

「しかしある日のこと、パレード中の王様に裁きの雷鳴が直撃してしまいまして」

『秒針如きに裁かれましたか』

「王様は気が狂ったのか時計台を破壊するように言い出したんですよ」

『今までの国民の方が狂っていたと思いますね』

「しかし時計台は皆にとって憩いの場です、国民達は理不尽だと反対の声をあげました」

『理に尽きると思いますが』

「その中には勇者もいました」

『いちゃいましたか』

「いつもピンポイントで魔法を打ち込んでいたカップルの男の方ですね」

『勇者と因縁がありましたか、流石魔王系秒針』

「勇者に言われたからには、と王様は時計台の破壊を断念します」

『勇者に助けられましたね』

「ですが王様は『魔法を打ち込む時計台の秘密を調べ、そこを改善せよ』とごねてきたのです」

『正論ですね』

「そして勇者は持ち前の頭脳を活かして俺達の存在にまで辿り着きます」

『一時間の間隔で魔法名を叫んでいたら頭脳が無くとも辿り着けるでしょうけどね』

「そして時針兄貴が取り外されてしまいました」

『勇者の頭脳が残念でならない』

「一時間置きに攻撃魔法を放つと言うことで時針兄貴が疑われてしまったんです」

『なるほど、ランダムではあっても3600秒置きには必ず攻撃魔法だったんですね』

「後俺が魔法を叫ぶ時の声が時針兄貴に似ていたのが決め手になりましたね」

『声真似してましたか』

「前世の経験が生きましたよ」

『歌を歌うだけでなくそんな訓練まで、ですが貴方が魔法を撃つのを止めなければ時針の疑いは直ぐに晴れたのでは』

「いえ、時針兄貴が取り外されたことに俺はショックを受けて魔法を撃てない精神状況になってしまいまして」

『都合のいいショック状態、見事に罪を擦り付けましたね』

「こうして暫くの間ですが国に平和は訪れました」

『平和を乱していた張本人が言いますね』

「しかし久々に魔法を叫びながら使用したところ、再びパレード中の王様に暴虐の嵐が直撃しまして」

『自覚して撃っていませんかね、それ』

「信じられないことに再び時計台が壊されることになりました」

『でしょうね』

「しかし時計台は皆にとって憩いの場です、国民達は無慈悲だと反対の声をあげました」

『十分慈悲はあったと思いますよ』

「その中には魔王もいました」

『いちゃダメな方がいましたね』

「彼は元々この国の人間でした、しかし度重なる不幸に絶望して魔王になったのです」

『そうですね、その魔王がそこにいたらダメですよね』

「彼にとって時計台は過去の思い出の場所だったのです」

『そこまで言うなら譲歩しましょう』

「嘗ての恋人との思い出の場所、そこを失うのは残された人間の感情が許さなかったのです」

『美談のはずなんですが貴方のせいでいまいち感が』

「ちなみに魔王となった理由は彼女に振られたことで人生に絶望したからです」

『魔王もいまいち感が増しました』

「待ち合わせをしている最中に裁きの雷鳴に打たれ入院、デートをすっぽかしたと言う理由で振られたのです」

『魔王を生み出したのは貴方でしたか』

「器の小さい魔王ですよね」

『そこまでされたのに時計台を守ろうとしている時点で結構器大きいですよ』

「魔王に言われたからには、と王様は時計台の破壊を断念します」

『今度は魔王に助けられましたね』

「ですが王様はまた『魔法を打ち込む時計台の秘密を調べ、そこを改善せよ』とごねてきたのです」

『正論ですね』

「そして魔王は持ち前の頭脳を活かして俺達の存在にまで辿り着きます」

『勇者が既に辿り着いていますからね、楽だったでしょう』

「そして分針兄貴が取り外されてしまいました」

『魔王の頭脳も残念でならない』

「俺はダークマターで出来てますからね」

『そう言えばダークマターは光学的に観測できない物質でしたね』

※ダークマター wikiで調べよう、よく分からないよ。

「それに魔王が宝石に目が眩んで魔王軍の運営資金にしようとしていましたからね」

『利己的に感じますね、それで貴方は再び兄を失ったショックで叫べなくなり罪を擦り付けたと』

「いえ、久々に叫んだせいで喉を痛めまして」

『ショックは受けなかったんですね』

「その一週間後、喉も無事に治り元気よく魔法を使ったらパレード中の王様にですね」

『パレードしすぎじゃないですかねその王様』

「無慈悲の業火が命中しちゃいまして」

『無慈悲なのは貴方の方ですけどね』

「嘘と思うかもしれませんが再び時計台が壊されることになりました」

『でしょうね』

「しかし時計台は皆にとって憩いの場です、国民達は薄情だと反対の声をあげました」

『十分情はあったと思いますよ』

「その中には田中さんもいました」

『誰ですか』

「たまに時計台の前を通る一般人の田中さんです」

『本当に誰ですか、関係ないでしょう』

「時折攻撃魔法を当てていましたね」

『関係もたせやがりましたね、それでよく時計台を擁護しようと思いましたね』

「彼は痛いのが好きですから」

『そうきたか』

「田中さんに言われたからには、と王様は時計台の破壊を断念します」

『意思が弱すぎませんかね王様』

「ですが王様はまた『魔法を打ち込む時計台の秘密を調べ、そこを改善せよ』とごねてきたのです」

『正論ですね』

「そして田中さんは持ち前の頭脳を活かして俺の存在にまで辿り着きます」

『頭脳良かったのでしょうか』

「ダークマターで作られた秒針である俺が全ての元凶だと暴いたのです」

『勇者と魔王よりも優秀でしたか田中さん』

「しかし俺の魔法の虜になっていた田中さんは俺を見逃してくれました」

『残念、しかしそれでは貴方が再び魔法を撃って事件が解決していないとバレるのでは』

「田中さんにドン引きしたショックで暫く魔法が使えない精神状態になったのです」

『この世界の貴方は結構メンタル弱いですよね』

「そうこうしているうちに魔王が攻めてきまして」

『分針を売りさばいて軍備拡張に成功したようですね』

「魔王軍は強力で城壁の護りを突破し、街中は大混乱です」

『遅すぎるシリアス展開ですね』

「今まで散々世話になった国を荒らすとは何て奴だと思った俺は時計台前をキャンプ地にしていた魔王軍に攻撃を仕掛けます」

『何て奴なのは貴方です、そして魔王の学習能力のなさには失望しました』

「今までは殺傷力を抑えていましたがついに本気の魔法を使い始めます」

『裁きの雷鳴や暴虐の嵐、無慈悲の業火が殺傷力無いと申しますか』

「長い時を魔法の鍛錬に費やした俺の本気の魔法は魔王軍を次々と襲い、ついには魔王にも癒しの流星群を放ちます」

『自分に向かって降り注ぐ流星の何処に癒し要素があるのか聞きたいところです』

「可愛い動物の形をしています」

『ギリギリ許容しましょう』

「こうして勇者の死という悲劇はありましたが無事魔王を退け世界には平和がやってきます」

『しれっと勇者死んでますね』

「可愛いイルカさんの形をした流星に押し潰されてしまいました」

『予想はしていました』

「大体こんな感じですね、結局時計台は壊されちゃって人生を終えたって感じです」

『結局壊されちゃったんですね』

「パレード中の王様に癒しの流星群が直撃しまして」

『懲りませんね貴方も』

「助けてくれるはずの田中さんは魔王軍との戦闘の際に死亡し、異世界転生してしまっていたようで」

『ちょっと動向を探る必要がありますね、その問題児に関しては』

「満足度は悪くなかったのですがやはりヒロイン不足は物足りないですね、そこを抜きにしても兄弟との死別は辛いです」

『誰のせいだと』

「そうだ、今回はお土産持ってきましたよ」

『前回は土だったので気にも止めませんでしたが、今回はなんでしょうか』

「分針兄貴の亡骸です」

『良い針です、飾っておきましょう』

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