ガールズ プール

村むらさき

水深2.5メートル

水深2.5メートル【1】

 プールの更衣室はビニールの匂いがする。

 今日は、みんなが家から水着を着ていたから、汗とビニールの匂い。



 狭い更衣室で、クラスメイトは、制服を脱ぎ捨て次々と水着姿になっていく。

 私も慌てて、まとわりつく制服を脱ぎ捨てる。


 となりのロッカーを使っていた千紘ちひろが「あ」と声を出して、私の肩でくるくるとねじれた水着の肩紐をなおしてくれる。

 直接肌を触られるのは、なんだかくすぐったい。


「背中に、日焼け止めを塗ってくれる?」


 髪を束ねながら、千紘が言う。

 私はこう言われるのが好きだ。

 変態くさくてみんなには言えないけど。

 塗装の職人のあの無駄のない動きのように、生ぬるい肌に、くまなく塗っていく。


 髪をひとつに縛る。

 頭の下の方で縛らず、耳のあたりの高さになるように意識して縛る。

 それをくるんと輪状にしておだんごをつくると水泳キャップにぐっと押し込む。

 同時に、恐怖もぐっと押し込んでしまう。



 うちの高校では、プールに入る前にプールサイドを5周走ってから準備体操をする。

 プールサイドは走ってはいけなかったのではないのだろうかと疑問に思いつつも言われるがまま走る。


 ゆったりとプールサイドを5周。

 プールのきわに出来た、水たまりを選んで踏んだ。


 準備体操が終わると、どしゃぶりのシャワーを端から端まで歩いて、申し訳程度に体を濡らした。

 毎度のことながら、水の冷たさにひどく驚く。


 出てきてしまった後れ毛を水泳キャップに押し戻しながら、私は出発台を目指す。


 泳ぎが上手な子から順番に1コース、2コース…と選んで泳ぐことになっている。

 私は、泳ぎが苦手なので8コースを選ぶ。


 水に身体を慣らすため、授業のはじめに25メートルを一度泳ぐ。

 スタートの笛も何もないけれど、私たちは何かに急かされながら、プールの側面を蹴って、次々にダイブしていく。




 とぷんと、手先から順番に、水の膜に覆われていくのが分かる。


 手先、腕、頭、脇、腹、おしり、太もも、膝の裏、足先。

 水着に包まれた部分もそうでない部分も、残すところなくすべてが水に支配される。妙な匂いの、濁った水に。


 そのまま、重たい水を頭で押し開くようにクロールをする。

 息継ぎは、右と左、両方できるけれど、右側ばかりでする。

 左側で、がばっと息継ぎをすると、泳ぎ終わってプールサイドを歩く子と目があって気まずい。


 私の顔のすぐ横を、汚れた色の笹の葉が通り過ぎた。

 水底を注意してみると排水溝のあたりで、大きい虫が何匹か集合している最中だった。

 ゆらゆら揺れてどんどん集まる。

 プールの角っこは、泥のような汚れがこびりついていて汚い。



 白い線が見えて、一回と半分かいたら、壁に手が触れて、私はもと居た世界の音を手に入れる。


 ゴーグルを外すと、夏の妙に白い光が目を刺激した。


 荒い息遣いが私のものだと、気づいて水から上がる。

 私の体の本当の重さとは、これなのだろうか。どんと、重さを感じる。




 出発地点に戻って、既にできている列に体育座りでおさまった。



「今日、飛び込みのテストやるんだよね。ドキドキするー」


 となりに座る実花みかが話しかけてきた。

 水泳キャップからはみ出た前髪から、ぽたりと垂れ落ちた滴が気になる。また、落ちる。




 私は、プールサイドにそびえたつ「飛び込み台」に目をやる。




 うちの高校のプールには、簡易的ではあるが、「飛び込み」ができる設備が整っている。

 先ほど泳いだプールは、実は2.5メートルの深さがあり、プールサイドには、3メートルの高さの飛び込み台がある。




 飛び込みのテスト。

 「頭から、水面に向かってダイブする」

 言葉にすれば簡単なのに、どうにもこれが難しいのだ。




 緊張で震える膝小僧をぐっと握って座りなおした。






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