さやかに星はきらめき

一視信乃

さやかに星はきらめき

 塾を出ると、外はクリスマスだった。

 正確には、クリスマスイブ。


 いつも以上ににぎやかな夜の雑踏ざっとうまぎれ、あたしはひとり、駅の南口からコンコースを抜けて、バス停のある北口へと向かう。

 街も駅ビルもすっかりクリスマスカラーにいろどられ、すれ違う人たちも、みんなとても楽しそうだ。

 家族連れも、若者の集団も、そして、寄りうカップルたちも――。

 彼らを尻目に、北口から続くペデストリアンデッキへ出ると、急に冷たい風が吹き付けてきて、何だか自分がみじめに思えてくる。


「あーあっ。こんな日に何やってんだろ、あたしは」


 白い息とともに不満を吐き出すと、思いのほか大きな声だったのか、すぐ前を歩ってた、背の高い学生服の少年が振り返った。


「何って、志望校別特別講習を終え、家に帰るトコだろ」


 それはまあそーなんだけど、あたしがいーたいのは、そーいうコトじゃない。


「そーゆんじゃなくてぇ、せっかくのイブなんだし、もっとこうカレシと楽しく過ごすとかさぁ」


 ちなみに、目の前にいるデクノボウは、同じ中学で同じ塾に通ってるってだけのタダの顔見知りで、カレシでもなければ友達ですらない。

 なのに、時々向こうから、妙に馴れ馴れしく話しかけてきたりする。

 そう、ちょうど今みたいに。


「何オマエ、カレシいるのっ?」

「いないけど。別にカレシじゃなくたって、友達とパーティーするとかさぁ」

「あのなぁ、クリスマスは、カレシとイチャつく日でも、友達とバカ騒ぎする日でもないぞ。キリストの降誕を祝う日だ」

「でも、あたし、クリスチャンじゃないしぃ」

「だったら、クリスマス関係ねーじゃん」


 それもまあ、そーなんだろうけど。

 あたしは、何気なく空を見上げた。

 イルミネーションに慣れた目には、白っぽく、くすんで見える夜空を。


「せめて、雪でも降ればロマンティックなのになぁ」


 ま、東京でホワイトクリスマスなんて、滅多にないけどね。


「雪だぁ。そんなの降ったら大変だぞ。バスが止まって帰れなくなるかもだし、その辺に――」


 と、彼は言葉を切って、今歩いてるデッキを示す。


「各局のテレビクルーが取材に来て、滑ってけたトコを一日いちんち中色んな情報番組で繰り返し流されるハメになるぜ」

「ちょっとぉ、滑るとか転けるとか、落ちるとか、受験生には禁句よ」

「いや、落ちるはいってねーし、オレだって受験生なんすけど」

「そんなん、受験生失格しっカクかくにもほどがあるわ」

「ひっでー。そーいや、ホワイトクリスマスの反対語って知ってっか?」

「え? ブラッククリスマス?」

「グリーンクリスマスだ。もっと勉強しろよ、受験生」

「そんなん、試験出ないからっ」


 そんなどーでもいー話をしながら、バス停へ行く階段を下りる。

 そして、バスを待つ人の列に加わると、程なくして目的のバスがやってきた。

 別に一緒に座る必要もないので、PASMOをタッチしたあと、あたしは後部ドアの横に、彼は運転席とは逆側の一番前に別れて座った。


 適度に混み合ったバスは駅前を北上し、国道で左折して進路を西へと変える。

 そうしてしばらく国道を走ったあと、今度は都道を右折してまた北へ。

 川を渡って北西へと進み、高速の下をくぐる頃には、車内もだい空いていた。

 時間を見ると、バスに乗って30分近く経ってるが、これは道が順調に流れてる証で、渋滞のひどいときには一時間以上かかったりもする。


『次は――』


 車内アナウンスを聞き、降車ボタンを押そうとしたら、寸でのところで誰かに先を越されてしまった。

 ちょっとくやしく思いながら、荷物を確認し、降りる準備をする。

 バスが停まったので立ち上がると、一番前の彼も同じように立ち上がった。


 えっ、なんで?

 アイツんち、もっと先じゃん。


 彼に気を取られ出遅れたが、あたしも慌ててバスを降りる。

 たん、身体がぶるりと震えた。

 さすが山に近い郊外だけあって、駅前よりも一層空気が冷たく、しんしんと底冷えがする。

 ダッフルコートを着てても寒いくらいなのに、学生服だけで大丈夫なんだろうか。

 あたしは、バスの去ったバス停の横で、マフラーを巻き直してる彼を見た。

 気になって、声をかける。


「なんで、ここで降りたの?」

「ここで降りた方が、バス代安いんだ」

「へー、そーなんだ」


 あたしたちは、また一緒に歩き始める。

 今度は、二人並んで。

 すると彼が、ぽつりといった。


「――キレイだな」

「何が?」

「星。雪は降んねーだろうけど、星なら降ってきそうだぜ」


 思わず、ぶふっと吹き出してしまった。


「なんだよ」

「いや、クサいコトいってんなーと思って」

「うっせぇ」


 一体どんな顔していったんだか、是非とも見てみたかったが、行き交うヘッドライトのはざまに生じたつかの闇と身長差のせいで、残念ながらわからなかった。

 街灯の少なさがやまれるが、お陰で確かに星はキレイだ。

 冴え渡る空のあちこちで、チカチカと瞬いている。


 知ってる星座を探しながら、ゆっくり歩ってくと、道の左に下り坂が現れた。

 あたしんちは、その先にある。


「うち、こっちだから」

「おう。それじゃあ」


 別れの挨拶を交わし、坂を下りかけたが、なんとなく後ろが気になり振り返ると、向こうもまだ同じ場所にいて、多分こちらを見下ろしている。


 どこかごりしく感じてしまうのは、きっと肌をす冷気のせい。

 冬があたしを人恋しくさせるんだ、なんて、これも十分じゅうぶんクサいか。

 しんみりムードをき消すように、あたしは「ねー」と声をかけた。


「そっちも第一志望、ひがしだったよね?」

「たりめだろー。同じ講習、受けてんだから」

「だよねー。それじゃあ、またねー」

「おう。またなー」


 彼に手を振り、あたしは歩き出す。

 春はまだ遠く、一人ではくじけそうなほど寒いけど、より幸せな春を迎えるためには、もっと勉強頑張らないと。

 ロマンティックで楽しいクリスマスも、来年までお預けだ。

 そのとき、隣にいるのが誰なのか、それはまだわかんないけど――。


 きらめく満天の星の下、コートのポケットに手を突っ込んで、あたしは家路を急いだ。

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