第9話 ラルゴにて

 砂の地面ではなく、固い石の地面。

 潮風の少ない自然の岸壁を利用した拠点のギルドは一日だけ体験したあの底知れぬ不安に比べれば天国に思えてしまう。

 笑い声が聞こえる。

 幼い時に何度か見たことある光景が少し遠くに見える。

 肉を魚を酒を飲み、食べ、騒ぐ。

 昔はそこまで好きになれなかったけれども、今では私が生きているのだと実感を与えてくれるものにいつの間にかなっていた。

 特に今回のように命が本当に危なかった時などは格別にお酒が美味しい。

 今すぐにでも参加したいが流石に命の恩人を置いて騒ぐのはどうだろうと、良心が痛む。

 顔に出ていたのか、宴の奥から一人の狩猟者がこちらのテントまでやってくる。


「ほれ。お前さんも全員無事とは言わなかったが……命があったんだ。そこで寝てるお仲間さんも心配だろうがしっかり食えよ」


 そう行って彼は器に盛った食べ物と葡萄酒を渡してくれた。


「ありがとうございます。先輩が目覚めたら参加させてもらいます」


「おう、待ってるぜ。今夜は長いからな。再会と出会いを祝して」


「はい。再会と出会いを祝して」


 カンッと葡萄酒が重なり。男は去っていく。

 いい人だった。雰囲気から穏やかなのがよくわかる。

 そして、先輩は私にとっては――


 すー……すー……。


 簡易的に設けられたベッドから穏やかな寝息が聞こえる。その音と裏腹に先輩の体は傷だらけだ。

 ロッグレウス。

 初めて戦ったけれど……本当に大変だった。

 武器と呼べるものは無く、知識もない。

 頼みの予知も引き返す時に見えて以降、ウンともスンとも言わず、頼れるのは先輩だけ。

 作戦とかいろいろ強引なところがあったけれでも、生きられたのは先輩のおかげ。

 ……最後のあの一瞬。

 あの時は本当にもうだめだと思えたけれどもルークさんの機転に助けられた。

 なによりも驚いたのは助けに来てくれた人の中にあの怖いリーダーさんがいたのにはびっくりだった。

 ロッグレウスは手負いだったのもあり、すぐに討伐されたのに釈然としないことがあったと言えばあったけれど、助かったことの方がその時は大きかった。

 ただ、一安心かと思えば先輩は意識を失うし、アタフタしているとルークさんが治療を行い、私たちは交代で先輩を背負いながら拠点に向かう部隊と合流できた。

 船に乗った時と人数はかなり少なかったけども、誰もそれには触れなかった。

 その後は何もなく……あったけれどほとんど他の狩猟者の方が対応してくれた。

 おかげで無事に拠点である新大陸のギルドへと到着して今に至れている。


「それにしても…いきなり戦うとは思いもしなかったな……」


 つい、言葉が漏れてしまう。

 元々わたしの実力ではこの場にいることさえおかしいのだ。

 狩猟者となってまだ一年目、初心者に毛が生えた程度だとは教官からよく言われていた。

 なのに…………。


「あ、メアリーさん、推薦で新大陸の応援要請があなたに届いてます。どうしますか?」


 と、上級者から推薦があるといきなり告げられた。

 断ることなどできないのは何度か経験しているので私でも知っていた。

 なので、生き残りたいあまりストーカーのように生き残れる可能性が視えた人について行ったのは間違いではなかった。

 けれど……言動も行動もどう考えても怪しいかったはず。

 なのに受け入れてくれたのにはびっくりだった。

 途中、女性狩猟者の中であまり噂のよくないルークさんと仲良く話し始めた時はこの人は止めた方がいいかなと思いはしたけど、結果ついてよかったと今なら思える。

 うん。ナイス判断。

 ただ、クラーケンに、ロッグレウスどれも未だ体験したことのないものばかりに出くわすとは流石に思わなかった。怖さももちろんあったけれど、ワクワクがその時は勝っていたように感じる。

 そう考えると……少しだけここに来てよかったと思えている。

 なので先輩、早く目を覚ましてください。


「……そうじゃないとごちそうがなくなっちゃう」


―――――――――――――――――――


「……っ…!」


 軋んだ骨の痛みに目が覚める。

 体は重く、目は半開きにしかできない。

 微かにだが耳には人の声が聞こえる。それによってここは安全な場所なんだとわかる。

 今は何時だ? どれくらい気を失っていたのだろうか。メアリーは無事か? アレは夢だったのか?

 疑問が溢れ始めるが考えてもわからない。確かめる必要がある。

 そう思い、軽く首を左右に向けるがテントの中らしく、時間も場所もわからない。

 痛む体に鞭を打ち、体を起こそうとして初めて違和感に気づく。


「う……ん……すー……」


 防具を外し、少し隙のある服装をしたメアリーが太もも辺りに寝息をたてながらそこにいた。

 心配していてくれたのだろうか? と思っていると見知った顔がテントに入ってくる。


「やあ、アキト。体は大丈夫かい?」


「ああ。ルークの方は大丈夫そうだな」


「おかげ様でね。彼女、心配でずっーと離れないで君の手当てをしていたから後でお礼いいなよ」


「ああ、そうする」


「あと、これを見舞いのついでに持ってきたんだ」


 そう言ってルークはこちらに緑がかった苦々しい色の液体が入った注射器と赤く、人の血液と間違えそうな液体が入った注射器を放り投げる。


「悪いね。ここに来るまでにほとんど使い切ってたから君に使える分がなかったんだ。出来立てほやほやの呪術師お手製の活性剤だよ」


「言い方が気になるが助かる……ふー…」


 緑が俺たち狩猟者にとって必需品ともいえる回復薬と言われるもので、体の細胞を活性化させ、傷の治りを早くしたり、はその場で傷が治る。

 赤は火傷による炎症を治すものだ。必要なのかと思ったがよく見ると体のあちこちが炎症を起こしている。

 これは多分……。

 

「その火傷痛むかい? 僕があの時「気にするな」……そうかい?」


「ああ、お前が撃たなければ、紙みたいにぺらぺらになるところだったんだ。助かったと礼が浮かぶ以外に何も思わないさ」


「……君がそう言うならありがたくそうするよ」


 こちらの返答にさわやかな笑顔で頷き、この話はそれでお仕舞。

 傷に薬が効き始めたころに別のことをメアリーを起こさないように質問する。


「それとルーク、ここは新大陸の拠点でいいのか?」


「うん? あ、そうか。君は気絶してたからね。君が気絶してから夕方にはなんとかここ、新大陸に建設されたギルド支部『ラルゴ』についたよ」


「そうか。他の奴らはどうなった?」


「…………君と同じように殿しんがりをした人は全員無事だよ。流石に残る選択をするだけあって悪運が強いよ。君も含めてね」


 どう言う意味だ。むしろ、何だかんだで無傷のお前の幸運が俺には欲しい。

 薬で傷が治っても体力は治らないんだぞ?


「あとは最初にクレスが先導して逃がした人たちぐらいだよ。ほとんどが君たちが僕たちと別の浜辺に打ち上げられたように島特有の不規則な潮の流れでバラバラになってわからない状況だ」


「無事だった人も怪我をしてて回復薬の本数が足りなくてかなり焦ったからね。あれは狩猟者以外にはほとんど効かないからね」


 笑顔はひどく疲れたものになり、その時の悲惨さが伝わってくる。

 考えていた以上にひどい状態だったみたいだ。

 俺とメアリーはまだ運のいい方だったのかもしれない。回復薬はなかったがメアリーは無傷、俺は色々と蓄積はしていたが一つ一つの傷は軽傷だったのだから。


「この後はどうなると思う?」


「あれ、それを僕に聞くかい?」


「クレスから何か聞いてるだろ?」


「……まぁ、聞いてるけど…今やってる総隊長との話し合い次第だね。こればかりはわからないよ。予定が狂いすぎてるからね」


 外でやってる宴には参加せず話し合いか。クレスも大変だ。

 今度出会ったらお礼と一緒に労いの言葉でもかけよう。


「今、君が考えたことは止めておいた方がいい。火に油を注ぐだけだよ」


 まるでこちらの考えを読んだかのようにルークが釘を刺してくる。

 労うだけだ。大丈夫だ。


「駄目だからね? 本当に止めてくれよ?」


 かなり念を押される。


「わかった。わかった。しないからそう睨まないでくれ」


「本当かい? まぁ……兎に角、話が終わるまではゆっくりできるから君は傷の手当てに専念するんだね」


「ああ、そうする」


「良しするべき話もしたし、僕は宴に混ざってくるよ」


「悪いな時間を貰って」


「いいよ、いいよ。じゃ、メアちゃんの事は頼んだよ」


 そう残してルークは早足に宴の中に向かう。

 少し離れた所でルークの軟派な声が聞こえたが気にしないようにする。

 メアリーにふと目が行き、起こす方がいいのかと思ったが折角気持ちよさそうに寝ているので起こすのもかわいそうだと感じ、毛布をかけてるだけにとどめた。


 余程疲れていたのか、目を閉じるだけですぐに意識が落ちた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新大陸で狩猟者始めました。 リクルート @kurotubaki7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ