第5話 漂着・上げて落とす!

「――ぱい――て――い!」


 どこからか声が聞こえる。


「起きてください!」


 必死にしがみつくような声。ああ、何度か体験したことがあるなこの感じ……。

 確か前に感じたのは、西部地方の雪山で遭難した時だな。あの時はルークが確か……


「――先輩っ!!」


「ッ!! ゴホッ! ゲホッ!」


 微睡んだ意識が叫び声で覚醒する。

 口の中の砂利、水などが一気に溢れ、ひどく気分が悪い。

 ひとしきり急き込んだ後、声をかけてくれていた人物に礼を伝える。


「いえ、そんなことより先輩。体に異常はないですか?」


「ああ……メアリー大丈夫だ。少し痛むが動ける。それより、ここは?」


 倒れた俺を覗き込むようにしている最近出来たばかりの後輩――メアリーはこちらの言葉を疑いつつも安心したかのように息を吐き出す。


「それが……多分新大陸だと思うんですが。何分私は情報を知らされていないので……判断に困っています」


「そうか……一応助かったんだな」


「はい、けど……その……」

 

 言いにくそうに何かを訴えるメアリー。

 なるほど。

 メアリーが言葉を濁したわけが分かった。


 ――上は裸で、下は下着一枚。ついでに腰に巻きつけ、紐で結んだ鞘に双剣の片割れ。


 正直、まだ寝転んでいたかったがそうは言っていられないので体に力を入れ、起き上がらせる。

 その際、体の至る所から悲鳴が上がるが気にしない。

 脱いだ防具は仕方ないし、クラーケンに投げた双剣の片割れも惜しいが生きているなら十分だ。

 それにしても……また、この状況か。

 慣れとは怖いものでその一言で片づけてしまえるほどに慣れてしまっていた。

 メアリーは特に気にした様子は……あるな。視線がちらちらとこちらに向けられているが俺が気にしなければいいだろう。代わりのモノがないのでどうしようもないのも一つの理由だが。


 さて……立ち上がってみれば、日差しは高く、自由気ままなウミネコの鳴き声。

 下に視線を動かせば、遥か彼方まで続きそうなほど青く広がる海。振り返れば、悠々と生い茂る自然。その奥には見たことないほどの――


 大樹があった――


 隣に立つメアリーに本部で資料として説明を受けていた新大陸であると伝える。 反応はある程度予想していたのか小さかった。


「メアリー。船から飛んだ後どうなったか覚えてるか? 俺の方は最後以外ぼんやりしてて思い出せない。それと他の奴らは……」


「覚えています。順番に説明しますね」


 メアリーの説明により失っていた記憶が補完されていく。


「……なるほど。最後そんなことになっていたのか」


「はい。飛び込んだ後に先輩が触手を切ったことに怒ったクラーケンがこっちに迫ってきたときは自分の眼を疑いましたよ。初めて視るのに失敗したのかと……」


「それは悪いと言えばいいのか、何と言うか……まぁ、生きているしいいだろ? それよりルーク達だな」


「一応ルークさんは資格で確認しましたが青色でしたのでそこまで遠くに流れ着いてはいないはずです。クラーケンは先輩が投げた双剣の片方で撤退したのはこの目で確認していますので、あの後被害に合うのは早々ない筈ですし……でも、最後に墨ははないと思うんですよね。そのせいで逸れましたし。あのイカめ!」


「ま、まぁそれならルークたちも聞く限り生きていそうだな」


 メアリーの口調は変わらないが最後の一言には怒りのようなものが込められていた。

 ルークや他の狩猟者ともそれが原因で離れたようだ。

 どうやら息ができるアイテムを使っていたのもあり、メアリーは心配になり、クラーケンと戦っている俺の所まで戻ってきたようだ。

 丁度、クラーケンに最後の攻撃をしているところだったようで、おぼれた俺をここまで連れて来てくれたらしい。

 メアリーが居なければ俺は確実に死んでいたので改めて礼を伝える。いつ死ぬかわからないので伝えられるものはすぐに伝える。

 これは『狩猟者の流儀』ではない、ただ単に俺の経験だ。後悔が多い人生であるので少なくなるならと何年か前から始めたことである。ただ、まだまだ恥ずかしかったりするため上手く出来ない時も多々ある。


「ありがとう、メアリー助かった」


「いえいえ、私たちこそ、先輩が居なければ今頃藻屑ですよ。藻屑」


「そんなことないだろ? むしろ居たから危ない目にあった方だろ?」


「いえ、先輩に出会わなければ、起こしてもらえなければ……最初の一撃で終わっていましたから」


 疑問をぶつければ、すごく納得できる返事が返ってきてしまい。言葉が詰まる。

 確かに思い出せばこいつクラーケンの一撃が来た後も起こさないといけないほど寝ていた。

 そう思えばメアリーの目は信用に足るものでは? 疑問だ。俺の近くは安全とは言い難い状況だったが、確かに生き残っている。

 被害はかなり大きい中でもほとんど無傷と言っていい状態でだ。

 答えは簡単には出ないが俺やルークが予想していたよりも、かなり精度が高いものかもしれないと考えてもいいかもしれない。

 俺の視線を気にしたのか、海水で濡れてベタついた銀髪をくるくると指で遊ぶ。

 

「その……これからどうします?」


「そうだな。新大陸と言うのはわかってもここがどこで、総司令たちの居るベースキャンプがわからないからな」


「先輩でもわかりませんか」


「ああ、そこまでは情報公開されてないからな……本部もまさか船が襲われはしても沈没するとは思っていなかっただろうしな。クラーケンの情報はなかったからな」


「それもそうですね。じゃあ助けが来るまでここで待ちます?」


 そう告げられるが、先ほどから頭の中でずっと警鐘が鳴っているので理由をつけて、ここから動くように誘導する。

 

「いや、武器は俺の剣一本とメアリーの弓。防具がメアリーだけしかない状態。しかもよく知らないこんなにも開けた場所で待ちに徹するのは止めておこう。食料もないしな。明るい内に浜辺をもう一度捜索しつつあっちの岩場で野宿がいいと思うが、メアリーの方はどうだ?」


「……今は何も視えないのでお任せします先輩」


 返事を受け、行動を開始する。

 例え、モンスターが出てきても弓が使えるメアリーが居るのである程度、戦闘は楽なはずと思っているとメアリーが一言。


「あ、先輩。私矢がないです」


 絶望を突き付けてきた。

 

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