第4話 旅は道ずれ

 狩猟者の約束事として、再会と出会いがあったら酒を飲みかわすのだが、昔のことがちらついてどうしても仕事中はアルコールに手が伸びない。

 そのためかメアリーは俺の様子を見て酒は一杯だけにとどめ、ルークはいつも通り酔わない程度に抑えている。

 酒は少ないが話のネタは色々とあり、それなりに盛り上がったが新大陸までのリーダー様が交代の呼びかけに来た。


「おい、犬。貴様の番だ」


「了解だ。リーダー」


 慣れた悪口なのと、言ってきた相手に見覚えがあるので軽く返事をする。

 何かとこちらを目の敵にする奴だが、仕事には誠実なので下手にことを荒げなければ問題ないのは実戦済みだ。何よりも何度か仕事を一緒にしているのでわかるがこいつは誰にでも上から目線だ。

 言い換えれば全員に平等であるので俺は何故か嫌いになれない。あと俺と同じで酒嫌いだ。

 ルークもそれを知っているが女癖の悪さで嫌われているので、顔を逸らしている。

 メアリーは唖然としていたが何かを言おうとして反応――するよりも先に俺が喋る。


「じゃ、悪いが見張りにいく」


「行ってらっしゃーい。僕はもう少しここに居るよ」


「あ、えと、私も一緒に行きます」


 何かを言おうとしたメアリーは言葉を飲み込み、代わりについてくるとの意思表示をしてくる。

 リーダーはどうでもいいように、


「二人だろうがかまわん。まずは船首と交代だ。わかったらさっさと行け。お前に限って見落としはないだろうが油断するなよ?」


 それだけ言い。リーダーは去っていく。

 

「こ、怖かったですが……」


「まぁ、だれにでもあんな感じだ。からかうと面白い時もあるぞ」


「ほ、本当ですか?」


「メアちゃん、アキトの言うことはあてにならないよ。アレは触らぬ至竜に祟りなしだよ」


 ルークの忠告にメアリーは頷き。会計を済ませて船首に二人で向かう。

 途中、やっかみなどいろいろあったが全て蹴散らした。




 それから2日が過ぎ、見張りや操舵などローテーションが行われたが特に問題なく、航海は順調だった。

 朝には新大陸につくとゆう3日目の夜だが今日も特に問題はなさそうだと、穏やかな海を眺めつつそんなことを思うが、武器だけはいつでも抜けるように気を張る。

 隣で武器を置いて寝袋に包まり、穏やかな寝息をたてるメアリーには少し呆れるが……。

 まぁ、今日は誰もが酒を断って仮眠しているため静かで、航海中初めての静寂に船内は包まれているのでわからなくもない。


「おー、すごい。すごい! 新大陸でも見たことないよ! カリンにも見せたいなー」


「っ!!」


 後ろから突然声がして、反射的に振り返るが――子ども? がじろじろと双剣を眺めている。


「あ、ごめん。ごめん。驚かせちゃった? 私コリン! よろしく!」


「え、ああ」


「いやー。お兄さんの持つ双剣が気になっちゃって、鍛冶師の性だね」


 サロペットと呼ばれる服に身を包んだ少女は誇らしげに両手を腰に当て、ない胸を強調する。

 鍛冶師……? こんな小さな子が? いや、それよりも――


「……お前は大陸をしっているのか?」


「知ってるも何も、向こう出身だよ。今回は荷物の買い出しのついでに外を知るためについてきただけだし」


 さも当然の様に少女はそれを口にし、無邪気に語りかけてくる。


「それよりも、お兄さん。その剣を見してくれないかな? 船酔いでさっきまでダメダメだったせいでほとんど武器とかみせてもらえてないんだー。折角、外に出たのに好いことなしで萎えるよー」


「……少しだけだぞ」


「いえーい! 話が分かる!!」


 くるくるとその場で回転し喜びを示すコリン。

 職人はどこでも気難しい。例えこの少女が鍛冶見習いだとしても、大陸側に精通している以上心象は悪いよりはいい方がプラスはなくても、マイナスにはならないはずだと自分を納得させ少女に双剣の片方を渡す。

 渡された剣を眺めたり、触ったり、叩いたりと色々しつつコリンは自分だけの世界に入っていく。


 ――おー、ここはこうするんだ。あれ? この素材初めて見た。あ、ここだけ切れ味ちがう! 重心はここだし、中も叩いてわかるぐらい別の素材が使われてる。 ――あれれ? なにこれ? 


 ひとしきり没頭したかと思えば、最後には呟きこちらに顔を向けてくる。


「ねぇ、ねぇ、お兄さん。大陸ついたらこれもっと詳しく見せて! お礼はするから!」


「ああ、別に――っ!!!」


「きゃっ!!」


 コリンに答える前に激しく船体が揺れる。それも波による揺れではなく。もっと別の何かだ。

 状況はわからないが、寝袋のメアリーを蹴り起こし、海に目を凝らすが変化はない。

 けれど、何かがこの船に起きている。

 遅れて、状況を察知したルークや他の奴らも甲板にやってくるがその時には後戻りできないほど状況は深刻化していた。


「マジかよ」


「避けろ!! 落ちてくるぞ!!」


 誰かのつぶやきと、叫び声が広がる。

 直後。

 激しい音と共に甲板の真ん中にそれは振ってきた。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 底から響くような気味の悪い叫び。

 誰かが持っていた明りを照し、甲板全員の視線がそこに向かう。

 それは吸盤が付いた白くて太い触手だった。分かる奴にはわかり、顔を青くする者、何が起きているのか理解できていない者。その二つに分かれた。

 蹴り起こされたメアリーは後者だったようで周りの状況に慌てふためく。 


「な、何ですかあれは!?」


「クラーケンだ。船が潰される前にどうにかするぞ!」


「ど、どうやってです!? と言うかクラーケンって何ですか!?」


 メアリーが叫ぶがそれに答えるよりも実際に見てもらう方が早い。

 甲板の真ん中にある触手に一振り。

 ギュニュっと嫌な音をたてるが気にせず振り抜き、切断する。


「GYAAAAAAAAAっ!!!!」


 海の中から一際甲高い声が響き、更に2本、3本と触手が襲い掛かってくる。

 揺れる船体で止まった者は触手に押し潰されていき、メアリーはなんとか避けているが小さな鍛冶師――コリンは船首にしがみつくので精一杯なのか動けずにいる。


「総員。火だ!! 火を使え!! クラーケンの弱点だ!!」


「大砲打つ準備しろ!!」


「やってるわ、くそ野郎!!」


「今言ったやつ後で覚えていろ!! それから火種を持つ者は気を付けろ! クラーケンは雨を降らしてくるぞ!」


 混乱の中、リーダーが叫ぶ、その時――

 見えてしまった。

 見てしまった。

 舌打ちをしつつ駆け出す。

 他の所に巻き付いていた触手が狩猟者に受けた攻撃に悶え、暴れながら船首へ向かう。


「きゃっ!?」


「ラァアアアアアッ!!」


 間一髪間に合ったが……。


 グラッ。

 メキッ、メキキ……――


 船体が軋み、真ん中から崩れ始める。

 誰が見てもわかるほどの重傷だ。この船はもう駄目だ。

 判断すると同時に水に浮く防具以外を脱ぎ捨てる。メアリーにも指示をだし、コリンに水中でもしばらく息ができる使い捨てのアイテムを渡す。


「こ、これ!!」


「いいから使え。俺は狩猟者だ。慣れてるから大丈夫だ」


 ぽんっと頭に手をやり撫でる。

 そこにいつの間にか来ていたルークが、


「新大陸の海路には入っているから運が良ければ、生きて会えるね」


「そうか、それは朗報だな。この子を頼む」


「任してくれ。君はまぁ、頑張ってくれ」


「ああ」


「何で、二人は落ち着いてるんですか!」


「いや、だって……なぁ?」


「そう、そう、焦っても変わらないから――おっと時間だ」


 そう言ったルークを合図に、船が割れる。

 それに飲み込まれる前に、ルーク、コリン、メアリーと言った順番で横へ走り、少しでも安全な場所に飛び込んでいく。

 俺は飛んでいる最中、向かってきた触手を切り捨て、荒れ狂う海に落ちる。

 クラーケンと目が合う。以て十分ほど、どこまで時間が稼げるかわからないがやるしかない。他の狩猟者も何人か同じようにクラーケンに向かう。

 剣を振り、触手を切っていく。相手の攻撃が弱まってきた時に息が切れる。

 クラーケンが大きく動き、口のような部分から黒い墨を吐き出す。


――しまっ……!!!


 視界が悪い中、一本の触手が真っ直ぐ迫る。

 ああ、くそ!!

 最後の力を振り絞り、双剣の一本を真っ直ぐ投擲する。


「Gyaaaaaaaa!!??」


 意識が途切れる前、そんな声が響く。

 霞んだ視界に何故か最後に映ったのはメアリーだった。


 


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