第10話 まつ子、モサれない

※前回のあらすじ おんなはなみだ。


「モサモサ・・・モサモサですわ・・・」

「やってきたど」


 ルージュの前にいきなり立っていたそのモサモサした生き物は、全身毛むくじゃらで少し暗めの青い毛でおおわれていました。卵型でまるっとしていてその背は高く、ルージュの3倍、お師匠様の1.5倍はあるほどの背の高さでした。なのに外は雨なのに全く濡れていないようなのです。


「青い、モサモサ。おヒゲどころか全身ですわ・・・。アオヒゲさん、とお呼びしても?」

「呼ばないでほしいど。それにこれはヒゲじゃないど」


 そう話している間も、ルージュはそのフカフカのモサモサした物体に飛び込みたくてうずうずします。この青い塊は、まるで羽毛ぶとんが太陽の日差しを浴びてホワホワになっている状態で誘っているかのようです。

 我慢できず、ルージュは聞きました。


「・・・飛びついてもいいかしら?」

「今はダメだど」

「では、後ろからそっと抱きしめても?」

「やることは同じだど。どうしてもというなら後にして欲しいど」

「でも、そのフカフカモサモサは無視できませんの」

「気にすることないど」

「では、せめてアオヒゲさんではなく、ブルーエデンとお呼びしても?」

「嫌いじゃないんだど。でも、だめだど」

「はっ・・・もしかして、お師匠様のお客様ですの?」

「お師匠様?おお、たぶん、そうだど。銀」


 青いモサモサが何かを話そうとすると、とたんにその言葉が聞こえないくらい、雷鳴が鳴りました。


「・・・に、会いに来たんだど」

「・・・大切なところが聞こえませんでしたわ・・・ハッ、もしかしてこの流れは?」


 ルージュはニヤリと笑います。いろいろ頭の中で閃めきました。

 ここに修行に来てから、ルージュはお師匠様の名前を聞いたことがありませんでした。前に一度聞こうとしたら、「立派な魔法使いになってからですよ。まあその時まつ子は耳が遠くなって聞こえないかもしれませんけどね」とお師匠様に言葉を濁されたのでした。


 これはお師匠様の名前を知るビッグチャンスの到来です。


「ブル、アオ、モッ「いい加減にするだど」ごめんなさい・・お客さま、もう一度、お師匠様のお名前をお願いできますか?いえ、聞こえてなかったわけではなく、あくまで確認の意味ですわ」


 そう言ってルージュは、青いモサモサから聞こえる口あたりに耳を近づけました。


「わかったど。オラは銀『雷鳴よ』」


 さっきよりももっと大きな言葉が雷鳴がルージュの真上から聞こえました。あまりの音に家もビリビリと震えています。


「・・・に会いにきだど」

「もう!!なんで雷が鳴るんですの?!」

「・・・まつ子」

「はっ」


 ルージュの真後ろにお師匠様が笑顔で立っていました・・・が、その顔は引きつっていました。ルージュは背中に冷たいものが流れました。


「何をしているのですか?」

「お客様のお出向かえ・・・ですわ」

「では・・・何を聞こうとしていたのですか?」

「い、いえ、ほんとうにお客様かどうか、確かめようとしていたのです、わ」

「ほんとうだど」

「それで私の名前を聞いたことがないまつ子が、それを聞いてどうしてわかるのですか?」

「は、ははは」

「ふぅ・・・まつ子、その方がお客様です。お通しなさい」

「えっ、はい」

「とおるど」


 そう言って青いモサモサはお師匠様のあとに入りました。


「ちっ」


 ルージュは見えないように舌打ちしました。そして前を向くと目も鼻も口も見えない毛むくじゃらの顔?がアップで目の前にいました。


「ひゃあ!!」

「ひみつは、ひみつのあいだ、が、楽しいど」


 ウインクしたようでしたが、毛玉が一部動いただけでした。しかしさすがのルージュもこのアップには慣れません。


「うっ・・・わ、わかりましたわ」

「ほほ。それでいいんだど」


 お師匠様がモサモサを招き入れ、ルージュも含めてリビングで3人座りました。

 テーブルにはお師匠様とっておきの香りの良い紅茶が用意され、真ん中にはクッキーがおいてあります。それをルージュが手に取ろうとしたとたん、ぱしりとお師匠様の杖で叩かれました。


「で、久しぶりですね」

「ひさしぶりだど。銀「名前は言わないでくださいね」・・・わかったど」


 お師匠様はルージュにどうしても名前を知ってほしくないようです。


「まつ子」

「はい」

「紹介します。こちらは私の古い友達で、魔法使い仲間のマリーゴールドです」

「よろしくだど」


 ルージュは行儀よく会釈をして、よろしく、と言いかけました。


「はじめまし・・・マ、マリーゴールド?!・・・さん?青いのに?」

「そうだど。マリーゴールドでいいど」

「これ、まつ子失礼ですよ」


 そうは言われてもルージュは質問を止められません。


「えっと、女性なんですか?」

「うふん、だど」

「もう一度・・・マリーゴールド・・・?」

「太陽のような花だど」

「確かに・・・いえ、そうではなくて」

「これ、これ、そのくらいにしなさい」


 お師匠様がルージュを嗜めます。


「いいんだど。オラがこの色がすきなのは、世界の秘密なんだど」

「「どこかで聞いたような・・・」」


 お師匠様とルージュが同時に言います。しかしこのマリーゴールドは自然に、どこからともなく出た手からティーカップを取り、そしてけむくじゃらの中に入れたかと思うと、ボリボリと食べてしまいました。


「はぁ・・・で、どうしてこちらに来る事になったんですか?」

「そうだど。ちょっと気になることがあるんだど」

「・・・私も気になることばかりですわ」


 そう言うルージュをお師匠様はスルーします。


「気になる・・・ああ、そうでしたわね。確かに<<アレ>>の時期ですね。早いものです。・・・しかし、こちらではまだそう言うことは聞いていませんでしたが」

「たども弟子を取ったら避けられないんだど。弟子がいる魔法使いは数えるほど多くないんだど」

「それは・・・そうですわね」


 そういってお師匠様はルージュを見つめます。


「ねえ、ねーえ、お師匠様。なんの話ですの?」


 ルージュは先程から二人の会話についていけません。お師匠様は少しため息をつきました。


「お前さん、気になるかだど?」

「ええ、あと私の名前はルージュです」

「まつ子」

「はい」

「まつ子にやってもらうことがあるのです」

「はい?」

「それで・・・一昨日のことを覚えていますか?とても心配ですけど」

「ええ、それはもち・・・ろん」


 お師匠様の心配の通り、ルージュは全く覚えてませんでした。

 一昨日のこと、と言えば。


「確か、天気のいい午後でしたわ。お師匠様から気をつけるように言われた賞金首の方の人相が割とイケメンで、そっと私のコレクションにしまったはず」


 お師匠様のこめかみがピクピクしています。


「それじゃありません」

「え、それではアップルパイ最後のひと切れをいつ食べたのか、でしょうか。実はまだ取ってありますの」

「・・・私の授業の話ですが?」

「ヒッ」


 ルージュはお師匠様の怒りのオーラが見えていました。

 もしここで「忘れました」といえばどうなるか。


「みみみ、右に2発、左、いえ上段から3発からの・・・左?」

「右に3発、左下1発、突き2発、というところでしょうか?」


 そういってお師匠様は自分の杖を取り出しました。

 先端がぼんやりと光っています。


「た、確かノートにとってありましたわね・・・も、もってきますです。ハイ!!」


 そう言ってルージュは自分の部屋に駆け込んでいきました。

 その後ろ姿を見て、マリーゴールドがほっほっほ、と笑います。


「楽しそうだど」

「楽しいもんですか。ため息ばかりで」

「そんな風には見えないど。弟子はいいもんだど」

「あなたの弟子は優秀でしわね。私は・・・先が思いやられるわ」

「だども、資格はないんだど」

「ですが・・・いえ、それはまたにしましょう」


 言葉と止めるとすぐにルージュが入ってきました。


「持ってきました!!」


 ルージュの胸にはノードが抱えられていました。


「で?」


 持ってこいとは誰も言っていないのです。


 お師匠様の怒りはまだまだ続くようでした。

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おまかせルージュまじっく やたこうじ @koyas

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