第4話 まつ子、助けられる

※前回までのあらすじ。まつ子、手持ちがない。


「・・・うちのまつ子が何かしちゃったかしらぁ?」

「なっ!!」


 おじさんが振り向くとお師匠様が馬車の中から出てきました。


「お師匠様!!」

「帰りが遅いと思ってたら、こんなところまで」

「・・・こんなところと言いますと?」

「ここは港町ナウマ・・・別に貴方を置いて帰っていいのよ?」

「ご、ごめんなさい!!お師匠様~!!」


 ルージュの知り合いがいるとは思わなかった、想定外のことに、商人のおじさんはやり方を変えてきたようでした。


「お、お知り合いの方ですかな。まずは誤解を解きませんとな。私は別にお嬢さんをなんとかしようとしてたわけじゃなく、ただ」


 商人のおじさんの言葉が終わらないうちにお師匠様は続けます。


「ただ"必要経費"とやらを要求しているだけ・・・でしたわね?」

「ええ、ええ!!流石ミスタ・・・」


商人のおじさんはミスター、と言いかけることをやめました。とても嫌な予感がしたのです。お師匠様の目が鈍く光っていました。


『ター、を伸ばしたいなら伸ばしてご覧なさい。あなたの舌が地面に着くほど伸ばしてあげるから』


と言っているようにしか思えません。


「マ、マダム。聡明でいらっしゃる。お話が早い」

「あらあら、感じたのかしら?流石商売人ねえ・・・で、おいくらでしたかしら?」

「ぎ、銀貨50枚、と言いたいところでしたが、ここはマダムのお顔を立てまして銀貨30枚という事で」

「銀貨30枚?」

「そうです、お美しいマダム」

「・・・そんな美しいなんて何回も何回も当たり前なことを仰られても」

「ええまあ・・・言ったのは今1回だけですけどね」


 顔に手をあてて少し赤らむお師匠様を見ながら、商人のおじさんはルージュに耳打ちします。


「この方は・・・?」

「私の、魔法使いのお師匠様です」

「ああ、いろんな意味で、総合的に納得したよ」

「総合的にということは、私の美しさも込みですのね」

「この状態でも、ほんとうに前向きだね」


 少しため息をついた後、商人のおじさんはオホン、と咳払いをして話し始めました。


「それでは私もそろそろ先を急ぎますので。マダム、お支払いをお願いできますかな?」

「銀貨10枚でしたかしら?」


 商人のおじさんはわざとらしいほどの大きなかぶりを振って、否定します。


「おやおやマダム、人が悪い。銀貨30枚と申したのです。もしかしてお手持ちがない、ということですかな?」

「だとしたら・・・どうなるのかしら?」

「そうですね・・・このままですとマダムにも働いていただくことになるのですが・・・特別に私と今夜お酒でもご一緒していただけるなら・・・そしてその後も」


 商人のおじさんは怪しく笑います。


「あら、それは困りますわ」


 そう言って、お師匠様はポケットから飴玉を1つ出してきて、商人の手に載せました。


「これで足りるかしら?」

「これで・・・?」

「お師匠様、それ何味?」

「静かにしなさい、まつ子」


 おじさんはその手に乗った飴玉をじっと見つめます。


「おつりはいりません。全て差し上げますわ」

「なにを仰っているのやら。こんなアメ・・・」


 そこまで言っておじさんは黙ってしまいました。ルージュが動かなくなったおじさんを見つめます。


「どうしたの・・・おじさん?」


 ルージュが不思議そうに見ます。

 商人のおじさんはその飴玉を大切に握ると、回りを気にしながら自分の懐に入れてしまいました。


「よろしいのですかな?おつりは渡しませんぞ・・・」

「ええ、結構。お好きにしてくださいな」


 お師匠様はにっこりとほほ笑みました。

 商人のおじさんはそれだけ言うと、適当に頭を下げて、そそくさとルージュ達を馬車からおろすと、そそくさと立ち去って行きました。


「どうしたんでしょう、お師匠様?」

「まつ子。世の中には平気な顔をして、自分の利益のためだけに相手を陥れる人もいるのです。覚えておきなさい」

「はい・・・でも、あのおじさんは飴玉一つであんなに嬉しそう。特別な飴玉ですの?」


 お師匠様は何処からか扇子を出すと口元を隠して笑います。


「ふふふ、まさか。ただの飴玉よ。あの人にとっては今は金貨10枚ぶんくらい大切なものかもしれませんけどね」

「金貨10枚?!」

「まつ子は私が誰だと思って言っているのかしら?まあ、あの人もお金を払うときに気が付くでしょう。少しは懲りればいいのでしょうけどね」


 そういってお師匠様はスタスタと歩き始めました。


「さ、帰りますよ。まつ子」


 さすがお師匠様、とルージュは思いましたが、悔しいので口にしませんでした。

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