第25話 UFO捜索隊

「それでね、剣淵がUFOを探しているらしいんだけど……」


 翌日の昼休み。佳乃と菜乃花は珍しく校庭の片隅で昼食をとっていた。校庭まで出たのはUFO探しのことを他の者に聞かれては剣淵が困るだろうと配慮したためである。天気がよかったため、校庭の片隅にあるベンチに座れば気持ちも晴れていくようだった。


「なるほど。それでお姉ちゃんに相談したいのね」

「浮島先輩曰く、蘭香さんが詳しいからって。蘭香さんそういうの好きなんだね、驚いちゃった」


 話を聞いて菜乃花が顎に手を添えて「んー……」と考えこむ。


 菜乃花は可愛らしい外見からは考えられないほど慎重な人間である。相手の言葉や表情、態度といったあらゆる情報を集めて、ふわふわと揺れる金色の髪の中で判断し、返答もその言葉のひとつひとつを丁寧に選ぶのだ。


 付き合いの長い佳乃はそれを知っている。菜乃花がこれほど考えこむのだから、蘭香とUFOについての話をするのは難しいのかもしれないと思った。


 幼い頃は蘭香と顔を合わせることも多かった。十歳年が離れていたが菜乃花や佳乃を可愛がり、遊んでくれることもあった。面倒見のよい蘭香は佳乃にとっても姉のような存在で、困ったことがあって相談すれば親身になって答えてくれた。佳乃が呪いについて打ち明けた理由も蘭香を信用しているからだ。


 しかし最近は、距離を感じてしまう。養護教諭と生徒、お互いが別の立場にいることも理由の一つだが、もう一つは菜乃花と蘭香の関係である。


「……蘭香さん、難しいかな」

「どうだろう。最近会ってないから」


 蘭香は自宅から大学に通っていたが、大学を卒業して高校に勤めることが決まってから実家を出てしまった。実家に残っているのは菜乃花とその家族だけである。菜乃花曰く、二人は変わらず仲がいいとは聞いているが、どうにも疑ってしまうのだ。


 同じ高校にいるのに会っていないとは、おかしいのではないか。望めば簡単に会えるのに、まるで遠くに行ってしまったかのような物言いだ。


「そ、そっか。忙しいのかな。入学したばかりの頃は昼休みや放課後に保健室へ会いにいったけど、最近は行ってなかったもんね!」


 よく三人で他愛もない話をしたものだが、それをしなくなったのは佳乃が二年生にあがった春頃からだ。いままでは菜乃花に誘われて保健室に行くことが多かったが、それもぱたりと途絶えてしまった。


「……そうだね。忙しい、のかも」


 そう答える菜乃花が苦しそうな表情をしているように見えてしまう。まるで追いつめられているのに、その理由が佳乃にはわからない。

 これでは菜乃花に話をせず、直接蘭香に聞きに行った方がよかったのかもしれない。


 自らの判断が誤っていたと落胆する佳乃に気づき、菜乃花は慌てたように笑顔を繕った。


「そんな顔しないで、お姉ちゃんと仲いいのは変わらないの。私からお姉ちゃんに空いている時間がないか聞いてみる。でも――」


 そこでいったん言葉を打ち切り、菜乃花は空を見上げる。


 立体感のある雲がぽかりと青い空に浮かんでいた。さらに、ここが日陰でよかったと思ってしまうほど、太陽がじりじりと校庭を焼きつけている。


 夏、だ。もう少しでセミの鳴き声が聞こえてくるかもしれない。あの雲だって、わたがしのようにもっとふわふわになっていく。

 移り変わる季節の気配に目を細めていると、菜乃花が呟いた。


「お姉ちゃんは、UFOのこと、そんなに詳しくないと思う」

「え?」


 どうして。と聞き返そうとした佳乃だったが、話を打ち切るように菜乃花は弁当箱を片付けているのを見て、諦めた。


 菜乃花の一番の友達であると自負していただけに、心のうちを明かしてくれないことが悲しいのだ。心にわだかまりが残って、昼食で満たされた胃袋をさらに圧迫する。晴れた空に不似合いな、ずっしりと重たく淀んだしこりだ。



***


 菜乃花から「お姉ちゃんと話す時間作れたよ」と連絡が入ったのは、それからしばらく経った頃だった。


 夏休みを目前に控えた放課後、保健室へ向かうと蘭香が待っていた。狭い保健室に、佳乃と菜乃花。さらにUFO探しのメインでもある剣淵におまけの浮島と、四人が押し掛けるのだ。ぞろぞろと入ってきた生徒たちを見るなり、蘭香は苦笑していた。


「……菜乃花から聞いてたけど、すごい顔ぶれね」


 蘭香は、丸椅子に腰かけた四人の顔を見渡した後に、浮島に向けてにやりと微笑んだ。


「男子生徒と一緒に行動してるなんて珍しい。いつも女の子連れか、授業サボりで寝にくるだけなのに」

「オレが連れてきてるわけじゃないよ。女の子がついてくるだけ。あとサボりじゃなくて蘭香センセーとお話しにきてるだけだから」

「はいはい。モテる男はうらやましいわ。菜乃花から聞いてるけど、あんまり佳乃をからかわないでね。この子、正直者だから」


 呪いの件を浮島にも知られていることは、蘭香にも伝わっている。正直者、という言葉を使ったのは蘭香なりのサインだ。それに気づいた浮島は「なるほど?」と、にたりと口を緩めて呟いた。


 次に蘭香の視線が向けられたのは剣淵だった。


「あなたは転校生クンでしょ? 体育祭で大活躍してた子」

「どーも。剣淵奏斗っす」

「剣淵、奏斗……ね」


 その瞳がすっと細まったと思えば、頭から足の先までじろじろと剣淵を眺めている。何か意味があるのか、それとも体育祭のヒーローを確認したいだけなのか、蘭香の表情から真意を読み取ることはできなかった。


 観察を終えたらしく、蘭香は自席へ戻る。今日もお色気満載なセクシー養護教諭ファッションの蘭香が足を組んで座る姿は、同性の佳乃から見ても羨ましい。すらりと伸びた脚は細く、綺麗な着せ替え人形のようだ。


「それで、UFOを探しているんだっけ。どうして探しているのか、教えてもらってもいい?」

「そういえばオレも、探してる理由は聞いてなかったなぁ」


 皆の視線が剣淵に集まる。UFOなんて存在するかもわからないものを確かめる、そのために転校してくるほどなのだ。よほどの理由があるのだろう。


 剣淵はというと、椅子に腰かけ、俯いていた。話したくないという拒否よりも、話していいものかと悩んでいるようだった。その逡巡に時間をかけ、ようやく剣淵の唇が動く。


「……小さい頃、UFOを見た」

「えー? 寝ぼけてたとか、夢とかじゃなくて? 剣淵くん、天然なとこあるじゃん?」

「そうじゃないと信じてるけど、その時に見たものが本物なのか、幻なのか確かめたい」


 浮島のからかいを軽くかわして、剣淵は続ける。


「俺が小さい頃、この町に遊びにきたことがある。いまはもうなくなったけど、親戚の家があけぼの町にあったんだ」

「一度見たことがあるって、その時の話を詳しく聞いてもいいかしら?」


 質問をする蘭香に頷き、剣淵はゆっくりと語りだす。


「俺が小学生の時だ。話すとめんどくせーんだけど、色々と事情があって夏の間にあけぼの町にある親戚の家にきてたんだよ。そこで……仲良くなったやつがいて、」


 そこで剣淵の言葉は途切れた。誰かが水をさしたわけでもなく、ただ剣淵自身が躊躇っているようだった。しかし無言の空気に圧されたのか、再び語る。


「いつものようにそいつと遊んで……どこかの森、いや山かもしれない。とにかくそこでそいつがいなくなった。俺はそいつを探して、すぐに見つけたけど――」

「もしかして、UFOがいた、とか?」

「……あれがUFOだったのかは俺にもわからない。でも不思議な青い光が伸びて、そいつがその中に吸い込まれるようにして消えていった」


 次に口を開いたのは浮島だった。普段のようにへらへらとした顔つきではなく、真剣なまなざしを剣淵に向けている。


「その子の名前は?」

「覚えてねーんだ。おい、とかお前、って呼んでたからな」

「あー、剣淵くんらしいねぇ。想像がつくよ。それで、その子は見つかったの? それとも、いなくなった?」

「その不思議な光が消えて、そいつが倒れてた。家に帰ったけど様子はおかしかった……かもしれない。それからは色々と面倒なことが起きて、あけぼの町から遠ざかったから俺もよくわからねーんだ」


 言い終えると剣淵はため息をはいた。これで話は終わりなのだろう。


 それと同時に、蘭香の視線が佳乃に突き刺さった。まるで観察するかのようにじっと見つめられているのだが、その理由はさっぱりわからない。佳乃は首を傾げるが、蘭香は答えず、再び剣淵へと視線を移した。


「詳しく教えてくれてありがとう。私はそこまでUFOとかオカルト話に詳しくないけど、一つだけ思い当たるものがあるわ」


 机の上に広げたあけぼの町の地図に、赤いペンで印をつける。


「この場所、あけぼの町でも特に有名なオカルトスポットらしいの。町の人たちからは『あけぼの山』って呼ばれているらしいわ」

「あけぼの山が?」


 その名前を聞いた瞬間、佳乃は立ち上がった。その反応に蘭香はにやりと微笑み、菜乃花の表情にも困惑の色が浮かんだ。

「あたしの知人がね、オカルトマニアでこの話をしていたのよ。剣淵くんの話を聞くにあけぼの山が思い浮かんだんだけど」

「あの山にそんなの……ある、のかな」

「あたしも知人に詳しく聞いてみるから、まずはあけぼの山を調べてみてもいいんじゃない?」

「ねえ、佳乃ちゃん」


 夏の記憶を手繰り寄せようと考えこむ佳乃に菜乃花が声をかけた。おそるおそる確かめるように、佳乃の顔を覗きこんで続ける。


「佳乃ちゃんも、小学生ぐらいの時にあけぼの町にいたよね。あけぼの山に行ったことはある?」

「あるけど、伊達くんと一緒にいたから……」


 確かにあけぼの山には行った。だがUFOは見ていない。あの場所で、佳乃が出会ったのは伊達享。あとはあけぼの山から帰った後、呪いがはじまったぐらいだ。


 しかし呪いのことをここで話すわけにはいかない。菜乃花や蘭香は幼い頃から呪いのことを話しているし、浮島にも知られているが、剣淵だけは呪いのことを知らないのだ。


 逃げるように蘭香へ合図を送る。蘭香は立ち上がり、剣淵に声をかけた。


「剣淵くん、図書室にあけぼの町の本があるから案内するわ。行きましょ」

「俺だけ? 他のやつは――」

「ぞろぞろと引き連れて歩きたくないもの。詳しい話も聞きたいし、剣淵くんともう少し話してみたいのよね」


 佳乃では真似できない大人の色気をたっぷり含ませて、蘭香が微笑む。気遣って剣淵を連れ出してくれるらしい。



 保健室から出て行く蘭香の背に感謝しつつ、扉が閉まったところで再び会話が続く。切り出したのは浮島だった。


「呪いのことを知ってる最後の一人が、蘭香センセーか。なるほどねぇ」


 蘭香がいなくなったのをいいことに、保健室内をうろうろと歩き出す。そして、佳乃たちが座っていたベンチや丸椅子よりも座り心地のいい、蘭香用のデスクチェアに座り、深くもたれかかった。


「呪いのことを話したくて剣淵くんを外したんでしょ? あけぼの山と関係があるワケ?」

「剣淵くんの件と関係あるかはわかりませんが、佳乃ちゃんの呪いがはじまったのもあけぼの山に行ってからなんです」

「いつから?」

「11年前だから……えっと、私が小学生の頃」

「どっちも小学生の頃かよ。佳乃ちゃんと剣淵くんがニアピンしてたりして」


 ケタケタと笑う浮島だが、その期待には答えられない。何度思い返しても、あの夏の日に出会ったのは剣淵ではなく、伊達である


「でも不思議よね。伊達くんに剣淵くんに佳乃ちゃん、三人みんな小学生の頃にあけぼの山にいたなんて」


 そう言って、菜乃花が「んー」と低いうなり声をあげて考えこむ。それに反応したのは浮島だった。


「奇跡に近い確率かもしれないけど、大事なのは野郎のことじゃなくて、佳乃ちゃんの呪いでしょ?」


 机の上に広げっぱなしだった地図の、赤く丸印がついたあけぼの山をコツコツと叩きながら続ける。


「もしかして、呪いが解けるんじゃない?」

「え? あけぼの山で、ですか?」

「呪いが解けるとまではいかなくても、呪いを解くヒントは得られるかもしれないじゃん? UFO探しついでに佳乃ちゃんの呪いについても探してみたら? 呪いを解きたくないなら別にいいけど。そうしたら色んな野郎とキスし放題だし? うわー、楽しそう」


 あけぼの山に行って呪いが解ければいいのだが――しかしなぜか佳乃は喜べないでいる。


 あれだけ疎んじてきた呪いだというのに、呪いから解き放たれた姿を思い浮かべても、幸せな気持ちにはなれない。その理由がわからないから、複雑なのだ。


「……UFOと呪い、かあ」


 ぽつり、と呟いてみる。改めてUFOの単語を呟いてみると、胃を締め付けられるような苦味がこみあげ、頭の奥がずきずきと痛んだ。


「行くなら夏休みでしょうか?」


 具合の悪さに眉根を寄せた佳乃に気づかず、菜乃花と浮島の会話が続く。


「そうだねぇ。ま、補習になったら終わりだけど」

「私も剣淵くんも大丈夫だと思います。問題は佳乃ちゃんかも――ねえ、佳乃ちゃん?」


 話をふられて佳乃はびくりと肩を震わせた。


「あ、え、っと……」

「佳乃ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」


 菜乃花に顔を覗きこまれるも、大丈夫とは言い難い状態である。冷や汗はとまらないし、目の前がくらくらと揺れていた。


 ここには浮島や菜乃花もいるし、頼りになる蘭香もいる。佳乃だけ先に帰っても、話はまとまるだろう。剣淵には申し訳ないが、佳乃は立ち上がった。


「私、先に帰るね」


 かばんを手に取り、ふらつく足取りで保健室を出る。


 風邪ではないだろう。ここでUFO探しの話をするまで、普段と変わらぬ体調だったのだから。では貧血か、それとも寝不足か。原因をあれこれと考えながら、佳乃は生徒玄関を目指した。

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