湯煙の秘め事 後編② 【音羽雅】

「ぷはー! 食べた食べた! 脂身のとろける食感がたまらないね!」

「美味かったな。海鮮の出汁がよく出てた」

「もう入らねーっす。しばらく大根は見なくていいっすわ。二人とも、よくあんなに食べられますね」


 三者三様に一宿一飯の感想を述べ、今は食堂から部屋への道中。浴衣を着た三人のうち二人は帯の締め付けでそれはもうすごいことになっていた。

 横一列は、霧島涼介、朝霧美晴、音羽雅の順。例によって、霧島涼介が真ん中だと目のやり場に困るというのが主な理由だ。


「私、育ち盛りだからね!」

「ひえー、まだ育つんすか?」

「だって雅ちゃんに負けてらんないもん!」

「負けてらんない? 身長は圧倒的に……あっ」

「あっ、じゃないだろ」


 LサイズとXLサイズに身を包む二人、裾はなかよく絨毯を滑っている。サイズが大きい故に身長換算のサイズより一回り大きいのだ。


「足元気をつけろよ。踏んで転ばないように」

「お、フリっすか? ラッキースケベをご所望で?」

「それはラッキーとは呼ばん……じゃなくて、危ないだろ」

「はーい」


 会話はそこで一瞬途切れた。


「ふんふんふーん。ふっふふーん」

「なんだそれ」

「この温泉宿のテーマソング!」

「そんなのありましたっけ?」

「今作った!!」

「完全オリジナルを勝手にテーマソングにするんじゃない」

「えへへー。ごめんごめん」




 途切れた会話の、ほんの一瞬。


「……クッション代わりになるんで平気っす、くらい言うかと思ったけどな」

「……細かいとこまでちゃんと見てくれてるんすね。惚れ直しました」


 ハミングにかき消され、互いの声は相手には届かなかった。




「あっれええええええ!?」


 部屋に戻るなり、素っ頓狂な声を上げたのは朝霧美晴。


「リョウくん雅ちゃん大変だ! 布団が一つしかないよ!!」

「……マジか。三人で一つは流石に狭すぎるな」


 テレビに接続したゲーム機やテーブルに散らばったダイスはコピー&ペーストしたかの如く一切の配置がそのままなのに、新たに現れたオブジェクトは明らかにエラーを起こしている。


「先輩、相当なタラシだと思われてますよ」

「そうだな。弁明も兼ねて、誰か呼んでくる」

「別にいいんじゃない? くっついて寝ればギリギリ入るよ! あとタラシは事実だからね!」

「いや、何を言ってるんだ?」

「私はリョウくんとくっついて寝たい! あとリョウくんこそ、かわいこちゃんを二人も連れ込んで何言ってるのかな?」

「かわいいのは俺のせいじゃないだろ。それに、音羽とは昨日まで先輩と後輩の関係だったし――」

「その後輩とお風呂でたっぷり一時間もいちゃついてたのはだーれだ? まったく、時間稼ぎも大変なんだよ?」

「……ああ、うん、弁明の余地がないことはわかった。でも、寒くないか?」

「アタシは別にいいっすよ。どうせ先輩は真ん中なんだし、脇二人がいいって言ってるからいいんじゃないすか?」

「そうか? 一応、暖房はつけたままにしておこう。付けっ放しの方がかえって電気を食いにくいという話もある」

「うっす。あ、あともう一つ」

「ん?」

「かわいくしてるのは、先輩のせいっすからね」


 霧島涼介がフリーズした。

 無音。無言。そっと頬を染める二人。


「……なんで黙っちゃうんすか」

「い、いや……すまん」


 さながら付き合い始めたばかりの男女のよう。霧島涼介23歳と音羽雅22歳の二人、この瞬間を切り出せば、それぞれ5歳ほど若く見える。


「ああーもう! 初々しいなあ! ご飯三杯はいけちゃうなあ!!」


 感極まったのか知らないが、ぴょんと飛び跳ね唯一の敷布団へダイブする朝霧美晴26歳。20歳ほど若く見える。


「「さっき食べたばっ……」」

「ハッピーアイスクリーム!!!」


 主食だけでは飽き足らず、食後のデザートもご所望らしい。

 オーバーヒート寸前の二人にはちょうどいいのかもしれないが。

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