クリスマスの当日譚 【朝霧美晴・音羽雅】

 目を覚ますと、愛する人の寝顔が隣にある。それがどれだけ幸せなことか、霧島涼介は改めて知る。

 厚い布団の中で密着、体温を共有。ほんの少しだけ冷えている気がする。


「ん……おはよ、リョウくん」

「悪い、起こした?」

「んーん。一回起きたからだいじょぶー。いろいろ済ませて、あったかい巣に帰ってきたの」


 朝霧美晴が手を伸ばすと、枕元に温い緑茶が。キンキンに冷えていないのは、寝る前に消したはずのストーブが今は点いているのも理由のひとつだ。


「はい、今日の分」


 朝霧美晴は霧島涼介のマグカップに口をつけ、口を閉じたまま目を閉じた。

 今日の寝起きの初めては、親鳥が雛に餌をやるように。



『本日は全国的に冷えこみ、どこもホワイトクリスマスとなりそうです。交通機関の遅延だけでなく雪による事故も予想されますので、ロマンチックな雪景色は建物の中からお楽しみください。以上、今日の天気でした』

「だってさ。大変だねー」


 カーテンは閉じたまま、雪のような粉砂糖を振りかけたケーキを食らう。霧島涼介のマニュアル再現ケーキは昨日きっちり食べ尽くしたが、余った材料で第二陣が作られていた。二人の共同作業である。


「これじゃ、外出られないな」

「一日中涼介と家にいられるってことだ!」


 美人キャスターに目もくれない霧島涼介、驚天動地のポジティブシンキングを見せる朝霧美晴。今日もこの家は平常運転だった。


「よしリョウくん! ケーキのカロリー、一日かけて消化しようか!」

「お、おう……歯磨いて、シャワー浴びてからな」


 恥ずかしげの無いお誘い、未だに慣れず赤面する霧島涼介。


消化しょうか! しようか!!」

「あ、ごめん」

「謝るなー!!!」


 このあと、めちゃくちゃ指導した。



 布団の中で、寝起きのように肌を寄せ会う。


「ふふ、幸せ……」

「俺も」

「愛してるよ、涼介」

「俺も愛してる、美晴」


 ふと時計を見ると、時計の針は6時を指している。


「あー! 幸せすぎて忘れてた!!」

「忘れてたって、何を……」

「リョウくん! 今すぐ片付けようシャワー浴びよう着替えよう! この部屋に人が来る!!」

「え、あ、人……って?」

「クリスマスプレゼントだよ!! サンタさんがもうすぐ来る予定なの!!」


 そういえば、自分のプレゼントの事ばかりですっかり忘れていた。朝霧美晴から霧島涼介へのプレゼント、まだ受け取っていない。


「届くって、部屋に直接?」

「うん! 一人じゃ運べないから手伝って貰うの!」

「そんな重いのか?」

「重いし大きいよ! さて、なんでしょう? ……とか言ってる場合ではないので! 時間がないので!!」

「あ、ああわかった!」


 何もわからないが、ただひとつ、時間がないということだけがわかった。



「いやー、遅れて申し訳ない! なにぶん、この大雪でさあ。お詫びと言っちゃなんだが、これウチのクーポン券ね。年明けセールの時にでも使ってくれな!」

「わーい! ありがとうございますー! その時はまたよろしくお願いします!」

「あいよ。んじゃ、次の家行ってくるわ!」

「お気をつけてー!」


 電気屋のオヤジは爽やかな笑顔を振り撒きながら颯爽と去っていった。ぽかぽかの家から寒風吹きさらしの外へ。


「遅れてくれて助かったねー。ふう、危ない危ない」


「……で、これがプレゼントか」

「どう? 驚いた?」

「驚いたよ。まさかこう来るとは」

「えへへー、サプライズ! 夢中で頑張る君へエールを!」


 朝霧美晴から霧島涼介へ、電気屋のオヤジが置いていったサプライズとエールを込めたプレゼントとは、マッサージチェアだった。


「涼介。頑張るのはいいけど、無茶はしないようにね。時々、心配になっちゃうからさ。心ももちろんだけど、体も大事にするんだよ?」

「ありがとう。大事に使うよ。体も椅子も」

「リョウくんみたいな優秀な若者、今の世の中にもっとも必要とされてるからね! もしものことがあったら、すなわち地球の損失だからね!」

「はは、大袈裟だな」

「よし! 早速使ってみようか!」

「え? でも今は別に疲れてないけど」

「ふふ、なら……疲れること、しようか?」


 ピンポーン。

 赤面しつつ自分の体はなかなか休めそうにないなと行く末を案じていたが、その後の予定はチャイムに阻まれた。


「ん、忘れ物かな? はーい、今いきまーす!」



 なんとなくついていった玄関、ドアの奥に立っていたのは、朝霧美晴の知らぬ顔。


「霧島先輩の後輩の音羽です。先輩はご在宅……デカっ!」

「人の彼女を見るなり、デカっとはなんだ」


 音羽雅。朝霧美晴とは初対面である。


「いや、あまりに規格外なサイズだったもんで、つい」

「ふふ、私って身長高いからねー。よく言われるの」

「そっちもっすけど――」

「それより、何の用だ? こんな遅くに」


 霧島涼介、ごく自然な話題転換。

 実際、電気屋のオヤジは6時半の予定を1時間遅らせて7時半に到着、設置説明を終えて先程帰ったのが8時過ぎ。用件の気になるところ。


「先輩に、クリスマスプレゼントっす」


 音羽雅が差し出したのは封筒。封は空いている。

 中身は「温泉! しかもペアチケットだ! すごーい!」

「ビンゴで見事に引き当てちゃったんすけど、行く相手がいないもんで。しかも幹事のミスで、有効期限が年内なんすよ」

「年内……って、今日クリスマスだぞ。もう1週間ないじゃないか」

「そっす。質屋に持って行っても買い取ってくれなそうだし、誰かに渡すなら1日でも早い方がいいかなって」

「えっ? えっ? 本当に貰っちゃっていいの!? ペアチケットって一人じゃ使えないのかな」

「一人旅ってあんまり好きじゃないんすよね。先輩誘うわけにもいかないっしょ? こんな素敵な彼女さんがいるのに。あ、もう予定埋まってるなら別の人に回しますけど」

「予定はだいじょぶだよね。年末お休みあるもんね」

「ああ、問題ない。ありがとな、音羽」

「どもども。お礼、考えといてくださいね。残業の件も併せて」


 上手く話がまとまりそうな所へ、


「それじゃあさ! 一人分のお金は出すから、三人で行こうよ!」

「……ん?」

「……は?」


 朝霧美晴の提案が疑問符を投げつけた。

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