クリスマスの前日譚 前編 【朝霧美晴】

「参ったな……」


 ブラインドの外は既に暗くなり始めているが、ブラインドタッチは止まらない。

 年末特有の過密スケジュール。クリスマスを、新年を、正月を家族や大切な人と送りたい万人の思いのしわ寄せが世界に襲い掛かる。

 霧島涼介も例外ではない。愛だけでは休暇の申請は通らない。


「あ、やっときますよ」


 しかし何事にも例外はある。

 お茶汲み一年新人社員、音羽雅がそれである。


「いいのか?」

「どうぞどうぞ。この時期は残業代に手当つくし、先輩に恩も売れるし。一石二鳥っすわ」


 音羽雅は毎度パーフェクトなタイミングで恩を売る。おかげで霧島涼介の直近一年弱は快適そのものだった。


「悪い、助かる。今度なにか奢る」

「どーもー。高く売れる物がいいっす」

「善処する」

「アタシのカラダも高く売れるんすけど、どうすか?」

「それはいい」


 業務連絡を済ませ、霧島涼介は珍しく定時に会社を飛び出した。




 年末特有の過密スケジュール。クリスマスを、新年を、正月を家族や大切な人と送りたい万人の忘れ物がショッピングモールに集まる。

 その筆頭が、クリスマスプレゼント。

 バスケ部の出、人並みならぬ身長を持つ霧島涼介は夫婦や子供連れで溢れ返る中でも、危機一髪の髭オヤジがごとく頭一つ抜きん出る。

 上からの目線で物色するうち、ひとつ、ぐっと目を引く看板が。


「ジュエリーショップ……」


 2番目は、恐らくこれだろう。


「……そういうのは、もっとじっくり選びたいな」


 3番目を探しに、止めた足を再び踏み出した。





 ドドドドドドド、轟音響か


「おっかえりー!!」


 せ現れたるは、朝霧美晴26歳。


「ただいま、美晴」

「今日は早いね! うれしいなぁ!」


 こぼれ落ちそうな笑顔にかぶりつきたい欲求を抑えて、言いにくいことを言う。


「あのさ、美晴」

「ん、なになに?」

「帰りに軽く店回ってきたんだ。プレゼント買おうと思って」

「わーい! サプラーイズ!! ……にしては、いつも通りの荷物だね? 買おうと思ったけど買えなかった?」

「その……どこも混んでて、買うだけでも時間かかりそうだったし、時間かけて選べなさそうだったし、それに」

「それに?」

「どこも仲良さそうな家族ばっかりで、早く美晴に会いたくて……ごめん。だから今から一緒に――」


 ノコギリクワガタよろしく開かれた朝霧美晴の腕が霧島涼介の体を捉え、ぬりかべよろしく体に沈み込ませる。

 互いに体温を感じながら、耳元に直接言葉を送り込む。


「リョウくんってさ、意外とかわいいとこあるよね」

「そ、そう……かな」

「でもね、リョウくんがかわいいからってなんでも許されると思ったら、それは間違いなんだよ。早く帰ってきてくれたのは嬉しい。早く会いたいって気持ちも嬉しい。最近忙しくて買い物する余裕がなかったのも知ってる。でも、わたしはリョウくんのサプライズをとっても楽しみにしてた」

「う……ごめん」


 抱きしめ返す間もなく抱擁を解き、朝霧美晴は霧島涼介に人差し指を突き付けた。


「よって! 今日これから、リョウくんをケーキ作りの刑に処す!! 刑期はケーキが完成するまで!!」

「……えっ、と?」

「ほんとは今から作り始める所だったんだけど、リョウくんが代わりに作ること! 可決! 決定!!」


 議論も弁護も一切なく判決が下りた。

 霧島涼介はついていけるだろうか、朝霧美晴のいる世界のスピードに。いや、ついていけない。


「はい、そうとわかったらシャワー浴びてきなさい!」

「な、なんでシャワー?」

「ほっぺたとか、手の先のほうとか、冷たかったもん。寒い中で頑張って探してくれてありがと!」

「いや、でもプレゼント」

「混んでるんでしょ? 後日でいいから! 私、寒いの苦手だし!!」

「美晴がいいなら……」


 外は吹雪でもいつも通り晴れやかな朝霧美晴。

 霧島涼介は罪悪感に苛まれつつ、靴を脱いで、横を通り過ぎようとして、ぬりかべよろしくせき止められた。


「リョーウーくーん! 忘れ物!」

「え?」


 触れるか触れないか、ギリギリの際どさで、唇を重ねられる。


「駄目だよ、お帰りのキス忘れたら。涼介はプレゼントのことで遠慮してるのかもしれないけど、私が欲しいからいいの。欲しいものちょうだい? 私のサンタさん」


 至近距離で見つめられてからしばらくは、他の全てのことを忘れて、夢中になっていた。




「美晴ー!!」

「どしたのリョウくん!」

「ここに置いてあった着替えは!?」

「着替えならそこにあるでしょ?」

「そこに……って……」


 シャワーから上がると、服が無くなっていた。脱いだスーツも箪笥から出した普段着も全て。

 代わりに置いてあったのは、ヒモがついた1枚の大きな布。


「料理するときはエプロン! これ世界の常識ね!!」


 朝霧美晴の私物だが、霧島涼介との身長差はゼロ。当然、サイズはぴったりだった。

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