第35話「なに言ってんの、フォローするのがメンバー愛でしょ!」



「店に乗り込む!?」

「うん、やっぱさゆうゆにもなにかしらの事情があると思うから、そこ見過ごしてちゃいけないと思うんだよね! だからお店に乗り込んでさ、その辺りハッキリさせようと思うの!」

「いやけど乗り込むって、ドラマじゃないんだから」

「だって今話してもしらばっくれられるかもしれないじゃん! こういうのはきっちり証拠掴んで、現行犯的に現場を押さえなきゃダメなんだって!」


 美子はゆうゆが勤務する店に乗り込む気満々であった。あー、うーさっきまで良い感じにまるめこめていたのに、どんどん雲行きが怪しくなってきたではないか。


「いや、けどほらそこまでしなくてもいいんじゃないかな……?」

「なに言ってんの、長束。その辺フォローするのがメンバー愛でしょ!」

「愛……?」

「だって長束が言ったんじゃん! なにか事情があるかもって。そしたらその事情をちゃんと吐き出してもらわないとダメだよ。だってメンバーなんだから!」


 美子は底抜けに明るい声で、いきなり正義感を振りかざしてきた。どうやら俺が美子のことを褒め称えすぎたせいで、変なスイッチが入ってしまったようだ。 この間まで「ゆうゆを辞めさせてください」とか言っていたくせになんて勝手な人なんだ。まぁけれどもあれなのかな、勝手な人というよりも美意識が強すぎる人なのかもしれない。

 裏垢をつくって愚痴をたれるような行動はアイドルとして絶対ダメ! 風俗で働くのももちろんダメ! けれどもなにかしらの事情があるならそれを見過ごすのはもっとダメ! となにかしら三原則みたいなものが自分の中にあるのだろう。自分の中の正義感に関して潔癖症的な融通の効かなさをもっているんだろうか。うーんこうなってしまった以上、この問題から興味を無くさせるのは難しそうだ。


「じゃあ火曜日、長束はゆうゆを尾行して私に現在地教える係で」

「え!? どういうこと?」

「だってゆうゆと一緒に住んでるんだから、尾行できるのは長束しかいないじゃん」

「いやそうかもしれないけど……」

「じゃああれ? 私が月曜日にそっちに泊まりにいけばいい?」


 いや、それはそれでめんどくさいことになりそうというか絶対にもっとこじれそうなので避けたほうがよさそうな匂いしかしない。きっと泊まりに来たらきたで、火曜日のことを知らないふりをするどころかゆうゆにカマをかけたり、秘密を握っていることを匂わせたりしつつ、ゆうゆのことを煽るのが関の山である。 

 そんな無計画な振る舞いでゆうゆを警戒させてしまったら、余計に関係性が悪くなるだけだし、ゆうゆが働きにいくのを阻止できなくなるだろう。俺は美子が暴走しないように、ひとまずここは折れることにした。


「わかったよ、じゃあ火曜日、ゆうゆを尾行することにするよ」

「うん、じゃあそれで。ちなみに時間はわかってるの?」

「いやそのあたりはなんにも……」

「じゃあとりあえず私は適当に待機しとくからよろしくね!」


 結局美子の提案を断れないまま、火曜日まではあっという間であった。


 俺はその日までゆうゆと特に会話することもなく、お互いの存在を意識していないように意識しあう、という奇妙な距離感を取りながら生活を送っていた。ケンカ中のカップルともまた違う、とりとめのない冗談を言うことで決壊することのない厚い壁があったのだ。


 火曜日の朝10時頃、ゆうゆはいつもと変わらぬ様子で朝の支度を始めた。一見、なにも特別な様子はなく普段と変わらぬ物静かなゆうゆの姿がそこにはあった。俺はそんなゆうゆの様子を横目で見ながらインスタントコーヒーを淹れて間をもたせていた。

 おかしな話かもしれないが俺は心の中で、今日これからのことがなにかの間違いであるのではないか? というなんの根拠もない可能性を感じていた。これは俺の、トラブルを回避したいという思いの強さもあるが、それほどゆうゆの様子におかしなところが見られなかったのだ。そんないつも通りの様子に気が緩んでしまったのか俺は気まずい空気も忘れて、ついゆうゆに話しかけてしまった。


「ゆうゆもコーヒー飲む?」


 しばらく会話のなかった俺にいきなり話しかけられてゆうゆも驚いたのか、一瞬目を丸くする。


「えっ……うん、ありがとう」


 その反応から、ゆうゆはまだ怒っているというわけではなさそうであった。まだあの時俺が言ってしまった言葉は心に引っかかっていると思うが、ゆうゆもあれから俺と会話をするタイミングを逃してしまった、と思っていてくれていたのかもしれない。そう思うと積極的に歩み寄らなかった大人げない自分の態度が、申し訳なく思えてくる。

 本当はゆうゆよりもずっと年上の俺がフォローしたりなにかしら歩み寄ったりするべきだったのだろうが、嫌なことや気まずいものから回避してしまうダメさで今日までなにも言葉をかけれなかったのだ。


「えっと、カフェオレにもできるけどどうする?」

「うん、じゃあカフェオレにする……甘めで」

「じゃあ、ちょっとまってね!」


 俺は、自分用に淹れていたインスタントコーヒーにミルクと砂糖をいれ、ゆうゆに渡すことにした。


「……はい、じゃあどうぞ」


マグカップの中ではミルクが沈むように回るっていた。俺はマグカップの上部をもち、ゆうゆのほうに把手を向けた。


「ああ、ありがとう……キャッ!!」


 マグカップを手渡したその時、ゆうゆの指先が、かすかに震えている。ということに気がついたのだが、その直後には、マグカップはガチャン! と音を立てて割れ、淹れたてのコーヒーは床に広がりキッチンマットを染め上げた。

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