第34話「誤爆 消す トーク」

 全身から血の気が引いていく、俺はおそらく一番やってはいけない誤爆をしてしまったのだ。いや、おそらくやない。確実に一番やっちゃダメなやつだった。


けれども、確か最近ネットニュースか何かで見たぞ。相手がまだ既読にならないうちなら確か24時間以内なら誤爆をトークから消すことが出来る機能がアプリに搭載されたとかなんとかかんとか。

 俺はすぐに「誤爆 消す トーク」と調べてみる。するとやはりネットニュースが検索に引っかかった。日づけをみるとやはり、そのサービスはもうリリースされているようであった。素晴らしいテクノロジーの進化、である。 俺は早速誤爆内容を消そうと、再度アプリを開こうとした瞬間、スマホが連続で震えだす。


「あ……」


迅速に行動したつもりであったが、敵はさらに迅速に行動していたようだ。

 俺がいままさに消し去ろうとしていた誤爆画像の隣には残酷にも「既読」という文字が小さく添えられていた。

 そして、《ちょっとこれどういうこと!?》《やっぱり働いてたの!?》《やばすぎ》《ありえん》と荒ぶりまくった美子からの鬼のようなメッセージの嵐が到着していた。

 すぐさまメッセージを返そうと思ったが、荒ぶった美子のテンションを考えると、ここは悠長にメッセージで対応していては取り返しのつかないことになりかねない。きっとこの誤爆画像を保存しているだろうし、なんならスクショをとって《ちょっと! 長束からこんなメッセージきたんだけどどういうこと!?》

とメンバーのトークルームに爆弾を落とされたら、それこそ一番最悪なシナリオである。俺は美子に速攻で電話をかける。


「ちょっと長束!! これどういうこと!」


 プルルル…という待機音を聞くことなく速攻で繋がった電話口で俺がもしもし、というより先に美子は大きな声を電話口で張り上げる。俺は反射的にスマホを耳から離し、通話音量を2段階下げた。


「美子、ちゃんと正直に話すからちょっと落ち着いて聞いて欲しい」

「落ち着いて聞けるわけないじゃん!」

「いや、その気持ちはわかるんだけど、いまはほら……」


と普通に諭しにかかろうとしたが、これでは美子の反感を買ってしまいかねない。

 ここは、上司に取り入るように、適度に美子をもちあげつつ丸め込むことが大切なのでは? と俺は社畜時代を思い出す。

 上司が「本当、あの店員ありえないわ! 」やたらと怒っている場面に俺も何度も遭遇した。昼飯を一緒に食べた時、飲み会の時、店員さんの態度が気にくわないと「俺はお金を払っているのに!」とサービスの悪さに憤慨する、というのは日頃うっぷんが溜まっている中年男性のあるあるといえるだろう。

 そんな時は「まぁまぁそんな怒らなくても」といなしたり、「まぁ高い店でもないから社員教育も出来てないだろうしサービス求めないほうがいいですよ」と冷静に分析したことを口走ってしまうと、その怒りの矛先が俺の方に向くという不条理を生んでしまう……ということを知らなかった20代は苦悩したが、30代になった頃には対処法を学んでいた。


 俺が学んだ社畜流処世術はひとつ。それは、相手よりも怒ってみせる、というパフォーマンスである。

 これは心理学系の本でも読んだのだが、相手がなにかに対して怒っている時、相手の怒りに共感しつつ、もっと過激に怒ると相手はびっくりして「まぁまぁそこまで怒らなくても……」と冷静になってしまうらしい。親分よりも怒り狂う子分、みたいな図式である。この美子の怒りを収めるにはまず美子よりも俺が怒っていることをアピールするという作戦にでることにした。


「ちょっと長束聞いてる!? ゆうゆありえなくない?」

「……うん。マジでゆうゆでありえない! あいつ裏切ってたんだな。いまから社長に電話して速攻で辞めさすように言う。あとあいつの裏垢とこの画像ネットに流して、あいつがまともな生活できないように社会的制裁を食らわせるわ!! あいつとことんまで追い込むから!!」


 俺は、口先だけで怒りながら内心ドキドキしていた。相手が大人であれば、俺の出した過激な提案に対して「いや、けどそこまでやるのはちょっとやりすぎじゃない?」と冷静なターンに入るだろうが、美子はまだ大人と子供の中間である。

 俺の発言に対して「私もそう思ってた!!」と全力でのっかってくる可能性もゼロではない。俺は美子がどう出てくるのか、心配を抱えながら「マジあいつ潰す」「ありえない」「キレたらとことんやるからな」と溢れてくる怒りを隠せないかのようにぶつぶつ呟いてみせた。


「うん、ありえないよね。ありえないけど……けどそこまでするのはちょっと可哀想じゃない?」


……かかった! 美子は怒ってこそいるようだが、俺の出した案に対しては若干引いているようであった。よっしゃぁぁ! まずは第一段階はクリアである。しかし、まだ冷静にここで次の段階に入らなくてはいけない。

 次は、相手の度量を褒めるというターンである。ここで必要なのは「さすが、優しいですね」といった具合に相手の人格を褒めるのだが、絶対に挿入すべき大切な単語がひとつある。


 それは「いつも」という単語である。「美子って本当に優しいよね」よりも「美子っていつも本当に優しいよね」と伝えることにより、相手に「私はいつも優しいというイメージを他人にもたれているんだ」と意識させるのだ。

 人に褒められた良いイメージを崩したい、と思う人間はそう多くはない。特に美子のような多少プライドの高い人間は、この褒め言葉を手放してまで自我を貫こう、とはしないはずだ。


「そっか。ゆうゆを社会的抹殺してやりたいくらい怒ってたけど、美子ちゃんってさ、いつも本当に優しいよね。いつも相手にはなにか理由があるんじゃないか? って考えてくれて。ゆうゆにもきっと理由があるんだよね……」


俺は先ほどのイキリオタク口調から一転し、急におばあちゃんのようなほがらかな口調で、一気に畳み掛ける。この作戦で美子をうまく丸め込めるかはわからないが、いまはそうするしかない。俺はしばしの沈黙の間、口にぎゅっと力を入れ、祈るように美子の返答を待った。


「うん、私はそう思ってたよ。だからとりあえず二人の秘密にしとこう」


……かかった! 俺は「……計画通り」とほくそ笑む夜神月の画像を思い出し、似たような笑みを浮かべてみた。あれ、やるタイミングがなかっただけで実は一回やってみたかったんだ。けれどもあれだな、あっさりと作戦にひっかかる美子の単純さは、なんか子供みたいで笑えてくるというか、美麗な見た目とのギャップを感じて、可愛さがありあまる。

 すると、美子は思いつめたように電話口でこう呟いた。


「けどさ、やっぱ知ってしまったからには私たちには真実を突き止める必要があると思うの……長束、一緒に店に乗り込むことにしよ!!」




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