第18話「ダサ恥ずかしいという造語が頭の中を駆け巡った」

「なに? レッスン着忘れたのか? 仕方ないな、ほら」


 パンツ丸出しで開脚してた俺は、先生に「さっさとレッスン着に着替えろ」と言われたものの、レッスン着がいるということすらわかってなかったので、先生がもっていた着替えを借りることになった。


 ダンスレッスン、と聞いていたので動きやすい着替えがいるかも? と思っていたものの、アイドルのレッスンだから、もしかして衣装を着て踊るのではないか? ほら、ターンするたびにスカートをひるがえしたりしてさ。それ、めっちゃかわいいじゃん。とか不埒な妄想を膨らませるあまり、途中から着替えのことをすっかり忘れてレッスン場まで来てしまったのだ。


 昨日さんざんみんなに対して「プロ意識ガー! 社会人としてー!」とか能書きたれまくってたくせに、初歩的な忘れ物をしてしまうなんて、社会人として恥ずかしい。

 普段めちゃめちゃ先輩面するくせに、飲みに付き合ったら、人より多く飲んでたくせにきっちり割り勘してくる先輩くらいダサいやつやんけ……。と俺は金子先輩の顔を思い出しながら我がフリを恥じた。


「もう次からは忘れ物するなよー」

「はい、すみません! ちゃんと洗って返すので」

「そのままで大丈夫だから、気合い入れて練習だな」


 飾り気のないさっぱりした口調ではあるが、怒っている様子もなくカラッと明るい先生は、「FLORIDA」とピンク色の文字でデカデカと描かれたポリエステル素材のボストンバッグを漁る。そして折りたたまれた服を俺に手渡してきた。

 俺は、さっそく着替えようとカーテンの奥に入り、もわもわ柔らかい白いタートルネックとグレーのプリーツスカートを脱ぎ着替えようとしたのだが……バッと広げた服は、俺が想像していたオーソドクスな形状とは一線を画していた。


「え、なにこれ……痴女?」


 先生から渡された服は、紺色のピタッとしたホットパンツと、ネオンオレンジの、これなんて説明したらいいんだ……ああ、あれだ。浅草サンバカーニバルで、普段のおとなしい自分とは違う、陽気な自分を解放するOLさんが身にまとってそうな攻め過ぎたデザインのブラジャーだった。

 ネオンオレンジのテカテカしたブラジャーにはスパンコールが縫い付けてあり、動かすたびにシャラシャラと音を立てる。こんな衣装を身に纏っているのは、自分を解放したがるOLか、痴女か、水着グラビアもこなす鳩胸の女子プロレスラーかぐらいだろ。こんな姿でダンスレッスンって、マイナーな羞恥プレイかよ。


「あの、先生この服……」


 俺は、試着室に入ってみたものの、サイズが合わずワンサイズ上の服はあるかを恥ずかしながら店員に尋ねる客のように、カーテンで身を隠し顔だけをひょっこり出した状態で先生にSOSを送る。


「どうした?」

「いや、この服ちょっと過激すぎないですかね……」

「それしかないやー。てか、どうせ汗かくだろ」


 まじか。この服を着てダンスレッスンやれってのか。いやまぁ元を正せば忘れた俺が悪いんだけれども。うん、それはわかってるんだが……まじか。

 ためらう気持ちしかなかったものの、俺は恥を忍んで、手渡された服に着替える覚悟を決めた。

 なんというか、家でだらけているときにはパンツ一丁でいることもあったし、取引き先の忘年会で、その年に流行った芸人のマネをして半裸になったときもあった。だからそこまで半裸に抵抗があるわけではないはずだ。

 しかし、そのときよりも布面積は多いはずなのだが、この圧倒的な恥ずかしさはなんなのだろう。

 中途半端に隠されている衣装だからこそ、余計にいけないことをしているような気になるというか、隠された部分に視線が注目してしまいそうで恥ずかしいのか。うーん、うまく言語化できないが……ダサ恥ずかしいという造語が頭の中を駆け巡った。


 俺は着てきたタートルネックのセーターをタオル代わりに胸元を隠し、カーテンを開ける。するとそのタイミングで「おはようございまーす」と美子とじゅんがドアを開けレッスンスタジオへやってきた。帽子を目深にかぶった二人と目があう。一番に口を開いたのは美子であった。


「げっ、長束なにその格好」


うん、美子さんそうなるよね。自分でもよくわかってるから、深くは触れないでくれ……。


「じゃあ、まずはストレッチからなー」


先生はさきほどから流しているR&Bの音量をあげると、立ったまま足を肩幅よりり広めに開脚し、手のひらを組んだ両手を、天井にむけて伸ばした。ダンスレッスンはなにをするのか? 要領をつかめていない俺は、周りの様子が見渡せるように、一番後ろの位置でとりあえず先生の動きを真似る。

 さきほど、美子に「なにその格好」とツッコまれたが、よくよく見ると、みんな一風変わったレッスン着を着ているではないか。確かに痴女めいた服装をしているのは俺だけだが、みんなのTシャツに印字された文字も、お世辞にもお洒落といえるものはなかった。

美子は「外神田めんそ〜れフェスタ」じゅんは「KAMIKAZE」ゆうゆは「もんじゃの後は、ファブリーズ」と、一体どういう因果関係で手に入れたのか謎なTシャツばかりであった。お前らだって充分ダサ恥ずかしいぜ! 俺はみんなのTシャツに書かれた謎のデザインに意識がいかないように、先生の動きだけに注目しストレッチを続けた。


「じゃあ、早速新曲のおさらいからやるか」


 一通りストレッチが終わった後、先生はかかっていたR&Bを止める。

 その瞬間、メンバーの雰囲気が少しピリっとしたものに変わる。


「先生、まずはフォーメーション確認なしで、振りがちゃんと入っているか確認お願いします」


 美子はこちらに振り向いて「まずはそれでいいよね?」と同意を求めてきた。


「うん、そうだね! 一人鏡一枚使う感じでっ」

「……うん、歌もちゃんと歌ってやろう」


 じゅんとゆうゆも昨日事務所であった時とは違う、真剣な眼差しでそう答える。


「じゃあ、立ち位置確認なしで、振りの確認を通しで! 先生お願いします!」


 美子はそういうと、スタジオの真ん中より少し左に立った。ゆうゆは美子よりさらに左。じゅんは美子の右側に立ったので、俺はじゅんのさらに右側にあたるスタジオの端に立つ。


「じゃあいくよ」


 先生のその一言を皮切りに、スピーカーから音楽が流れだす。

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