第13話「マシュマロとは夢の体現でありーー夢はマシュマロ色をしているのだ。」

「ああっ下着ね、了解!」


 声が裏返ったのは、下心を精一杯隠そうとしたから、というわけではない。なにが自然な返しかがわからないほどに動揺してしまったからである。


「うん、私の部屋のクローゼットの一番下の段に入ってるから……。どれでもいいから」


 ゆうゆはそれだけ伝えると、ふたたびちゃぷんと湯船に戻った。


 えーとこれは、行動的にはパシリなのだが、概念的にはご褒美とも捉えることができる。

 俺はのしかかった掛け布団をなぎ払い、すぐさまゆうゆの部屋のクローゼットを開けた。

 クローゼットには半透明の衣装ケースが置かれており、一目散に一番下の段を開ける。開いた先に見えたのは、一面の夢畑……ではないが、淡い暖色の柔らかな下着がところ狭しとつまっている。

 その柔らかな暖色に覚えた既視感がマシュマロであることを俺は気づく。「マシュマロとは夢の体現でありーー夢はマシュマロ色をしているのだーー。」ソクラテスはそんな名言を残してはいないだろうが、俺はなにかしらの真理に辿りついたような気さえしていた。


 願わくば、すべてのパンツとすべてのブラジャーを引っ張り出して、伸ばしてみたり、パンツとブラジャー上から見るか下から見るか吟味して楽しみたいのだが、いま時がそれを許さない。

 俺は、とりあえず一番手前にあった淡いオレンジ色の下着のセットを引っ張り出し2回ほど手のひらでパンツとブラジャーの弾力を味わい、なにを確認したわけでもないのに「よし」と呟き、風呂場へと向かった。

 脱衣所のドアをあけると、すりガラス越しに、ゆうゆが入浴しているシルエットが見えた。


「ゆうゆ、適当にもってきたよ」

「ありがとう、そこ置いといて……」


 風呂場に反響した声が、妙に艶かしい。


「うん、じゃあそのへんに置いとくね」

「ありがと」


 俺はとりあえず脱衣所にあった洗濯機の蓋の上にゆうゆのパンツとブラを重ねて置いた。正式な置き方がわからなかったので、パンツを下に、その上にブラを重ねるようにセットした。

 いや、正式な置き方があるかどうかわからないのだが、なんとなくブラジャーの膨らみが崩れないよう忖度したのだ。


 それから数分後、湯船からあがる音が聞こえ、せわしないドライヤーの音が止んだと思えば、頭にクリーム色のタオルをかぶったゆうゆが脱衣所から出てきた。


「ふぅ、長束も入ったら」

「ああ、そうだね」


 その時、俺はとんでもないものを見つけてしまう。

 ゆうゆの右手に握られているもの、それは俺がさきほど献上したブラジャーである。

 ブラジャーを手に持っている……ということはつまり、ゆうゆはいまノーブラなのか、いやけどさっきまでつけていたブラを手に持っているだけかもしれない、いやいやけど洗濯機は脱衣所にあったはず、じゃあやっぱりノーブラなのか。

 

 ゆうゆがノーブラなのかどうなのかどうかはその星柄の白いふわふわしたパジャマを開けてみないことにはわからない。これか、これが世に言うシュレディンガーの猫的なやつなのか……詳しく知らないけども。


「あ……ブラ」


 しまった。俺は思わず心の声を漏らしてしまう。


「ああ、これはいらないから……ありがとう」


 いらないなら、俺にくれ。いや、そうではない。

 つまりやはりゆうゆはノーブラだったのだ。ふわふわしたパジャマの中には無限の夢が内包されている、ということがいまはっきり確認できた。先生、シュレディンガーの猫は、どうやらノーブラだったようです。


 ゆうゆはベッドにボフッっと寝転ぶとまたスマホをいじり出した。無防備なその姿に俺の胸はキュゥゥゥゥンと締め付けられる。自然体な姿の女の子って、いいね。

 このままずっと自然体の……ノーブラのゆうゆを眺めておきたいのだが、俺にはまだミッションが課されている。そう、スマホの次は風呂場でゆっくり女体を確かめなくてはならない。いまから全貌が明らかになるー。


 テレビ番組ならここで一旦CMが入るだろう衝撃の瞬間だ。さっきのライブ会場では確認できなかったところまで全てを探るチャンスがいまやってきたのである。


「じゃあ、お風呂はいってくるね」

「はいよー」


 ゆうゆはスマホを見つめたまま、とりあえずな生返事をかえした。

 俺はそそくさと脱衣所に向かい、洗面台の鏡を見つめる。

 そこには、小柄で、サラサラしたきれいな茶髪のボブカットのまごうことなき美少女が立っていた。


「よし、いくか」


 俺は鏡の中の自分に話しかけ、セーターの裾に手をかける。

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