第14話 キリエラの街に消えてら…?
「この国の滅亡には失敗したか…」
「我らが時間をかけて少しずつ進めてきた計画を、あのような短時間で狂わされるとは…」
一人は白髪、白髭の年配男性。もう一人は少し額の広くなった年配男性。どちらも、元王国大臣だった人物だ。
「しかし、我らには魔王様より授かった寿命がございます。今は身を潜め、機会を待ってもよろしいのでは?」
「何を申すか、万が一魔王様の身に何か起これば、それこそ我らの計画は水泡に帰してしまう」
「では、この魔法陣を利用しましょう。我らの魔力を以てすれば、強大なモンスターを再降臨させることなんぞ造作もない事」
「なるほど、勇者を名乗る若造を、ここで始末すれば、我らの計画を邪魔するものはいなくなる…か」
「早速儀式を始めよう」
「我らが魔王に栄光あれ」
二人は魔法陣に向かって両手をかざし、魔力を注ぎ込んだ。
―――キリエラの町。ドゥルーディ国内最大の食糧生産量を誇る農産業の町だったが、内戦勃発後は町の働き手が徴兵され、衰退の道を進んでいた。
田畑は荒れ放題、残された女性や子供達の手で、その一部は守らてはいたが、かつての賑わいは薄れていた。
「内戦が終わって、この町にも少しずつ男手が戻ってきている様子ですね」
キリエラに到着したジャベル達の眼に映るのは、徴兵によって兵役に就いていた農家の
「はい。ここはかつて『国の台所』とまで言われた町。農産業が復興すれば、自ずとかつての賑わいを取り戻す事でしょう」
ジャベル達はまず、拠点となる宿を探した。
「すまねぇ。内戦が終わってから商人がどんどん入ってくるもので、今空いているのは4人部屋が一つなんだが…」
「そうですか…」
ジャベルは悩む。今ので4件目。それまでは、二人部屋が一室くらいと惨敗だった。4人部屋なら十分入る事ができるが、年頃の女性二人と相部屋となれば、いろいろと問題が生じる。
「私なら問題ないわ。だってジャベちゃんと一緒の部屋に泊まれるんだし♪」
リアナはまんざらでも無さそうだが、ティアナは今までも同じ部屋に入る事はしなかったので、返答に悩んでいるようだった。
「あら。お
「う…。あ、
「ティアナさん…無理をしなくてもいいんですよ。また探しますから」
ジャベルは、宿の主人へ顔を向け断ろうとすると、ティアナはジャベル腕を掴んで首を横に振った。
(マジかよ…)
その姿に、宿の主人はジャベルにこっそり親指を立てて、嬉しそうにウィンクしていた。
(いや、マジでまだそんな関係じゃねぇし…)
ジャベルはそう思ったが、旅の疲れもあって、これ以上の宿探しを諦めた。
「じゃあ…ここにします…」
「へい。3名様ご案内。」
部屋に入ったジャベルは、安心感と不安が入り混じった。室内はリビング一つに部屋が二つ、それぞれにベッドが二つあった。
安心なのは、女性陣二人と別部屋で寝れる事。不安なのは、二人が自分と同じ部屋を巡って争わないか。
「お二人は、こちらの部屋でお休みください。私は、こちらで休みますので…」
ジャベルは率先して二人を誘導するために仕掛けた。が、ティアナとリアナの目つきは、明らかに不安側のものだった。
「分かりました。勇者様。リアナ、行きましょう」
「ええ、お
二人は互いに火花を散らしながらも、寝室へ向かっていった。それを見送ると、ジャベルは隣の部屋へ入った。
「さて…やるか」
ジャベルは寝室に入ると、床に座り、手で印を組んで瞑想を始めた。ジャベルはここのところずっと、自身の
瞑想中は集中のあまり、他の感覚が無くなる。魔法力を全身に張り巡らせ、集中することで精神力をも鍛える。それはティアナに教わった方法だった。
「…ゃん…、べ…ん…?」
(誰かの声が…聞こえる)
瞑想中のため、あまりはっきりと聞こえないが、誰かが呼んでいる声がする。と言っても、ティアナかリアナのどちらかである事は間違いない。そう思ったジャベルは、瞑想に集中する。
「…ん!!、お…て!!」
(まだ聞こえる…)
ジャベルは集中が途切れ、ゆっくりと目を開けた。
「ジャベ…ちゃん、起きて!!」
「あ…リアナ、どうした?」
目を開けると、目の前にはリアナがいたが、少し様子がおかしかった。目に涙を流し、ずっとジャベルの体を揺すっていたのだ。
「お
「ティアナさんがどうしたんですか?」
ジャベルは慌てて、リアナと隣の部屋へ向かった。そこには、ベッドの中で苦しむティアナの姿があった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「リアナ、何があったんだい?」
「部屋に入った時から…ちょっとフラフラしてたの…で、急にベッドに倒れ込んで…」
ジャベルはティアナの額に手を当てる。
「熱が少しあるな…。」
しかし、ジャベルにはひとつの疑問が浮かんだ。聖職者であるティアナは、あらゆる病への耐性が、常人よりも高い。それが、聖職者の持つ特性なのだ。
「ティアナさんに限らず、ほとんどの聖職者は自身のスキルで、自身の病を治す事ができるし、元々の耐性も高いはず、なのにそれができないほど苦しんでいる」
「それってどういうこと!?」
「俺にも詳しくは説明できないんだ。分かるのは、俺達だけではどうする事もできない状態にある…と言う事だけ」
ジャベルは自分にできる事をするため、浴室から水を溜めた桶を運び、その水を使ってタオルを濡らして絞り、額に押し当てる。少しヒヤリとしたのか、ティアナの顔に少し安堵が伺える。
「リアナ、俺、医者を探してくる」
ジャベルがその場を離れようとすると、弱弱しい力でティアナがジャベルの腕を掴んだ。
「ゆう…しゃ様。これ…は、病気…では、ありません」
「では、何なのですか…」
ティアナはゆっくりと口を開いた。上位聖職者の中でも、特に優れた人物は、その場にいるだけで、儀式を行わずとも死者の魂を浄化することができると言う。内戦によって、国内の死者が多かったため、移動中から町に着いても尚、死者の魂を浄化し続け、体内に瘴気が溜まり過ぎた結果が、今の状態だと説明してくれた。
「死者の魂は、ほぼ浄化し終えた気がしますので、あとは一晩休めば、平気かと思いますわ」
「…そう…なのか…」
ジャベルは自分の無力さを感じる。
「リアナ、ティアナさんの事は…お任せできますか」
「…はい。」
ジャベルは自室へ戻る。
「…お
「リアナ、私は大丈夫なので、勇者様を元気づけて差し上げて」
リアナはジャベルの部屋をノックする。
「リアナ…か?」
中からジャベルの声がして、リアナは中へ入った。ジャベルはベッド横の机に座って、書物を読んでいるようだった。
「ティアナさんは…?」
「…落ち着いたので…眠りに入ったみたいです。」
「そうか…」
リアナはベッドに座り、ジャベルの読んでいる本を見ると、それは先日ティアナが見せた『強さとレベルの関係』について書かれたものだった。
「勉強熱心…なんですね」
「…この本には、レベルの存在だけでなく、様々な生物、種族のレベル、更にレベルと魔法の関係性について触れています。とても興味深いものです」
リアナは、両手を握りしめながら、意を決して口を開いた。
「ジャベちゃんは…お
突然の恋話に、ジャベルは少し動揺し始めた。
「わ…分かりません…、私はティアナさんのパートナーとして、勇者として…」
「誤魔化さないでください!!」
リアナの大きな声に、ジャベルは驚いてリアナの顔を見る。
「私は…ジャベちゃんが好き!世界で一番好き!お
「リアナ…」
ジャベルにはもう答えが出ていた。目の前にいるリアナも、既にどのような答えが返ってくるかは、分かっていて質問していることも分かっている。
(男らしくない…かな。俺)
そう思いながら、ジャベルはリアナに重い口を開く。
「ああ、きっとそうなんだと思う。けど、ティアナさんが苦しんでいるときに、何もできない俺に、その資格は…ない。」
「そんなことない…お
リアナは急に立ち上がり、ジャベルに抱き着く。
「ジャベちゃんは、真面目だよ。だって、私達姉妹が、ジャベちゃんが好きって分かってて、ちゃんと言葉を選んでる。傷つかないようにしてる。その優しいところが、昔のまんま」
「リアナ…」
「私じゃあダメなのは分かっている。今ここにいるのだって、おねえちゃんに言われたから…でも、今は…今この一瞬だけは…私を見てて欲しいんです」
「ありがとう…リアナ」
ジャベルは、リアナの瞳から流れる涙を、指でそっと拭った。しばらくその胸で泣いたリアナは、ジャベルからそっと離れ、そしてゆっくりと部屋の入口へ向かった。
「ありがとう。でも私…フラれたなんて思ってないし、逃げたりしないから。きっと、お
リアナはジャベルの部屋を後にした。部屋の外に出たリアナの顔は、
「礼言うのはこっちだよ。リアナ。おかげで前に進めそうだ」
ジャベルの独り言は、誰も聞いていなかったが、口に出す事で、自分自身を鼓舞できると、ジャベルはそう思った。
「ただいま…」
部屋に戻ると、ティアナは眠りから覚めていた。
「リアナの言葉は、勇者様に伝わった?」
リアナは軽く頷く。
「うん…。それと、お
リアナの質問にティアナは、右手を胸に当てて答える。
「だって…恥ずかしいじゃない…」
(そう…いつかきっと、『勇者様』ではなく、名前で呼んでさしあげたい…でも…)
ティアナは両手を握り、目を閉じて祈る。
(リアナにも…幸せが訪れますように…)
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