Extra Phase avenger 05

 大田区大森。

 かつては下町としてそこそこ栄えた街も、今では人っ子1人いない廃墟と化していた。

 駅は天井が崩れ落ち、その周囲に立ち並ぶこじんまりとした商店はシャッターが下ろされたまま放置されている。

 ここもまた、時代の移り変わりに晒され、取り残されてしまったのだ。


 シロガネは1人、革ジャケットを翻しながらそんな街を歩いている。

 腰からは相棒である山刀を提げ、太腿のホルスターにはマイクロ・レールガンを挿していた。

 こんな街にも唯一、人が集まる場所がある。


 ヒューマニズム教会大森支部。

 hIEの出現によって価値観の変わった社会で人間性というものについて見つめ直すということを主題とし、2050年代に立ち上げられた新興宗教団体。

 近年では活動が過激化し、人類の救済と称してhIE排斥組織まがいのことまでやっているという。


 その教会がこのガレキの森にあり、そしてそれが彼女の目的地だった。

 今回の標的かつ、親の仇である人類共同戦線幹部・ヒトコウベ。それからオートマタであるクウハク、オトナシ姉妹がそこに潜伏しているらしい。


 しばらく歩くと、それらしき建物が見えてきた。

 白塗りの壁に、青や赤に光る色とりどりのステンドグラスがはめ込まれている。そこには絵本のように連続したストーリーを表すいくつかの絵が描かれていた。キリスト教の教会と見間違えてもおかしくないくらいにはそっくりだった。


 他人の信仰にとやかく言うつもりはないが、その活動と相まって薄っぺらさを感じずにはいられない。


 敷地入口の鉄扉は押すと――定期的に使われているからだろう――軋みながらも滑らかに開いた。


 その間、彼女は周囲に注意を配り続けた。だが気配のようなものは少しも感じられない。それどころかセキュリティ装置も最低限しかないようだった。

 それだけオートマタ2人の戦闘能力は高いのだろう。


「…………」


 警戒しつつ教会の入口前に立つ。途中にあったセキュリティは全部無効化した。


「…………」


 今、この扉の向こうに両親の仇がいるのだろうか。

 ごくり、と生唾を飲み下す。

 緊張と憎しみ。それから、まだ見ぬ敵への警戒心で心は高ぶっていた。


 鞘から刀身を抜きはらい、その柄で自動ドアのガラスを打ちつける。

 2回でヒビが入り、4回目でいともたやすく割れた。


 ソファや本棚が並ぶエントランスを素通りし、礼拝堂らしき部屋――この宗教で何と呼ぶのかわからないが――の扉を押し開けた。


 その内装もまた、プロテスタント系教会のソレを真似ているようだ。中央の通路を挟むように会衆席が配置されている。

 通路の先には祭壇、そして巨大なパイプオルガンがあった。外光がステンドグラスを透過し、鮮やかな光を落としている。


 シロガネは、その中をゆっくりと進んだ。青い影を踏みつけ、赤い光の上でターン。

 通路を歩き、銃と山刀を構えながら、会衆席の間を索敵していく。


「っ…………」


 気配はない。聞こえてくるのは、自分の吐息のみ。神経を集中させ、いつ敵が出てきてもいいように用意を――

 バタン。


「っ……⁉」


 礼拝堂のちょうど半分まで来たところで、入口のドアが突然閉じてしまった。


 やはり、ここには敵がいる。


 確信とともに、彼女は銃口をそちらに向けた。しかし照星は何者をも捉えない。


「…………」


 焦げ茶の扉を睨みつつ銃を下ろす。ほうっと短い息を吐くと、こわばった全身の筋肉がわずかに弛緩するのを感じた。

 だが直後、彼女は背後に向かってトリガを引いた。


 電磁力により加速・投射された弾丸が木製の会衆席を次々とぶち抜き、壁に突き刺さる。

 木片が散り、紙屑と化した教典が宙を舞い、そして血が吹きあがる。


 瞬間、彼女は怒声とともに、全身を刺すような鋭い殺気を感じた。1秒と経たない間に、すぐ近くの会衆席の間へと身を隠す。


 すると先ほどまでいた場所に弾丸の雨が降り注いだ。弾が床を穿ち、たまに跳ねてどこかへと流れていく。

 敵がいた。まだ調べていない、前方の会衆席に複数人。


 マイクロ・レールガンをホルスターにしまう。

 当たれば大抵の物体を破壊できるこの武器には、短時間に連続射撃ができないという弱点があるからだ。

 あと数分は使えないだろう。


 山刀を握りこむ。弾幕の途切れた一瞬を見計らい、会衆席から飛び出した。

 すぐさま敵影を捉える。


 ほとんど訓練されていない一般人然とした男女が10人前後。それが会衆席から顔を出したまま弾倉を換装している。銃は人形遣いから引き出した情報通りロシア製の小銃だ。


 銃撃が再開したとき、彼女は既に1人の首を斬り捨てていた。四方から飛び交う銃弾を大げさに避けることもせず、次々と敵をなぎ倒していく。


「っ――」


 降りかかる熱い返り血を刃で払い、さらにその身を赤く染めていく。時間が経って冷えた血を新しい血が上塗りし、温度は再び上昇する。


 阿鼻叫喚の地獄の中、敵が最期の力を振り絞るようにフルオートでトリガを引いた。そのうちのいくつかがシロガネの身体をかすり、ジャケットやパンツを切り裂く。

 そして敵は、彼女に容赦なく内臓ごと腹を踏みつけられて絶命する。


 敵が全員死んだことを確認して、彼女は息を吐いた。そこには後ろめたさの欠片も存在せず、ただ戦いを終えたことへの安堵しかない。

 本物のヒトどころか、ヒトの形をしたものでさえ破壊できなかった以前の彼女とは大違いだった。

 

 復讐が彼女を変えたのだ。


 気が付けば、服がボロボロになっていた。穴だらけになり、破けた箇所から彼女の鋼鉄の身体があらわになっている。正式なメンテナンスを受けずに義体が朽ちていく中で人口皮膚は剥がれ落ち、内部装甲がむき出しになっていた。

 今の彼女は、機械の身体に人間の頭が付いているといった風だ。


 彼女が服を破り捨てたちょうどそのとき、閉まっていたはずの礼拝堂入口が開く。


「……感心しないなあ。神聖な教会を荒らすなんて。元気なのは良い事だがね」

「…………」


 中に踏み込んできたのは、丸々と太った50代の男。頭は禿げており、深々とシワの刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにして笑っていた。

 自分が仕向けた刺客のくせに白々しいものだと彼女は思う。


「あんたが共同戦線幹部のヒトコウベ」

「いかにも。ヒューマニズム教会大森支部の司祭もしている」

「……その2人は、オートマタか」

「よく気が付いたものだ。さすがは、オートマタの資質を持つ者と言ったところか」

「わたしをそいつらと一緒にしないで」

「私は褒めたつもりなのだが……まあいい」


 眉を上げ、ヒトコウベは肩をすくめてみせながら退いた。


 入れ替わるように前へと進み出た2人の少女は、黒いゴシック系のドレスに身を包んでいた。同じく黒い髪はアップで纏められている。

 それだけなら優美であるだけなのだが、彼女たちの腕からはわずかに湾曲した、無骨な刃のようなものが突き出ている。


 その形状と、彼女たちがサイボーグであるという事実から推測するに、拳と一体化したトンファーブレードといったところだろうか。1人の刃が肘から手の方に伸びているのは気になるが――


「……わたしは、クウハク空白

「……あたしは、オトナシ音無


 2人が名乗る。

 持っている情報によると、彼女たちは双子の姉妹だという。それを知らずとも、顔が瓜二つなので気づくだろう。ブレードの生え方くらいしか目立つ違いはない。


 2人は指を絡め、手を握り合っていた。穏やかな表情で互いを見つめ、微笑んでいる。

 その奥から、ヒトコウベの声が聞こえた。


「しかし、ありがたい。わざわざそちらから出向いてくれるとは。自分から殺られに来たのかね」

「個人的な用事がある」


 そう言うや否や、シロガネは太腿のホルスターからマイクロ・レールガンを抜いて西部劇のガンマンさながらの早撃ちを繰り出す。


「っ……!」


 ほぼ同時に姉妹も動いた。激しい金属音が、礼拝堂の静寂を突き刺すように響く。

 音速を超えた駆け引き。それを制したのは姉妹だった。弾丸は弾かれて礼拝堂の外に飛び出し、窓ガラスを粉々にした。


 一方ヒトコウベは未だ健在で、不敵な笑みを浮かべていた。


「組織は君に相当手を焼いている。『死神チェイサー』とかいう二つ名まで付いているそうじゃないか。もしそんな相手の首を手に入れれば、私はさらに出世できる……そして、ここにはさらに優秀な私の人形がいるわけだ。

――あとは、わかるね?」


 彼が、にやりと口の端を吊り上げる。

 その瞬間、弾かれたようにクウハク、オトナシ姉妹が襲い掛かってきた。


「……戦闘開始」

「……目標、戦闘サイボーグ1機。排除する」


 床を蹴って駆け出す音が2つ。

 物静かな声とは反対に、腕から伸びる刃は激しい音を立てて風を切った。

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