Extra Phase avenger 04

「サカキ、いる?」


 薄汚れた小さな店。人が入れるスペースは一畳ほどしかなく、あとは小型情報端末の入ったディスプレイで埋まっていた。

 

 そこにシロガネは声をかける。


「ねえ――」

「……シロガネか。いらっしゃい」


 そう言いながら暖簾を上げ、店の奥から出てきた中年の男が一畳のスペースに腰を下ろした。

 

 ニキビ跡のできた頬を気の良さそうな笑顔が吊り上げ、白い歯を覗かせる。

 シャツの袖から伸びた太い腕は浅黒く焼けていた。

 いかにも社交的なタイプの職人といった風だが、しかし三十五という彼の歳にしては老けて見える。


「今日は何の用だ? まーた義体ぶっ壊れたとかじゃねえよな。勘弁してくれよ、サイボーグは専門外なんだから」

「違う。これ」


 シロガネが差し出したのは、黒の小型拳銃だった。

 ツヤ消し加工の施された表面には、無数の傷が刻まれている。


「マイクロ・レールガンね。メンテでいいか」

「よろしく。それと、こういうのって作れる」


 訊きながら、彼女は指先で弾いてテキストファイルをサカキに送信する。

 フォルダを開いて10数秒ほど眺めてから彼は、低く唸った。


「……確かに、作れないこともない。だが材料がな……特に、ネットワーク形成ナノマシンの調達なんかは格段に骨が折れるぞ。次の敵はそれに見合う大物なのか」

「――『オートマタ』。しかも2人」


 それだけ言うと、彼の表情は変わった。


「……わかった、できる限り善処する。ベースはお前の山刀マチェットでいいか」

「それでいい」


 シロガネは腰から提げていた山刀をサカキに投げて渡す。

 自分の愛刀を託せるくらいには、この男は信頼できる。だからこそ協力者として手を結んでいるのだ。


 旧万世橋駅の隠し扉から入れる無法地帯である秋葉原地下街――今、彼女たちがいる場所だ――に店を構えるサカキも、元は企業に勤める普通のエンジニアだった。

 そんな彼がこうして地下に潜ったのは、シロガネと同じ。

 つまり、愛するhIEを人類共同戦線に破壊されたからだ。

 それも、彼の目の前で。


 彼は失意の中、つらい日々を送ったという。勤務していた会社ではhIEに愛情を注いでいたという噂が広まり、白い目で見られるようになった。


 少数ながらも、彼らのような人形偏愛症ピュグマリオニズム者は存在し、そして迫害されていた。


 そうした経緯で彼は自暴自棄になり、この秋葉原地下街にやってきた。そして、そこで出会った彼女たちは手を組むことにした。


 彼はシロガネに対する金銭・物資・技術的支援をしてくれている。延命処置程度のものではあるが、義体のメンテナンスも請け負ってくれていた。

 その見返りとして、彼女は人類共同戦線を壊滅させる。win-winの関係だ。


「それで、あの男パプティアから何を掴んだ。オートマタ2人だなんて」

「今度はちょっと個人的なやつだよ」

「というと」

「……仇だ」

「それはまた……」


 サカキは表情を曇らせた。

 今の一言で全部察したのだろう。


「心配するな、仇はその2人じゃない。いざとなったら仇だけ殺して逃げてくるさ。だが」

「だが?」


 訊き返し、サカキは息を呑んだ。


「殺られるつもりは端からない。全員、この手で殺し尽くす」


 そう答えたシロガネはピクリとも表情を変えておらず、至って平静だった。

 だが、その目は異様にギラついていた。獣と形容するのも生ぬるく思えるほど狂暴な光を讃えている。狂気と言った方が近いかもしれない。


 サカキは思う。この少女はいったいどれほどの憎しみを抱いているのだろうかと。いつか何もかも破壊してしまうのではないだろうかと、味方であるはずなのに恐ろしくなる。


 少女の瞳は一度瞬きをすると、有機とわずかな無機が入り混じったような元の黒に戻った。

 しかし、その心の奥底で燃える冷たい炎は衰える気配を見せない。彼女はそれを常に抱えながら生きてきたのだ。


「それじゃあ、わたしは行くから。武器、頼んだよ。……あ。あと、『マザーハッカー』用意しておいて」

「あ、ああ……」


 呆気にとられているサカキを置いて、シロガネは薄暗く細い通路を歩いていった。

 時間は有限なのだ。油を売っている暇があるなら、少しでも復讐の刃を研ぐのに使うべきに決まっている。


 人類共同戦線はhIEに奪われたものを取り返すという名目で、彼女から多くのものを奪い去っていった。

 両親も、人生も。

 何よりも最愛の存在――シオンをも。


 だったら、彼らからも全部奪ってやらなければいけない。そうしないと、不平等というものだろう。

 たとえ彼女の中のシオンが止めようとしても、こればかりは譲れなかった。

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