Not bod

@akababgreen

Not bod

 私は今から殺される。この美しい海で、味方の手によって。

 長く、激しく、つらい戦いだった。

 それがやっと終わった時、私に与えられた最後の任務。

 それは戦争を終わらせるために使われた味方の新型爆弾の実験標的となって、死ぬことだった。

 

 端的に言えば戦争で増えすぎた、または増やされすぎた私たちは、戦争が終わったことで用済みとなった。

 戦争が終わった今、必要のなくなった私たちを養う気など、祖国にはなかった。

 そこで都合がよかったのが、新型爆弾の実験だ。

 いらなくなった私たちでその威力を試せるうえ、死んだなら死んだだけ無駄飯食らいを減らすことができる。

 一石二鳥だ。

 そういうわけで、戦争が終わって不要になった者たちの中で、とりわけ存在価値の低く、かつ実験で役立ちそうな者たちが集められた。

 その中に私も含まれていた。

 

 今この実験場には私のほかにも、たくさんの仲間たちが同じ任務を与えられ、それぞれに最後の時を待っている。

 来て最初のころは、それでも話をしている者もいた。

 だがしばらく時間がたって、嫌でも自分の立場を考えさせられたとき、遂に誰も言葉を発しなくなった。

 かくいう私も、もうずっと言葉を発していない。

 本当はこんな実験で死ぬ気なんてなかった。

 任務を聞かされた時、最初は何も考えられなかったけど、しばらく後には、こんな実験で死んでたまるか、必ず生き残って、見返してやる、そんな風に思っていた。

 そんな気持ちを、この海の静かな風と、時間が削り取って、今の私がいる。


 私たちのほかに実験に参加する者の中に、もとの敵国の奴がいる。

 そのうち二人の祖国は、実際にこの実験に使われるのとほぼ同じ新型爆弾を受けている。

 祖国を火の海にした爆弾で身を焼かれるのはどんな気分なのだろう?

 さぞかし悪いに違いない。

 

――味方に殺される私たちと同じくらい……?

 

 自分で考えて、自分が嫌になって、それ以上考えるのはやめにした。


 元の敵国の奴の中で一番目立つのは、やはり大柄の奴だ。

 かつて敵軍の大将を何度も務めたというそいつの背は高く、体は出るところは出て、そうでないところはひっこみ、だが全体として芯が通っている。

 正直周りが、いや、私を含めたこの場の全員が嫉妬したくなるほど、美しい容姿をしている。

 それだけなら良かった。それだけじゃなかった。

 そいつの体は全身傷だらけ。

 人間でいうならほぼ全身を血染めの包帯でぐるぐる巻きにし、腕をつり、片方の手で松葉杖をつき、かろうじて見える肌も火傷や縫いあとだらけといったところ。

 

 しかもそいつは主要なもの以外、全ての武器をとりあげられていた。

 私たちは実験標的の身とはいえ、自分の存在の証しである武器まではとりあげられなかった。

 そいつはそれすらほとんどをとりあげられていた。

 それなのに表情はここにいる誰より静かで、態度は堂々として、こんな場所に、こんな境遇でいるというのに、揺らぐところが微塵もなかった。

 

 興味が湧かなかったといえば嘘になる。

 けれど私は話しかけなかった。

 他の仲間も恐らく同じで、だが結局誰も口を開かなかった。


 最初の実験が行われた。

 光に全身を焼かれる感触があった。

 だが結果からいうなら、私は死ななかった。

 爆弾は予定されていた場所、私の頭上からはるかずれた場所で爆発した。

 熱風でたくさんの仲間が焼かれ、傷を負った。

 もしこれが戦いなら、たくさんの人間が死に、とても戦うどころではなくなっていただろう。

 だが人間と違い、私たちの体は特別性だ。

 そう簡単に死にはしない。

 

 それが実験の主催者の意図に沿うものだったかどうかはわからない。

 だが多くの仲間が傷つきながら、死んだ者は、そんなにいなかった。

 ただそれを少ないとは、私は口が裂けても言えないし、思わない。

 何人もの仲間が、味方によって殺された。

 実験と、口減らしのために。

 死んだ奴の中に、祖国を爆弾で焼かれた敵国の奴がいた。

 同郷のそいつが波間に消える姿を、大柄の奴はその瞬間まで見つめ、だが最後まで口を開くことはなかった。


 二度目の実験が行われることになった。

 今度は場所がずれることはない。

 ありえない。

 何せ仲間の一人に爆弾をくくり付けているのだ。

 私は爆弾をくくり付けられた仲間の顔を、姿を、ついに最後まで見ることができなかった。

 ただ敵国の大柄の奴は、爆弾をくくり付けられた仲間の姿を、最後まで見つめ、目を離さなかった。

 

 大柄のそいつは最初の実験でさらにボロボロの、無残な姿となっていた。

 傷口も開いていた。

 そんな奴に、人間は爆弾をくくり付けた。

 新型爆弾とは違う普通の爆弾だが、くらえば私たちのようなものでも、無事ではすまされない。

 恐らく新型爆弾の爆風で誘爆することを狙っているのだろう。

 私と同郷の人間のすることとはいえ、虫唾むしずが走った。

 だが同郷の私でさえ嫌悪感を覚えたその時でさえ、そいつの態度は微塵みじんも揺るがなかった。


 二度目の実験が行われた。

 一度目と違い、水中で爆発したその爆弾の衝撃波が、私たちの弱点である水面下を容赦なく襲った。

 全身が、文字通りきしむ感触があった。

 それから津波が来た。

 意識を保っていられたのはそこまでだった。

 気が付いたとき、まわりからはずいぶん仲間が減っていた。

 新型爆弾をくくり付けられた仲間はもちろん、そいつのちかくにいた、私と同じくらいの体格の奴も。

 長い戦いを潜り抜けた歴戦の仲間が、火だるまとなって最期を迎えていた。


 だが私が一番の衝撃を受けたのは、次の瞬間のことだった。

 その衝撃は、私のそれまでの決して平坦ではなかった生涯のなかでも、一番のものだった。

 

 多くの仲間が姿を消した海に、あの敵国の大柄の奴がたたずんでいた。

 その体は実験前より一層ぼろぼろで、全身隙間なく傷だらけ。

 まっすぐ堂々としていた姿勢はわずかに右に傾き、新たにいくつもの傷を負い、もとからあった傷も、そのほとんどが開いてしまっている。

 人間でいうなら、全身を血と火傷の赤で染め、黒く焦げた包帯から染み出した血が足元に血だまりを作り、その範囲を徐々に広げていく、そんな状態。

 それなのにそいつは実験前と変わらず、その静かで堂々とした態度を崩さず、そこにたたずみ続けていた。

 

 人間はそんなそいつの姿を見て、どうやらこいつは生き残ったらしいと思ったようだ。

 だが人間にはわからないだろう。

 そいつの開いた傷口から今この瞬間にも、一滴、また一滴、生きる力が止まらず、失われていることに。

 人間と違って、私たちの傷は自然に治癒することはない。

 このまま放置され続ければ、あいつは間違いなく死ぬ。

 そもそもあれだけの傷を負ったままあの爆風を浴びて、いまだに生きていることの方が不思議だ。

 だから私は人間たちとは逆の意味で、そいつが本当に死ねるのか、確証を持てなかった。


 あれから数日が過ぎた。

 結局私も二度目の実験を生き残ったらしい。

 あいつもまだ生きている。

 だがとくに傷の手当てがされたわけではない。

 傷口は今も開いたまま。

 今この瞬間にも、あいつは確実に追い込まれていっている。

 そのはずだ。

 なのにあいつはそれからも全く微動だにしない。

 だから人間たちも相変わらずあいつの傷に気が付いていない。

 のんきに生き残るだろうと思っているのだろう。

 

 私はあいつが今この瞬間にも倒れるのではないかと、ひやひやしながら見ている。

 一方で何か、得体のしれない大きなものを、あいつから感じる。

 あいつは確実に追い込まれていっている、このまま放置されれば、確実に死ぬ。

 そのはずだ。

 なのに私の中の常識が、その得体のしれない何かによって、大きく揺らいでいる。

 本当にあいつは死ねるのか。


――あるいは本当に……?


 そんな時、私は人間があいつの絵を書いているのを見た。

 その絵の中のあいつは、現実の姿より、大きく傾いていた。

 単に絵が下手なのだとは、私には到底思えなかった。

 そう、その絵を描いている人間こそが、彼女の本当の姿をみている。

 決して不死身の神や化け物などではない。

 絵の中のあいつこそが、今のあいつの本当の姿なのだ。

 私はそう直感した。


 二度目の実験から三日目の夜を迎えた。

 私はあいつから、目を離せなくなっていた。

 あれからもあいつは、いや、あいつはここに来た時からずっと、その態度を崩していない。

 戦っていた頃が嘘のような、静かで美しい海と夜空。

 どこか冷たくて、でも暖かな風。

 こんな時だからこそ、当たり前のように見逃していたそれを体で感じ、愛おしく思う。

 そんな海や空、風と同じように、私にはあいつの堂々とした姿もまた、それが当たり前の、日常の景色の一部のように思えた。

 そんな当たり前を感じたその時、私はいつぶりか、口を開いていた。


「気分は……どう?」


 思うところは何もなかった。

 ただ体で海を、空を、風を感じるように、問いかけた。

 静かな波の音が、沈黙を心地よく奏でる。

 空の闇がすべてを見つめ、風が世界を優しく包み込む。


 次の一瞬の出来事を、私は生涯忘れない。

 それは私の生涯を通して一番の、つらくて、切なくて、暖かで、優しい。

 何物にも代えられない、かけがえのない言葉だった。



「Not bad」


 

 あいつのつむいだ言の葉は、海や空や風と同じように、私の心に響き、見つめ、優しく包み込む。 

 私たちは決して美しい存在などではない。

 この世界であるいは、もっとも醜い存在なのかもしれない。

 でもなぜだろう?

 今はそんな自分が、そんなに悪くないもののように思う。

 思える。

 思えてしまう。


 いや、はっきり言おう。

 言ってしまおう。


「私は、私たちは……ここにいる!!」


 答えを海に、空に、風に、世界に放つ。

 何かは分らない。

 分らなくたっていい。

 ただ私の、世界のすべてを、そこに見つけた。


 あいつを見る。

 そこにあいつがいた。

 この広い世界にちっぽけな体で、堂々と立ってみせるあいつがいた。

 そしてそこにはそれまで見たことのなかった、あいつの微笑があった。

 どんな笑顔にも、美しいものにも負けない、最高の微笑があった。

 この世界で一番美しいものが、そこにあった



 

 四日目の朝が来た。   

 あいつを見る。

 そこにあいつはいなかった。

 人間たちの間でちょっとした騒ぎが起きている。

 死なないと思っていたあいつが気づかないうちにいなくなっていたからだろう。

 あいつの最後を見たやつはいなかった。

 結局、人間たちの寝静まった夜間に誰にもみとられることなく、ひっそり波間に姿を消したのだろうということになった。

 騒ぎもそう大きくなることなくすぐに終息した。



 

 あれから2年が過ぎた。

 実験は結局2回で打ち止めとなり、私は生き残った。

 爆弾の汚れを人間に落とされた私は、一度根拠地に帰った。

 そして今度こそ、最後の任務を言い渡され、ここにいる。

 

 私はまたあの時と同じ、静かで美しい海にたたずんでいる。

 沖合では沢山の仲間たちが、私に向かって武器を構えている。

 あの時と同じ。

 味方の新型爆弾で殺されるか、直接仲間に武器で殺されるか、その違いしかない。 

 けれど私は違う。あの時の私とは違う。

 決して平坦ではなかった生涯。

 何度も死にかけ、よみがえり、死線を潜り抜けた。

 

 でも思い出すのは、やはりあの時の、あいつの姿。

 あいつのようにありたい。

 そう思ったとき、沖合で私に武器を向けていた仲間たちが、理解できない何かを見たような、何とも形容しがたい表情を浮かべているのがみえた。

 中の一人が問いかけてくる。


「どうしてそんな表情を浮かべることができるのですか?」

 

 今にも泣きだしそうな、しわくちゃの顔で問いかけてきたそいつに、私はあの時の自分の姿を重ね、そのあと、やっぱりあの夜のあいつの姿を、表情を、思い浮かべた。


 それから正式に攻撃命令が下される。

 全員が私に狙いを定め、あとは号令を待つばかり。

 その時、私に攻撃を行う者たちの代表者が、最後に私に問いかける。


「最後に、言い残す言葉は?」


 答えは、決まっている。


「Not bad」

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