06

 話をレイナたちが襲われる少し前に遡ろう。

 二人が沐浴するというので男たちが泉から離れて森の中に入った頃だ。戦闘に自信の無い三人は固まって森の中へ入った。森の植生は広葉樹で本来なら葉が落ちていなければいけないはずの季節にも関わらず、青々と繁っている。下草は芝だろう。泉の周りは十分の一に縮小されたものだったがこの辺りは原寸のものらしく、今の彼らの胸ほどに伸びている。


「これからどうする?」


 ジュリーがゼンに訊ねる。


「森を探検する以外にはありませんけど?」


「そうだよなぁ。この森どれくらいの規模なんだろうか」


「それは測りかねますが、地下空間であることに変わりありませんし、通ってきたダンジョン以上に広がっていないと期待したいですね」


「それでも広いなぁ……」


 と、続きを言いかけた時「しっ!」とサスケが覆面越しに口に人差し指を当て注意を促してきた。

 さっと緊張する二人は、サスケの指差す方向に『人』を発見した。

 茂みに見え隠れして男性二人であるとしかわからないが、あれは確かに人間である。三人は一度茂みの中に屈み込み互いに目配せして意思を確認し合う。


「我々だけでは心細いです。他のメンバーと合流しましょう」


 三人は、見失わないように気をつけながらも、彼らの後を追いつつ、仲間との合流を模索する。

 進行方向から行ってロムとの合流は難しい。進んだ先にはクロがいたはずとゼンが言う。

 慌ててわさわさと移動した三人だが、すぐにこのままでは気がつかれてしまう可能性が高いと、サスケ、ジュリー、ゼンの順に一列になってなるべく静かに踏み荒さないようにサスケとジュリーが男たちを見張り、ゼンがクロを探して森の茂みの中を進む。


「いました」


 と、ゼンがジュリーの肩をたたく。クロを発見したのだ。ジュリーは無言で頷くと、クロの元へ移動する。


「クロさん」


 小声で呼びかけられたクロは何かを感じてくれたらしく「ん?」と一言呟いただけでこちらの発言を待っている。


「二人組の男を発見しました。今、尾行しているんですが、オレたちだけじゃ心細いんで一緒に来てもらえますか?」


「わかった、念のためコーも連れて行こう」


 そう判断したのは、ひとまず何事もなさそうな泉周辺と何が起こるか判らない行き先との勘案の結果だったのだろう。


「ここで待っていてくれ」


 と、茂みをかき分け一分と経たないうちにコーを連れて戻ってきた。


「二人組を発見したって?」


「ええ」


 コーたちを先導する形でサスケたちの後を追うジュリーは、道行きの時間を使ってあらましを説明する。やがて注意深く見れば前方に背の高いサスケの黒装束が見え隠れするのが確認できて、心持ち足を早める。

 合流した三人は二人組を確認し、無言で彼らを尾行する。ほどなくして森の中にひらけた場所があり、三階建アール・デコ建築の洋館が現れた。尾行していた男たちはその中に入っていく。

 安全のため、洋館から少し離れた森の中まで戻った彼らは話し合う。

 アール・デコは二十世紀前半に流行した装飾美術だ。彼らが閉じ込められた産業革命前夜の近世ヨーロッパ建築を模した街の建築物とは一世紀ほど隔たりがある。その中に入っていく男たちの服装も彼らのものとは出来が違って、遠目に見ても工業製品然とした仕立てになっていた。


「どうする?」


「どうするもこうするも『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だろ?」


「コーさん、単純すぎます」


「ったって、行かない選択肢はないだろ」


「ありますよ、一旦戻るって選択肢が」


「ああ」


「でもよ、結局行くしかないんだろ?」


 と、ジュリーが言う。


「行くにしてもどういうアプローチでいくかを話し合うってことだろう?」


 クロに言われてコーとジュリーはなるほどと合点顔をする。


「大きな洋館でござる。二人で住んでいるとは拙者には思えぬ」


「ああ、その意見にはオレも賛成するよ」


「確かに二、三人で住んでるなんてなったら毎日掃除で終わりそうだ」


「何を言ってるんですか、ジュリーは」


「ん? 何かおかしなこと言ったか?」


「議論の本筋から外れてるんです」


「ああ、すまないな」


「ゼンはどうすべきだと思う」


 クロが意見を聞いてくる。ゼンは例の仕草をしながらぶつぶつと声に出して頭の中の整理をし始めた。


「TRPG的には様子を伺いつつぐるりと洋館の周りを回って情報を集めるところですね。しかし、中に人がいることが確実な状況でそんなことをしているこちらに気付かれるのは、相手が敵にしろ味方にしろ心証が悪くなりますから実際の状況としては、得策ではありません。一旦戻ってヒビキさんたちと合流するのは……どうでしょう?」


「面倒だから正面から行こうぜ」


 と、主張したのはジュリーである。


「オレもその意見に賛成だな。仮に敵だったとしても人間同士だ。見たところ問答無用タイプとも思えなかったぜ」


「人は見かけによりませんよ?」


「まぁ、最後まで言わせろよ。もし味方だったとしたら、コソコソしている俺たちを信頼してくれるか?」


 浅見洸汰コーはウルトラマン俳優である。キャスティングの理由をプロデューサーは「何が正義かわからない時代に少し単純なくらいポジティブで明快な答えを出してきた彼にウルトラマンという作品の本質を見た。彼なら新しくも伝統的なウルトラマンを子供達に提示してくれると思った」と語っている。彼は根っからのヒーローなのだ。人を信じているのだろう。

 同じ番組ウルトラマンに地球防衛隊の隊長役で共演したクロは撮影中の彼を思い出しながらそのどこまでも青臭い性善説を恥ずかしげもなく大上段から語る姿を好ましく思いながら苦笑する。


「何がおかしいんすか?」


「いや、今回はコーの提案に乗ろう。正面から彼らに面会だ」


 一決すると、先頭きって洋館に向かう。ライオンを模したドアノッカーを二度叩くとしばらくして先ほどまで彼らが後をつけていた男の一人が出迎える。


「あ」


 彼はちょっと驚いて彼らを見回した後、館の中に招き入れてくれた。

 中は三階までの吹き抜けとなったエントランス。天井には電灯色のシャンデリアが飾られ、大理石が敷き詰められた作りになっている。


「少々お待ちを」


 と、案内されたのは応接室だろう。程なく戻ってきた彼の後から先ほどの二人組のもう一人と彼らより少し年配の男の二人が入ってきた。


「ようこそ、勇敢なる冒険者諸君」


 豪奢なテーブルを挟んで冒険者たちは家人と対峙する。

 三人がけのソファにはクロとゼン。その後ろにジュリー、サスケ、コーが警戒しながら立つ。対する男たちは自分たちは丸腰にも関わらず彼らから武器を取り上げることもせずソファにどっかと腰を下ろしている。


「まぁ、気楽に気楽に」


 窓からの日差しを横顔に浴びながら、年配の男が声をかける。

 ゼンは素早く値踏みする。クロより年上だろうか、腹が出ていて運動不足が見て取れる戦闘には不向きな体型だ。その両脇に控えている二人もそれほど強そうには見えない。


「さて、こちらから話さなければ先に進まないでしょうね。何から話しましょうか……ふむ」


「ここがどこなのかからお伺いしてもよろしいですか?」


 ゼンが促すと男はわずかに鼻で笑って質問に質問で返してくる。


「皆さんはミクロンシステムがいかにして産まれたかご存知ですか?」


「某新興国家が独裁政権時代に増え続ける人口によって食糧問題などが深刻化したため、その解決策として考えられたものだったと聞いています」


「素晴らしい! もう十年以上前のことなので若いプレイヤーには歴史的経緯を知らないものも多いというのに……」


 そこまで言った男は表情を消してわずかに声を低くした。


「我々はね、当時の人体実験の是非はともかく彼らの理想を高尚だと思っているのだよ。ところが世論というものはどうにも保守的でいけない。やれ安全性がどうの人道的にこうのと全く困ったものだ。なんだね? 君達もそんな目で睨むのか……やれやれ。君達だってミクロンダンジョンのプレイヤーだろう。ゲームを楽しんでいたんじゃないのかね?」


「ゲームは楽しんでいました。しかし、ここは……」


 ゼンの言葉を遮るように男は恍惚の表情で言う。


「ゲームだよ。命のやり取りをする。最高に刺激的なゲームじゃあないか」


「あなたは……」


 開いた口が塞がらないゼンに変わってクロがいつもよりドスの効いた声で訊ねる。


「では、あなたはここで怪物相手に戦ったことがあるのですか?」


「もちろんないよ。そんな危険なこと、この私がするわけないじゃないか」


「じゃあ!」


「いいかね」


 激昂したコーを手で制し、男は自分の主張を滔々と語る。それはまるで自分は何一つ間違っていないと確信しているようだった。


「我々が行なっているのは実験とビジネスだ。十分の一世界で人は自立して生活できるのか? これは問題なく行えそうだ。君達が、君達の仲間が今なお証明し続けている。外敵の存在があれば団結することも証明された。多少不満があっても協力する必要性があれば団結するというのはプロパガンダやスローガンを引き合いに出せば判ってもらえるかね? 実際、優秀なミクロンプレイヤーというそれだけの条件で集められた不特定な、わずか数百人の集団が一つの街で曲がりなりにも大きな衝突なく暮らしている。十分な成果だ」


「……ビシネスとは?」


 眉間にしわを寄せながらも努めて冷静でいようと心がけているクロがたずねる。男は右の口角だけを歪めるニヤリといやらしい笑みを浮かべて、ソファの背にもたれる。


「君たちは我々が作った怪物モンスターどもをどう思った?」


 言ってぐるりと部屋の中にいる男たちを見回し、発言を待つが、冒険者たちは沈黙を守る。


「知っての通り、今や人間が生きていくために必要不可欠な産業は七割が機械化されている。おそらく今世紀中に人類は生きていくために労働する必要がなくなるだろう」


「生きることに汲々とすると人は確かに荒みますが、目的もなく退屈すると腐るようですね」


「辛辣だね。だが真理だ。我々はその腐った人間を相手にビジネスをしようとしているのだよ」


「どういうことかわかるか?」


 コーが隣にいるサスケに小声で訊ねる。どうやらこの場で判っていないのは自分だけのようだとコーはみた。おそらく先の体験がなければサスケにもジュリーにも思い至らなかったかもしれない。しかし、彼らは実際に狂戦士バーサーカーの墓標亭で、闘技場コロッセオでの残虐な殴り合いを楽しんでいた男たちの存在を知っている。そもそも闘技場の歴史自体がそれを証明していると言ってもいい。

 サスケに教えられ、コーが再び怒りをあらわにする。しかし、目の前の男は悪びれる様子もなくこうも言う。


「金持ちの道楽もそうだが君たちに対しても刺激的なゲームを提供する用意をしているのだよ。二十世紀末コンピュータのスペックアップとインターネット技術の確立で始まったMMORPGは、その後の技術の発展によってモニター表示の2Dから3D化、視覚のみのVR化を経て今や完全VRが定着している。しかし、バーチャルリアリティは所詮仮想バーチャル現実リアリティだ。のめり込むと現実の生活が破綻すると言う問題点は二十一世紀初頭には既に指摘されていた。フルダイブによって没入感が高まったことによって社会問題化も深刻だ。いいかね? 君たちミクロンプレイヤーは健全なんだよ。我々はVRMMORPGプレイヤーに仮想現実のゲーム世界ではなく、実生活をそのまま営める十分の一のゲーム世界を提供しようとしているのだよ」


 男は自分の構想に酔っているのか、恍惚の表情を浮かべて滔々と理想を語っていく。

 そこに唐突にノックする音が聞こえ、不躾に扉が開かれた。


「おやおや、千客万来だ。君たちのお仲間だろうね」


 男は表情も態度も変えることなく、にこやかに来客を招き入れた。

 三人は視線だけを左右に振ってクロたちの後ろに回る。


「そうだ、飲み物すら用意してなかったね。これは不作法だ」


 そういって男たちが出ていく。


「よくここが判ったな」


 コーが言うと、ヒビキキが答える。


「わかりやすい足跡つけてきたからね」


 それから冒険者はそれぞれの情報の突き合わせを行い、それぞれが難しい顔をして黙り込むことになった。


「それにしても……」


 と、沈黙を破ったのはロムであった。


「遅すぎない?」


 とは席を外した三人のことだ。ゆうに十分は経っている。


「確かに遅いですね」


 と、ゼンが立ち上がる。外の様子を確認するために扉を開けようとしたのだが開かない。

その様子にサスケが窓を開けようと試みたがこちらも開かない。


「はめ殺し?」


「窓はともかく扉はどう説明するんだ」


「鍵をかけられた音もなかったぜ?」


「困りましたねぇ……」


「こうなると謎が謎を呼ぶ展開って感じだな。どうする? もう少し様子を見るか、それとも扉をぶち破って脱出を試みるか?」


 ジュリーの問いにゼンが答える。


「様子見もいいのですが、まずはこの部屋を探ってみましょう。ここは応接室のようです。こういうところは何かと仕掛けがあるものだと思いませんか?」


「ずいぶん乱暴なものの考え方だなぁおい。嫌いじゃないけどな」


 と、コーが賛成すると社会常識的に抵抗感を示したクロ、レイナの同意を取り付けることもなくジュリー、サスケ、ゼンにコーと四人が部屋を調べ始めた。レイナに視線を向けられたヒビキは肩をすくめ、ロムが苦笑いを浮かべる。

 その結果、監視用と思われるカメラが三台見つかり、扉は電磁石によるロックで閉められていること。男たちが背にしていた壁に隠し扉があることを突き止めた。ジュリーたち三人は念の為カメラのないことを確認した部屋の隅で、音声会話が盗聴されている可能性を考慮してハンドサインで話し合う。それはポケットベルという昔の連絡手段に使われていた数字を使った文章作成暗号を応用したものだ。


『用意周到ですね』


『これもRPGの作法に則ったものだろうな』


『であれば脱出が最適解でござろうな』


『その場合、ボス戦が待ってますよ』


『望むところだろ』


『ゲーム脳すぎませんか? これは現実で生死がかかってるんですよ』


 三人は互いに視線を交わし合い無言で頷くと、仲間に振り返る。


「皆さんに確認します。我々の目的は?」


 突然訊ねられた五人は面食らって質問の意図をはかりかねたような表情で周りを伺う。ロムなどは(いつものこととはいえ、いくらなんでも唐突すぎるだろ?)と肚の中で毒づいたほどだ。そして、ややあってレイナが言い返す。


「目的なの? 目標じゃなくて」


 と。


「ええ、目的です」


「北門の向こうを探検すること……だったんじゃないのか?」


 とコーがいえば、ジュリーが「それはこの冒険の当初の目標だ」という。


「なるほど、君たちが言いたいことが判った」


 と、クロは言う。


「元の世界に戻ること。そう言いたいんだな」


 言われてゼンが力強く頷いた。


「そのために考え、そのために行動する。初志貫徹ってやつだ。いいだろう、ここから先は君に指揮権を預けてやる」


「クロさん!?」


 ヒビキもコーも突然のことに目を丸くし、ゼンは興奮に武者震いが抑えられなかった。


「ありがとうございます」


 深くお辞儀をすると彼は決然とまなじりをあげて宣言する。


「隠し扉から脱出しましょう」


 扉の向こうは暗い納戸のような場所だった。ゼンは自身の杖の明かりを灯し、あたりを確認する。


「これは……」


 そこは舞台袖や奈落のような装置やセットなどが置かれた場所のようだった。それらをかき分けると梯子があって上と下に行ける。


「流石にこの屋敷の間取りはマッピングしてござらんぞ」


「ですよね」


「だいたいでも判らないのか?」


 コーに言われてサスケは目を細める。


「難しいでござるな。左右に百八十奥行き二百四十、およそ畳3畳分の敷地面積で地上三階建。判っているのはその程度でござる」


「そんだけ判ってるなら問題ないんじゃないのか?」


「間取りが判らないとどこに出るか判んないって言うんだろ?」


 ヒビキがサスケの言いたいことをフォローする。


「なるほど、オレたちが知っているのはエントランスと応接室をつなぐ廊下だけ……どんな罠があるか予想もつかないってことだな?」


「そう言うこと。幸い怪物の気配はないからそっちの心配は今のところないけどね」


「気配?」


 ジュリーがロムに近づき小声で訊ねる。


「そんな漫画の主人公みたいなこと出来るのか?」


「ある程度ね。ジュリーだって殺気立った怪物とか部屋の向こうに人がいる……っくらいの気配は感じられるだろ?」


「ああ、確かに」


「むしろ気配がないのが問題だと思うがな」


 と、目を閉じ神経を研ぎ澄まして気配を探っていたクロがヒビキに声をかける。


「どう言う……さっきの三人も!?」


「ああ、どうも屋敷のどこにもいる気配がない」


「そういえば……」


 と、ロムがいえばジュリーもサスケもその超感覚に呆れるような表情をする。


「それはまずいですね。とりあえず、上に登って屋敷を探索しましょう」


「そんな悠長でいいのか?」


 と、ジュリーがいえば


「焦って外へ出ても手がかりが掴めなくなる可能性があります。これは千載一遇のチャンスですよ」


「判った」


 答えたのはコーだった。彼は、率先して梯子を登る。登り切った後、顔だけ穴から出すと「クリア」と一言発してまた消える。


「殿はオレが受け持とう」


 とクロが買って出て、彼らは次々と梯子を上っていく。

 上った先は屋根裏収納のような場所で、小さな明り取りの窓があって開けることができるようだった。


「生活感がないでござるな」


 先に登っていたサスケが一通り物色したようで、窓から差し込む光でメモを取っている。


「応接室ははめ殺しの窓だったのにここは開けられるんだな」


 ジュリーが不思議そうに開けたり閉めたりする。


「多分わざとでしょうね」


「それもシナリオの一部?」


「それは計りかねますが、我々を残して彼らが消えたのは意図的なんじゃないかとは思います」


「先へ進もうじゃないか」


「ですね」


 クロに促される形で冒険者は部屋を出る。三階はいくつかの大きな部屋と廊下で構成されていたがどの部屋も使われた形跡がなく、吹き抜けから見下ろしたエントランスは彼らが入ってきたときと変わらない。

 階段から二階に降りると、他の部屋は総じて寝室だったが、ここは一部がクローゼットだったりして使われた形跡がある。そして、この階にはいくつかの空白が存在し、彼らが通ってきたような幾つかの隠し部屋、あるいは何か仕掛け用の小部屋だと思われた。


「調べるのか?」


 コーがその一つと見られる場所の壁に立ってゼンをみる。


「全てを調べるのは無駄のような気がしますね……」


 と、例の仕草で思考の底に沈む。外はいつしか夕景になりつつあった。


「手分けして探すんじゃダメなのかい?」


 と、ヒビキがいえば


「何かあったときにリスクが高いし合流できない事態になる可能性もある。得策じゃないと思うな」


 と、ジュリーが返す。


「勝手に泉から離れたお兄ちゃんがそれ言うんだ」


「あ……いや、すまん」


「サスケ、見取り図は?」


 差し出された見取り図を見つめたゼンはトントンと二箇所を指で指した。


「何かあるとすればココとココでしょう」


「なら近い方から」


 と、クロが先行して歩き出す。


「仕掛けがあるとすれば、廊下の壁ではなく部屋の壁だと思います」


 後を追いかけながらゼンが後ろから声をかけると、クロは振り向くことなく右手をあげる。全員が部屋に入ったのを確認してサスケが壁を調べるが隠し部屋に通じる入り口を開くことができない。


「どこかにスイッチのようなものがあるんでしょうね」


 部屋は書斎のようで色々と調度品があってどれも怪しそうだった。


「ありがちなのはこの書棚の本のどれかがレバーになっているとか……」


「机のどこかにスイッチでござるか?」


 ジュリーとサスケが探すもそれらしきものが見当たらない。


「この部屋……」


 と、レイナが部屋を見回す。


「どうしたの?」


「よく使われているような……」


「確かにそんな感じね。と言うか掃除が行き届いている。埃っぽさが全然ない」


 それはある意味綺麗好きな二人だから感じた印象だったかもしれない。


「!? スズネ、最も念入りに掃除されてるのはどこだ?」


「念入りに? そうだね……スタンドライトかな?」


「コーさん、何かわかったんですか?」


「ん? 物語なんかでよくその手の仕掛けをそこだけ埃がないとか擦り傷とかで目星を付ける探偵的な話があるだろ?」


「あるね」


「隠し扉なんて仕掛けを考えるような奴らがそんなヘマするのかと思ってな?」


「へぇ、コーちゃんにしては鋭い洞察力じゃない」


「なんだと、スズネ」


「はいはい、痴話喧嘩はそこまでそこまで、サスケがスイッチを見つけたらしいからおしまいね」


「ちわっ……!?」


「ロム、おまっ……あー、もう!」


 そんなやりとりを無視して、クロたちは隠し扉を粛々と開ける作業をしていた。音もなく開いた隠し扉の奥は、無機質なのっぺりとした部屋だった。


「ハズレか? !?」


 と、ジュリーが足を踏み入れた瞬間、彼の足元、床が抜けてジュリーは滑り落ちていく。


「お兄ちゃん!」

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