第20話 ラサ

 結局、みんなに乗せられてしまって「こんばんわ、アイちゃん来たよー☆」といつもの挨拶をやってしまった……流されやすいよな俺って……

 そういったことを抜きにしても、長年遊んだメンバーとのオフ会はとても楽しかった。会社で相楽さんに会った時に、ついポロっと言ってしまわないかだけが心配なんだけどね。


「で、なんで二人がここに……?」

「二次会よ、二次会」

「……ダメですか……?」


 ここは俺のおうち、そこんとこ分かってる?

 オフ会が終わった後、ヒュウと相楽さんとは別れたんだけど、キノと由宇が俺についてきて今に至るというわけだ。

 じとーっと二人を見つめていたら、キノが口元に手を当てて嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「二人きりじゃなくて残念だったー? お邪魔虫は退散しようかしらあ」


 わ、ワザとらしい言い方だな、おいい。

 たぶん、からかわれた由宇は顔を真っ赤にしてうつむいてるかなと思って、彼女を見てみると……意外なことにキノの腕を両手でガッシと掴んで、すがるような目線を彼女へ送っている。


「……梢さんも一緒がいいです……」

「そ、そう。じゃあ」


 これにはキノも戸惑ったようにかえすけど、すぐに手をパンパンと叩いて冷蔵庫からチューハイを持ってきた。


「飲みましょー。あ、お風呂は順番にね!」

「じゃあ、ユウからどうぞ」

「……では、お言葉に甘えて……」


 キノのこのあからさまな言いようを察した俺は、由宇を先に風呂へやることへ成功した。

 由宇が扉を閉めて、シャワーの音が聞こえ出す。あああ、何度聞いてもこのシャワーの音には慣れぬ。変な妄想が……

 って、違う違う。鼻の下を伸ばしていてはいけないのだ。

 

「キノ、何か言いたいことがあったんだろ?」

「さすが、アイちゃん。分かってるー」

「何だろ?」

「由宇のさっきの反応を見て、どう思った?」

「ん、俺と二人でいるのがヤダ? いや、俺が野獣にならないかとか?」

「あはははは!」


 痛い、痛いって。背中をバンバン叩くなあ。

 

「あんたといるのが嫌なわけないでしょ。それにヘタレを絵にかいたようなあんたが……あははははは」

「笑い過ぎだって。俺だって、い、一応、男だよ?」

「そうねえ、男の娘だったわね」

「こらあ。ふ、ふにゅんがあ」

「冗談よ、冗談。嬉しいくせにー。顔が真っ赤よ」

「……ふんだ」

「かーわいいー」


 全く話が進まねえじゃないかよお。たわわに罪はない。あれは良い物だ。

 ちがーう。そんなことじゃねえ。

 

「んー、どちらでも無いとすると……由宇はキノが大好き?」


 それでもかまわん。ただ、見物はさせてくれ。由宇とキノがくんずほぐれつ……うふ、うふへへ。

 

「なんか変な想像してるでしょ? まあいいわ、由宇はたぶんだけど……みんなと一緒に居られることが嬉しいんじゃないかな?」

「なるほど。いままでボッチだったって聞いてるし。楽しいよな。数人で集まるのって」

「由宇が私のことをそう思ってくれてるのは嬉しいことねえ。でも、アイちゃんの恋愛成就は遠のくわね……」

「あ、お、俺のことは放っておいてくれえ」

「全く、あんたって本当に奥手ね。まあ、そんなあんただから由宇も好きになったのかもね」

「す、すす……」


 焦る俺の様子を見たキノは、ハアと大きくため息をついて肩を竦めた。

 もし、由宇が俺のことが好きで……付き合えるとしたら……と妄想すると顔が緩む。でもさ、彼女が他のみんなと仲良くなってくれて、外に出ても普通に振る舞えるようになることも大事だよ。

 難しいよなあ……ほんと。今は急がずゆっくりと進めていきたいな。

 

「……出ました……」


 由宇がひょっこりと扉の隙間から顔だけ出す。

 

「じゃあ、アイちゃん、一緒に入りましょ」

「ちょ!」

「……そ、それなら私もご一緒したいです……」

「ま、待って、ちょ」


 キノの冗談に由宇が乗っかってきたじゃねえかよ。俺はキッとキノを見つめると、彼女は舌を出して「ごめんごめん」と呟き扉の奥まで歩いて行った。

 間もなくドライヤーの音が響くと共に、シャワーの音が……一人残された俺は存分に妄想に浸り、チューハイを飲む。

 うめえ。

 

 由宇が間もなく部屋に戻ってきて、続いてキノもコタツに入る。

 

「じゃ、風呂入って来るよ」

「あ、これ持って行ってね。アイちゃん」

「これなんだろ?」

「メイク落としよ」

「あと、着た服は洗濯しちゃうけど、いいかな?」

「ありがとう。頼むね」

「ユウ、ユウのアレはどうしたら……手洗い?」

「……アイさん……そ、それは、そこに置いておいてください……」


 手を胸元に突っ込んで、半月状のムニュムニュを取り出すとコタツの上に載せる。

 すると、由宇が耳まで真っ赤にしてササッとムニュムニュを鞄にしまい込んだ。

 しまった! 何もここで取らなくてもよかったよな。あれはいいものだ。もっと触ってから返すべきだった……


 しかし、手放してしまった以上もう手遅れなので、名残惜しいがそのまま風呂へと向かう。

 戻ったら、由宇とキノが何やら盛り上がっているな。まさか、由宇にお酒を飲ませてないだろうな?

 

「あ、おかえりー」

「……先輩だあ……アイさんもいいですが……こちらも素敵です……」


 面と向かってそんなことを言われると照れるだろお。

 由宇のこのダイレクトな物言いは、彼女の境遇から来るものだと分かっているとはいえストレートな言葉は分かっていても、ほら、ね?

 

「……先輩、あの……み、みんなでまた集まりませんか……?」

「今日のオフ会が楽しかったねーって話をしていたのよ」


 確かにローズの話で盛り上がってとてもとても楽しかった。だがしかし、一つ問題があるのだよ。

 

「あ、あああ。話しちゃった方がいいか。実は……」


 俺はラサこと相楽さんが会社の先輩であることを二人に告げる。

 

「そうなの! 世間は狭いわねえ」

「……驚きです……」

「それでだな、女装して会ってしまった以上、ラサに俺だとバレるわけにはいかないんだ」


 二人とも納得したように頷きを返してくれる。

 

「……先輩か私の家で、パーティをしたかったんですが……」

「俺と由宇は一人暮らしだから、ゆっくり話すにはいいかもなあ……ごめんな」

「何言ってるのよ、山岸くん。大丈夫よ」


 ポンと手を叩き、満面の笑みを見せるキノ。なんだか、とても嫌な予感がするぞ。

 

「いや、バレたらダメだって言ったじゃないか」

「バレないってばあ、アイちゃんになっちゃえばいいのよ」

「……梢さん……素晴らしいアイデアですね……!」


 その発想は無かった! って違うだろおおおお。

 二度と女装なんてしねえって言ったじゃないか。聞いてたよね? 聞いたよね?

 あ、あああああ。口に出して言ってなかったかもしれない。いやでも、分かるよね、俺が醸し出した空気から。


「いや、女装はもう……」

「……ダメですか……わ、私、アイさんにも会いたいです……」


 その上目遣いは卑怯だぞ。あああ、裏なく純粋に言ってるのが分かるから、余計心が揺れるう。


「パフェ食べられるわよ?」


 キノよ、あの時確かにパフェで有頂天だったことは認めよう。しかし、そんな餌に俺が釣られる熊ぁあ!

 ブルブルと首を振る俺へ、キノが耳元で囁く。


「由宇が好きそうなデートスポットを教えてあげるから」

「わ、分かった……」


 いや、決して、デートやらに釣られたわけじゃない。

 オフ会が本当に楽しかったから、自分で納得できるきっかけが欲しかっただけだと思う。俺だけ今後オフ会へ行かないってのも寂しいじゃないか。

 女装は業腹だが……相楽さんもプライベートで来てるわけだし、会社の人には会いたくないだろ……

 

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