鉄血魂甲 正宗

佐藤一郎

2025年・東京

「相模原沖を航行中の護衛艦はやてより入電! 水面下を高速で航行する巨大な影あり……コ、コードγです!」

 オペレーターの緊迫した一声に、防衛庁特別戦略作戦室がシンと静まり返る。

「……大島の駐留部隊に厳戒態勢を取るよう伝えろ。一秒でも時間を稼げ。箱根の部隊はまだ準備ができないのか」

「現在70%。“決戦兵器”の起動にはあと30分ほどかかるようです」

「急がせろ。起動前に踏みつぶされては元も子もない。熱海から鎌倉までの全区画に非常事態宣言だ」

 特別戦略作戦室室長 三等特佐 白城大吾の鶴の一声に、指令室は再び息を吹き返した。白城は椅子に深く腰掛けると顔の前で祈るように両手を握る。

 室長の肩書を背負う割には、聊かその容貌は血気盛んな若々しさで溢れていた。雑じり毛のない漆のような黒髪に、鋭く切り裂かれた眼窩。若くして彼が室長の座を与えられたのは、防衛大学を首席で合格し、数多の特殊作戦を成功に導いた手腕が認められてのことだ。

「……ついに来たか」

 コードγの存在は、10年前から予見されていた。しかも今日、この日に“γタイプ”が現れることまでわかっていたのだ。

 貴重な国家予算を削り、数多の特殊兵器との特別戦略室が創設されたのも今日のため……にも関わらず、指令室は浮足立ち、オペレーターの顔は皆青い。

 無理もない。白城がこれ迄成功に導いてきた作戦は“βタイプ”。“γタイプ”出現までの一寸したお遊びに過ぎない。ここからが本当の戦いだ。

「大島の駐留部隊が“γ”と接敵! 映像きます!」

 指令室の巨大モニターが関東一帯の簡素な地図から、ライブ中継へと切り替わった。三原山に展開する後方部隊の車輛から撮られた映像だ。

 沖合から巨大な波が盛り上がり、港町に殺到した。漁船を押し退け、民家をミニチュアのように薙ぎ払い、それは海面から姿を現した。

 水飛沫を上げながら、身震いしたそれは、巨大な2本の角を天高く突き上げ、口と思しき先頭を割り、咆哮する。

 ヴォオオオ!!

 音圧にカメラが揺れているのが、ビリビリと映像が乱れる。

「鬼、ね……」

 白城が呟く。なるほど二本の高い角、皮膚を剥がされた哺乳類のような肌は、鬼と呼ぶこともできるだろう。だが、現代のものが見れば、血管の浮き立つその肌、藤色の瞳に、捻じれた角。それらを総合して考えれば〝悪魔〟と呼ぶ方が的を得ている。

「迎撃開始」

「了解。1番から3番、砲門開け」

 白城の命令をオペレーターが復唱する。伝令を受けた海上で待機していた戦艦「ヒエイ」「ヒュウガ」が54.5口径の砲門を〝γ〟へと向ける。

 戦艦など現代戦においては無用の長物に等しい。しかしながら、今回の〝超大型目標〟迎撃のため、特別に建造されたのだ。

 轟音とともに砲弾が発射され、〝γ〟体表で火炎の華を咲かせる。

 半身を包み込むほどの黒煙が上がり、〝γ〟が哀れっぽい鳴き声を上げる。

 じっと見守る指令室の前で、モニターに身をよじる〝γ〟の姿が大写しになっていた。

「……やったか?」

「これで倒れれば苦労はない」

 オペレーターのつぶやきに、白城が答える。〝γ〟は身震いすると、その双眸を戦艦へと向けた。口を開くと、ずらりと並んだナイフのような歯が覗け、そこからばちばちと火花が散った。

「……回避!」

 白城の叫びと同時。轟雷の奔流が〝γ〟の口がから放たれ、海面を割り、水煙を上げて戦艦に迫った。回避など望むべくもなかった。一体何度あるのかわからないが、戦艦2隻を一刀両断にし「ヒュウガ」「ヒエイ」は炎に包まれながら二つに割れて海に沈んでいく。

「……決戦兵器は」

「えっ……あ、はい。準備完了です」

「航空部隊で本陣まで誘導しろ。すべてを奴に託す」

 白城の命令に応じ、待機していた航空部隊が〝γ〟へと攻撃を開始する。〝γ〟はそれを熱光線を吐き出しながら迎撃し、進路を箱根方面へととっていた。

「……あの決戦兵器、本当に効果があるのでしょうか」

「さてな。だが、上役連中はあの〝まがい物〟に期待しているようだ。まったく気がしれん」

 とはいえあの巨大生物への対抗策としては決戦兵器くらいしか対案がないのが現実だった。託すほかないだろう。

 〝γ〟は湯河原へ上陸。湯河原中学校校庭にのし上がった〝γ〟は門川八幡神社を踏みつぶし、民家を蹴散らしながら箱根山を目指しているようだった。

「決戦兵器、起動準備整いました」

「了解。対〝γ〟決戦兵器〝人造鉄鋼村正〟起動」

「了解。人造鉄鋼村正、起動!」

 オペレーターが復唱すると同時、芦ノ湖の湖面が漣立った。

 湖の中から兜の先端が突出し、波一つなかった湖面に大波をたてる。

 顔を表したソレは、鎧武者であった。全長約50m。対〝γ〟決戦兵器である。

 戦艦顔負けの超大型砲台6門、どんな鉱物もまるでバターのように溶かし切る電磁ブレード「業物」。胸部からは〝対γ最終兵器〟超電磁砲レールガンが装備されている。

 村正は湖面から半身を出し、箱根山から顔を出した。鋼色の鎧武者が箱根山から顔を出したのを、〝γ〟が発見。口元に火花が散る。

「熱光線、きます!」

「電磁シールド展開」

 ぶぅんっ! と村正の鎧表面が青白く光る。〝γ〟が熱光線を発すると、光の奔流がまるで水流のように村正の外装に当たり、弾けていく。

「威力の70%を相殺! いけます!」

「超電磁砲レールガン発射用意。対応される前に一気に叩く」

 熱光線が止むと、村正の胸部鎧がばくんっと開き、2門のコイル状砲門が〝γ〟をとらえる。

「軌道計算完了、いつでも撃てます!」

「撃て!」

 白城の号令と同時だった。ぐんっ、と深く体を沈みこませる〝γ〟。ボンッ! とまるで大型地雷でも爆発したような土煙を上げながら天高く舞い上がり、〝γ〟が一瞬前までいた地面に電磁砲の雷撃が刺さった。

 〝γ〟は空中で一回転すると、胴体と同じほどある巨大な尻尾を丸め、箱根山頂上にいる村正へと叩き込んだ。兜はプラモデルのように全壊し、破片が出店にバラバラと降り注ぎ押しつぶしていく。

「ああ……!」

「ただの飾りだ! 業物抜刀!」

 村正が腰の大刀に手をかけたと同時。〝γ〟は禍々しい口をばくりと開き、腕ごと胴体に噛みついた。刃が鎧を容易く貫通し、火花が散る。

「引きはがせ! 熱線だ!」

「無理です! 出力が違いすぎます!」

 ボンッ! と爆炎とともに村正の背後から雷の熱線が貫き出て、富士山へと直撃。火炎を上げて森が焼ける。

 モニターに映っていた村正の略図が胴体を中心に真っ赤に染まる。〝γ〟が口を閉じると、村正は胴体を二つに両断され、上半身が転がる。木々をなぎ倒しながら湖に沈んだ。

「…………」

「…………村正。完全に沈黙」

 オペレーターの声を最後に、指令室に沈黙が降りた。

 白城は椅子に腰かけ、重いため息をついた。元より大した期待はしていなかった。所詮村正は「まがい物」。決してオリジナルほどの威力は発揮できないだろうとは思っていた。

 しかし、そのオリジナルが発見できないのでは、このような玩具を用意するほかなかったのだ。

「……避難範囲を拡」

「な、なに!? もう一度言え!」

 白城が命令を下そうとした瞬間、オペレーターが素っ頓狂な声を上げる。

「なんだ」

「そ、それが……富士山が」

「はぁ? 富士山?」

「富士山が、〝開いて〟いると……」

「なに……?」

 中央モニターに、富士山全景が映し出される。

 火口のあたりから噴煙が上がっている。富士は活火山である。まさかこのタイミングで噴火かと思いきや、その頭頂部がゆっくりと〝開いて〟いく。

「なんだ……あれ、は……」

 白城が席から思わず立ちあがり、モニターに釘付けとなる。

 まるでパズルのように、富士山頭頂部が割れ、その隙間から、巨大な指のようなものが這い出ていた。

 深淵の奥から、赤い閃光がひらめく。次の瞬間、富士山が文字通り〝2つに裂けた〟

「まさか……アレ、は……」

「くくっ……はははは!」

 呆然とするオペレーターをおいて、白城は甲高い笑い声をあげた。

「どうりで見つからんわけだ! あんなデカブツどこに隠しているかと思ったら富士山の中とはな! あっはっはっは!」

「指令……アレは、まさか……」

「オリジナルだよ。村正は、奴の模造品、まがい物にすぎん」

「では……あれが……」


「そうだ。

あれこそ、我が日本国が連綿と受け継ぎ、1000年かけて練磨してきた最終兵器。


 鉄 血 魂 甲 正 宗 !」


 富士山から、雲を突く兜が現れる。兜というよりはもはやその形状は獣の頭蓋に近い。赤々と輝く双眸が光り、口からは噴煙が上がる。

 二つに割れた富士山から体を出した正宗は藤色の鎧を纏い、その全貌を晒した。


『壱式魂甲・大太刀〝大和〟』

 正宗は自らの手首を掴む。そのままズルリ、と引き抜くと、掴んだ腕はいつの間にか身の丈ほどもある大刀へと変化していた。

 正宗はその大太刀を肩に担ぐと、片腕で歌舞伎の見栄を切るように構える。

 すると、大太刀は赤く発光を始めた。

 〝γ〟口を大きく開き、電磁奔流を放つ。正宗に直撃するが、小動ぎもしなかった。

 そのまま正宗が太刀を振り上げる。その時不思議なことが起こった。宙を孤を描いて閃く太刀は、振り下ろされるその途中でその刀身を倍、その倍、さらにその倍と巨大化していき、〝γ〟に届く頃には虫でも潰すようにその身を押しつぶした。

 〝大和〟の刀身は海面まで届き、海を割り、大津波を起こす。

 正宗が刀を振り上げると、まるで逆再生するかのように刀身は縮んでいき、肩に戻る頃には、大太刀のサイズの戻っていた。

「あんな……兵器……なぜ、今まで……」

 オペレーターが呟く。無理からぬことであった。防衛庁が粋を結集して開発した村正でさえ一蹴された怪物を、たった一撃のもとに屠った正宗。

 もっと早く導入されていれば、いやむしろ、防衛庁預かりとなっていれば、これほどの被害は出なかったかもしれないのだ。

「……それは無理だろう」

 白城は椅子に掛けなおしながら、オペレーターに向けて言葉を紡ぐ。

「アレは、ただの兵器ではない。あの鎧は、すべて〝生きた人間たちの血、肉、骨〟によってつくられている」

「人間の……身体、で……?」

「眉唾な話だが、あの妙な兵装は〝魂〟なのだそうだ」

「そんな……いや、でも……もしそうだとしたら、あの大きさは……」

「……一体何千、何万人の人間を取り込んできたのだかな。故に〝鉄血魂甲〟血肉を鉄に、魂を機甲にして戦う兵器だということだ」

「あの〝鎧〟はな、纏った人間を例外なく食って、成長するんだよ。誰も乗りたがらない。故に今まで、今日この日まで、100年余りどこかで封印されていたと聞いていたが……まさか富士山とはな」

 白城は遠い目で、正宗を眺める。

 ……恐らく今、アレの搭乗者はまた正宗に取り込まれていることだろう。

 鎧は更に大きく、機甲はさらに多彩になる。

 白城がこの話を知っていたのは、ただの偶然ではない。

 白城の祖先は、この正宗の創生に深くかかわっていたというのだ。そのおかげで、この話を祖父より伝え聞かされていた。


 ――その昔話は千年前、平安時代後期まで遡る。

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