26話目

 君太が、おずおずと、紋兵衛の前に正座しようとすると、

「胡坐をかいてもよいぞ」

 正座をすることはめったにないので、足がしびれそうだった。その一言には救われた。

「まずは、何が起きたのかを聞かせてくれるかのう」

 君太は、田沼伯父さんに呼び出されたときのことから、順に話した。話し終えると、紋兵衛はしばし考え込んだ。

「何か渡すものがあると。田沼殿は、確かにそういったのじゃな?」

「はい。でも、あの通り、僕が着いた時にはすでに、殺されていたので、結局、何を渡そうとしていたのかはわかりません」

「心当たりはないのかね?」

「まったく、ありません。僕の私物は残していないはずですし……」

「となれば……。もしや、守り刀やもしれぬのう」

「守り刀?」

「これじゃよ。これ」

 紋兵衛は、自らの腰にある脇差をポンとたたいた。

 脇差はかなり短く、せいぜい大型ナイフくらいの長さしかないように見えた。

「わしらの世界では、子供が生まれると、その子のために一本だけ守り刀を作る。守り刀は、その子と共に、人生を歩むパートナーのようなものじゃな。守り刀を手放すのは、せいぜい、お風呂に入るときのほんの一瞬だけで、それ以外の時は、肌身離さずに、身につけているべきものじゃよ」

「はあ……」

「守り刀は、妖魔に襲われたとき、お守りのような役割を果たしてくれる。妖魔の襲撃を受けても、守り刀を身につけておれば、浅い傷で済むのじゃて」

「でも、僕は、紋兵衛さんたちの世界の人間ではないですよね?」

 君太の一言に、紋兵衛は、目を丸くした。

「なんと! 君太君、そなたは、田沼伯父さんから何も聞いておらぬのかね?」

「何のことでしょう?」

「そなた、どうして、妖怪の姿が見えるのか考えたことはなかったのかね? ケラケラの姿が見えるのは、そなただけであったじゃろうが?」

「確かに、そうですが……、それは僕の特異体質だと、霊感が強いからだと思っていたのですが?」

 君太の言葉に、紋兵衛は当惑を隠せないようだった。君太は、自分がおかしなことを口にしてしまったのかと、しり込みしてしまう。

「ケラケラや、様々な妖怪が見えるのは。里見君太殿、そなたが武士だからじゃよ」

「はあ……。武士? 江戸時代の?」

「そうじゃ」

「僕が江戸時代の人間だとでも? 江戸時代からタイムスリップしてきた人間だと?」

 紋兵衛が、あきれたわいとばかりに、苦笑する。

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