第24話


 その時、玄関の方に、人がいる気配を感じた。

 早くも、信一郎が警察を連れてきたのだろうか。だけど、今、来ても、邪魔なだけだ。警察に対処できる相手ではない。そもそも、警察官に、狐のお面の武士の姿が見えているかどうかも定かではない。

 下手すれば、僕が一人で、刀を振り回しているように見えてしまうだろう。

「むっ……。こんなところで、邪魔が入るとは……。やむを得ん、お前との決着は後でつける。覚えておけ、お前とはいずれ、決着をつけてやる」

 狐のお面はそう吐き捨てると、くるりと、背を向けた。

 そして、刀で、空中を斬った。

 その瞬間、空中に裂け目が生じた。風景画を真ん中で切断して、裏地が丸見えになったかのようである。

 刀を納めた狐のお面は、空中に生じた裂け目を両手でつかむと、こじ開けるようにして、その中に入った。

 狐のお面の体が、完全に消えていた。

 空中にできた裂け目も、ジッパーを引き上げるように修復されて、そこには、空虚な空間が広がるだけとなった。

 まるで、今の出来事が、幻であったかのように。


 玄関から入ってきたのは、警察官ではなかった。もちろん、信一郎でもなかった。

 またしても、武士の格好をした男だ。

 頭こそ、現代風の角刈りであるが、腰には、刀を差していたし、服装は、着物に黒っぽい羽織と袴だ。

 髪は、完全に真っ白。小さなあごひげを生やしていたがそれも雪をこすりつけたように白い。

 相当の年寄りだと思われるが、顔のしわは少なく、ちょっと年齢が分からない。眼差しには、少年のような快活さが見て取れた。

 もちろん、腰はピンと伸びていて、背丈も君太よりも高かった。

「おおっ。里見君太君じゃな。久しいのう」

 老武士は、君太の顔を見て、一瞬、微笑みを浮かべたようである。その笑みは、久しぶりに帰ってきた孫を迎えるような温かさに満ちていたが、家の中の異変に目をやるや、顔を強張らせた。

「まずは、積もる話に花を咲かせたいところだが、そうはゆかぬようじゃな」

 少なくとも、この老武士は僕に対して敵意を向けていない。狐のお面とは違う人だろう。そう理解した君太は、刀を下した。

「あなたは?」

「わしは、不忍の里で、町奉行をやっておる桜田紋兵衛と申す」

「不忍の里というと、おれんさんが住んでいる町の?」

「おお。そうじゃ、そなたはおれんさんに会ったのじゃったな。そうじゃ、おれんさんの住む町の警察署長みたいなものじゃよ」

「警察……?」

 君太は、紋兵衛の腰に目を向けて、大刀と脇差の他に、十手らしいものが光っているのを認めた。

 時代劇とかに出てくる同心が使っているものよりも、かなり長いように見えた。

「もしかして、この家で起きた殺人事件の捜査のために来たのですか?」

 君太が首を傾げると、

「いや……。そうではない」

 紋兵衛は首を横に振る。そうしながらも、君太の脇を通り抜けると、惨殺現場となっている部屋の入口に立った。

「たった今まで、田沼伯父さんたちを殺したと思われる武士がここにいました。狐のお面を被っていました。でも、その人は……」

 何と説明したらいいのか。分からなかった。幻みたいに消えたとでも言うべきか。

 でも、狐のお面がいた証拠は、何一つ残っていない。赤鬼さえも煙になって消えた。

 いや、一つあるか。青鬼が踊り場で気絶しているはずだ。

 だが、踊り場に目を向けると、青鬼の姿も消えていた。ケラケラの遺体までもが!

 これじゃあ、僕が何を話しても、ただの妄想と一蹴されかねない。

「田沼殿ご夫妻を殺害した者は、空間を切り裂いて逃げたということであろう」

 紋兵衛は、部屋の検証を終えたのか、君太の方に向き直った。

「空間を切り裂く……。あっ、そんな感じでした」

「ならば、犯人は絞られることになろう。空間を切り裂くには、免許が必要じゃからな」

「あの……」

「君太君、伯父さんを丁重に葬りたいと思っておろうな?」

「はい。でも、その前に、警察に知らせないと。兄が知らせに走っていきましたけど、ショックを受けていたみたいで、正確な話はできないかと」

 その時、パトカーの音が響いてきた。徐々に音が大きくなり、この家の門前に停車したのが分かった。

「残念ながら、その時間はないようじゃ。我らも空間を切り裂いて、移動するしかあるまい」

 紋兵衛は、突然、抜刀すると、君太の横の空間を斬った。

 先ほど、狐のお面がやったのと同じように、空間に裂け目が生じた。

「さあ、先に行くがよい」

 紋兵衛に背中を押されるままに、裂け目の中に潜り込んだ。

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