第14話

「あっ。電話か」

 部屋の片隅に、前の住民が置いていったらしい電話が無造作に置かれていた。番号を押すボタンと受話器だけの骨董物の電話だ。

 コール音が五回になった。いつまでも鳴りやまないところを見ると、よっぽど君太に話したい人がいるらしい。

「いったい、誰だろう」

 君太は首をかしげながら、電話に向かってはった。

 君太は連絡手段を一つも持っていない。スマホも持っていない。連絡を取り合う相手がそもそもいないのだから、持っても意味がないのだ。

 受話器を取って、ふと、なんと答えればいいのか戸惑った。

 田沼伯父さんの家では、君太が電話に出る機会は、皆無と言ってよかった。

「あの……」

「君太か」

 聞き覚えのある濁声だ。田沼伯父さんからだとすぐに分かった。

「はい。君太ですが」

「お前、ちょっと家に来い」

「はあ……? 伯父さんの家にですか?」

「今すぐ、来い」

 ようやく、僕のことを追い出してせいせいしているはずなのに、来いとはどういうつもりなんだろうと、君太は首を傾げた。

「どうしてですか?」

「渡すものがある。それから、話さなければならないこともある。お前のために無駄な時間はかけられん。急いで来い」

「はあ……。じゃあ、今から行きます」

 渡すものがあるとは妙な話だと君太は思った。

 今まで、田沼伯父さんが、何かをくれたことはなかった。

 もちろん、学用品とかは、揃えてくれたけど、田沼伯父さんの子供が使っていたお古を回してよこしただけで、君太のために新しく買ってくれたものはなかった。

 君太のことを育てるのにお金がかかってしょうがないと文句をたらたらと言い、お小遣いだって、一円もくれたことがなかった。



 田沼伯父さんの家は世田谷区の高級住宅街の一角にあった。5LDKもあるタイル張りの豪邸で、庭はバーベキューができるほどに広く、車庫には高級自動車がとまっている。

 今、この豪邸に住んでいるのは、田沼伯父さん夫婦だけだ。

 夫婦には、男の子供が一人いる。田沼信一郎と言い、君太よりも二歳年上である。

 彼は高校を卒業したのを機に一人暮らしがしたいと言い出し、五反田にある3000万円もするマンションを買ってもらった。

 家にいる時は、5LDKのうち、二部屋を彼が占拠していた。一つは、自分の部屋。もう一つは、自分のゲームカセットのコレクションを詰め込んでおくための部屋だ。

 もう一部屋は田沼伯父さん夫婦が使っていたし、二部屋は客間だ。

 君太の居場所は、部屋には数えられない、屋根裏の物置。窓は一つしかなく、エアコンもない部屋だ。夏は酷暑で、冬は寒い。


 おまけに、妖怪――しょうけらのケラケラが住み着いている。

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