第十九話 勇者と勇者の戦い(21歳)

 白昼堂々、急襲をかけたのはギルドマスター・マグロディオだ。


 いや、"元"・ギルドマスターか。

 つい今しがた、ギルドマスター戦の不戦敗により、この男は地位を剥奪されたばかりだ。

「貴様さえっ…貴様さえ来なければ!俺はギルドマスターのままでいられたんだ…!」

 マグロディオの手に握られている第四聖剣・隼の剣アルベールからは、俺に対する恨みが迸っていた。


 だから、俺は最大限の皮肉を込めて優しい口調で指摘する。

「やれやれ、その顔はとても正義の味方には見えないな。"元"・ギルドマスターさん」

「黙れぇぇえ!黙れ!黙れ!黙らせてやる!この隼の剣アルベールでなぁ!」

 挑発してみるが、存外マグロディオの太刀筋は正確無比だ。こちらの首筋を確実に突いてくる。

 まあ、俺の怪人特有の硬い外殻が弾いてしまうのだが。


「この魔物風情がぁぁぁぁぁ」

 マグロディオの叫びとともに、隼の剣アルベールの切っ先に風塵が集約してゆく。

 そう、その力だ。

「ふー…ぅむ」

 と、俺は"元"・ギルドマスターをどう倒すかを置いておき、沈思黙考する。


 マグロディオのことはいい。ギルドマスターとはいえ、この男は弱い。

 冒険者として決して低いレベルではないが、弱いものは弱いのだから仕方ない。

 隼の剣アルベールを持っているのも、ブタリオンから借りたとか、先日負ったダメージが消えているのも、商会のアイテムを恵んでもらったとか、どうせそんなところだろう。

 所詮はアイテム頼りの力押し。


 問題はそう、隼の剣アルベールだ。

 先日、ブタリオンと剣を交えた時、俺の腕はアッサリと折れてしまった。

 正義のヒーローの力・・・・・・・・・でなければ倒せない悪の怪人特有の体質の肉体が、だ。

 それはつまり、この世界の聖剣がただ"魔法"を込めた武器に留まらないことを意味する。


「正義のヒーローの力か?あるいは…」

 さて、隼の剣アルベール。そう、隼である。

 今現在、視界に広がるのは大きな青空、そして遥か地上にはハムの石造建築群がミニチュア模型のように並んでいる。

 隼の剣アルベールの切っ先からは竜巻のような気流が渦巻き、それは俺とマグロディオを包み込み、上空数百メートルの高さへと舞い上がらせていた。


 この空中戦は、マグロディオが奇襲を仕掛けてきた時から既に始まっていた。


「ビェェァァァアェィ!」

 汽笛のような猿叫を上げ、マグロディオが細長い聖剣の刃を俺の首に突き刺そうとする。

「ふん」

 俺は体を横にして紙一重で回避する。

「"元"・ギルドマスターさん。その剣…"突き"では俺の体への接触時間が短く、マトモにダメージが与えられないぞ」

「ハァァァ?」


 次の瞬間、マグロディオは急加速、視界から消え去り、俺の腹部に右ストレートを打ち込んでいた。

「いでぇええええ!!!」

 だが、折れたのはマグロディオの腕だ。俺の外殻は硬い。

「おいおい」


「っー!へへっ…でっいでっ!クソッ!やっぱ硬ってーなー!この魔物モンスターめ!」

「マグロディオ…お前、自分が勝てないことを自覚しているんだな?」

 俺とマグロディオは宙に浮きながら、不思議と地面に落下しなかった。


「ァァっ?ハハっ!…まあな!一度負けた俺がお前相手に勝てるわけがないだろ!俺と烈風隊はただの時間稼ぎさ!わかるだろ?」

「ただの時間稼ぎに…そんな重要な剣を渡すものか?」

「あの叔父貴が金以外を大事にするタマかよ!」

 先刻のことだ。ブタリオンは、『ドラッグそのもの』ではなく、『医療目的でのドラッグ使用』を解禁した。


 つまりこれからドラッグは医療品を扱う薬品ギルドの権益となる。当然、それでクロック商会は薬品ギルドを味方に付けられるだけでなく、嗜好品としてのドラッグ使用に反対する派閥を封殺する理由にもなる。


 そして、ならばクロック・ブタリオンが更に確実に儲けるために"絶対に"やらねばならないこと。

 それは、嗜好品としてのドラッグを売り捌く、周辺のドラッグ違法精製村を一掃することだ。

 結局、どんな理由であれ、商売敵である以上は、クロック商会は違法にドラッグを作る蛮族を征伐せねばならないのである。


「つまりさあ…"元"・ギルドマスターである俺も忘れていたわけ!ハムの街以外にも…南のガムの街にも冒険者ギルドはあるのさ!俺以外にも、蛮族を襲撃して儲ける輩はいるのさ!」

「つまりだと…?つまり、レンとコンの死は無意味だったというだな…?マグロディオ!」

 正義の為に切っ掛けが必要ならば、悪人を用意すればいい。それは普遍的な事実だ。


 だが、実際に犠牲者を生むのは、それをやるのは悪人でなければならない。なぜなら、

「エビボーガン!正義ってのはなぁ、理不尽なんだよ!だから正義の半分は無駄で出来ているんだ!」

「マグロディオ…悪は悪なんだ。だが、正義の肩身は狭い。たとえ正義の為でも、悪人が犠牲者を生むことを見逃してはならない」


 最早、マグロディオの太刀筋は見切った。

 ここからは傷一つ負うまい。

 無意味な正義をふりかざすがいい。


「魔王!おい魔王リザ!どうせ聞こえているんだろう。ちょって来てくれ」

「はいはい、全て聞いておるよ」

 俺の呼びかけに応じ、空間が歪んで魔王リザが現れた。


「なんじゃエビボーガン。今ならお主の頼みを聞いてやらんでもないぞ」

「魔王、同朋としての頼みだ。軍隊を一つこちらへ寄越して、ガムの冒険者ギルドを追い払ってくれ」

 俺が頭を下げると、魔王は得意げにふんぞり返った。


「あいわかった。丁度北の戦線で魔将軍・超特級エスプレッソがリザードマンの大軍を南下させている最中じゃ。秘密のワープゾーンを使えばすぐに来れるじゃろう」

「ありがとう、魔王。これでドラッグ撲滅作戦を事実上の失敗にできる」


「ま、魔王…魔王リザ!リザクローナ!!エビボーガン、まさかお前、本当に魔物と結託して…!?」

 マグロディオは、突然目の前で起こった異常な出来事に震え上がっていた。

「マグロディオよ。俺は緩やかな悪だ。緩やかな悪は悪同士連帯出来る!だからお前も俺たちの仲間になれ!正義の為に無関係の人間を犠牲に出来るお前なら、きっと悪人になれる!」


 マグロディオは、隼の剣《アルベール》を振るった。それは不可思議な空中浮遊を解除するものであり、俺は地面へ向かって落下する。

 即座にマグロディオはもう一度剣を振るい、今度は自分だけが竜巻の力で浮遊状態のまま飛翔した。


 俺は両手のハサミを後方に向けると、羽ばたくような体勢になった。

 実際に羽ばたく訳ではないが、空は飛ぶ。

「神の怒りを知れ、恩寵よ悪霊を焼け、威力最マキシマム炎系魔法ファイア!」


 呪文を唱えると、俺のハサミからはジェット噴射の如き青白い炎が放出された。


 俺は高速で飛翔するマグロディオを、それより高く飛び上がることで圧倒する。

 そのまま、両手のハサミをハンマーのようにマグロディオの後頭部に振り下ろした。


「でもよ…エビボーガン。俺はどこまでいっても、お前の言う肩身の狭い正義なんだ」

「…無意味な正義を、振りかざすがいい!」


 飛翔、落下、衝突。

 宇宙に向けて発射されるロケットを、真下に向けてるとどうなるか。

 俺はマグロディオの胴を抱え、地面に向けて叩き落とした。

「エビボーガン・バリスタ落とし—————————!!!!」


 エビボーガン・バリスタ落とし。

 これでマグロディオは頭蓋骨を砕かれて動けなくなった。


「お兄様!」

「坊っちゃま!」

「相棒!」


 落下地点はハムの街の広場。

 妹ゆかりやアボガドニス、エルフさんなどが戦闘を終えたところであり、烈風隊の人たち(名前忘れた)は縛り上げられていた。


 そして、広場には大きな噴水がある。俺とマグロディオが落下したのも、噴水だ。

 これも計算済み。マグロディオの防御力ならば、まだ辛うじて生きている。

「ググ…俺は…」


 さて、と。俺はマグロディオが固く握る、第四聖剣・隼の剣アルベールを手に取ろうとする。

 今の衝撃で噴水広場はメチャメチャになったが、この剣は傷一つ付いていない。

 俺の見立てが正しければ、この剣はただの剣ではない。魔法剣ですらない。

 これに込められているのは、正義のヒーローの力か?あるいは…


 妹ゆかりやアボガドニス、エルフさんが俺に駆け寄ってくる。


「ブヒヒヒヒ」


 俺は第四聖剣・隼の剣アルベールを手に取ろうとする。


 妹ゆかりやアボガドニス、エルフさんが俺に駆け寄ってくる。


 マグロディオは、まだ辛うじて生きている。


「俺は…俺は時間稼ぎさ…言ったよな…」

「ブヒヒヒヒ。真に聖剣に選ばれた者に与えられた加護は、手元に剣がなくとも発動する。これは神の加護なのだ」


 体。

 体が。

 動かない。


「ブヒヒヒ〜!そもそも隼の剣アルベールの使い方を間違っておる!聖剣は使い方次第で、無限の汎用性を発揮するというのに…」


 ハムの街が、建物が理路整然と、

 自律して動いてゆく。

 まるで、何かに操られているかのように。


 なんだこれは!?隼の剣アルベールはただの加速能力ではないのか!?


 街が…街が、真っ二つに分かれてゆく!

 広場が、まるで巨大な"道"のように別れる!

 ヤバイ!体が動かない!


「ブヒ…ブヒヒヒ〜!金の力の足元にも及ばぬわ、ただの空間再配置能力などのう〜!」


 何もない空間から、空間が割れて、ブタリオンの顔が出現する!

 空間再配置

 空間の再構成!


 …無!無を再配置してワープしたのか!?

 これは魔法ではない!!

 正義のヒーローの力でもない!!

 悪の怪人に匹敵するレベルの、この世界独自の、奇跡の力だ!

 勇者だけに与えられた、因果律を無視する力!


「言ったよな…蛮族はガムの街の冒険者ギルドが相手をする。俺は…第13代第四勇者ブタリオンがこの場所に到着するまでの時間稼ぎに過ぎないのさ…」

「おい貧乏人マグロディオ…わしの…金を、返せぇ〜!」

 ブタリオンがマグロディオに触れると、マグロディオの姿は消滅した。


 今の動き!?

 見えなかったぞ…!?


「ブヒブヒさて、エビ、ボーガン〜〜!今からこの勇者アンバー・残像クロック・ブタリオンが、卑しくも勇者を騙る貴様にギルドマスター戦を申し込んでやろう〜!冒険者ギルドは抱き込んである!」

 アンバー・残像クロック・ブタリオン!

 この男は、この世界を凌駕している!!

 なんだ!?この力は!


「これが、これが、金の力だ〜!ギルドマスター戦は今この場にて迅速に執りおこなう!エビボーガン、貴様を成敗して、勇者のワシがギルドマスターだ〜!」


 こいつ、普通に世界を救った方が金を稼げるんじゃないか!?

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改造人間は魔物に含まれますか?〜悪の怪人が異世界でまったり大陸侵略ライフ〜 東山ききん☆ @higashi_yama_kikin

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